2009年04月
2009年04月25日
今週の授業(4月第4週)
今週は木曜日が開校記念日で休みということで、金曜日のアカデミック・ライティングを除けば、授業が水曜日だけでした。
<水曜日>
2限:国際政治論特殊研究
今週は、Tim Dunneによる"Chapter4 Liberalism"がテキストでした。
授業でも議論になりましたが、リアリズムがある程度――あくまである程度ですが――の共通する特徴や起源を持っているのに対して、リベラルの方は複雑怪奇というか、論者によってリアリズム以上に言っていることが異なるので、なかなか体系的に理解するのが難しい章でした。率直に言って、あまりいいまとめではなかったように思います。
そもそも、論理的に考えればリアリズムに対置されるのはアイデアリズム(もしくはユートピアニズム?)ではないでしょうか。国際関係論のテキストでは、必ずと言っていいほどリアリズムとリベラリズムの章がありますが、しっくりきたことが無いのは、アイデアリズムではなくリベラリズムとして様々な議論がまとめられていることに由来する気がします。
現在のメインストリームである、ラショナリズムないしは功利主義的な立場におけるリベラル的な立場はおそらくネオリベラル制度論としてまとめられるのでしょうが、ネオリベラルになってしまえば、国際政治認識としてかなり重要な部分までネオリアリズムと一致しています。そうしたリベラルのイメージと、古典的な相互依存論などが混在一体として一つの章にまとめることにそもそも無理を感じます。
にも関わらず、なぜどのテキストにもリアリズムとリベラリズムの章が置かれているのかは個人的に興味深いところです。その一つの理由は、リベラル的な議論が盛り上がり、それに対するアンチテーゼとしてリアリズム的な議論が提示され主流となるという歴史を国際関係論がかなりの期間続けてきたことによるものなのでしょう。これは授業である先輩が言っていたことですが、定評ある国際関係論のテキストとして知られている、Scott Burchillらが編者のTheories of International Relations の第二版では、通常のテキストとは異なりリベラリズムの章が先に置かれてリアリズムはその次に置かれているそうです。こちらの方がまとまっていないリベラリズムの議論であっても、読者の理解は容易だと思います。もっとも、第三版以降では順番が通常の通りになってしまったそうですが。
そんなわけで、何となく消化不良気味な気分が残るのは、昨年後期にモラヴチックのリベラリズムの議論を読んだ時と全く同様です。ちなみに連休明けに予定されている次回のテーマは、現在のメインストリームであるアプローチとしてのネオリアリズム&ネオリベラルです。
5限:プロジェクト科目(安全保障研究)
『リデルハートとリベラルな戦争観』(中央公論新社)の著者を招いて「第一次世界大戦研究の最先端」というテーマでした。『リデルハートとリベラルな戦争観』は、刊行時に購入し大まかに目を通したものの、じっくり読んではいなかったのでいい機会になりました。ちなみに『リデルハートとリベラルな戦争観』については、最新の『国際安全保障』に書評が載っていましたね。
必ずしも専門家向けではないという授業の性格もあるのか、最新の研究動向を説明するのではなく、概説的な話だったのは個人的にはやや残念だったのですが、軍事史的な観点と外交史的な観点の違いや、軍事史における最新の研究の一端に触れることが出来たのは収穫でした。
<水曜日>
2限:国際政治論特殊研究
今週は、Tim Dunneによる"Chapter4 Liberalism"がテキストでした。
授業でも議論になりましたが、リアリズムがある程度――あくまである程度ですが――の共通する特徴や起源を持っているのに対して、リベラルの方は複雑怪奇というか、論者によってリアリズム以上に言っていることが異なるので、なかなか体系的に理解するのが難しい章でした。率直に言って、あまりいいまとめではなかったように思います。
そもそも、論理的に考えればリアリズムに対置されるのはアイデアリズム(もしくはユートピアニズム?)ではないでしょうか。国際関係論のテキストでは、必ずと言っていいほどリアリズムとリベラリズムの章がありますが、しっくりきたことが無いのは、アイデアリズムではなくリベラリズムとして様々な議論がまとめられていることに由来する気がします。
現在のメインストリームである、ラショナリズムないしは功利主義的な立場におけるリベラル的な立場はおそらくネオリベラル制度論としてまとめられるのでしょうが、ネオリベラルになってしまえば、国際政治認識としてかなり重要な部分までネオリアリズムと一致しています。そうしたリベラルのイメージと、古典的な相互依存論などが混在一体として一つの章にまとめることにそもそも無理を感じます。
にも関わらず、なぜどのテキストにもリアリズムとリベラリズムの章が置かれているのかは個人的に興味深いところです。その一つの理由は、リベラル的な議論が盛り上がり、それに対するアンチテーゼとしてリアリズム的な議論が提示され主流となるという歴史を国際関係論がかなりの期間続けてきたことによるものなのでしょう。これは授業である先輩が言っていたことですが、定評ある国際関係論のテキストとして知られている、Scott Burchillらが編者のTheories of International Relations の第二版では、通常のテキストとは異なりリベラリズムの章が先に置かれてリアリズムはその次に置かれているそうです。こちらの方がまとまっていないリベラリズムの議論であっても、読者の理解は容易だと思います。もっとも、第三版以降では順番が通常の通りになってしまったそうですが。
そんなわけで、何となく消化不良気味な気分が残るのは、昨年後期にモラヴチックのリベラリズムの議論を読んだ時と全く同様です。ちなみに連休明けに予定されている次回のテーマは、現在のメインストリームであるアプローチとしてのネオリアリズム&ネオリベラルです。
5限:プロジェクト科目(安全保障研究)
『リデルハートとリベラルな戦争観』(中央公論新社)の著者を招いて「第一次世界大戦研究の最先端」というテーマでした。『リデルハートとリベラルな戦争観』は、刊行時に購入し大まかに目を通したものの、じっくり読んではいなかったのでいい機会になりました。ちなみに『リデルハートとリベラルな戦争観』については、最新の『国際安全保障』に書評が載っていましたね。
必ずしも専門家向けではないという授業の性格もあるのか、最新の研究動向を説明するのではなく、概説的な話だったのは個人的にはやや残念だったのですが、軍事史的な観点と外交史的な観点の違いや、軍事史における最新の研究の一端に触れることが出来たのは収穫でした。
2009年04月20日
先週の授業(4月第3週)
あわただしく過ごしている内に更新が滞るようになり、いつの間にやらどこかのブログのように週報ないしは隔週報になりかけている今日この頃です。
本の話やら映画の話やら色々と書きたいことや書きためたこともあるのですが、ひとまず備忘録代わりに授業の話だけ書いておきます。
◇
<水曜日>
2限:国際政治論特殊研究
今週は、Tim Dunne and Brian C. Schmidt, “Chapter 5 Realism”, in John Baylis, Steve Smith, and Patricia Owens (eds.), The Globalization of World Politics: An Introduction to International Relations, 4th Edition, (New York: Oxford University Press, 2008), pp.90-106. をテキストに、リアリズムについて。
テキストそのものの内容は、ごくごく一般的な概説なので、これといって特筆すべきことはほとんど無いように思います。とはいえ、この授業の目的は「最新」の理論動向を追いかけることにあるわけではないので、重要なことはこうした教科書に依然として残っているような理論の特質を理解しつつ、いかにそれについて自分で突き詰めて考えることにあるのではないでしょうか。
今回のポイントは、リアリズムのエッセンスとして取り上げられる、statism(国家主義)、survival(生存)、self-help(自助)に関する部分で、そこに潜む陥穽やトートロジー的な部分の議論がなかなか興味深かったです。概説的な部分に関しては、教科書ゆえに仕方がないのでしょうが、クラシカル・リアリズムがかなりの程度単純化されていることや、構造的リアリストの先駆者としてルソーが取り上げられている点に若干の違和感を持ちました。
発表を1回することと、最低三回は事前にA4・1枚のペーパーを提出することが義務になるのですが、こういった教科書を読んで議論を作るのはなかなか難しいので、ペーパーをどの部分で書くべきかやや悩んでいます。ちなみに、次週はリベラリズム、次々週は現在の主流の国際政治理論としての合理主義(ネオリアリズムとネオリベラリズム)がそれぞれテーマです。
<木曜日>
5限:プロジェクト科目I(政治思想研究)
大学3年生の時に出席させて頂き、また修士課程入学以降ずっと履修しているこの授業を今年も取ることにしました。
第一回の今回は、「Civility論」というテーマでした。指定文献は、「初期近代ブリテンにおける「作法」の政治学 1528-1774」『法政研究』第73巻第4号(九州大学法政学会、2007年)と、先生が今お書きになっている本の「はじめに」の草稿でした。
政策研究的な政治学が主流となる現状を考えると、「作法」といった要素に注目することは、政策研究的な視点からは漏れてしまう人間学としての政治の本質を考えるために重要だと思うのですが、指定文献や講義から受けた印象は一種の文明論的なもので、どういった点で「政治学」なのかに疑問が残りました。いつもと同じパターンですが、これ以降は次回のディスカッションを踏まえてまた書くことにします。
<金曜日>
1限:アカデミック・ライティング
先週のガイダンスに出て話を聞いた結果、結局プレゼンテーションは取らずにライティングのみを受講することにしました。基本的には技術的な話が中心になるので、様子を見つつキャッチ・アップしていけるように頑張るつもりです。が、授業の内容が想定していたものと異なり、自分の書いたものを添削して貰う形式ではないのが難点で、やや困ったなというところです。おそらくこの授業に関しては来週以降は割愛すると思います。
<土曜日>
2限:プロジェクト科目I(安全保障研究)
講師の先生のご都合で、水曜5限ではなく土曜日に授業が行われました。
このプロジェクト科目は歴史研究や事例研究のラインナップが多いのですが、初回は例外的に理論研究の先生がゲストでした。テーマは「勢力均衡論の現在」、指定文献はDaniel H. Nexon, "The Balance of Power in the Balance," World Politics, Vol. 61, No. 2 (April 2009), pp.330-359. という書評論文でした。
テーマは「勢力均衡論の現在」であり、現在の研究動向も色々と紹介されていましたが、個人的に印象だったのはRichard Little, The Balance of Power in International Relations: Metaphors, Myths, and Models, (Cambridge: Cambridge University Press, 2007) を引きながら、モーゲンソー、ブル、ウォルツ、ミアシャイマーの議論における勢力均衡概念の比較検討をしている部分でした。といっても、レジュメを見返してみると、他の部分に色々と書き込みがしてあるので、なぜここが印象に残ったのかがよく分かりません。
勢力均衡論自体が、現在危機的状況に置かれているとのことですが、近代ヨーロッパ以外の事例で勢力均衡論を検証する研究が近年増加しているなど、普段はあまり関心が行かない分野に興味を惹かれる授業でした。「政策としての勢力均衡」と「システムとしての勢力均衡」の違いや、パワーの定義(権力か能力か)といったことを最低限押さえておくことが、他分野の人間に求められることなのでしょうか。
本の話やら映画の話やら色々と書きたいことや書きためたこともあるのですが、ひとまず備忘録代わりに授業の話だけ書いておきます。
◇
<水曜日>
2限:国際政治論特殊研究
今週は、Tim Dunne and Brian C. Schmidt, “Chapter 5 Realism”, in John Baylis, Steve Smith, and Patricia Owens (eds.), The Globalization of World Politics: An Introduction to International Relations, 4th Edition, (New York: Oxford University Press, 2008), pp.90-106. をテキストに、リアリズムについて。
テキストそのものの内容は、ごくごく一般的な概説なので、これといって特筆すべきことはほとんど無いように思います。とはいえ、この授業の目的は「最新」の理論動向を追いかけることにあるわけではないので、重要なことはこうした教科書に依然として残っているような理論の特質を理解しつつ、いかにそれについて自分で突き詰めて考えることにあるのではないでしょうか。
今回のポイントは、リアリズムのエッセンスとして取り上げられる、statism(国家主義)、survival(生存)、self-help(自助)に関する部分で、そこに潜む陥穽やトートロジー的な部分の議論がなかなか興味深かったです。概説的な部分に関しては、教科書ゆえに仕方がないのでしょうが、クラシカル・リアリズムがかなりの程度単純化されていることや、構造的リアリストの先駆者としてルソーが取り上げられている点に若干の違和感を持ちました。
発表を1回することと、最低三回は事前にA4・1枚のペーパーを提出することが義務になるのですが、こういった教科書を読んで議論を作るのはなかなか難しいので、ペーパーをどの部分で書くべきかやや悩んでいます。ちなみに、次週はリベラリズム、次々週は現在の主流の国際政治理論としての合理主義(ネオリアリズムとネオリベラリズム)がそれぞれテーマです。
<木曜日>
5限:プロジェクト科目I(政治思想研究)
大学3年生の時に出席させて頂き、また修士課程入学以降ずっと履修しているこの授業を今年も取ることにしました。
第一回の今回は、「Civility論」というテーマでした。指定文献は、「初期近代ブリテンにおける「作法」の政治学 1528-1774」『法政研究』第73巻第4号(九州大学法政学会、2007年)と、先生が今お書きになっている本の「はじめに」の草稿でした。
政策研究的な政治学が主流となる現状を考えると、「作法」といった要素に注目することは、政策研究的な視点からは漏れてしまう人間学としての政治の本質を考えるために重要だと思うのですが、指定文献や講義から受けた印象は一種の文明論的なもので、どういった点で「政治学」なのかに疑問が残りました。いつもと同じパターンですが、これ以降は次回のディスカッションを踏まえてまた書くことにします。
<金曜日>
1限:アカデミック・ライティング
先週のガイダンスに出て話を聞いた結果、結局プレゼンテーションは取らずにライティングのみを受講することにしました。基本的には技術的な話が中心になるので、様子を見つつキャッチ・アップしていけるように頑張るつもりです。が、授業の内容が想定していたものと異なり、自分の書いたものを添削して貰う形式ではないのが難点で、やや困ったなというところです。おそらくこの授業に関しては来週以降は割愛すると思います。
<土曜日>
2限:プロジェクト科目I(安全保障研究)
講師の先生のご都合で、水曜5限ではなく土曜日に授業が行われました。
このプロジェクト科目は歴史研究や事例研究のラインナップが多いのですが、初回は例外的に理論研究の先生がゲストでした。テーマは「勢力均衡論の現在」、指定文献はDaniel H. Nexon, "The Balance of Power in the Balance," World Politics, Vol. 61, No. 2 (April 2009), pp.330-359. という書評論文でした。
テーマは「勢力均衡論の現在」であり、現在の研究動向も色々と紹介されていましたが、個人的に印象だったのはRichard Little, The Balance of Power in International Relations: Metaphors, Myths, and Models, (Cambridge: Cambridge University Press, 2007) を引きながら、モーゲンソー、ブル、ウォルツ、ミアシャイマーの議論における勢力均衡概念の比較検討をしている部分でした。といっても、レジュメを見返してみると、他の部分に色々と書き込みがしてあるので、なぜここが印象に残ったのかがよく分かりません。
勢力均衡論自体が、現在危機的状況に置かれているとのことですが、近代ヨーロッパ以外の事例で勢力均衡論を検証する研究が近年増加しているなど、普段はあまり関心が行かない分野に興味を惹かれる授業でした。「政策としての勢力均衡」と「システムとしての勢力均衡」の違いや、パワーの定義(権力か能力か)といったことを最低限押さえておくことが、他分野の人間に求められることなのでしょうか。
2009年04月09日
知的変態の森へ。
修了式や入学式といった大学の行事、冷戦史の読書会、歓送迎会、論文の修正作業などなどをしているうちに、前回の更新から一週間以上が過ぎていました。
読書会は三月半ばにやる予定だったのですが、諸事情により延期されたものです。経済史家の議論にはなかなか手こずりましたが、発表者のまとめがとてもいいものだったのでそれなりに自分の中で消化できたような気がします。読書会の話はそのうちにいつもと同じく書評形式で書きたいと思います。
この数日は天気も良く、新たな気持ちで新年度をスタートすることが出来ました。問題は「花粉」です。例年は二月辺りからぎゃーぎゃー騒いでいるのですが、病院で出して貰った点鼻薬がかなり効いていたようで、今年はとても楽に過ごしていました。が、薬が切れた途端にまた同じように辛い日々が始まってしまいました。
◇
最近読んだ本の話など色々と書きたいこともあるのですが、ひとまず今日は授業の話について簡単に書いておきます。
博士課程になると、指導教授の授業だけで済ませることも出来るのですが、今期はその他にもいくつか授業を取ることにしました。授業開始初日の昨日あったのが、師匠の特殊研究とプロジェクト科目I(安全保障研究)です。
昨年の師匠の授業では、James Mayall, World Politics: Progress and Its Limits, (Cambridge: Polity Press, 2000) を輪読しましたが、今年は「国際政治理論の基礎」と題したもう少し基礎的な授業を行うことになるようです。ちなみに、World Politics は先月勁草書房から『世界政治 進歩と限界』として翻訳が出版されました(↓左)。
テキストはJohn Baylis, Steve Smith, Patricia Owens (eds.), The Globalization of World Politics: an Introduction to International Relations, (New York: Oxford University Press, 2008)ということで(↑右)、授業の題名のとおり基礎を毎週やっていくことになります。個人的にはもう少し踏み込んだテキストを読みたい気もしますが、それは自分でやればいいので、淡々とこなしていきたいと思います。
プロジェクト科目I(安全保障研究)は、今年初めて取る授業です。政治思想のプロジェクト科目と同様にゲストの講師を呼んでくる授業なので、やる気次第で得られるものが大きく変わってきます。色々と他の授業との兼ね合いで迷うところもありましたが、授業の負担と時間割の関係からこの授業を取ることにしました。日本に関係する話がやや多いような気もしますが、自分の興味関心を広げるにはいい授業なのではないでしょうか。
ここまでは初回の授業が昨日あったものです。あとは、例年と同様に木曜日にある政治思想のプロジェクト科目(政治思想研究)を取り、それからアカデミック・ライティングとアカデミック・プレゼンテーションを取ることにしようと思います。毎週の課題をしっかりこなして、少しでも英語での発信能力を高めることが今年度の授業の目標です。
読書会は三月半ばにやる予定だったのですが、諸事情により延期されたものです。経済史家の議論にはなかなか手こずりましたが、発表者のまとめがとてもいいものだったのでそれなりに自分の中で消化できたような気がします。読書会の話はそのうちにいつもと同じく書評形式で書きたいと思います。
この数日は天気も良く、新たな気持ちで新年度をスタートすることが出来ました。問題は「花粉」です。例年は二月辺りからぎゃーぎゃー騒いでいるのですが、病院で出して貰った点鼻薬がかなり効いていたようで、今年はとても楽に過ごしていました。が、薬が切れた途端にまた同じように辛い日々が始まってしまいました。
◇
最近読んだ本の話など色々と書きたいこともあるのですが、ひとまず今日は授業の話について簡単に書いておきます。
博士課程になると、指導教授の授業だけで済ませることも出来るのですが、今期はその他にもいくつか授業を取ることにしました。授業開始初日の昨日あったのが、師匠の特殊研究とプロジェクト科目I(安全保障研究)です。
昨年の師匠の授業では、James Mayall, World Politics: Progress and Its Limits, (Cambridge: Polity Press, 2000) を輪読しましたが、今年は「国際政治理論の基礎」と題したもう少し基礎的な授業を行うことになるようです。ちなみに、World Politics は先月勁草書房から『世界政治 進歩と限界』として翻訳が出版されました(↓左)。
テキストはJohn Baylis, Steve Smith, Patricia Owens (eds.), The Globalization of World Politics: an Introduction to International Relations, (New York: Oxford University Press, 2008)ということで(↑右)、授業の題名のとおり基礎を毎週やっていくことになります。個人的にはもう少し踏み込んだテキストを読みたい気もしますが、それは自分でやればいいので、淡々とこなしていきたいと思います。
プロジェクト科目I(安全保障研究)は、今年初めて取る授業です。政治思想のプロジェクト科目と同様にゲストの講師を呼んでくる授業なので、やる気次第で得られるものが大きく変わってきます。色々と他の授業との兼ね合いで迷うところもありましたが、授業の負担と時間割の関係からこの授業を取ることにしました。日本に関係する話がやや多いような気もしますが、自分の興味関心を広げるにはいい授業なのではないでしょうか。
ここまでは初回の授業が昨日あったものです。あとは、例年と同様に木曜日にある政治思想のプロジェクト科目(政治思想研究)を取り、それからアカデミック・ライティングとアカデミック・プレゼンテーションを取ることにしようと思います。毎週の課題をしっかりこなして、少しでも英語での発信能力を高めることが今年度の授業の目標です。