日々の戯れ言

2012年07月16日

近況(共著を2冊刊行しました)

前回の更新から3ヵ月以上開きましたが、このブログも細々と続けていくつもりです。



さて、この間の個人的に大きな出来事は以下の2冊の共著が刊行されたことです(版元情報は画像にリンクを付けておきました)。どちらも日米関係絡みのプロジェクトで、当初は昨年度中に出版される予定だったのが、諸々の事情から今年度にずれこんでしまいました。



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1冊目は4月末に刊行された日米協会・編(五百旗頭真、久保文明、佐々木卓也、簑原俊洋・監修)『もう一つの日米交流史――日米協会資料で読む20世紀』(中央公論新社)です。

日米協会(リンク)は日米間の交流や相互理解の促進などを目的として1917年に設立された民間の団体です。初代会長が金子堅太郎、戦後は吉田茂、岸信介、福田赳夫といった首相経験者が会長を務めたことからも分かるように、民間にありながら政府とも関係が深く、日米双方の様々な関係者が演説/講演を行っています。例えば駐米大使と駐日大使は着任前と帰任時に日米協会で講演をするのが慣わしとなってきましたし、日米双方多数の要人が日米協会で講演をしています。

これらの貴重な演説/講演が英文のBulletinなどの形で残されており、資料集などの形で出版することは出来ないか、というのがこのプロジェクトの始まりだったようです。私が加えて頂いたのは途中からなので詳しいことは分かりませんが、最終的には「資料集+演説の解説」という形ではなく政治外交史の観点で全体の流れを押さえつつ、経済や文化交流にも目を配った形で通史的叙述の中に演説を埋め込んでいくというユニークな本になりました。

なぜか80年代前半は専門外の私が書かせて頂くことになったわけですが、他の部分は納得の人選です。戦前は監修者でもある簑原先生とかねてから日米協会の所蔵資料を使って研究を進められていた飯森明子先生、戦後の活動再開から60年安保までは楠綾子先生、60年代は昇亜美子先生とアメリカの対日政策を研究している玉置敦彦君が共同執筆、70年代頭は井上正也先生、半ばから後半は佐藤晋先生、80年代後半は千々和泰明先生という若手中心ながら豪華執筆陣です。なお80年代も文化交流の部分など「共同執筆」扱いになっている箇所もありますが、基本的には全て時代で区切り、あとは文言等や体裁の統一をした程度で実質的には分担執筆という形を取りました。

各章共に、最新の研究成果を織り込んだ政治外交史をふまえて全体の流れを整えつつ、日米協会で行われた演説/講演を紹介していく形になっています。80年代前半は、まだまだ利用できる一次資料が限られていることもあり、史料面でも新しさがある他の章とは異なり、全体のバランスを意識して80年代という時代の性格を捉えることを重視して執筆しました。安保面での日米摩擦が徐々に解消していく一方で経済面の対立が激しくなり、日米関係を限られた知米派・知日派だけで処理することができなくなっていくという時代の感覚や雰囲気を、日米協会における講演を織り込むによって出せたのではないかと思います。自画自賛になってしまいますが、分担執筆ながら千々和さんが担当された80年代後半ともうまく繋がったのではないかと考えています。

残念ながら私が担当した時代は、50年代のダレスやニクソン、60年代の吉田茂の講演のように歴史的にも貴重な講演があったわけではありません。それでも東郷文彦や大河原良雄(現・日米協会会長)といった新旧の駐米大使、福田赳夫元首相や大来佐武郎前外相などの日本側講演、モンデール前副大統領(講演後には民主党大統領候補)、アラバマ州知事のジョージ・ウォーレス、フルブライト元上院議員、海兵隊出身のローレンス・スノーデン在日米国商工会議所会頭といった米国側講演からは、外交文書や新聞報道を見るだけではなかなか分からない苦悩する知米派・知日派の姿が浮かび上がってきたように思います。

先月末に国際文化会館で特別出版記念フォーラムが行われ、僕も執筆者の1人として5分という短い時間ではありますが担当した時代について話してきました。このフォーラムの様子と本について産経新聞の千野境子さんが「土曜日に書く」というコーナーに「歴史刻んだ民間の日米交流、摺鉢山に日米勇士の碑」と題した7月15日掲載のコラムで紹介してくれました(リンク)。悪事でなく新聞に自分の名前が載る日が来るとは(笑)

今でこそ日本国際交流基金や日本国際交流センター(JCIE)など日米のみならず広く国際交流を手掛ける機関がありますが、日米協会が交流事業を一手に引き受けた時代がありました。日米協会の歴史、日米協会での演説/講演、日米関係史を通史的に書いた本書から浮かびあがる世界に関心がある方は決して少なくないのではないでしょうか。抜粋ではありますが巻末に演説の原文を収録するなど資料的価値もありますし、60年代のように最新の研究成果を惜しみなく盛り込んでいる章もあるので、研究としても読める少し変わった通史にもなっています。全体を通じて読み物としてもそれなりに面白いものになったのではないかと思います。ただ…600頁とはいえ定価が12600円(本体12000円)という普通は手が出ない設定になっているので、関心がある方は是非図書館等でご覧頂ければ幸いです。ちなみになぜか版元HPには四六判と出ていますが、A4判です。

日米関係にも80年代前半という時代にも関心は持ってはいたものの、博士論文で取り組んでいる研究課題からは少しはずれるので、不安が無かったわけではないのですが、こうやって本として刊行されると嬉しいものです。自分が研究しているテーマや時代をもう少し後の時代から眺めると何が見えてくるのかといったことや、政治や安全保障、経済、文化をバランス良く捉えようと努力する作業がこの段階で出来たことはとても良かったと思っています。改めて声をかけて頂いた諸先生方や事務局の方々に感謝です。



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もう1冊は6月頭に刊行された簑原俊洋・編『「戦争」で読む日米関係100年――日露戦争から対テロ戦争まで』(朝日選書)です。

2年ほど前に同じく朝日選書から出た筒井清忠・編『解明 昭和史――東京裁判までの道』のように、最新の研究成果を踏まえた一般書として企画されたもので、編者の簑原先生、冷戦期を取りまとめられた楠先生に声をかけて頂きました。ありがたいことに、この本では自分の専門の話を書くことができました(「第9章 第四次中東戦争――石油をめぐる日米の対立と協調」)。

取り上げられている「戦争」は、日米が直接対峙した第二次世界大戦を除いたもので、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、朝鮮戦争、中ソ対立、ベトナム戦争、第四次中東戦争、湾岸戦争、対テロ戦争、それから「核なき世界」や「新しい戦争」と「人間の安全保障」といったテーマに及ぶ、こちらもなかなか類書が無いユニークな本になっています。戦前、冷戦期、冷戦後の3部構成、全14章です。

私の担当部分の大枠は「第一次石油危機における日本外交再考――消費国間協調参画と中東政策「明確化」」『法学政治学論究』第89号、2011年6月(リンク)などこれまでに発表した論文を改稿した形になっていますが、日本外交ではなく日米関係を分析対象としたこと、そして日米関係をただ日米関係として捉えるのではなく、出来る限り広い国際的な文脈の中に置いて考えたことに新味があります。一般向けの短い論考ではありますが、従来の第一次石油危機や第四次中東戦争時の日米関係/日本外交とはかなり異なるイメージを打ち出せたのではないかと思っています。一般向けの選書という性格もあって一次資料に関して詳細な注は付けることが出来ませんでしたし、実際には文書を使っていても地の文に埋め込んだ部分が多いのですが、米国立公文書館での資料収集の成果を多少入れることが出来たこともこれまでに発表した研究と比べた新しい点です。

博論で取り組んでいる「日本外交」ではなく「日米関係」としての意義付けを意識してこの問題を考えるとても良い機会になりました。もちろん国際的な文脈を押さえることは「日本外交」を研究する際にも重要ですが、やはり「日本外交」として捉える場合は国内や官庁の内部の文脈がより重要になります。「閉じた」歴史にしないためには国際的な文脈を押さえる必要があることは言うまでもないことです。ただ、「国際政治史」ではなく、あえて「一国外交史」を書くことにもそれなりに意味があることだと今は考えています。この辺りのバランスをどう工夫していくかは博士論文をまとめていく上でも大きな課題になりそうです。

『もう一つの日米交流史』とは違い、こちらは一般読者を想定した選書であり、約300頁、税込1680円という良心的な価格設定になっています。私の担当章はともかくとして、どの章も最新の研究成果を踏まえて一般向けに約1万字で書かれているので自信を持っておススメできる1冊です。関心のある方は是非ご一読を!



この他、共著書の翻訳出版や、ある元外交官の方のインタビュー記録の出版など、楽しみな企画が後ろに控えています。順調に進めば、どちらも今年度後半に刊行ということになりそうです。

と、本好きの自分にとっては嬉しい出来事が続いたわけですが、肝心の博士論文はなかなかうまく進まない時期が続きました。ただようやく骨格が固まったかなという感じになってきたので、今週師匠に相談をしてOKが出たらペースを一気に上げて書いてしまいたいと思っています。9月に約3週間ほどロンドンに資料収集に行く予定なので、それまでに終わらせることが絶対目標です。


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2012年03月31日

2011年度を振り返って

メモ代わりにtwitterを使うようになり、すっかりブログを書く習慣が無くなってしまいました。確たるものもないままに予告してみた博論執筆日記も結局書かず…。当面このブログはその時々の節目の記録や報告に使っていくことになりそうです。



さて今日で2011年度も終わりです。3年で博士課程を終えることができなかったことは痛恨ですが、それも含めて今年度の研究活動をまとめておきたいと思います。

気が付けばお世話になってきた先輩達もほとんどが大学院を離れてしまいました…。本当に時間はあっという間に過ぎていきます。



1年前の今日のエントリーを読み返してみると、「それなりに頑張ったつもりなのですが、論文として形になったのは1本だけでした」と書いていました。今年度はある時期から某先生のアドバイスもあり博士論文執筆に集中するために論文の投稿をしなかったので昨年度とは事情が少し違いますが、今年度も論文として形になったのは1本だけでした。

一昨年の国際政治学会(部会1「経済大国化」と日本外交の新局面)での報告ペーパーに加除修正を加えたもので、「第一次石油危機における日本外交再考― 消費国間協調参画と中東政策「明確化」 」という題名で学内紀要『法学政治学論究』第89号(2011年6月)に掲載されました。機関リポジトリのページからPDFファイルに飛べるので、関心のある方はこちら(リンク)をご覧ください。

もう一つ大きいものとしては、比較政治学会2011年度研究大会の報告です。「資源外交の比較政治」という分科会で「資源外交の構図―第一次石油危機前後の日本を中心に」と題した報告をしました。分科会のテーマに引き付けて論題は付けましたが、自分の研究の幅を広げる方向性を見極めるいい機会になりました。結果的には、この報告で打ち出した方向性とは少し違う形で博士論文はまとめることになりそうです。



以上のように形になったのは論文1本・学会報告1回だけでしたが、お誘い頂いた日米関係に関する共著2冊の原稿を仕上げたことも今年度の仕事です。

一つは博士論文でも取り上げるテーマについて書かせて頂いたもので、こちらは順調に編集が進んでいるようで6月頃に某選書の一つの章として収録される予定です。1万字強と短い字数で自分の研究テーマ(=日本外交)を日米関係の中に位置づけて考えるいい機会になりました。執筆メンバーも力ある若手研究者の方々がずらりと並んでいるので、本としてもお買い得なものになりそうです。刊行が近付いたらまたここで宣伝したいと思います。

もう一つはある財団に残されている演説記録を日米関係史の中に位置づけて紹介する本で、80年代前半を担当させて頂きました。博士論文のテーマと直接関係するわけではないものの、自分の研究テーマを後の時代に位置づけて考える機会になりました。実はこの原稿は既に昨年1月の段階で99%は終わっていたものなのですが、諸般の事情があり刊行が遅れています。現段階では4月中の刊行を目指して編集が進められていると聞いていますが…。こちらも刊行が近付いたらまた書くことにします。

また共訳者の先輩&後輩におんぶに抱っこでしたが、「ジョセフ・ナイ教授を囲んで アジアを考える日米」という『アステイオン』第74号(リンク)に掲載された座談会の翻訳を担当しました。これとは別に共著書の翻訳プロジェクトが昨夏から始まり、1つの章を担当させて頂いたので、順調に行けば来年度には出版になりそうです。

この他に様々なインタビュー・プロジェクトに加えて頂き、うまくいくと来年度にはいくつか公刊されることになるかもしれません。



ここに現段階の構想は書けませんが(これまでに発表したものからある程度は分かりそうですが…)、懸案の博士論文についても簡単に。

厳しくなる院生の置かれた状況を考えれば3年目で博士号を取得することが望ましいとはいえ、それはなかなか厳しいだろうこともあり、今年度の一つの目標は学内の基準をクリアして博士論文提出資格を得ることでした。博士論文提出資格を得るためには2本の論文を公刊した上で、年2回開催される学内の研究会で個別テーマと博論計画について報告し、審査に通る必要があります。これを済ませると博士候補生(PhD Candidate / ABD)になれるわけです。この目標は何とか昨年6月の報告会でクリアすることが出来ましたが、その後がなかなか苦しい状況です。

さらなる資料調査や研究の読み込みなど約半年間の準備を経て今年に入ってから本格的に執筆を始めましたが、「足で稼げる」部分をある程度書き終えてからスランプです。ここからが一番面白いところではあるのものの、ほぼ書けない期間が2週間くらい続いたので少し気が滅入りました。この1週間くらいは色々な方に相談に乗ってもらい、ようやく次の道筋が見えてきたように思います。何とか来年度の早い段階で提出まで持っていければと考えています。



このように書いてみると、それなりに順調に進んでいるように思えますし、色々な形で「褒めて」もらえることもあったので決して悪くはないとは思いますが、博論がある時期から停滞してしまったこともあり、自分としては大きな壁にぶつかっている感覚です。とはいえ、ここを乗り越えてこそ面白い研究ができると思うので、気分を変えて頑張ろうと思います。

プライベートでも実家を出て一人暮らしを始めたり、何かと今年度は動きが大きかったのですが、来年度は所属先が変わるわけでもありませんし、腰を据えて研究を進める一年になりそうです。公文書管理法施行後の外交記録公開に関する状況についてまとめたり、新しく研究会を立ち上げたりと、やりたいことはたくさんあるのですが、まずはいま取り組んでいる博士論文を提出しないことには何も始まらないので、何とか早く草稿を書き上げて師匠に持っていくところまで終わらせたいところです。

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2011年04月22日

今学期の授業

気が付けば、博士課程も3年目に入ってしまいました。運良く、今年度と来年度は金銭的な面をあまり気にせずに研究に集中出来る環境が整ったので、一日一日を大切に地道に研究を進めて行こうと思います。

気軽につぶやけるツイッターが便利でついついそちらを使ってしまうので、このブログをどう活用していこうか迷っていますが、ひとまず授業関係の備忘録代わりに今年度も授業の話はここに書くことにします。



東日本大震災の影響で授業開始が1週間強遅れたので、昨日ようやく全授業のガイダンスが終わりました。徐々に博士論文執筆に向けた作業も始めなければいけない時期ではありますが、色々と考えた結果、今期は以下の4つの授業を受講する予定です。

<火曜日>

2限:戦後日本政治史Ⅰ(学部)

休憩がてら学部のシラバスを眺めていたところ、オォっと思う講師の先生だったので初回の授業に行ってきました。

授業自体はオーソドックスなもので、レジュメが配布され、大体それに沿って淡々と講義が進むという感じですが、「内政と外交の連関」を重視し「日本の政治を取り巻く国際社会を意識して授業を進める」という辺りが、講師の先生らしく、なかなか楽しみです。

研究が進んでくると視野が狭くなりがちで、自分の研究を相対化する機会はなかなかありません。そこで、標準的な通史に改めて目を通したり、色々とやってみるのですが、やはり一番いいのは授業に出ることだと実感しました。学部生の時は当たり前のようにやっていたことですが、1時間半教室に座り自分の手でノートを取ると、頭の中がよく整理されます。初回は、「敗戦と統治機構の再編成」についての途中まで進みました。

研究が切羽詰まってきたら出られなくなると思いますが、この授業は、特に予習や準備が必要なわけでもないので、可能な限り聴講したいと思います。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊研究

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師匠の授業。昨年のこの授業は、David A. Welch, Justice and the Genesis of War, (Cambridge: Cambridge University Press, 1993) =博論ベースの研究書輪読でしたが、今年は、John Ravenhill, Global Political Economy, 3rd edition, (Oxford University Press, 2011) というIPEの教科書の輪読です。

「修士向けの授業だから取らなくてもいい」というようなことを言われましたが、師匠から国際政治経済学を大学院で学んだことは無かったので、いい機会だと思い、受講することにしました。パラパラと眺めた感じでは、学部の専門課程向けのオーソドックスな教科書です。特徴があるとすれば、理論よりも事象に重点を置いているところでしょうか。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目Ⅰ(政治思想研究)

専門外にも関わらず、学部3年時に聴講し、修士課程入学以降はずっと受講し続けているプロジェクト科目(政治思想研究)は今学期も受講します。専門外の下っ端ということで、言いたい放題やってきたはずが、教室を見回すと同期が一人いるだけで、あとは全員後輩になっていました。う~む、参ったなという感じです。

予算が厳しくなっているらしく、今年度は学内の先生がゲストの中心になりそうだというのは、やや残念ではありますが、名前が挙がった方々がなかなか豪華メンバーだったので、今学期はこれまで同様に楽しめそうです。

<金曜日>

3限:アカデミック・ライティング(中上級)

今年度から講師の先生が変わったアカデミック・ライティング(中上級)を受講することにしました。4限に開講されているアカデミック・プレゼンテーションも出来れば取るようにと師匠からは言われていましたが、授業負担と博論執筆計画を考えて、ライティングのみにしました。来年度はプレゼンテーションも取ろうと思います。

まだ2回授業をやっただけなので、まだよく分かりませんが、課題が膨大というわけではなく、少ない課題に集中して取り組む形式の授業なのかなという気がします。英語の発信力は課題なので、1年間で少しでもレベル・アップすることを目指して頑張ろうと思います。


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2011年03月31日

2010年度を振り返って(研究関係)

3月11日に地震が起きてから、落ち着かない毎日が続いていますが、今日で2010年度も終わりです。明日から心機一転、頑張って行くためにも今年度(の研究生活)を簡単に振り返っておきます。



博士課程も2年目を迎えた今年度はそれなりに頑張ったつもりなのですが、論文として形になったのは1本だけでした。それも、版元の情報を見ると今日が発売日となっていますが(リンク)、まだ手許には届いていません(苦笑) 「エネルギー安全保障政策の胎動―石油市場の構造変動と「対外石油政策」の形成、1967-1973―」と題した論文で『国際安全保障』という雑誌に載ります。

ちょうど1年前に公刊した論文(リンク)は、修士論文の一部を切り取って加除修正をしたものですが、今回の論文は博士課程に入ってから始めた研究で、時期としては修士論文で書いた時代の前史です。正直なところ完成度や満足度は1年前の論文の方が高いのですが、それでも研究成果が形になると、次の研究をもっと頑張ろうという気持ちが湧いてきます。

それから、昨年秋には国際政治学会で報告をさせて頂きました。これは報告後の記事に書いたので詳しくは書きませんが、研究の成果を示し、同時に課題が浮かび上がったという点ではとても貴重な経験になりました。報告ペーパーはおそらく来年度の早い時期に公刊出来ると思います。



形になったのは論文1本・学会報告1回だけでしたが、今年度はいくつか学外のプロジェクトに加えて頂いたのがとても貴重な経験でした。まだ形になるか分からないものばかりなので詳細は書けませんが、大学の中に閉じこもっていては見えてこない色々な課題が見えたのでとても勉強になりました。うまく行けば学術雑誌とは違う形で成果を出せそうなので、これは励みになります。

学会報告で感じたことと同じなのかもしれませんが、結局日々真面目に研究に取り組むことで知的な体力を付け、研究を蓄積していくことによってしか、見えてきた「課題」は解決しません。と、こう書くことによって自分にプレッシャーをかけてみます。

まだ形になっていないいくつかのプロジェクトに参加して感じたことは、とにかくうまく時間を使っていかなければいけないし、空いた時間を有効活用して研究に励まないといけないということです。これから1ヶ月くらいがちょうどこの空いた時間だと思うので、研究に励みたいと思います。



明日から始まる来年度上半期の課題についても簡単に。

大学院の制度上、博士論文を提出するためには、査読付きの論文を2本公刊した上で学内の研究会で博士論文計画を含めた形で1回報告し「合格」する必要があります。今回出る論文で公刊論文2本という条件はクリア出来たので、次の目標は学内研究会での報告です。7月に学内の研究会があるので、そこに向けて上半期は頑張ろうと思います。

それからもう1つ大きな課題は、6月にある学会報告です。企画から立ち上げた昨年の国際政治学会とは違い、今回は声をかけて頂いたのですが、気が付いたら段々と大ごとになってきた感じがしてきて、ちょっと困惑していますが、せっかくの機会なので大事に使わなければなりません。5月にペーパーを提出しなければいけないので、今はそのための資料の読み込みやアイディアの検討をしているところです。



今年度を振り返る上では、やはり震災とその後の状況に触れないわけにはいきませんが、これは改めて書きたいと思います。twitterでは色々と書いていますが、あまりの事態にまだ考えがうまくまとまりません。少しでも明日が良い状況になることを祈っています。


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2011年03月12日

地震

昨日は、研究会に出席するために中央大学多摩キャンパスに向かうモノレールの途中で地震に遭いました。モノレールの中だったこともあり、これまで経験したことが無いような揺れでした。モノレールはすぐに動き出したので、中央大学に行ったところ、水道管が破裂するなどの被害が出ていました。京王線は22時くらいに復旧したので、昨日の内に家に帰ることが出来ました。

仙台市宮城野区に住む友人が出張中、家族も東京に来ていたということで、無事だったのは幸いでしたが、まだ被害の全容は分からず、余震も続いているので、どうなるか本当に心配です。

阪神大震災の教訓を生かし、政府や自衛隊の初動が早かったこと、そして与野党間で「政治休戦」に合意したことは不幸中の幸いです。

今日は山手線も復旧したので、大学に来てみましたが、本の山が崩れている、室内の椅子がバラバラになっている、ロッカーがずれている程度で、被害はそれほどありませんでした。エレベーターも復旧していました。

地震発生後、すぐにワンセグでテレビをチェック、家族にメールを送りましたが、メールはなかなか届かず、家族から電話が来たのは20時半頃でした。携帯のウェブは機能し続けており、ツイッター等を通して情報は逐次入ってきました。地震発生直後には東北大学の先生によるツイッターの書き込みもあり、スマートフォンを使った情報発信はこれだけの災害でも有効なようです。

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2011年02月03日

10年ぶりに母校(志木高)へ行く

一昨日、野暮用があり、約10年ぶりに母校(志木高)に行ってきました。

志木の町は一度友人を訪ねに、大学4年の時に行きましたが、志木高に足を踏み入れるのは卒業式以来初めてで、「10年ひと昔」という言葉をしみじみと噛みしめてしまいました。

ボート部の活動場所だった戸田公園の方が思い出が残っていますが、やはり3年間を過ごした高校だけに、思わず懐かしさを感じてしまいました。いやいや、歳を取ったもんです。

それにしても、志木駅前は本当に変わっていてびっくりしました。デジカメを持って行かなかったことを少し後悔しています。

何度か映画を観た「ららぽーと」は無くなってマンションが建っていましたし、改札の場所まで変わっていて、自分はどこに来たのだろうと錯覚するほどでした。…が、志木高の中は逆に全く変わっていなくて驚きました。私が高校三年の時に、新しいメディア棟と去来舎が出来た記憶があるので、そこからは何も変わっていないということでしょうか。大学1、2年を過ごした日吉もあれだけ変わり、三田も南校舎が建て替えをしていたりと変化している中で、志木高は全く変わっていないのだから驚きです。

「研究者を目指すといいんじゃないか」と言ってくれた高校3年時の担任は既に他界されており、また部活の顧問だった先生はSFCへ異動中(任期があるのでそのうちまた戻ってくるそうです)ということで会えず、というのは残念でしたが、授業でお世話になった国語の先生や高校1年時の担任の先生に久しぶりにお会いして話せたので、楽しい時間を過ごすことが出来ました。

次に行くのが何年後になるかは分かりませんが、お世話になった母校なので大事にしたいと思います。

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2011年01月27日

年末年始の授業(12月第3週~1月第3週)

忙しさを言い訳に、ブログを一ヶ月半も放置してしまいました。

開設当初は毎日更新、修士課程の途中からは数日ごとの更新、博士課程に入った頃から週一回の更新になり、段々とペースが落ちています。月一回の更新ではあまり意味がないので、もう少しペースを上げて週一回は新しい記事をアップしたいと思います。

ツイッターを始める前は、ブログとツイッターは質が違うメディアだから、ブログの使い方は変わらないだろうと思っていたのですが、いざ始めてみると細々とした情報は見つけた時につぶやいてしまい、それで満足してしまうということが分かりました。まぁ、あまりコミュニケーション・ツールとしてツイッターを使っていないからかもしれませんが。

また、twilog(リンク)のように過去のツイートをブログのようにまとめてくれる補完サービスも充実しているので、ただタイムラインに自分のつぶやきを垂れ流すだけでなく、ちょっとしたメモ代わりにも使えることが分かってきました。いささか問題があるような気もしますが、自分のtwilogで過去のつぶやきを眺めてみると、記憶の彼方にあったような情報を見つけることも多く、それまでのブログの使い方を代替する意味もあるのかもしれません。

そんなわけで新刊情報などにご関心のある方は、ブログではなくツイッターをご覧ください。

◇◇◇

ブログ放置のもう一つの言い訳は、とにかくやらなければいけないことが多かったということです。

比較的時間がかかったのは、①某共著の原稿、②某座談会の翻訳(下訳)の二つですが、この他にもお手伝いしている政策提言プロジェクト関係や、いくつかの報告書や手続き書類の作成、自分の研究や共著関係の研究会での報告×3などなど、色々とやることがありました。結局年末年始の休日は0日というメリハリの無い1ヶ月半を過ごしてしまいました。

どの仕事も、もっと効率良く出来るはずですし、ちゃんと休む時は休んで仕事に取り組むということが出来ないとまずいと再確認しました。

そんなわけで、積み残していた諸々の作業があらかた片付いた今週火曜日は、久しぶりに大学に来ないで(行かないでと書かない点がまずいですね)、映画を観て、カフェで小説を読んで、散歩してとゆとりある時間を過ごしてみました。

2011年は、効率良く仕事を片付けていく、という当たり前の目標を掲げたいと思います。

◇◇◇

さて、放置していたブログを更新することも、新しい研究に取り組むためには必要だろうということで…なのかは分かりませんがとりあずこの間の授業記録を簡単に。

面白かったシンポジウムの話を書き出すと止まらなくなりそうなので割愛します。

この1ヶ月半は授業数が少なかったので、週単位ではなく授業ごとにまとめておきます。

<月曜日>

3限:地域研究・比較政治論特殊演習

暦通り進んだこの授業は3回ありました。

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12月第3週は、Lorenz Lüthi, The Sino-Soviet Split, 1956-1966: The Cold War in the Communist World (Princeton: Princeton University Press, 2008) の書評でした。

中国政治を専門にされている先輩が発表されたのですが、とても勉強になりました。中国や東欧のアーカイブ事情紹介、イデオロギー重視の近年の研究状況や、本書の立場を説明しつつ、その陥穽を指摘する報告はさすがです。

内容を幅広く紹介する報告だったので、本文を読まずに読んだ気になってしまいましたが、この本は冷戦史に関心があるのであれば、目を通しておくべき一冊だと感じました。ウェスタッドのGlobal Cold War は昨年邦訳(『グローバル冷戦史』名古屋大学出版会)が出ましたが、共産圏については朝鮮戦争関係を除いて近年の研究成果はあまり紹介されていない印象があります。この本の他にも、Chen Jian, Mao's China and the Cold War (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2001) のように海外では必読文献に挙げられるものも邦訳は出ていません(Chen Jianの本はこのブログで紹介したことがあります→リンク)。邦語では、菅英輝先生が編集された『冷戦史の再検討――変容する秩序と冷戦の終焉』(法政大学出版局、2010年)でChen Jian(陳兼)の論文を読むことが出来ますが、やはり研究書として邦訳されるべき一冊だと思います。

12月第4週は、米欧関係を専門にするゼミの後輩による報告で、テーマは「『冷戦終焉』再考」、各国の資料開示状況や米欧の最新の研究を踏まえた研究動向報告で、これまたとても勉強になりました。

Cold War History の最新号(Volume 10, Issue 4)が冷戦終結に関する書評特集を組んでいるくらいに、各国で研究が進んでいます。一次資料を用いた冷戦終結研究という点では、日本は完全に周回遅れだということを改めて気が付かされます。こういった研究動向を押さえた上で、いかに自分の研究の意義を打ち出していくべきかを考えるいい機会になりました。

議論は色々出ましたが、書き出すと長くなるのでこれも割愛します。

1月第3週は、最終回の授業ということで、報告者が二人、時間も1時間近く延長になりました。報告テーマの一つは、「冷戦史研究におけるアプローチの多様化とその課題」という大きな話でした。一つの本やテーマを詳しくというわけではなく、概説的な話だったので、初回か最後の授業にやるべきテーマとしては良かったのでしょう。

個人的に興味深かったのは、先生が「歴史は現在(いま)の視点から見ないと面白くない」と繰り返し言っていたことです。歴史をなぜ学ぶのか、ということは昔から繰り返されている問題ですが、先生の答えは「現在(いま)を理解するために歴史を学ぶ」ということなのだと思います。それは、歴史の教訓を引き出すといった類の話では全く無く、現在に繋がる歴史や現在の国際情勢を理解するために歴史を学ぶ必要があるということです。うまい言葉や表現が見つからないのですが、徹底して実用的に歴史を考えている点が印象的でした。

こう長々と書いたのは、それが冷戦史研究のあり方や個々の議論に対する先生のスタンスに繋がっているからです。「空中戦」や「細かな定義」の話を回避しようとするのはなぜかという答えはこれです。例えば、年末の授業で取り上げた「冷戦の終結」は、突き詰めていくと冷戦をいかに定義するか、すなわち何が終わったのかを定義するところに行きつきます。しかし、その定義をすることによってどれだけ「現在(いま)」の理解が変わるのか。このような視点は、何となくボンヤリとは自分でも考えていたような気がするのですが、先生の言葉によってはっきりと理解することが出来ました。

とにかく毎回、発見が多い授業です。

zhao

もう一つの報告は1980年代後半の中国共産党指導部内部における政治体制に関する検討でした。ソ連と異なる道を歩み、現在に至るまで政権を握り続けている中国共産党をいかに考えるかは、改めて言うまでも無く極めて重要な課題です。この点は先生が授業で繰り返し話していたことですが、最後の授業にしてようやくこのテーマが議論になりました。

おそらく報告者の修士論文の一部になるものだと思うので報告の中身は書きませんが、中身と共にこのテーマを研究しようとする時にどういった文献を引いているのかが興味深かったです。「この文献は引いてもいいんだ」という感覚や利用可能な資料などは、少しでも国や時代が違うと分からないものなので、率直勉強させて貰いました。

報告で引用していた文献の中で手軽に読めるものだと、『趙紫陽――極秘回想録天安門事件「大弾圧」の舞台裏!』(光文社、2010年)があり、衝動買いをしてしまいました。が、いまだ積読です。

概要しか書きませんでしたが、最初はM2の院生の修論中間報告ばかりだったこの授業も、後半は「冷戦の検討――今何が、問題になりうるのか」というテーマを正面から取り上げた回が続いたので良かったです。テーマ次第では、来年も先生の授業を履修しようと思います。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

先生の出張などもあり、院ゼミは2回でした。

12月第3週は、M1の後輩による修論構想発表でした。どういった研究テーマを選んでくるのだろうかと思っていたところ、今回は帝国史と絡めたテーマでの報告でした。もう少し、先行研究を幅広く見つつ、選んだケースの周辺事情を洗い出す必要がありそうだなという印象でしたが、帝国史というアプローチを組み入れること自体はとても面白いと思うので、頑張って欲しいところです。

院ゼミ参加者に3人も戦間期のイギリス外交を専門にしている院生がいるので、どうも耳学問ばかりが進んでしまうのが問題です。もともとイギリス外交は「趣味」なので、戦間期についても自分で重要な研究を読み進めていきたいところです。

skidelsky

1月第2週は、スキデルスキー『ケインズ』の第5章「経済政策勧告者としての資質」と第6章「ケインズの遺産」を読みました。

これまでの章が難しかったのに対して、今回の二つの章は何と言うか非常に分かりやすく、あっさり読み終えてしまったという感覚です。

第5章では、第1次大戦時と比較しつつ第2次大戦時のケインズの政策提言を取り上げ、さらに戦後に連なるブレトン・ウッズ協定交渉、戦後の英米借款協定の話が取り上げられています。この辺りは、基本的に師匠の『「アメリカ」を超えたドル』や、リチャード・ガードナーのSterling-Dollar Diplomacy などで詳細に書かれていることなので、特に目新しい話はありませんでした。

第6章は、経済学説史的な話で、現実の経済情勢と共にケインズ評価が様々に変わるがケインズ自身の経済学も大恐慌という時代背景の下で構築されたものであることを忘れてはならない、といった話でした。

あっさり読み終えてしまったと書いたものの、よくよく考えてみれば、これだけコンパクトに上記二つのテーマをまとめるというのはすごい話です。邦訳が昨年出た『なにがケインズを復活させたのか?――ポスト市場原理主義の経済学』(日本経済新聞出版社)も時間を見つけて熟読したいと思います。

研究報告あり、輪読ありの贅沢な院ゼミでしたが、来年からは少し院生が増えそうなので、もしかすると輪読は無くなるかもしれません。それはそれで、ちょっと残念。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

1月の授業が直前に取りやめになった関係で、12月第3週の授業が最後になってしまいました。

ゲストは中山俊宏先生、演題は「アメリカにおける宗教的保守勢力の思想と行動」でした。参考文献として挙げられたのは↓の四つ。

・「米中間選挙とティーパーティ運動」東京財団HP(2010年10月30日)
・「オバマ政権を拘束する政治的亀裂」『外交』第2号(2010年)
・「変貌を遂げる福音派―政治と信仰の新たな関係」森孝一・村田晃嗣編『アメリカのグローバル戦略とイスラーム世界』(明石書店、2009年)
・「政治を保守化させたテレビ宣教師―ジェリー・ファルウェルとモラル・マジョリティ」亀井俊介・鈴木健次監修、古矢旬編『史料で読む アメリカ文化史 第5巻 アメリカ的価値観の変容 1960年代―20世紀末』(東京大学出版会、2006年)

関心があるテーマだったので、中山先生のHPを覗いて他に関連しそうな文献が無いか探したところ山のように見つかり、すごい仕事量だなと改めて感じた次第です。

政治思想の授業というよりは、「政治勢力としての宗教保守」という視角からアメリカ論といった趣でしたが、色々と考えさせられるところの多いテーマで面白かったです。やはり「政治的なるもの」ならぬ「アメリカ的なるもの」があるのだなと思いました。

懇親会での「生意気」に度が過ぎたことを1ヶ月経っても反省しています。


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2010年12月10日

ここ3週間の授業(11月第4週~12月第2週)

11月下旬からいくつか〆切があったり奨学金の面接があったりと色々バタバタしており、とうとう3週間分まとめて授業記録を書くという小学生が書く夏休みの日記状態になってしまいました。あまり時間も無いので、簡単に記録だけ付けておくことにします。

◇◇◇

まずは先々週(11月第4週)の授業について。この週は三田祭の関係で水曜日まで授業が無かったので、木曜日しか授業がありませんでした。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

今回はGCOEのシンポジウムで来日されていたお二人の先生によるゲスト講義。

お一人はカナダからいらしたMargaret Moore先生で、「領域(territory)」について、もう一人はスウェーデンからいらしたLudvig Beckman先生で、"Is Residence Special? Democracy in the Age of Migration and Human Mobility"と題したグローバル化時代における民主主義のあり方について、それぞれ30分程度の講演でした。

日本にいながらこうやって海外からいらした先生の話を聞くことが出来るのは貴重な機会だとは思うのですが……国際政治を研究している自分にとって、グローバル正義論やグローバル・デモクラシー論のような政治理論家の議論は、率直に言って政治理論家のための政治理論にしか聞こえてきません。

確かにEUはその在り方をどのように考えるべきか難しい点もありますが、なぜ国際社会が依然として主権国家を中心に形成されているのかといった、国際政治学が前提とするような「そもそも」の話がすっぽり抜け落ちているからです。

あるべき姿を探る意味での政治理論に徹するのであればいいのですが、安易にグローバル化といった「変化」が現実に起こっていると過度に強調するので、余計に自分に合わないのかもしれません。

◇◇◇

続いて先週(11月第5週/12月第1週)の授業について。水曜日の院ゼミは師匠が出張のため休講、プロジェクト科目はゲストの先生の都合で土曜日にありました。

<月曜日>

3限:地域研究・比較政治論特殊演習

この回は私が報告担当でした。

日米関係をテーマにしたある本の一章としてまとめることを念頭に、国際政治学会で報告したペーパーをベースに「中東紛争と石油をめぐる日米関係――第一次石油危機の再検討」と題して報告をしました。

これまで「日本外交」の視点から研究を進めてきましたが、今回は共著企画に合わせて、9月の資料収集で見た米国の資料を使いつつ「日米関係」から報告を作った点が自分としては新しい点です。ポイントは、先行研究批判の観点から議論を作るのではなく、第一次石油危機と第四次中東戦争が日米両国に突き付けた課題を素直に検討してみようということで、政治・経済・安全保障の各面をバランス良く取り上げることを心がけました。また、日本と同じように石油危機に苦しんだEC諸国の対応や、石油危機の冷戦史における意味にも触れることによって、「中東紛争と石油危機をめぐる日米関係」を多少なりともグローバルな文脈に置いて考えることも意識した点です。

先行研究のイメージとはかなり異なる日米関係像を描いたのですが、この点についてはほとんど批判も無かったので、大体の流れはこれでいけるんじゃないかという手応えです。

先生や受講者からのコメントでは、日米関係や石油&中東紛争と最初にテーマを設定することによって見えなくなってしまうことがあるのではないか、ということが特に印象に残りました。もちろん、研究の焦点は定めなければいけないわけですが、なぜこのテーマを取り上げる意味があるのか、このテーマを研究することで何が見えるのか、ということはもう少し意識的に書いていく必要があるのかもしれません。

<土曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

この3月まで慶應にいらして4月に就職されたばかりの先輩がゲスト講師でした。テーマは、「対テロ戦争と正戦論――自衛概念の再検討を中心に」です。詳しくは、今週の授業の記録で書きます。

◇◇◇

そしてようやく、今週(12月第2週)の授業です。

<月曜日>

3限:地域研究・比較政治論特殊演習

さて、再び(というか4度目の)修士課程の学生による修士論文の中間報告でした。

サミット開始前後の米欧関係の話で、自分の研究にも関係するので、色々と勉強になりました。研究途中の話なので、ここにはテーマだけということで。

授業でも議論になったことを一般化して言うと、研究テーマをどのような文脈に位置付けるのかを意識するか、ということでしょうか。実は、私が修士論文を書く時にはこれをものすごく意識したのですが、どうもこの問題意識はあまり多くの院生には共有されていないのかもしれません。

一次資料を使う歴史研究の場合、修士論文で扱える時期やテーマはかなり狭くなってしまいます。だからこそ、自分の研究がどのような文脈に位置付けられるかを明確に意識して、書いていく必要があると思いますし、少なくとも論文にまとめる段階では、この点を押さえる必要があるのだと思います。

しかし、70年代の国際政治史を研究する院生が多いこと多いこと……。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

3週間ぶりの院ゼミ。

修士2年の後輩による修士論文中間報告でした。これまた修論の話なので、詳細は省略。

キーワードを挙げれば「世界遺産」です。専修コースで入っている後輩ですが、テーマとしても報告としても実に面白かったです。まだまだ詰めないといけない点や、意義付けについて課題はあったと思いますが、とても面白かったので、こういう話もいずれ調べてみたいなと思いました。

と思って、行政ファイル管理簿で外務省の文書について検索をかけてみると、ばっちり関係しそうなファイルがありました。研究どうこうではなく関心があるので、余裕が出来たら開示請求をかけてみようかと思います。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

前回の報告(「対テロ戦争と正戦論――自衛概念の再検討を中心に」)を受けての討論を担当しました。

「自衛」が一つのキーワードとして出ていたということ、さらにもう一人の討論者が政治理論の専門ということで、今回は国際法について色々と復習&勉強しつつ討論をまとめてみました。

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もっとも、これは半分くらいは後付けで、実際には山本草二『国際法(新版)』(有斐閣、1996年)と、森肇志『自衛権の基層――国連憲章に至る歴史的展 開』(東京大学出版会、2009年)の二冊がとても刺激的で面白かったから、ちょっと国際法について自分なりに考えてみようと思ったからという事情もあり ます。

討論では、国際法の意義や自衛権の類型について色々と書いたのですが、正戦論との関係で自分が主張したかったことは、「自衛権など国際法の領域で深く議論されていることを入れてしまうと、正戦論が本来持つ規範理論としての力を失ってしまうのではないか」ということです。

国際法については、ずっと少しずつ勉強をしているのですが、もう少し本格的に勉強してみたいと思いました。


black_ships at 19:16|PermalinkComments(0)

2010年12月06日

さよならソクラテス先生

どうも、ウェブ上のサービスとは相性が良くないようで、「死神」状態です。

最初にブログを作ったドリコムに続いて、アクセス解析付きのブログパーツとして利用してきたブログペットもサービス終了となってしまいました。

ソクラテスと命名し、これまで5年以上可愛がってきたのですが、サービス終了ということで…泣く泣く野に返しました。

livedoorのブログサービスは長く続いてくれるといいのですが、この調子だとどうなることやら。

black_ships at 12:00|PermalinkComments(0)

2010年11月20日

先週&今週の授業(11月第2週&11月第3週)

今日から三田祭ということで、大学はとても楽しい雰囲気に包まれています。それでも変わらず大学院棟にこもる生活を続け…と思っているのですが、ついつい昼間から酒でも飲んでゆるりという誘惑に駆られてしまいます。悪友や卒業したゼミの後輩が三田に来たらいいような悪いような、そんな気分、と考えている時点でキャンパス内の浮かれ気分が伝染っているのでしょう。

そんな感じで、あまり目の前の課題に集中出来ていないので、ブログを更新することにしました。

◇◇◇

まずは先週(11月第2週)について。

<月曜日>

3限:地域研究・比較政治論特殊演習

「冷戦史」の授業のはずが、「冷戦」に絡まない修士論文構想報告が3週目に入りました(笑)

報告は、戦間期のイギリス外交のお話で、いつものことながら勉強させて貰いました。自分の専門(戦後日本外交史)から離れて水準の高い議論を日々聞くことが出来るのは、いまの我が大学のとても恵まれているところです。

それはそれで悪くないものの、これだけ続くと、せっかく「冷戦史」と銘打った授業を履修するのだから、自分の目の前の課題から少しでも離れて、「冷戦」と いう重要な問題に自分ならばどう取り組むのかという問題意識を持ってもいいのではないかなという気持ちが段々と強くなってきました。

と思いながらも、自分の報告予定の話は少なくとも正面から「冷戦」を取り上げるわけではないので、あまり大きなことは言えないですね。多少なりとも授業の趣旨を踏まえて、議論を膨らませていきたいと思います。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

院生の研究報告予定が無いということで、一ヶ月ぶりにスキデルスキー『ケインズ』を読みました。

skidelsky

前回は、ケインズの生涯と哲学的背景がテーマの章を読みましたが、今回の範囲は「第3章 貨幣改革論者」&「第4章 『一般理論』」ということで、議論の中身はものすごく経済学的な話でした。

『貨幣改革論』(1923年)から『チャーチル氏の経済的帰結』(1925年)、『貨幣論』(1930年)を経て、『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)に至る経済学的な思索が、時代背景や議論の展開と共に跡付けられているので、この二つの章はとても勉強になります。ただ、論旨もすっきりしているので話の中身そのものを理解することはそれほど大変では無いと思うものの、これはどのように政治学の観点から議論出来るかというイメージが湧かず、発表者は大変だろうなと思いながら授業に臨みました。

議論好きかつ分からない箇所は分からないと言う面々が集まっているので、授業はとても盛り上がりましたが、やはりこの辺りの話は政治学的な議論にはならないのだなと再確認しました。今回取り上げた章で描かれる経済学的な知見を基にして、ケインズがいかに政策提言を行っていくのか、交渉に臨んだのかといったことが次の機会に取り上げるであろう章のテーマなので、今回はそれに向けた基礎知識の確認といった位置付けでいいのかもしれません。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

今回は、M2の修士論文中間報告×2でした。何か今期は「中間報告」ばかり聞いている気がします。

自分がM2だった頃を振り返ると、そんなに偉そうなことは言えないわけですが、やはり論文として仕上げるために必要な「作法」を踏まえているかどうかは、報告を聞くとすぐに伝わってきてしまいます。それを意識して研究を進めてきたかどうかが、修論の中間報告がうまくいくかどうかの分かれ目なのかもしれません。

この授業も、ひとまずこの回でM2の報告は終わりになるようです。

◇◇◇

続いて今週(11月第3週)の授業について。今週は、院ゼミが先生の出張の為に休講になり、さらに木曜日から三田祭に向けて大学全体が休みになってしまったので、月曜しか授業がありませんでした。ちなみに、院ゼミは先生の出張が重なり、次回は12月8日です。

<月曜日>

3限:地域研究・比較政治論特殊演習

5回目にしてようやく本来のテーマ(冷戦の検討―今何が、問題になりうるのか)にふさわしい授業でした。

報告は「ソ連の冷戦敗北は必然だったのか:ソ連による改革の試みの評価」と題したもので、いわゆる「新しい冷戦史(New Cold War history)」の研究成果を咀嚼した学術的なエッセイといった趣きで、とても面白かったです。報告者は、戦間期初期のイギリス外交が専門なのですが、幅の広さと練られた問題意識にとても刺激を受けました。

取り上げられた主な本は、Archie Brown, The Rise and Fall of Communism, (London: Bodley Head, 2009); Melvyn P. Leffler, For the Soul of Mankind: The United States, the Soviet Union, and the Cold War, (New York: Hill and Wang, 2007); William Taubman, Khrushchev: The Man and His Era, (New York: W. W. Norton, 2003); Odd Arne Westad, The Global Cold War: Third World Interventions and the Making of Our Times, (Cambridge: Cambridge University Press, 2005); Vladislav M. Zubok, A Failed Empire: The Soviet Union in the Cold War from Stalin to Gorvachev, (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2007); 塩川伸明『冷戦終結20年――何が、どのようにして終わったのか』(勁草書房、2010年)で、自分も半分くらいは読んでいるものの、まだまだ「新しい冷戦史」を読み足りないと再確認しました。

これらの文献をうまく噛み砕いて紹介している日本語文献は無いので、もう少し幅を広げて書評論文を投稿してみたらいいのになあ…とこれは無責任なつぶやきです。

授業は議論もとても盛り上がりました。特に印象的だった点は、上記の文献を使ったことのある種の必然として浮かび上がる欧米中心的な見方に関する議論と、ゴルバチョフをどのように考えるかという議論です。「アーチー・ブラウンは世界最大のゴルバチョフ主義者」だとしても、それを超えて何を導くのかは実に難しい問題で、この問題に改革開放後の中国評価や、レーニンとスターリンの違いなどの議論が結びつくのだから面白くないわけがありません。

自分の研究に引き付けて、「戦後日本」という要因をどのように冷戦史の中に組み込めるかなあ、などと考えながら授業を終えましたが、各々がそれぞれの専門をある程度でも超えて試論的でも良いので「冷戦史」について考えられる時間が続くことを切に望みます。

…と書いたものの、次回の報告担当の自分がそれをでどこまで出来るかははなはだ心許ないです。


black_ships at 14:36|PermalinkComments(0)