旅日記

2006年03月20日

パリ日記?

4日目

昨日の疲れか、今日は少しゆっくりした朝。昼前に再び、昨日のアラブ料理屋へ行き、ブランチ。ケパブのサンドイッチを食べる。これがほんとに安くて旨い。

それにしても今日も天気がいい。先週までは曇りがちだったらしいが、俺が来てからは好天が続いている。そんなわけで、今日は昼間から後輩とビールを飲んでしまった。程よい酔い心地で後輩宅の屋上へ上がる。後輩の家はアパートメントの屋根裏なので、窓から直接屋上へ上がることができる(上がっていいものかどうなのかは知らない)。パリのアパートメントの屋上で昼からビールを飲むなんて最高だ。

ゆっくりし過ぎてしまった。昼過ぎの出発。まずは、昨日前を通って興奮してしまったアンヴァリッドへ向かう。ここはナポレオンの墓があることで知られている。贅沢な敷地の使い方に贅沢な建築。軍事博物館も少し見ておく。

その後は地下鉄でシャトレへ。ポンピドゥーセンターにある現代美術館を見るのが目的だ。元々美術は好きなのだが特別詳しいわけではない。そして特に詳しくないのが現代美術。しかし、この美術館は面白かった。展示室ごとに簡単なコンセプトがありそれが紹介されている。この紹介を手がかりに想像力を働かせて作品を見ていく。ピンとくるものもあるしそうでないものもある。この作業がとてもいい。こんな感じで回っているうちに、高校の授業で取り上げた本に出てきた作品に出会ったりもする。

昨日に続き時間が足りない。気付けばポンピドゥーセンターで4時間近く過ごしてしまった。ピカソ美術館、モロー美術館などは、残念ながら次の機会にということになりそうだ。ちなみにここの上からの景色はなかなかいい。モンマルトルの丘がよく見える。

夜、大学院の先輩と後輩と共に、現在パリにサバティカルで来ている先生のお宅にお邪魔する。パリに来てから「時間が合えばお会いしたい」と連絡したら「それでは日曜の夜にディナーを」ということで、のこのこ行ったわけだが…何というか、知識人のディナーに参加した気分。素敵な部屋でおいしい料理とワインを頂きながら政治の話に興じる。CPEの話から、各自の研究テーマについてまで。先生から聞く、フランス政治&思想界の現状分析はとても興味深いものだった。先生からパリでやっている映画の情報を仕入れる。明日行くことにしよう。

その後、先輩&後輩でカフェへ。最初に入ったところは店内が何となくゲイっぽい。実は先生の家の周辺はパリ一のカルティエ・ゲイ。やはり…と思いつつ店を出る。カフェでもディナーの余韻が残る。が、気付けば後輩と俺の進路相談に。ありがとうございます。

帰宅は1時前、即就寝。

at 08:07|PermalinkComments(0)

2006年03月19日

パリ日記?。

3日目

だんだんパリの過ごし方にも慣れてきた。ややこしく迷路のような地下鉄も慣れてしまえば使いやすい。

今日からは美術館巡り。インターミュゼという美術館のパスを購入し、いざルーブルへ。全体としてはやはり統一された芸術観があるわけではないし、とにかく量で圧倒するという感じだったが…やはり一流のものはすごい。ツアー旅行とは違い時間は無制限だ。観たいところを好きなだけ観ることが出来る。というわけで絵画を中心に回ってみたのだが…「フランス絵画の大作」に展示されていたドラクロワは良かった。国際政治の学徒として外せないのが、リシュリュー翼にあるナポレオン?世の居室。興奮。

ルーブルを出てセーヌ河沿いを歩いてオルセー美術館へ。美術館近くのカフェで昼食をとってから入る。結構並んでいたのだがインターミュゼのおかげですぐ入ることができた。オルセーは印象派が活躍した時代を中心に取り上げた美術館。下から上に順番に上がっていくと、印象派を中心とした絵画の歴史を概観することが出来る。モネやマネの作品が充実しているのだが、俺はこの両者がそれほど好きではない。それでも十二分に満足できるのがこの美術館。個人的に気に入ったのはシスレー。水の描き方が俺の好みと見事に一致。特にレガッタ(ボートの競走)を描いている作品には、自分がボートをかつてやっていたこともあり引き込まれる。オルセーも絵画だけの美術館ではない。中階の踊り場のようなところに彫刻が数多く展示されているのだが、そこにあったブールデルの「弓を引くヘラクレス」に圧倒される。有名な作品なのだが、やっぱり生で見ると迫力が違う。

気付くとオルセーでもあっさりと4時間近く経過。ピカソ美術館も今日行きたかったのだが閉館時間になってしまった。時間が本当に足りない、美術館巡りは一日二つが限界かな~。帰り際に通ったアンヴァリッドに圧倒される。

夜は後輩宅の近くにあるアラブ料理屋でクスクスを食べる。ここは旨くて安いということで、後輩がパリで一番利用している店らしい。後輩宅を訪ねるともれなく案内してもらえる。

近くのスーパーでベルギービールを買って家で乾杯。くだらない話から、話題のCPEの話ま色々話しつつ過ごす。日本でも報道されているようだが、今パリの街は学生のマニフェスタシオン(デモみたいなもの)で大変なことになっている、らしい。俺は目撃していないのだが、テレビでも取り上げられているし、実際後輩の友人も参加したり、その影響で学校の授業が無くなったりしているらしい。後輩からフランスの事情を聞き、学生にとって政治の身近さが日本とは違うのだな~、と感じる。

今日も長い一日だった。

at 08:27|PermalinkComments(0)

2006年03月18日

パリ日記?。

2日目

長旅&パーティーで結構疲れていたのだが8時起床。

後輩が10時からシャンスポ(パリ政治学院)でフランス語の授業があるので、サンジェルマンへ向かう。そしてシャンスポ前で別れ2時間ほど時間を潰すことに。リュクサンブール公園で本を読もうと向かったのだが、マフラー&手袋を忘れていたため、30分ほどで凍死が見えてきた。

散歩を思い立ち、セーヌ河方面へ向かう。パリは意外と狭い街。ガイドブックを忘れていたのでどれくらいかかるか分からなかったが、10分弱でセーヌ河へ着いてしまった。そして目の前にある橋を渡ったら、なんとルーブル美術館に出会った。実際の建物を見てちょっと興奮。明日からの美術館巡りが本当に楽しみになってきた。

オルセー美術館方面を通りつつシャンスポへ。そこで待っていると、上智の友人に遭遇。慶應と合同のシャンスポの短期研修プログラムに来ていたらしい。世の中狭いもんだ。後輩&
友人とシャンスポの食堂で昼食。パリは外食が異常に高いのだがここは安かった。2.7ユーロで満腹。

昼食後は後輩に案内してもらいパリ中心部を散歩。ノートルダム大聖堂などを見ながら、ユダヤ人街を通り、シャトレ経由でポンピドゥーセンターへ。サークルでお世話になった先生のアパートメントの近くを通る。ここはゲイの街として有名らしい。ノートルダムは光の使い方が抜群にうまかった。しかし、この豪華な建築を見るとなぜ宗教改革が行われたのかが少しわかる気がする。

タイムアップ。今日は夕方から、例の短期研修プログラムと日本に関係したシャンスポの学生との交流会があるのだ。俺は全くの部外者ながら参加。大学院の先輩にお会いしたり、日本に留学経験があるシャンスポの学生と話したり、慶應の後輩と話したり、なかなか楽しい時間を過ごす。語学をやるモチベーションが大きく上がる。それにしてもシャンスポの学生の日本語はうまかったし、日本いついても詳しかった。感心。

交流会後は、シャンスポに短期のサバティカルに来ている北海道大学の某先生のお宅で2次会。15人ほどを収容できる豪華なアパートメント。先輩&後輩とサンジェルマンのスーパーで買い物をする。う~ん、今までの俺からすると考えられないことだ。そこに11時過ぎまでお邪魔する。

後輩宅へ帰り、シャンスポの留学生のハイロウズファンとメッセで話したりしているうちに、夜は更け…。長い一日だった。

at 09:07|PermalinkComments(0)

2006年03月17日

パリ日記?。

初日

人生で初めての長時間フライト。渡邊啓貴『フランス現代史』(中公新書)を機中で再読したり、観たかった映画「プライドと偏見」を観たりしつつ、ヒースロー経由でパリへやってきた。途中、ヒースローの乗り継ぎが1時間半ほど遅れ、さらに地下鉄の乗り換えに戸惑ったため、パリの後輩宅へ着いたのは予定より2時間くらい遅れてしまった。現地時間で夜の10時半。

パリ17区のブロシャンが後輩の家。モンマルトルの近くだ。フランス語が全く分からない上に、なぜか『フランス現代史』の後で遠藤周作の『留学』を読んできたため少々凹んでいた俺にとって、後輩に会えたことで安堵。

が、パリの初日はこれでは終わらなかった。なんと、慶應のパリ政治学院短期留学プログラムの引率で特殊研究でお世話になった先生がいたのだ。そんなわけで、部外者にもかかわらずプログラムのパーティーに参加。そこで偶然にもサークルの後輩に会ったり、大学院の先輩に会ったり、パリの夜はなかなか眠らせてくれない。

32時間の3月16日が終了。

at 09:01|PermalinkComments(0)

2006年03月15日

香港→東京→パリ、の東京。

香港より帰国、そして明日の朝には再び成田へ。

前回の台湾よりは少しだけ日本を離れた今回の旅。ゼミの友人3人と共に旅するというのもなかなか新鮮だった。街に溢れる漢字、そして恵まれない天気は台湾と同様。香港は暖かいはずなのに、最高気温は13,4度ぐらいだったろうか。着いた日の夜が一番暖かかった。

恒例の旅程表は↓

初日  成田空港発
     香港国際空港着

2日目 男人街で朝食
     ツアー昼(レパルスベイ、ビクトリアビークなどを回り、DFSなどで買い物)
     ちょっと贅沢に夕食
     ツアー夜(オープントップバスで市内観光、女人街で解散)
     解散後、女人街を散策しホテルへ戻る、迷子事件発生
     男人街で夜食

3日目 男人街で朝食 
     香港歴史博物館へ行くも休館
     フェリーで香港島へ
     香港島を散策、というより探検&登山、図らずも主要な観光地の多くを回ることに
     フェリーで九龍に戻り、ホテルまで散歩しつつ戻る
     一休みした後に男人街で夕食

最終日 香港国際空港発
     成田空港着

残念ながら今回は飛行機の時間の関係で初日と最終日は移動のみ。しかも2日目のツアーが買い物ばかり、ということで同じ3泊4日でも前回の台湾と比べると自由に使える時間は3分の1くらいだった。というわけで、やや消化不良気味の旅行だったが、自由に行動できた2日目の夜から3日目はとても楽しかった。

食事は台湾の方が安くておいしかった気がするが…「許留山」というデザートを中心に扱うチェーン店にはまり、そこで一番お金をかなり使った。マンゴーゼリーはかなりボリュームたっぷりで20香港ドル(300円くらい)、マンゴージュースは15香港ドル(200円ちょっと)、これはかなりうまかったし、安かった。日本に持ってきたいお店。

個人的には、歴史博物館に行けなかったのが残念だ。外観はかなり立派なので、それなりの展示なのだろう。

一時帰国中ということで、これくらいで



では、パリへ行ってきます。

at 23:13|PermalinkComments(3)

2006年03月05日

回顧する台湾旅行?。

3日目

7時起床、ホテルのバイキングで朝食を済ませる。部屋でなぜかプロレスを観る。台湾のテレビはなぜか日本のプロレスが充実している。

9時、総統府見学に行くためにホテルを出発。台湾は犬が放し飼いにされているのだが…7人で歩いていた俺たちに興味を持ったのが1匹の犬がついて来た。何というか、パーティーに犬が加わった感じだ。

9時半、総統府を見学。総統府は、日本統治時代の台湾総督府の建物をそのまま使っている。やはり立派な建物だ。でも…大きさだけなら、総統府の裏門の真向かいにある国民党中央委員会の建物の方が大きい。このあたりは何とも面白い。総統府は陳水扁政権になってから、一般の人の見学が出来るようになったらしい。日本語を話すガイドさんが展示について説明してくれるのが、政治学科で台湾論の講義を受けた俺たちには興味深かった。

総統府見学後、MRT&バスを乗り継いで故宮博物館へ。現在改装中ということで、今回観ることが出来たのは全体の5分の2くらいだったのだが、それでも十分に満足出来る内容。全体を観ることが出来るとしたら本当に一日がかりになってしまうだろう。もっとも、俺は好きではあるが芸術には詳しくない。というわけで、解説を読みつつ自分の感性で観て回る。そんな中で友人と食いついてしまったのが印鑑。印鑑も時代が下るに従って、その造形が複雑になってくる。特に清の康煕帝や乾隆帝の時代のものはかなり凝っている、というか集め方が完全におたくの域。「これは完全に食玩行きだな~」と友人と盛り上がる。

ちょっと遅めの昼食に牛肉麺と水餃子を食べ、二組に分かれる。俺は友人4人と共に北投温泉にある「瀧乃湯」という銭湯に。この瀧乃湯は面白いことに番台があり、全裸で入浴する日本式の銭湯なのだ。泉質は肌がピリピリするくらいの強酸性。これまでの疲れが一気に取れる。

6時過ぎ、ホテルへ帰還。

ホテルで1時間ほど休んでから、士林の夜市へMRTで向かう。台湾の人は夜遊ぶというが、本当に熱気に満ちた空間。小龍包が安くて旨かった。この味、この値段を知ってしまうと日本で食べるのを躊躇してしまう。その他、麺や米粉、マンゴージュースなどを食べた。夜市を出た後は近くを散歩。ここでもくだらない出来事が数々…。

11時過ぎ、ホテルへ到着。到着後すぐなぜかヨーグルトドリンクを飲むために外に少し出る。その後は三度ビールで乾杯。

2時半、就寝。

最終日

7時半、起床。最終日ということでかなり疲れがたまってきた気がする。ホテルに11時過ぎに集合だったということで、休息班と行動班の二手に分かれて行動。俺は当然後者。友人3人と共に、現代台湾論の授業などでお馴染みの「六氏先生事件」ゆかりの地である芝山巖を目指しMRTで向かう。

8時半、芝山駅到着。駅前の地図を頼りに芝山巖(芝山公園)を目指す。30分弱で到着。が、ここからが問題だった。着いたはいいが、この芝山巖は小山みたいなもの。中に着くと使えそうな地図もなく、ひたすら散策路が続いているのみ。30分ほど歩き続けてようやく六氏先生事件の記念碑に到着(この間にまたくだらない事件が…)。伊藤博文が揮毫したという記念碑はなかなかのもの。でも、多分こんなところに来る日本人観光客はほとんどいないんだろうな。

11時前、ホテルへ帰る。その後は、旅行会社のバスに揺られて免税店などに立ち寄って空港へ。結局帰りの飛行機でも酒を飲み…こうして旅は終しまい。

時差も日本と1時間、物価は大体半額、町中に漢字(繁体字)が溢れる…日本に似ているが、何か違和感を感じる。この違和感は沖縄に感じたのに近いのかな~。何はともあれ面白い旅でした。次の旅行、香港行きが楽しみになってきた。とはいえ、誤算もいくつかあった。まずは荒天、小雨程度ならともかく豪雨は勘弁して欲しい。そして最終日の木曜、何で大半の店が閉まっているんだ。変な定休日のために台湾の歌姫のCDを買い損ねてしまった。

at 23:40|PermalinkComments(0)

2006年03月04日

回顧する台湾旅行?。

久しぶりに大学の図書館にこもって勉強。毎年のことながら、この季節はパソコン室を占拠する就活組が騒がしくて困る。と、文句を言いながらも、全体的には人数が少ない長期休暇期間の図書館は居心地がいいとも思う。香港に行くまでの1週間ほど通い続けよう。



回顧する台湾旅行?。

2日目

7時半、起床。ホテルのバイキングで朝食を済ませ、9時頃に出発。

西門の街を抜け、総統府を横切り、二二八和平公園に向かう。そう、今日は2月28日、59年前の今日、二二八事件が起こったわけだ。偶然とはいえ、この日に台湾にいるあたりは政治学科の学生らしい。残念ながら時間が早かったため、式典などは見ることは出来なかった。

二二八和平公園に向かう途中、介壽公園というところに大きな銅像があった。銅像には「林森先生」の字。勝手に林森先生のキャラクターを考えたりして盛り上がる。調べてみると、中国国民党の幹部だった政治家らしい。

その後歩いて中正記念堂へ向かう。巨大な蒋介石像を拝むためだ。それにしてもでかい、『北斗の拳』や『魁!男塾』の敵並みにでかい。記念堂正面の国旗(青天旭日旗)は二二八事件を偲んで半旗を掲げていた。国民党の蛮行のために掲げられた半旗の目の前に鎮座する蒋介石という構図はなかなか皮肉だ。

地下鉄に乗り台北駅へ。そこから国鉄に乗り換え基陸方面に向かう。地下鉄は広軌なのだが、国鉄は狭軌ということで何だか車内も日本のよう。というか日本人の方が多い車両だった。社内で、友人が台湾人のおばあちゃんと話しこむ。そこで得た情報により、九分に行くまえにその先の金瓜石に行くことになった。

国鉄を降り、タクシーで金瓜石へ。タクシーの運転はかなり大陸風。雨がどしゃぶりになる中、金瓜石の鉱山跡を見学。中はきれいに整備されており、現地の観光客も多い。映画「非情城市」のロケ地にもなったらしい。ここは高台にあり、かなり景色がいい…はずなのだが雨と霧で視界が15Mくらいしかなかったため何も見えず。

バスで九分へ。ここで昼食。路地を見ているだけで飽きない。ここは曇りくらいが一番いい景色らしいのだが…。昼食後、バスで基陸へ向かう。

基陸も見たいところはたくさんあるのだが、豪雨&疲労で断念。国鉄で台北へ向かう。この車中が今回の旅の1つのポイント。ほんと台湾って面白いところだ。

西門のホテルに戻り一休み。ズボンや靴を乾かしてから、ホテル近くで夕食。

昨日に続きビールで乾杯。が、疲れがたまっていたのだろうか。一人早く11時半に就寝。

とにかく歩き回った一日。

at 23:45|PermalinkComments(0)

2006年03月03日

回顧する台湾旅行?。

帰国後初日。大崎の友人宅へ寄って大学へ、生協で卒業論文集の製本。これで製本作業は一応終了。出来上がったものを見て、それなりに満足感。



日本映画好きとして、素直に毎年楽しみにしているのが日本アカデミー賞。その評価に関しては結構疑ってかかっているんだけど、何とか賞はついつい気にしてしまう。結果は…「ALWAYS 三丁目の夕日」が12冠。最優秀主演女優賞を吉永小百合が獲ったのを除くと全ての賞を独占、という圧倒的な強さ。各年齢層に広く受けたんだろうか。もうそろそろ本家のアカデミー賞も授賞式だ。さぁ、今年はどうなるんだろう。



回顧する台湾旅行?。が、基本は馬鹿旅行、振り返ってみても馬鹿な思い出ばかりだ。完全収録はとても不可能なので、かなり端折って振り返りたい。

初日

12時半、成田空港に集合。14時半の飛行機で台湾へ向かう。

行きの飛行機のドリンクサービスの時点で3人は酒を飲み、1人はウイスキーのロック。機内食時には呑兵衛は5人に増加。当然俺も含まれている。完全に浮かれている。

夕方、酔っ払い5人+2人で台北に到着。空港の外は雨どころか嵐。先が思いやられる。

バスで西門にあるホテル(一楽園ホテル=ParadiceHotel)に向かう。ホテルで一休みし、西門の街を散策。若者の街らしいのだが、何となく渋谷や新宿のような雰囲気。街を一回りし、裏道の店に入り夕食。夕食は排骨飯+パクチーと生姜が効いた麺。うまかった。

その後、再び街を彷徨いホテルへ。台湾のちょっと水っぽいビールを呑みつつ初日は終了。

2時過ぎ、就寝。

at 23:38|PermalinkComments(0)

2006年03月02日

帰国。

海外逃亡もわずか4日で終了。無事、台湾より帰国しました。

あっという間に過ぎた4日間だった。初めての海外で感動的だったとか言ってみたいものだが、四国旅行の面子にプラス3人、という旅行メンバーもあって…当然の如く「馬鹿旅行」になった。笑い続け、そしてうかれ続けた4日間。台湾ありがとう。

とはいえ、やはり初めての海外は刺激があったしとても面白かった。四国&九州旅行の時と同じように簡単な旅程表を載せるとこんな感じだ↓

27日 成田発
     台北着
     西門のホテルに着
     西門を散策&夕食
    
28日 二二八和平公園
     金瓜石
     九分(正しくは人偏に分)
     西門を散策&夕食

1日  総統府見学
     故宮博物館見学
     北投温泉
     夜市

2日  芝山巖
     台北発
     成田着

こうやって振り返ってみると今回も結構色々なところへ行った。どこもそれなりにゆっくり観たから満足なのだが、やはり少々肉体的にきつかったかもしれない。行った場所が俺たちらしいといえば俺たちらしい。ま、詳細は明日以降少しずつ。

at 23:14|PermalinkComments(4)

2006年02月18日

帰京しました。

旅行&帰省から戻ってきました。

いやいや、前半の旅行はなかなか壮絶でした。簡単なタイムテーブルは↓

11日 22時、多摩の友人宅へ集合
12日 5時、多摩を車で出発
     11時、瀬戸大橋
     13時、金毘羅山
     16時、大歩危
     19時、高知
13日 10時、桂浜
     12時、オリックス二軍キャンプ
     17時、松山(道後温泉)
     22時、八幡浜
14日 3時、別府
     6時、湯布院
     9時、大宰府
     11時、福岡
     13時、下関
15日 1時、静岡

とまあ、こんな感じ。総移動距離は2500キロ。内2250キロを一人で運転した巨人に感謝。俺は静岡で降りたけど、その後東京まで帰った彼らはさらに壮絶だ。距離だけではなく、内容もすごかった。思い出話で、二晩は酒が呑める。ちなみに後半の静岡&焼津では、農作業&墓参り&友人宅でご馳走になる、などしてました。

色々と、書きたいこともあるけどとにかく疲れたので、今日はこれくらいで。

追記、焼津で本場の「かつおの塩辛」を買ってきました。欲しい人はご一報下さい。テレビ好きの貴族には機会を見つけて渡します。

at 23:39|PermalinkComments(1)