日々の戯れ言

2010年11月04日

国際政治学会で報告をしてきました

先週末、札幌で行われた国際政治学会で「第一次石油危機における日本外交・再考」と題した報告をしてきました。

報告させて頂いたのは「『経済大国化』と日本外交の新局面」と題した部会で、1970年前後の日本外交を「経済大国化」という共通の視角から切り取り、「政治(=アジア外交)」「経済(=第一次石油危機)」「安全保障(=沖縄返還)」の各側面から検討してみようという企画趣旨です。

学会初日(金曜日)の一番最初という時間ながら、会場に入りきらないほどの人が来て下さり、報告者三人で相談し「強気に100部刷ろう」と決めて持って行ったレジュメが「売り切れ」になったのは嬉しい誤算です。ここに書いてもあまり意味は無いかもしれませんが、司会・討論を務めて頂いた三人の先生方、会場に来て頂いた皆様に御礼申し上げます。

一緒に報告をさせて頂いたお二人に「部会をやりませんか」とお声をおかけしたのが、昨年の学会なので、それから丸一年経ってしまったということです。他のプロジェクトで顔を合わせる機会もあり、また別途機会を設けて何度か企画をすり合わせたので、部会全体としてもそれなりのまとまりが出せたのではないかと思います。

時間に限りもあり、討論者の先生やフロアとのやり取りはやや消化不良に終わってしまった面もありますが、1960年代後半から70年代前半の日本外交を考える手がかりのようなものは見出せたのではないかというのが、報告したメンバーの一致した意見です。

…と、ここまでは当初の予定がうまく行き過ぎるほどうまく行ったということなのですが、実際に報告をさせて頂いて感じたのは、他の二人の完成度の高く充実した報告と比べた時の自分の力不足です。研究のインパクトや質、分析の視角と枠組み、25分という限られた時間でのプレゼンテーション、質疑応答、その全てにおいてまだまだ修行が足りないことを実感しました。

そんなわけで、報告が終わった後は結構凹んでいたのですが、よくよく考えてみれば、博士号を取得され単著の出版間近という先輩研究者に比べて博士課程二年の自分に力が足りないというのはごくごく当たり前の事実だということに気が付きました(どれだけ普段は傲慢なんだという話です)。

博士論文を基にさらに練り上げた報告と、修士論文に毛が生えた報告を比べること自体が間違っているというものです。もちろん、報告をする以上、言い訳をせずに常に最善を尽くして真摯に取り組むしかないわけで、研究者としてのキャリアは関係ありませんが、まずは「何でこんな変な報告が混ざっているんだ」と思われなかったことだけでも及第点と受け取るべきなのだろうと思います。

今回の経験を糧にして、次の機会によりよい報告が出来ればいいのだろうと今は考えています。

◇◇◇

気が付けば2010年も残すところあと2ヶ月となりました。

自分で立てた2010年の目標は「研究成果の発信」ということです。修士論文の一部を基にした論文を『国際政治』に掲載して頂いたのは、その一つの成果であり、今回、ここにもう一つ学会報告という成果を加えることが出来ました。

体調管理に気を付けて(実は学会報告直後から体調を崩してしまい一昨日まで寝込んでいました)、残りの2ヶ月もしっかりと研究に取り組んでいきたいと思います。

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2010年10月09日

回顧ワシントンDC

時間が過ぎるのは早いものでもう2010年も10月です。

そしてアメリカでの史料調査から帰ってきてからもう一週間以上経ってしまいました。時差ボケにもっと悩まされるかと思ったのですが、飛行機での時間調整がうまく出来たのか、帰国当初からそれほど問題無く過ごせました。

◇◇◇

9月15日(水)の午後にワシントンDCに到着し、翌16日(木)から国立公文書館での史料調査を開始、日曜日を除いて基本的に朝から晩まで公文書館にこもっていたので、かなりの数の史料を集めることが出来ました。初日にちょっと変わった三脚の使い方を近くに座っていたイギリス人に教えて貰い、座りながらサクサク撮影を出来るようになったので、多い日は2500枚以上の史料を撮影しました。大体の感覚としては、一日に約1000枚というのが平均的な撮影数になるのでしょうか。

自分の研究は、アメリカ外交でも日米関係でもなく日本外交なので、第一義的にはアメリカの外交文書が必要なわけではありません。また、それなりに充実した史料集が日本にいながら読めるということもあって、いま書いている論文のために調べる時期を数ヶ月に限定しようと行く前は考えていたのですが、史料調査を進めるうちに欲が出てきてしまい、結果的にはかなり広範に収集することになりました。そこで、一番見たいと思っていたBOXを他の研究者の方がずっと押さえていたために、全く見ることが出来なかったというのが今回の調査では一番痛かったところです。

それでも、一番の目標だった「アメリカでの史料調査の勘を掴む」ということは十分に出来ましたし、アメリカの対日観のようなものを捉え得る史料はそれなりに集まったので、得られたものは大きかったと言っていいでしょう。ただ、史料整理に思いのほか時間を取られてしまったために、他の作業がなかなか出来ず、向こうで終わらせようと思った課題がほとんど終わらなかったというのは誤算でした。

というわけで、10月もまた忙しい毎日が続くことになりそうです。

◇◇◇

さて、史料収集の話ばかりしていても仕方が無いので、観光についても少しだけ書いておきます。

17日(金)は、公文書館から戻ってきてからDCの中心部をぷらぷらと散歩してみました。目的もなくふらふらと歩いているだけでも、中央官庁の建物や、スミソニアンの建物群にぶつかるのは、やはり計画都市で密集しているからでしょうか。ホワイトハウスを遠目から見てこの日の観光は打ち止めにしました。写真(↓)は逆光を承知で撮ったワシントン・モニュメントです。

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翌18日(土)は、まだ資料調査の感覚がうまく掴めておらずホールドしていたBOXにめぼしいものが無かったので、ホテルにこもって撮影した史料の整理や日本から持ってきた課題をこなしていましたが、こもっているのも不健康だなと思い、ホテルから歩いてすぐのところにある動物園(National Zoo: Sumithsonian National Zoological Park)に行ってきました。

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動物園に限らずスミソニアンは全てそうですが、売りは何と言っても「無料」ということ。動物園自体は、暑さもあって全体的に動物達に元気も無く、関東近郊にある日本の動物園の方がいいかなあという感じでしたが、無料でこれだけ楽しめると考えればフラッと行ってみるのもありかなと思います。写真(↑)はたまたま見ることが出来たオランウータンの綱渡りで、檻からかなり離れたところまで渡って行くのには驚きました。多摩動物園にも同じような施設はありますが、行った時には見れなかったので、ここで見ることが出来たのは嬉しかったです。

19日(日)は、公文書館も休みということで一日空いていましたが、結局この日も昼過ぎまでホテルで色々と作業をしていました。思い立って午後はアーリントン墓地へ行き、その後はリンカーン記念堂へ向かい、そこからジョージタウンの方まで散歩をしました。前回のエントリーに載せたのはこの日撮った写真です。

20日(月)~23日(木)は、史料調査が軌道に乗り始めたこともあって、公文書館での撮影とホテルでの整理をしているだけで一日が終わってしまいました。

24日(金)は、公文書館で夕方まで史料調査を行い、そのあと念願のメジャー・リーグ観戦をしてきました。ナショナルズ・パークへ向かい外野席のチケットを購入、ビールを片手にナショナルズの応援をしよう…と思ったのですが周りは対戦相手のブレーブスのファンの方が多かったです。

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座った席からは↑のような感じですが、球場の中は結構自由に行ったり来たり出来るので、飲み物を買いに行くついでに内野の方にも行ってみました。そこからは↓のように見えました。

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いわゆる「鳴りモノ」の応援が好きでは無いので、メジャー・リーグの観戦スタイルは良かったです。ナッツ先発のジマーマンが好投し、アダム・ダンのホームラン×2、ウィリー・ハリスのランニング・ホームランなどなど、見どころも多く、いいゲームでした。

翌25日(土)は、週末なのですが、ホールドしていた史料を撮りきるために公文書館へ行ってひたすら撮影作業をし、ホテルに帰ってからも整理に追われていました。

26日(日)は、夜にジョージタウン大学に留学中の先輩研究者のお宅にお邪魔する予定だったので、朝から課題に取り組んでいたのですが、思ったよりも順調に作業が進んだので、午後は博物館を猛スピードでハシゴしました。

まずは歴史家の卵としてアメリカ歴史博物館へ。大統領関係のコーナーと、戦争関連のコーナーを眺めたのですが、ナショナル・リーダーとして大統領を展示しているのが印象的でした。政治制度としての議院内閣制と、君主制下の総理大臣では求められるものは全然違うのだなと実感します。この辺りはイギリスはどうなのでしょうか。戦争関連では、原爆の描き方は予想通りで特に何も思うところはありませんでしたが、大戦中のソ連との関係が一切触れられていないことと、ベトナム戦争のコーナーが冷戦のコーナーの4倍くらいのスペースだったことが結構驚きでした。どうも、国際政治を勉強していると国内の文脈を置き去りにしてしまいがちなので、こういう機会は貴重です。

歴史博物館の次は、隣で近いということもあって、個人的に関心がある自然史博物館に行きました。ここはかなり大きくて、じっくり観るなら一日がかりになりそうです。結局迷った挙句、「人類の誕生」的なコーナーに行ってみました。

最後は、少し歩いて航空宇宙博物館へ行きました。残り時間は1時間も無かったので、本当に眺める程度でしたが、「おぉ、これがパーシングIIとSS-20か」と眺めるだけでも十分に楽しかったです。でも、航空ファンが楽しめる展示物が揃っているのはダレス国際空港近くにある別館のようです。

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本当は、肖像画美術館にも行きたかったのですが、時間が無くなってしまい今回は断念しました。どこも眺める程度で消化不良気味なので、次回DCに史料調査に行く際にはもう少し博物館や美術館を巡りたいと思います。


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2010年09月27日

ワシントンDCに来ています

ワシントンDCに来ています。

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滞在は約2週間の予定。と言ってもこちらに来たのは15日(水)なので、もう残すところ今日を含めてあと3日しかありません。本当は日記風に、毎日を記録しておこうかと思ったのですが、既にこちらに来てから10日以上が経過してしまい毎日をダラダラと書くのも面倒なので、全体を簡単にまとめておきます。

◇◇◇

ワシントン滞在の目的はもちろん米国立公文書館(リンク)での史料収集です。公文書館は月曜日~水曜日&土曜日は9時~17時、木曜日&金曜日は9時から21時まで開いており、日中はほぼ公文書館で過ごす毎日を送っています。

初めての米国立公文書館での史料収集であるのみならず、米本土へ上陸するのも初めてということで、不安な気持ちもありましたが、こちらでの生活を含めて万事が非常に順調です。

空港(IAD)から宿泊先(史料収集経験のある友人に教えて貰ったデュポン・サークル近郊のB&B)へも特にトラブルもなく簡単に到着、もちろん多少の時差ぼけはありましたが、翌日から予定通り史料収集を開始することが出来ました。史料収集経験の豊富な先輩・友人・後輩のアドバイスや、仲本和彦『研究者のためのアメリカ国立公文書館徹底ガイド』(凱風社、2008年)のおかげです。

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米国立公文書館と言っても戦後史に関する資料はDCのArchiveIではなく、メリーランド州カレッジパークのArchiveIIにあります。ArchiveIからArchiveIIへは毎日シャトルバスが出ているので、毎朝ArchiveIへ向かいます。ArchiveIはグリーンorイエロー・ラインのArchives-Navy Mem'l / Penn Quarter駅が最寄りなのですが、デュポン・サークルから行くのなら、レッド・ラインのGallery Place / Chinatownから歩いた方がいいよ、という友人のアドバイスに従って、毎朝テクテク歩いている。徒歩10分弱と気持ちの良い朝の散歩になっています。

そこからシャトル・バスに揺られること約45分で、ArchiveIIへ到着します。ArchiveIIに入ると、簡単な手荷物検査とガイダンスがあり、利用者カードを作成します。その後、ロッカーに持ち込めない鞄などを置いて、いざ閲覧室へ。事前に閲覧したいファイルをピックアップしてあったので、そのBoxが含まれている史料群のFinding Aidを探して、アーキビストに閲覧申請を渡せば、こちらの作業は終了し、あとは史料が出てくるのを待つだけです。ちなみに、閲覧申請は月曜&火曜は10時、11時、13時半、14時半の4回で、水曜~金曜はここに15時半が加わり、土曜日は新たな閲覧申請は出来ません。

初日の11時&13時半の2回連続で、Yellow Slip(何らかの理由で史料が見れないことを示す紙)が出てくるという予想外の事態に遭遇し、若干焦りましたが、その後は比較的順調に調査出来ています。ただ、先週水曜日に見たいと思って申請したものがいまだに見れていないので、これはややあきらめモードです。

最初に申請したのは、国務省のセントラル・ファイル(日本の政治関係のBOX[1970~73年])で比較的人気があるシリーズなので、仕方がないのかもしれませんが、他はもう少しマニアックなものなので、自分と同じような関心の研究者が意外といるものだと思いました。

私の研究は、「日米関係」や「アメリカの対日政策」ではなく「日本外交」なので、今回の史料収集もそれほど切羽詰まって来たというわけではありませんが、やはり来て良かったというのがいまの感想です。この辺りの具体的な話は、また今度改めて書くことにします。

◇◇◇

さて、こんな感じで史料収集は順調に進んでいますが、観光はあまり出来ていません。というのも、月曜日から土曜日まで公文書館にこもっており、休日がほとんど無く、さらに収集した史料の整理や、こちらに持ってきた課題をこなしていると、時間がほとんど無いからです。もっとも、史料収集後に何度かペン・クォーターやモール周辺を散策したり、先週末に宿泊先近くの動物園とアーリントン墓地に行ったりしたので、弾丸ツアーと比べれば充実しているのかもしれません。

が、せっかくの最後の休日なので、いまからミュージアムに行くことをいま決めました! というわけで、観光関係の続きもまた今度書きます。尻切れトンボですが、以上。

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2010年09月11日

近況

色々な課題に追われていたこともあり、ブログをほったらかしにしてしまいました。

この間、8月30日(月)までは某研究プロジェクトの合宿のために草稿執筆と学会発表の準備を並行して進め、8月31日(火)~9月2日(木)はその合宿に参加。そのまま移動して9月2日(木)~9月4日(土)はゼミの合宿。そして、この1週間は、某外交官のオーラル・ヒストリー編集作業やらインタビューの準備やら来週からのアメリカ出張(ナショナル・アーカイブIIで資料調査:約2週間を予定)の準備やら秋の学会参加の手配やらに追われていました。あとは、酒を呑んだり、本を読んだり(笑)

それぞれ、書いておきたいことが色々あるのですが、今は目の前の資料調査へ向けた準備を優先することにします。

ちなみに、「日本外交史研究者向け」と題して書いてきた、戦後日本外交史の資料状況に関する簡単な解説は引き続き不定期で書き続けようと思います。

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2010年08月17日

日本外交史研究者向け情報(3)

この数日、とにかく暑いです。冬には4度まで下がる自分の部屋の昨晩の気温は31度でした。死にそうです。

これまでブログに書いてきた新刊チェック等々は、twitterの方に書いています。パパパッと気になる本を挙げておくと、それに知り合いが反応して関連する文献を挙げてくれるたりと、これはなかなか便利です。twilogを利用すれば、自分の書いた内容も保存できますし、こんな便利なツールを使わない手はありません。外交史研究者はまだまだ利用者が少ないので、もう少し増えてくれるといいのですが。

ブログとtwitterの情報の流れやスピードの違いを実感しつつ、うまく使い分けていこうと思います。



さて、久しぶりに戦後日本外交史の資料について更新しておきます。今回は情報公開法施行による変化について簡単にまとめたいと思います。思いつくままに書いており、校正・校閲は一切していない悪文ですが、悪しからず。

前回は「戦後外交記録公開」について簡単にまとめました。そのポイントは、「原則非公開、例外公開」であり、外務省が選択的に公開文書を決定してきたということです。

繰り返しになりますが、だからと言って日本の文書が直ちに「使えない」ということではありません。「日本の文書はロジばかりで」と言う研究者もいますが、そういった方は、よく言えば、そういった文書しか公開されていなかった日米安保関係のような分野を先行しているか、イギリスやアメリカといった比較的系統的に文書が残っている国の文書を読んでいる人であり、悪く言えば日本の文書をしっかりとは読み込めていない(もしくは日本の政策決定過程を理解していない)と言えると思います。

とはいえ、「原則非公開、例外公開」という状況では、どうしても研究者は「まだ隠し持っているのではないか」と考えてしまいます。実際、この半年で様々な文書が公開されたように、政府はまだ文書を保存していたわけです。

その意味で政権交代や福田政権期の公文書管理規則制定は重要ですが、その前に情報公開法施行の意味について検討しておく必要があるでしょう。前置きが長くなりましたが、以下本題に入ります。

周知のように情報公開法は1999年5月に公布、2001年4月に施行されたものです。正式名称は「行政機関の保有する情報の公開法に関する法律」で、基本的に行政機関の保有する全ての情報が公開請求の対象になります。これは現在保有している文書全てというこであり、場合によっては直近の問題でも文書が開示されることがあります。

情報公開法施行によって行政側に過重な事務負担を生んだという問題はあり、その運用上の問題は様々な形で指摘することは可能ですし、昨今話題になっているように現有文書が大量に放棄されたのではないかという疑惑もありますが、この出来事が戦後日本外交史研究にとって画期的な意味を持ったことは間違いありません。

それは、何よりもこれまで全体像が掴めなかった外務省文書の全体像がおぼろげながらも研究者に理解可能になると共に、実際に開示請求に基づいて各種の重要な文書が開示されたからです。もちろん、外交に関係するのは外務省ばかりではなく、関連する財務省・経産省・防衛省といった文書公開は十分ではないわけですが(そもそも情報公開の運用方法も異なるように思います)、それでも外務省文書が一定数開示されたことの意義は大きいです。

説明が必要なのは「外務省文書の全体像」です。それをどのように把握すればいいのでしょうか。ここで登場するのが「行政文書ファイル管理簿」です。これはgoogle等で検索すればすぐに見つかると思いますが、「e-GOV(電子政府の総合窓口)」の一つで、各省庁の現有文書ファイルを検索出来るものです。

詳細検索であれば、文書ファイル名、大分類、中分類、小分類、作成者、作成(取得)時期、保存期間満了時期、管理担当課・係から検索可能で、これを使いこなせば、ある政策課題について、現在保有されている文書ファイルが基本的に全て見つけることが出来ます。

情報開示請求を行うのに、必ずしも「行政文書ファイル管理簿」を調べる必要があるわけではありません。例えば「〇〇年〇〇月、〇〇と〇〇の会談に関連する文書」といった形で請求をすることも可能です。なぜ「行政文書ファイル管理簿」の説明をしているかと言えば、それは請求の受け手である省庁側もこの「行政文書ファイル管理簿」を利用しているからです。

情報公開請求でよく耳にするケースは「不開示(不存在)」という回答です。そんなわけは無いだろうという文書でもこうした回答を貰うことはあります。自分の場合は、「1974年2月に開催されたワシントン・エネルギー会議に関する資料」とかなり大まかな設定をして開示請求をしたら、「不開示(不存在)」と回答を貰ったことがあります。確かに「行政ファイル管理簿」で「ワシントン・エネルギー会議」と検索すると、ファイルは一つも見つかりません。しかし、「エネルギー・ワシントン会議」で検索すれば5件のファイルが見つかります。この場合は、すぐに情報公開室(現在は外交記録・情報公開室)の担当者に電話をして、「エネルギー・ワシントン会議」で再度検索して貰うようにお願いをしました。

これは、かなりひどいケースですが、重要なのは請求を受けた側も情報があまり無いということと、仕事量が増えるだけの情報公開については、ついつい「不開示(不存在)」にしたいという誘因が働くということです。大切なことは、こうした事態を踏まえて、出来る限り請求側から情報を提供して担当者が該当文書を見つけやすくすることです。これによって、請求者は「不開示(不存在)」とされるリスクが無くなり、また請求の受け手の事務作業も減ることになります。

閑話休題。ついつい、「外務省文書の全体像」の話をするはずが、話題が拡散してしまいました。

「行政文書ファイル管理簿」で丹念にファイルを検索していけば、ファイル単位ではありますが、自分が欲しい文書の全てを把握することが出来るのです。私の場合は、現在の研究対象が60年代後半から70年代半ばであり、前の時代については違うのかもしれませんが、基本的には以前の記事で説明した「外交記録公開」の文書をまずチェックし、その上で「行政ファイル管理簿」を調べれば、自分が見なければいけない資料を押さえることで、自分が見なければいけない資料は基本的に全て分かりました。

これは、占領期から60年代半ばを研究している人にも基本的に当てはまる話です。つまり、「外交記録公開」の文書をまずチェックして、それから「行政文書ファイル管理簿」を丹念に検索すれば、いま開示されていないファイルが何なのかが分かるということです。

ひとまず今回はここまで。次回は、情報開示請求の使い方を簡単にまとめようと思います。

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2010年08月05日

課題がもう一つ終了!/日本外交史研究者向け情報(2)

バタバタとした毎日を送っている内に、前回の更新からまた一週間以上空いてしまいました。

積み上がった課題もこの一週間でそれなりに減ってきました。もう一週間経ってしまいましたが、最後の詰めに苦労した2本目の論文を某学会誌に投稿(パチパチ)。無事、受領通知も来たので、あとは天命を待つばかりです。

その他は、研究費関連の処理やら、某プロジェクトの研究補佐の仕事やら、行政学のお勉強やら、インタビューのテープ起こしやら、細々とした課題がそれぞれひと区切り付きました。といっても、まだ終わっていないテープ起こしが二つあるので、これを何とか来週頭に終わらせて、大きな課題に取りかかる態勢を整えたいものです。

と、思いつつも、明日からのROCK IN JAPAN FES 2010に向けて気持ちが盛り上がってきてしまったので、今日の勉強&研究はここまでにして筑波の通人宅へ向かうことにします。



twitterを始めて2週間経って、何となく使い方が分かってきました。同時に感じたのは、大したことでは無くてもツイートしていると、アウトプットへの欲求が満たされてしまうということで、これはこれで危険だなと思います。



本の話で色々書きたいことがあると宣言しつつも、なかなか筆が進まないので、まずは前回の記事で少し書いた「日本外交史研究者向け情報(=日本の外交文書公開の実態)」を書き進めることにします。

前回は、「戦後外交記録公開の全体像を把握せよ」というところで終わったので、今回はその全体像について紹介をしておきます。

「全体像」を把握するためにはどうすればいいのか。いま一番簡単な方法は、外交史料館のHPにアクセスすることです。そこから、まず「所蔵史料」をクリック、続いて戦後期のところにある「外交記録公開」に進むとお目当てのページが見つかります(リンク)。

ごちゃごちゃした説明を省いてまとめてしまえば、いま戦後外交記録は、大きく分けて3つの方法(①外交記録公開、②情報開示請求に基づく公開、③外交史料館への移管ファイル)で公開されています。

第一は「外交記録公開」。これは1976年から始まったもので、第1回から第21回まであります。2001年までは、戦後日本外交に関する日本の一次資料は、基本的にこの「外交記録公開」のみでした。「青ファイル」云々という外務省の文書管理に関する専門的な話は置いておくとして、ざっくり言えば、これは「作成から30年以上経過した外務省文書の一部を公開した」ものです。

トータルの資料数はかなりありますし、実際に重要な資料が数多く含まれています。ただし、基本はマイクロ・フィルムかCD-R(第18回公開以降)での公開で、閲覧者が資料の全体像を把握出来ないという難点があり、「まだ隠し持っているのではないか」という、ある種の不信感に繋がった点は否めません。ちなみに第1回~第5回、第7回、第8回はインターネット上でも閲覧出来ます。

「外交記録公開」に含まれる文書は占領期から70年代中盤までですが、実質的にはほぼ60年代半ばまでというのが研究者の共通理解と言っていいのだと思います(なぜこの年代なのかということの背景には、60年代中盤の外務省内の文書管理規則の変化があるようです)。とはいえ、今の段階でも(ある時期までの)戦後日本外交史を研究する際に、まずチェックしなければいけないのは、この「外交記録公開」の文書です。

それでは、どのようにチェックするのか。ここで役立つのが、「戦後期外務省記録(青ファイル)分類表」です(※これはgoogleなどで検索すればすぐに見つかります)。この分類表を見て、自分の関係する資料がどこにあるのかをある程度の当たりを付け、その上でそれぞれのファイルをチェックしていくことが、基本的な手順になります。

どういったファイルがあるのかを確認するためには、おそらくこれまでは外交史料館に置いてある目録を確認しなければいけなかったのだと思いますが、一ヶ月くらい前から、外交史料館のHPで目録を閲覧出来るようになりました。やや残念なのは、この目録では含まれる文書の作成年月日までは確認出来ないことですが、それでも、大体の当たりを付けられる点は重要です。

と、ここまで書いたところで、時間が無くなってしまったので、情報公開法施行による変化については、また次の機会に書くことにします。乞うご期待。

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2010年07月28日

課題が一つ終了!/日本外交史研究者向け情報(1)

前々回のエントリーで、この夏は大きな課題が6個あると書きましたが、ようやく一つ(課題その2)終わりました。順調に行けば、夏の間に報告書形式でオーラル・ヒストリー刊行まで行くのではないでしょうか。

もう一つ、この夏最初の課題である2本目の論文を投稿(課題その1)が、今日のやるべきことです。先輩にコメントを頂く関係で作業をストップしていたとはいえ、予定よりも少し時間がかかってしまいました。



そんな慌ただしい夏なのに(いや慌ただしいからこそか)、時流に乗ってtwitterを始めてしまいました。



従来、戦後日本外交史を研究しようすると必ず言われたことは、「資料が無い、資料が少ない」ということです。しかし、この後の数年でこの言い訳は出来なくなるのではないでしょうか。

この数年の間に日本の外交文書を巡る状況は大きく変わりました。民主党の政権交代によるいわゆる「密約」関連の調査や関連文書の公開ばかりが注目されがちですが、福田康夫政権下における公文書管理規則の検討も見逃すことが出来ません。

もちろん、2001年の情報公開法施行が大きな転機になったことは間違いありませんが、実際研究を見る限りでは、この法律をうまく使いこなせている研究は決して多くは無いというのが率直な感想です。うまく使っている研究は、従来と同じようにまずは外交史料館で「戦後外交記録公開」で開示された資料をチェックし、さらに諸外国資料を使っています。こうした資料群をしっかり使った上で、補足的に情報公開法を使えば、実はかなりの数の眠っている資料を引き出すことが出来ます。ポイントは、情報公開法を利用した研究の多くは、あくまで情報公開法で引き出した資料はメインではなく、追加的に用いていたということです。

なぜなら、戦後外交記録公開の原則はあくまで「非公開」で、例外として一部の資料が「公開」されていたからで、まだまだ外務省に眠っている資料があったからです。つまり、資料の大枠を「戦後外交記録公開」で出された文書で掴み、さらに諸外国資料を通して文脈を補強した上で、眠っている資料を引き出しているのが、これまでの「いい研究」の多くです。

これに対して、資料公開の実態をおさえずにただ情報公開法で引き出した資料で書いた研究は、断片的に資料を見ているに過ぎず、歴史研究としてはあまりに少ない資料しか見られていないわけです。もちろん、資料など無くても良質的な研究をすることは可能ですが、それならば「歴史研究」は必ずしも適した方法論ではなく、別のやり方があるというものです。

といったところが、2008年くらいまでの状況ですが、これがこの数年で大きく変わりつつあります。おそらく重要な転機となったのは、福田政権下で進んだ、公文書管理規則の検討だと思います。この検討後に、日本の外交史料はものすごい勢いで開示が進んでいる。

それまでの公開方法との大きな違いは、「原則非公開、例外公開」から「原則公開、例外非公開」へと変わったことです。ファイルごとの公開という限界はありますが、原則が変わったことの意義はとても大きい。なぜなら、それによって研究者が資料の全体を把握出来るようになるからです。ただし、資料の全体像を把握するには多少の経験とこつが必要です。この「こつ」を説明する前に現在の戦後外交記録の公開方法の全体像を概観しておく必要があると思います。

と、ここまで書いたところで疲れてしまったので、戦後外交に関する文書公開の全体像の概観は次回更新の課題にします。

※ちなみに、以上と矛盾するようですが、私の研究で使っているメインの資料は情報公開法で取得したものです。この点では上記の「いい研究」の条件を満たしていないわけですが、言い訳をすれば、第一に、「戦後外交記録公開」で公開される時代よりも後の時代を取り扱っていること、第二に、徹底して情報公開請求をかけており、資料の全貌は ほぼ掴んでいること、第三に、論文には使っていないものの諸外国資料もそれなりに読み込んでいる、ということは強調しておきたいところです。この辺りは、 情報公開請求のこつにも関わってくるところなので、これもまた次回の更新時に書きます。

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2010年07月18日

♪キラキラ!が聴きたい気分/本の話

昨日のエントリーで書いたように、この夏は課題に追われています。そんな現実から逃避したくなりつつも、それが出来ない時にはやはり好きな音楽を聴いて面白い本を読むに限ります。

何となく(…というか理由はよく分かっているのですが)、この数日は↓をはじめとした曽我部恵一をとても聴きたい気分です。



30代後半でこんな歌を書けるおっさんになりたいもんです。




さて、日曜日に大学院棟にこもって粛々と課題をこなしているわけですが、どうも手許にある本が気になって集中が続きません。そんなわけで、課題7割・息抜き3割という緩い感じで今日は作業をしています。

その息抜きが↓

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アメリカにおけるアジア研究の碩学の一人であるロバート・A・スカラピーノの自伝『アジアの激動を見つめて』(岩波書店、2010年)です。自伝・回顧録好きの自分としては外せない一冊であり、生協に並んでいるのを見て即購入しました。

若いころを除けば、通常の回想録のような編年体ではなく、バークレーに着任して以降はテーマごとの章立てになっていることが特徴で、著者が関わった各地域に関する自伝的回顧を踏まえたエッセイといった趣があります。

各章の題名にある国・地域は、ベトナム、日本、中国、朝鮮半島、北東アジアの周辺諸国、インドシナ三国、東南アジア、南アジアです。ここに著者の包括的な「アジア」への関心が現れています。どの章も読みごたえ十分ですが、今まで読んだ中ではやはりベトナム戦争に関する章が面白いです。

我々が後知恵でベトナムを論じるのとは異なり、アメリカを代表するアジア専門家としてベトナム戦争にいかなる態度を取るかはとても難しいことだったと思います。その中で著者が取った立場は、明確なベトナム戦争支持でした。それは、著者が南ベトナムを訪れた際の経験に基づくものです。ベトナムの多様性を指摘した上で著者は次のように書いています。

このような国で、開かれた政治体制のもとで政治的安定をはかることは、非常に難しいように思われた。しかし、ベトナムの人々と一週間ほど話をしてみて、私は違いこそあれ、南ベトナム人の大多数は共産主義政権を望んでいないのだ、という確信をもつにいたった。彼らの中には、すでに共産主義の弾圧ぶりを体験している者もいたのである。このように、私のベトナムに関する基本的な考え方は、さまざまな人々、主に一般民衆との交流によって形成されていったのだった。(71-72頁)

ジョージ・R・パッカード『ライシャワーの昭和史』(講談社、2009年)を読んだ時も同じような感想を持ったのですが、やはり歴史に取り組む以上は、後世の視点からだけでなく、当時の視点を踏まえることを忘れてはいけないのだと思います。もちろん、どちらかだけではいけないわけで、「過去」を無理に正当化する必要は無いわけですが、当時、どのような選択肢や考えの幅があって、その中でどういった判断が行われたのかを、歴史家は慎重に検討していく必要があります。

そんなことを考えつつ、続きを読むことにします。



昨日のエントリーに書き忘れましたが、竹森俊平『中央銀行は闘う――資本主義を救えるか』(日本経済新聞出版社、2010年)も面白かったです。

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前著『資本主義は嫌いですか――それでもマネーは世界を動かす』(日本経済新聞出版社、2008年)よりも、より議論全体が洗練された印象で、なかでもこの経済危機後の注目すべき変化として中央銀行の役割の変化を述べている点と、ハロルド・ジェームズを引きつつ大恐慌との比較を試みている点をとても興味深く読みました。

この本を読んで、現・日銀総裁の白川方明氏が日銀総裁に就任するとは夢にも思わっていないであろう時に書いた『現代の金融政策――理論と実際』(日本経済新聞出版社、2008年)を読み返したくなりました。ざっと目次を見返してみても、『中央銀行は闘う』でキー・コンセプトとして挙げらているイールド・カーブの話などが丁寧に論じられている節があるなど、議論を逐一対照しながら読むと面白いかもしれません。

が、残念ながら時間が取れずそこは断念。金融は自分の研究にも関係してくるとはいえ、現代の話は複雑過ぎて追いきれません。



この他に、最近出たor出る本で気になるのは↓

westad2mabuchi

この2冊は、刊行次第手に入れて読みたいと思います。

と、日本語の本ばかりチェックしているのですが、論文を書くためにももう少し洋書や英語の論文をしっかりとリストアップしていく必要がありそうです。

ここまで書いていて、現実逃避をしている場合ではないと気が付きました(汗)。もうしばらく日曜の大学で頑張ります。

black_ships at 17:37|PermalinkComments(0)

2010年07月17日

この夏休みの課題

自分にプレッシャーをかけるために、この夏休みの予定を列挙しておきます。事情により「某」がやたらと多いです。色々と声をかけて頂けるのは、本当にありがたい限りですが、それにしてもやることが多すぎる気がします。

順番は、〆切順。



課題その1: 2本目の論文を投稿

この夏最初の課題は、『国際政治』に出した論文の前史となる論文の投稿です。1年前の今頃から取り組み始めたので、少し時間がかかり過ぎている気がしますが、対象期間が7年間と長く、関連資料がこの1年間で大分開示されたので、仕方が無い(ということにしたい)。半年前に某研究会、先月、某研究会(半年前とは別)&リサーチ・セミナーで発表し、その後さらに師匠にも指導して貰い、いまは意義付けの部分で最後の詰めをしているところです。これは1週間以内に目途を立てて投稿しておきたいと思います。

課題その2: 某元大使のオーラル・ヒストリー編集作業

昨年もアルバイトでお手伝いさせて頂いた某元大使のオーラル・ヒストリーの編集作業の続きです。今回は、一気に報告書形式での印刷、某出版社からの刊行という流れで進むようで、最終確認作業をするからということで声をかけて頂きました。外交官としては変わった経歴の方なので、読み物としても面白くなるのではないかと思いますし、かなり詳細に加筆をされているので、刊行されれば研究者へのインパクトはかなりある気がします。これは、刊行されたら改めてここで紹介します。これは7月下旬の課題。

課題その3: 某共著企画(その1)のドラフト執筆

これは師匠にも相談した上で、この春から加わった企画です。広い意味での専門である戦後日本外交には含まれますが、いまの研究テーマとは少し外れるので、調べることが色々ありそうです。担当部分に関する報告は5月に済ませたとはいえ、その後、一気にスケジュールが固まり、その結果、思った以上に早い段階でドラフトを出さなければいけなくなってしまったので焦っています。視野を広げるいい機会ではあるものの、一番下っ端なので、頑張らなければいけません。これが8月上旬~中旬の課題。

課題その4: 某元大使の回想録のお手伝い

課題その2とは別の某元大使の回想録のお手伝いも夏休みの課題になりそうです。昨年実施したインタビューを基に回想録を出版するという企画で、事実関係の確認作業や要加筆部分に関する追加インタビュー等々がお手伝いの中身です。私の他に4人の先生方が監修メンバーにいますし、担当部分は自分の専門に近いので、それほど大変ではないと思うものの、スケジュールが読めないので、他の課題とぶつかるとなかなか厳しいことになる気がします。個人的には、8月下旬から9月中旬くらいの課題という位置付けです。

課題その5: 某共著企画(その2)のレジュメ作成

課題その3とは別の共著企画です。これももちろん師匠に相談した上で参加させて頂くことにしました。こちらは、自分の専門とほぼ重なる話で、それを少し違った視角から検討することになりそうです。実はレジュメ自体はもう作ったのですが、やや不安な部分があるので、〆切直前まで寝かせて、最後にもう少し詰めの作業をしようと考えています。この話は、後期の横手先生の授業で発表させて頂こうかなと思っています(授業でボロボロにされたらピンチ)。〆切は9月末日。

課題その6: 某学会での発表のための報告ペーパー執筆

課題その1と共に、博士論文へ向けた重要なステップです。一応企画は通り、承諾書も送付、スケジュールも決まったので、あとはいい発表になるように研究に取り組むだけです。報告内容自体の基本的な調査はもう終わっていると言えば終わっているものの、もう少し詰めたい部分が残っているので、この夏は報告に関係する部分でインタビューを何回かやる必要がありそうです。日本側だけでなく、アメリカやイギリスの資料をどう使うかも迷っているところです。大まかな報告内容草案を8月下旬に完成させ、9月上旬に他の報告者2名と最終調整、9月中旬に報告概要を送付、10月中旬に報告ペーパーをアップという流れです。



以上が多少なりとも研究に関係しそうな部分ですが、この他にも研究費の処理やら、忙しさにかまけて忘れていた確定申告(還付申告)、インタビューのテープ起こし、お手伝いしている某プロジェクトの補佐などなど、尋常ではない忙しさに追われることになりそうです。

課題その3を除けば、博士論文に繋がるもなので、いいプレッシャーにして真剣に取り組んでいこうと思います。コンスタントに毎日少しずつ作業を進めて、多少なりとも余裕を持てるようにしたいものです。

友人たちと8月の最初にROCK IN JAPAN FESTIVAL 2010(リンク)に行くことが唯一の遊び企画。今年もいいメンバーが揃っているので、とても楽しみです。悩みどころは、ユニコーンとサンボマスター、奥田民生とスネオヘアーが重なっていることで、これはどうしたものかなと。うーむ。

black_ships at 12:03|PermalinkComments(0)

2010年05月25日

見事な大外一気(NHKマイルカップ)/本の話(備忘録)

いよいよ今週末にダービーということで、春のGIシーズンもいよいよ盛り上がって来ました。

さて、遅ればせながらという感じは否めませんが、見事な大外一気(※読み方は「オオソトイッキ」)が決まったNHKマイルカップの動画をアップしておきます。4コーナー(1分5秒辺り)ではほぼしんがりにいるダノンシャンティ(13番)の追い込みは素晴らしいです。



まだまだ二コーナー辺りをうろうろしている大学院生活でも大外一気を決めたいものです。



先週から寝かせていた論文執筆を再開し、手許にある資料や外交史料館での資料調査を進める日々を送っています。自分の研究に取り掛かると時間が無くなるはずが、なぜだか読書量も増えていくというのが不思議です。

備忘録代わりに以下、この1週間で読んだ本と購入した本を挙げておきます(版元情報があるものは画像にリンクを貼ってあります)。

最近は新書がなかなか豊作です。

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画像がややぼやけていますが、帯の「希望」売りがヒントになるかもしれません。宇野重規先生の新著『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書、2010年)です。昨晩読み始めて今朝読了。

サリンジャーがあれだけ昔から読まれているのだから、〈私〉の時代が最近始まったわけではないだろうと、斜に構えて読み始めたのですが、論旨明快、(昔から存在していたかもしれないけれども)「いま」の時代に顕在化したと言われる悩みをクリアに解きほぐしている好著だと思います。この本に「答え」を求めると、何だ最後は精神論か、と落胆してしまうかもしれませんが、それでいいんだろうなというのが個人的な感想です。

考え方や生き方が古臭く、「再帰的近代化」とか「ポストモダン」とかが体質的に合わない私自身は全く抱えていない問題の数々をいかに現代の社会思想・政治思想が考えてきたのかが整理されているので勉強になりました。読んで良かったとは思うものの、依然として斜に構えたままです(笑)。

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研究の合間に先週後半読んでいたのが瀧井一博『伊藤博文――知の政治家』(中公新書、2010年)です。伊藤之雄先生を中心に進められていた伊藤博文リビジョニズムの最後を飾る一冊という位置付けになるのでしょうか。

これ一冊で伊藤の生涯が見えるわけでも、伊藤を通して明治の政治史が分かるわけではないという点では、やや玄人向けの本で新書という媒体が合っていたのかは分かりませんし、この時代を専門に研究されている方がどのように評価されるのかは分かりませんが、伊藤の「政治思想」を抽出という本の目的は見事に成功しているように思います。

本書を通して強調されるのは、伊藤の「漸進主義」と、科学的思考の強さです。それゆえ、国内でも朝鮮半島でも伊藤はナショナリズムに苦労させられることになるわけで、この辺りが読んでいて面白かったです。本書が描き出す、上滑りの「理想主義」でも現状追認の「現実主義」でもない伊藤の姿は確かに「知の政治家」なのでしょう。

国内政治の議論をしている部分で強調される「漸進主義」はよく理解出来ましたが、国内政治の議論の延長として「外交」を論じているのは若干気になりました。当時の「外交」はむしろ他の列強に向けて行われたもので、本書が取り上げている中国や朝鮮半島との関係は果たして「外交」だったのでしょうか。

戦前の日本政治史はほぼ趣味で読んでいるだけなので、この本に専門家がどういった反応を示すのか興味があります。

新書が飽和状態になり、やや軽めの本が増えつつある中で、読み応えがあるものを出し続けている中公新書の存在は大きいと再確認しました。

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そんな中公新書の今月の新刊を早速購入しました。篠原初枝『国際連盟――世界平和の夢と挫折』(中公新書、2010年)です。合わせて同じ出版社の竹中治堅『参議院とは何か――1947~2010』(中公叢書、2010年)も購入。

『国際連盟』は、大学院の後輩に戦間期のヨーロッパ外交を研究している後輩が何人もいるので、彼らの感想も聞いてみたいところではありますが、その前に自分で読まなければと思う一冊です。この数年の出版事情で言うと岩波書店から『国際連合』が出ていますが、その中で中公からは『国際連盟』が出るというのが渋いですね。

後輩がよく言っているのが、戦間期という時代の面白さです。戦争が終わり、そして戦争が始まる、同盟関係も固定的ではないという戦間期は確かに面白いと思いますが、そうした不安定な時代ゆえに、なかなか見通しが掴めない気もします。国際連盟の夢と挫折が戦間期という時代の中でどれだけの意味を持っていたのか、そんなことを考えながら読み進めたいと思います。

竹中治堅先生の『参議院とは何か』は、満を持しての刊行ということになるのでしょうか。本を手に取り、学部時代に慶應に授業に来ていた際も参議院の役割についてしばしば強調されていたことを思い出しました。政治学者が一人で書く通史的研究は、非常に重要だと思うのですが、日本ではなかなか目にすることがありません。『年報政治学二〇〇四』に掲載された論文以来、ずっと竹中先生の参議院研究を追いかけてきただけに、これは読むのが非常に楽しみです。

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と、こんな感じで研究に関係ないものばかり読んでいるのもまずいので、毎日少しずつ国際関係論の勉強を進めています。色々と基礎的な知識を勉強した思い出があるInternational Political Economy: Perspectives on Global Power and Wealth, 4th Edition, (London: Routledge, 2000)の編著者であるJeffry A. FriedenとDavid A. Lakeに、Kenneth A. Schultzを加えて書かれた教科書World Politics: Interests, Interactions, Institutions, (New York: W.W.Norton, 2010)、これが素晴らしい出来です。

以前にブログで紹介したJoseph S Nye, jr, and David A. Welch, Understanding Global Conflict and Cooperation, 8th Edition, (New York: Pearson Longman, 2010)[『国際紛争』第8版]も素晴らしい出来の教科書ですが、最新の研究動向や理論を押さえているという点ではWorld Politics の方が格段に優れているような気がします。といってもまだChapter3までしか読んでいませんので、確定的なことは言えませんが。

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国際関係の勉強では、先週某所で話を聞く機会があった小川和久氏の新著『この一冊ですべてわかる 普天間問題』(ビジネス社)を土曜日に一気に読みました。約1時間で普天間問題の背景が理解出来る、というのがこの本の売りだと思いますが、その役割は十分に果たしてくれる本だと思います。普天間問題そのものだけでなく、その背景にある在日米軍基地全体の問題、日米同盟、日本の安全保障政策について、語り下ろし形式で書かれており、少しでもこの問題に関心があるのであれば読んで損は無いです。(というか、偉そうに上から「鳩山さんが、国民の間でこの問題が議論される素地を作った点は評価されるべきだ」とか言う人にまず読んでほしい)

これが面白かったので、ついでに『日本の戦争力』(新潮文庫、2009年)、『在日米軍――軍事占領40年目の戦慄』(講談社文庫、1987年[絶版])も購入してしまいました。小川氏の議論には批判があることも承知していますが、最低限押さえておくべき事実と数字を踏まえた立論はとても勉強になるので、空いた時間に読み進めていくことにします。



と、こんなことを書いている内に昼休みが終了してしまいました。


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