2010年01月

2010年01月18日

先々週の授業(1月第2週)/先週の授業(1月第3週)

大晦日に更新をしてから二週間強、最早松の内も終わってしまい遅過ぎるのですが、本年もよろしくお願い申し上げます。

終わってしまったついでではありませんが、先週の授業をもって今年度の授業が終わりました。少し感慨深いのは、師匠の帰国と同時に入ってきてゼミの後輩たちの授業も先週が最終回だったということです。入る前から長くなるということは分かっていたものの、自分が変わらず大学院生であるにも関わらず、新たなゼミ生が入ってきて、そして自分よりも早く出ていくというのは何とも妙な気持ちになります。



四月までの長い春休みをどれだけ有効に使えるかはとても大事な問題であり、色々と考えているものの、どう考えても論文の投稿と資料の読み込みで終わってしまいそうです。

そんな研究一色の生活の中で効率良く視野を広げるためには、やはり色々な研究を読んでいくのが一番だろうと思い、初心に帰って学部生以来の勉強法を新年に入ってから再開しました。それはごくごく単純で、どれだけ忙しくてやることがある時でも論文一本(ないしは共著書の一章)を必ず読むというものです。

これはお世話になっている某先生の院生時代の勉強法=毎日最低でも英語を20頁は読む、というものを真似たもので、当時は自分の英語力が足りずそれが全く実践不可能だったため、せめて日本語でやってみようとしたものです。これがうまくはまり、読まなければいけない研究書だけでなく幅広く色々な論文を読む日課になりました。

この二年ほどはやっていなかったのですが、気が付いてみると、積読になっているものの多くが送られてくる学会誌や、これは読まないとと思って購入した共著書ばかりだったので、この日課を再開することで解消していこうと思い立ちました。18日経過した時点で、18本の論文を読めたわけで、これはなかなかいい積読解消方法です。もちろん別途読まなければいけないものは読んでいくわけですが、毎日コツコツというのがいいリズムになり、今のところはうまく続いています。

さて、色々と印象深いものがあった中で、今日は一つだけ論文を紹介しておきます。それは、石井修先生の「ニクソンの「チャイナ・イニシアティブ」」『一橋法学』(第8巻第3号、2009年11月)です。

おそらく、『一橋法学』の一つ前の号に掲載された「第2次日米繊維紛争(1969年-1971年) : 迷走の1000日」と同じように、柏書房から出ている『対日政策文書集成』シリーズの監修作業から派生した研究だと思いますが、色々な意味で大御所の先生にならないと書けない論文で、これはかなり面白いです。

使っている資料がニクソン大統領文書(Nixon Presidential Materials)のみであることなど、同時期を扱っている若手の研究者であれば、注文を付けたいとことは多々あるのかもしれません。とはいえ、全体のバランスや何よりも豊富なエピソードの数々は著者ならではのものですし、日本で広く受け入れられてきた従来のニクソン=キッシンジャー外交イメージを、より実態に近い(諸外国における研究ではスタンダードになっている)イメージへと転換している点は重要だと思います。すなわち、ニクソンとキッシンジャーに就任当初から一貫した外交戦略があったわけではないこと、ニクソンとキッシンジャーの関係や役割分担といったことは、この論文を通じて大枠が理解出来るのではないでしょうか。

それにしても古希を超えてなお、一次資料に分け入る研究をされる知的体力は凄まじいですね。ちなみに『一橋法学』は、一橋大学の機関リポジトリ(HERMES-IR)に収録されているのでオンラインでも読むことが出来ます。



研究発表が続いたのでどれも簡単にしか書けませんが、授業についてまとめておきます。

まずは先々週の授業(1月第2週)から。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

昨年から研究生として授業に参加されている方の研究発表でした。

といっても、我々のような細かな事例研究ではなく、過去150年ほどの国際社会と日本の歩みを検討した上で今後を見通すというかなり野心的な「研究」で、師匠の用語法を借りれば「学問的な正確さ(elegancy)ではなく、様々な問題を考える上での面白さ・妥当性(relevancy)を持った研究」で、大学院生が真似をすると大変なことになるけれども、知的には喚起されるものがたくさんあるというものでした。

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研究発表を聞いていて思い出したのが、白石隆『海の帝国――アジアをどう考えるか』(中公新書、2000年)です。

この本は、「政治学者が50年、(スケールの大きい)歴史家が500年の時間の幅でものを考えるときに、あえて東アジアの「近代」をひとつのまとまった時間の単位と捉え、150-200年の時間の幅で東アジアの地域秩序を(一連の)構想と形成という観点から考察しよう」(iii-iv頁)というもので、タイムスパンや問題意識は似ているなと感じました。実証を重視する短いタイムスパンでも、長期的なサイクルを重視する超長期のタイムスパンでもなく、ほどほどの長さだからこそ導き出せるものがあるのでしょう。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

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↑の著者の先生がゲスト・スピーカーでした。論題は、「国境を超えないデモクラシー」。

国際政治を研究していると、デモクラティック・ピース論のような議論はあるものの、そもそも国際社会のあり方としてはグローバル・デモクラシー論の方が「異端」であって、デモクラシーが国境を超えないのは当たり前だろうと思ってしまうのですが、どうやらグローバル・デモクラシー論は近年政治思想業界で流行っているようで、それに対するある種の反論を試みた発表でした。

と言っても、議論をパッと聞いた時の印象とは違い、質疑応答を聞いている限りではグローバル・デモクラシー論を否定したいわけではなく、グローバル・デモクラシー論で論じられている内容を捉えるのに「デモクラシー」という用語を使うのは適切ではない、という点に先生の論点はあったようです。

この辺りが混乱していたために、聞いている私の頭の中も大混乱という状態のまま授業が終わりかけたのですが、ジェームズ・メイヨール『世界政治』の枠組みに引き付けた形で、最後に質問してみたところ、先生の立場はプルラリズム(多元主義)というよりはソリダリズム(連帯主義)に近いもののようでした。

何となくの印象は先に挙げた新書の読後感と同様で、様々な論点を提示しているものの、最後の最後まで突き詰めた考察はしていないな、というものです(やや厳しすぎる見方かもしれませんが)。



続いて先週の授業(1月第3週)。

<水曜日>

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

来年から院ゼミに入ってくる後輩の卒論発表。

あまり具体的に書くことは出来ませんが、メディア・コミュニケーション研究所へ提出する論文ということもあって、論文で行われているのは国際関係に関連するテーマについての「社説分析」でした。

wakamiyakatayama

そんな後輩の研究発表を聞いている中で頭に浮かんだのが、若宮啓文氏の論説委員長としての記録『闘う社説――朝日新聞論説委員室の2000日』(講談社、2008年)と、片山慶隆さんが昨年出された『日露戦争と新聞――「世界の中の日本」をどう論じたか』(講談社選書メチエ、2009年)です。

『闘う社説』は、なかなかうかがい知ることの出来ない、社説を中核とした社論形成の内幕を明らかにしているという点で非常に興味深い本である一方で、そこで変わっていく社論そのものについては、(少なくとも実際に政治の現場で動いている外交を研究している私にとっては)何でそんな小さなことにこだわっているのか、コップの中の嵐ではないのか、といった印象を持たざるを得ないものでした。後輩の研究を読み、授業での発表を聞いていると、自分がよく知らない国のよく知らない時代のことを論じているという点では面白いものの、『闘う社説』の読後感と同じような感想を感じる部分がありました。

それではなぜ『日露戦争と新聞』が思い浮かんだかと言えば、それはこの本が日露戦争期の社説や社論を題材にしたものであるにも関わらず、とても面白かったからです。それは、おそらく著者が、同時代の政治外交史や思想史についても同時に研究を進めており、そうした背景知識に裏付けられた時代認識を持つとともに、東京という限定は付けながらも当時の有力紙を全て検討対象としているからだと思います。これによって、単なるテキストとして社説が取り上げられるだけでなく、当時の時代状況や新聞各紙のコンテキストが同時に明らかにされるわけです。もっとも、この本でも、新聞紙上で展開された様々な議論が実際の政策にどういった影響を与えたのかといった点が論じられているわけではありません。社説分析というメディア史の領域と、政治外交史をどう繋げていくのかというのは、歴史学として考えても難しい問題なのかもしれません。

結局授業の記録ではなく文献紹介になってしまいました。ちなみに『日露戦争と新聞』については、昨日の朝日新聞に書評が出ていました(リンク)。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

前週を受けての討論だったのですが、予想通りの難しさでした。というのは、やはり前週の発表の完成度の問題に尽きるのかもしれません。あまりうまくまとめられないというか、授業での議論にあまりまとまりがなかったので、これ以上は割愛。

この授業も、メンバーが入れ替わり後輩が増えてきた中で、どういったことを発言すれば有意義な議論が出来るのか若干悩ましさが出てきました。


black_ships at 23:10|PermalinkComments(0)ゼミ&大学院授業 | 本の話