2008年08月

2008年08月31日

ゼミ合宿に行ってきました。

二泊三日のゼミ合宿(@修善寺)に行ってきました。

先生がこの二年間研究休暇だったので三年ぶりのゼミ合宿でした。前回参加した時は学部四年だったのが今回は大学院三年目。時間の過ぎるのは本当に早いものだなと改めて気付かされます。

三日間とも雨という予報で移動中は大雨にやられましたが、合宿中は時折晴れ間が見えるなど天気には恵まれました。色々と勉強・研究面で充実していたのみならず、美味しいお酒が飲めたことも良かったです。二日目の午後の自由時間には、修善寺温泉&源頼家の墓に行くことが出来たのは、史跡巡りが好きな自分にとっては予定外の嬉しいことでした。

三年前、四年前のゼミ合宿を思い出して、思わず懐かしい気持ちが込み上げてきたのは、順調に年齢を重ねている証拠なのでしょうか。四年前の戸隠、三年前の軽井沢の合宿、どちらもそれぞれ楽しい思い出として残っていますが、今年の修善寺合宿もまた楽しい思い出として、今後思い出すことになりそうです。



勉強関係について簡単に。

ゼミ合宿では、大量の本を読んで議論、三田祭に向けての作業、論文発表などをするのが普通だと思いますが、田所ゼミのプログラムは少し変わっていて、ヴァーチャル・ヒストリーに取り組むことが通例となっています。

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例年は、四年生が問題を作り、それを三年生が一晩かけて解き、翌日午前中に四年生が採点&評価発表、先生及び院生から講評という流れなのですが、今年はゼミ再開一年目で四年生がいないため、先生が問題を作り、先生と自分が講評という流れでした。

時間的には一晩かけて問題を解かなければいけない(正確に言えばヴァーチャル・ヒストリーを考えなければならない)三年生が大変なのですが、実は問題を考えて採点をする四年生もなかなか大変だということが、このプログラムのポイントだそうです。

また、通常の問題と違い正しい解答がないことも、もう一つのポイントです。そもそも起こっていない歴史を考えるわけですから、正しい答えがあるわけがありません。そして、正しい(とされる)歴史を知っている者が必ずしも有利というわけではない点もこのヴァーチャル・ヒストリーの面白いところです。中途半端な知識は、むしろ柔軟な思考の邪魔となることもあります。

論文の指導や、本をもとにしたディスカッションの場に院生がいると、どうしても知識がある院生がついつい「上から」指導してしまう傾向があります。しかし、ヴァーチャル・ヒストリーの場合は、単一の「模範解答」がないので、どんな答えであってもちゃんと考えているものは、「なるほど」と素直に関心されられるので、いい勉強になります。

こうしたヴァーチャル・ヒストリーそのものが持つ特徴に加えて、グループに分けて考えさせることが、このプログラムの重要な点です。田所ゼミの場合、(留学等で多少人数は減りますが)通常の授業は15人+先生で行われます。私のように口から生まれた人間は、どんな人数のどんな場所でもよく喋りますが、大人数の前だとなかなか発言をしない学生もいます。それが3~4人程度のグループとなると、発言しないわけにはいきませんし、逆に普段好き勝手に喋っている学生もうまく周りを説得しなければいけません。

そして今回の問題は、「1970年代前半に日本が対米基軸から離れていくシナリオを考えよ」というものでした。四年生が問題を作成する場合は、採点する時のことを考えて、出題の段階で細かくifを設定するのですが、今回は先生が問題を作成し回答者の裁量がやや大きく設定されているのが特徴的です。

一口に1970年代前半といっても様々な事件があります。例えば、ドル・ショック、米中接近、第一次石油危機などなど。このどれもが日本にとっては、対米外交の根幹に関わり得る大きな危機でした。そして、そのどこにifを設定するかによって、回答の始まりの部分から大きく歴史が変わってきます。

また、回答の終わりの時期が設定されていないことも今回の問題の特徴です。70年代で終わるのか、それとも80年代に入り冷戦が終わるのか、それとも90年代に至るも冷戦は終わっていないのか、こうした点が全て回答者の裁量に任されています。

それゆえ、例年に比べると三年生はかなり回答を作成するのが難しかったと思いますが、それでもどのグループもよく考えた面白い回答を作成してきました。もちろん、細かい点を指摘していけばキリが無いわけですが、柔軟に自分たちの頭で考えた仮想の歴史は、単に聞いていても面白いですし、その時代を考える際の視点を提供してくれるものです。

そういうわけで、このプログラムは院生の自分にとっても、十二分に楽しいものでした。当然のことながら問題を解いている最中は、各グループ間の相談は厳禁なのですが、院生の自分はそんなことは関係なく、各グループを回れるわけなので、その特権を生かしてふらふら見回ったり、院生の特権を生かして楽しんでいました。

合宿で無ければ出来ないこうしたインテンシブなプログラムがゼミの伝統として続いていくというのは嬉しいものです。



先生から、論文の草稿についてのコメントを貰うことになっていたので、自分にとってこの合宿は研究関係でも重要な場でした。

事前に草稿を渡していましたし、基になった論文もしっかり読んで貰っていたので、嬉しいことにかなり詳細にコメントを貰うことが出来ました。思いがけず好意的なコメントが頂けたので、「一からやり直し」ということにはなりませんでしたが、もう少しじっくり論文の意義付けをじっくり考える必要がありそうです。

資料の引用方法については修正するようにというコメントを貰いましたが(この文書によれば~というのが多過ぎる)、幸い論文のサブスタンスの部分はほぼこのままで行くことが出来そうです。問題は、この中身をどのように意義付けるのかということで、これは自分でも書きながら大いに迷った部分です。先生から色々とヒントを貰ったので、また少し「寝かせて」から考えることにします。

「この面白いテーマをこのまま出すのはもったいない」という先生の励ましの言葉を素直に受け取って、この論文の質を高めるべく、もう少し頑張りたいと思います。

at 23:35|PermalinkComments(0)ゼミ&大学院授業 

2008年08月27日

夏の終わり?

この一週間は雨が続き、涼しいというよりも寒い毎日でした。

今日は久しぶりに晴れ間が見えているのですが、午後からは雨らしいです。オリンピックも終わり、いよいよこれで夏も終わりなのでしょうか。夏バテがひどい自分にとってはいい知らせなのかも知れませんが、あの暑さが無くなるのはそれがそれでさびしいです。暑い一日の終わりに飲む、ビールとかビールとかビールとか…。



再び映画の話。

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近くに大学もあり住宅街としても悪くはない駒場ですが、ガヤガヤうるさいだけの渋谷が近いのが難点です。でも、渋谷が近くて唯一いいのは、ふっと思い立って気軽に映画を観に行けることです。

金曜日に、論文の「草稿の草稿」を書き上げて向かえた土曜日。いつもの通り、大学へ向かおうと思って家を出たのですが、何となく気分が変わり髪を切って、映画を観ることにしました。といっても、特にこれを観ようと決めていたものもなかったので、ぶらぶら歩いて目に入ったポスターで決めたのが「この自由な世界で」(公式サイト)です。

日本語の題名「この自由な世界で」には、ポジティブな印象がありますが、原題の、It's a Free World...からは、何となくネガティブな印象を受けます。ケン・ローチの前作「麦の穂を揺らす風」を観ていたので、これは明るい映画ではないんだろうな、と覚悟して観ましたが、やっぱり、という感じでした。

でも、最近は日本に住んでいても実感する「外国人労働者」の問題を、シングル・マザーの主人公アンジーの視点から大胆に描いているのは、やはりケン・ローチらしいところで、観て良かったです。ちなみに、なぜ日本では「移民問題」と呼ばずに「外国人労働者問題」というのかはよく分かりませんね。

明るい気分になりたいのならばあまり薦められませんが、色々と考えさせられるいい映画だと思います。



そんな土曜日の午前中を過ごした後は、相変わらず試験対策、論文執筆、アルバイト、家庭教師に追われる日々を過ごしています。

その甲斐あって、先週末には「草稿の草稿」だった論文が、何とか「草稿」になりそうです。もう少し削らなければいけないかな、と思っていた字数がどうやらこのままでいけそうだということが分かり、そこからは一気に進みました。今後は注をチェックするとともに、もう少し論文全体にメリハリを付けられるように、毎日少しずつ作業を進める予定ですが、その前に明日からのゼミ合宿で先生にコメントを貰うことになっているので、コメント次第では一からやり直しになるかもしれません。

というわけで、明日から三日ほど、大学院の先輩の実家がある伊豆の某所での合宿に顔を出してきます。

at 13:57|PermalinkComments(4)映画の話 

2008年08月21日

『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

久しぶりに映画の話。

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先日、大学院の友人&今年大学院を卒業した友人達と、「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」(公式サイト)を観てきました。6月に「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(公式サイト)を観て以来、久しぶりの映画館でした。最近なかなか余裕が無く、観たい映画をいくつも見逃しているのが残念です。

「機動警察パトレイバー the Movie」(2の方が好きですが)を観て以来好きな押井守の最新作とくれば観ないわけにはいかないだろう、ということで行ってきました。監督の「今、若い人たちに伝えたいことがある」というメッセージを警戒しつつ観たのですが、そんな警戒感を吹っ飛ばして十分期待に応えてくれる面白い映画でした。

原作の小説、森博嗣『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(中公文庫)も買っていたのですが、迷った挙句に読まないまま観てきました。やや後半の展開が慌ただしいかな~、という印象もありましたが、観客を世界に引き込む冒頭の映像、心にくい細工、徐々に設定が明らかにされていく展開、などなどどれも自分の好みでした。観た直後というよりは、ふっと思い返している時に良さを再確認するような印象です。「近未来」よりも「パラレル・ワールド」といった方が正確なように思ったのは、なぜ戦闘機なのにレシプロ・エンジンなのだろうと思った自分だけかもしれません(この辺りの話は小説版に色々と出ています)。

ちなみに事前に全然情報収集していなかったのですが、加瀬亮と谷原章介の声は聞いた瞬間に一瞬で分かりました。加瀬亮は見事にはまっていたと思います。それから、どうでもいい話ですが、登場人物の名前が「函南」や「草薙」というところに静岡人として反応してしまいましたが、これは偶然なのでしょうか。もっとどうでもいい話ですが、軍事監修が岡部いさくだったことににも反応してしまいました。

結局、映画を観た日の夜に原作の小説を読み(正確にはシリーズが原作らしいですが、映画で描かれるのはほぼ『スカイ・クロラ』と同じ)、翌日にまた本屋に向かってしまいました。本当は刊行順に『ナ・バ・テア None But Air』、『ダウン・ツ・ヘヴン Down to Heaven』、『フラッタ・リンツ・ライフ Flutter into Life』、『クレィドゥ・ザ・スカイ Cradle the Sky』と読み進めて行こうと思ったのですが、『ナ・バ・テア』が無かったので『クレィドゥ・ザ・スカイ』を購入し、時系列的にさかのぼっていくことにしました。そんなわけで、この数日間夜の読書はひらすら森博嗣です。

一緒に観に行った後輩は、小説→映画の方が絶対いい、と押していましたが自分としては映画→小説でも悪くはないんじゃないかなと思っています。確かに映画→小説の順番だと、強烈な映像や押井守ワールドに影響されるような気もしますが、小説には小説の世界観があるし、「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」はそれほど押井色は強くないようにも思います。

映画そのものについては、後輩がmixiで色々書いていたり、公式サイトの他に、特設サイト(リンク)や登場するという会社のサイト(リンク)まで用意されているので、そちらに任せるとして、観る前に「警戒」していた監督のメッセージについて簡単に。

『クレイドゥ・ザ・スカイ』の解説を押井守が書いています。押井守が他のところで色々書いたり話したりしていることには、共感することも共感しないこともあり、特に注目はしていなかったのですが、この解説はなかなかいい文章で、映画のメッセージがうまく書かれています。でも、この解説を読むと、この映画はやっぱり子供向けではないんだな、とも思います。監督のいう「若い人」とは、まさに自分たちのような二十代くらいのことなのでしょうか。まあ、このメッセージに共感するかしないかは人それぞれなんでしょう。このメッセージを映画から強く感じ取れば、ああ小説の方がよかったと思うような気もしますが、自分は映画は映画、小説は小説でそれぞれ楽しんでいるので、映画はこうかー、と思うだけです。

ともあれ、久しぶりに観た映画が面白かったので良かったです。今が大学生なら、このまま「うる星やつら」「パトレイバー1&2」「攻殻機動隊」「イノセンス」をダダダッと見返していたと思いますが、それは自粛せざるを得ないのが少し寂しくもありますが、これはこれでゆっくり楽しんでいこうと思います。ひとまず、もうしばらく夜は森博嗣ワールドで過ごすことになりそうです。



と、映画を観たり、それなりに過ごしていますが、昼間はひたすら試験勉強と論文執筆に追われる毎日が続いています。どちらもやや行き詰まり気味なので、うまく打開したいところです。



9300円……月曜日に情報公開関係で外務省に支払った金額です。

1970年代の日本外交を研究しようと思った時に、まずぶつかる壁が一次資料となる外交文書の公開状況です。1972年夏にハワイで行われた田中=ニクソン会談も外交史料館で公開されてはいるのですが、率直に言って研究に使えるレベルのものはほとんど公開されていません。もちろん例外的に開いている部分もあるのですが、日本の外交文書公開状況は、実質的にはまだ1960年代中盤で止まっているといっていい状況にあります。

そんなわけで、研究を進めていくためには情報公開法に基づいて情報公開請求をしていく必要があり、そのために毎月かなりの出費をしているわけです。幸い大学から外務省が近いこともあり、地方やちょっと離れた大学の方のように、郵送によって手続きを進める必要がないことは助かっていますが、それでも毎月コンスタントにかなりの金額が消えていくのは痛いです。

請求にかかるのは、まず請求手数料。これが一件につき300円かかります。もっとも、この300円は後で開示された際にかかる金額から引かれるので、中期的にはほぼ戻ってくるのですが、それでも20件の請求をするとそれだけで6000円もまず払わなければいけないのは辛いです。そして公開に際して、1枚につき10円、さらに細かく言えばCD-R代が100円かかります。コピーの紙を公開してもらって(この場合は100枚につき100円の手数料がかかります)、その場でデジカメ撮影という手もありますが、それにかかる時間とその後の手間を考えるとやはりDocuWorksのファイルで貰ってしまいます。

早く研究費を使える身分になりたいです(魂の叫び)。

at 14:53|PermalinkComments(0)映画の話 

2008年08月14日

死刑について。

「死刑について」なんていう題名を掲げたからといって、別に真面目に死刑制度について考察しようというわけではありません。

「…死刑!」と言えば、山上たつひこ『がきデカ』の最も有名なギャグとして知られているわけですが、あまりの暑さに頭が働かず夜『天才バカボン』を読み返していたところ、「死刑」が連発されることにふと気が付いた。「服を着てると死刑ということに国会で決まった」とか、こうやって書いてみると意味が分かりません。

そんなに時間も無いので単行本の最初の方をパラパラ読んでいただけなのだが、とにかく「死刑」が頻出している。『バカボン』は途中からかなりブラックユーモア色が強くなる印象があったが、実は最初の頃からそうだったようです。

バカボンのパパが近くを歩いていたおじさんに濡れ衣を着せて、おまわりさんに突き出し、短絡的なおまわりさんは「決めた! 犯人に決めた! 書類を書こう」、パパ「当然死刑でしょうな」、おまわりさん「死刑です」。これは目ん玉が繋がったおまわりさんの誕生に繋がるシーンとしてよく知られているものですが、他にも「服を着ていると死刑と国会で決まりました」といった題の回もある。

最近はあまり漫画を読んでいないのでアンテナに引っかからないのかもしれませんが、『天才バカボン』や『がきデカ』のような大ヒットするギャグ漫画があまりないような気がします。ちなみに、この数年のヒットは『アフロ田中』シリーズです。もっとも、これはグッとくる層が限られるようにも思います。かつてのギャグ漫画の持つ不謹慎さが、この世知辛い世の中では受け入れられないのでしょうか。



あまりの暑さで夜は『バカボン』やら『がきデカ』を読んで過ごす今日この頃ですが、昼は試験勉強と論文執筆に没頭しています。

論文執筆といっても、今回はゼロから書くのではなく、例の「幻の修士論文」の一部を切り取って投稿用に改稿するのでやや特殊かもしれません。研究会での発表や、先輩や先生から頂いたコメントを踏まえて書き直したいと考えて取り組んでいるのですが、一度書いてしまったものを大きく修正するのがなかなか難しいことに今更ながら気がついて苦しんでいます。

字数を気にせずに無駄に長いものを書いてしまい、それをまず縮めていくことをしたのが戦略ミスなのでしょうか。ともあれ、一度始めてしまったものを投げだすのも性に合わないので、まずはこのまま作業を進めていき、草稿を書き上げたいと思います。これが今日&明日の課題。



前回に続いて新刊本について(ハミ―との重複を避けつつ)。

創文社の「本年度刊行予定」の中に気になる二冊を見つけました。一冊は、金子新『アデナウアーのドイツ』、もう一冊は、高安健将『首相の権力』。前者は、昨年『法学研究』に審査報告が載っていた博士論文を基にしたものだと思いますが、本格的な戦後ドイツ外交史研究はこれまで日本で空白状態だったので、非常に楽しみなところです。後者はLSEでのPh.D論文を基にした著作でしょうか。著者の先生には、研究会発表の際にもお世話になりましたし、これまでに発表された論文からも色々と刺激を受けています。既発表論文は、どれも歴史研究から見ても高い水準の実証性を兼ね備えつつ70年代以降を対象に研究している比較政治学の論文です。こちらもまた非常に楽しみです。

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上に挙げた本もそうですが、大学院の先輩達が続々と博士論文を刊行されています。今週刊行されたばかりの西川賢『ニューディール期民主党の変容』(慶應義塾大学出版会)もそんな一冊です。課程博士にも関わらず、こうして博士号取得後すぐに出版できる水準の博士論文を書き上げている先輩の存在はとても刺激になります。アメリカ研究は、対日政策を除くとほとんど馴染みがない自分ですが、歴史研究に基盤を置いて実証に力を入れながらも、隣接するアプローチにも目を配っているこの研究書はじっくり読みたい一冊です。

at 12:53|PermalinkComments(3)日々の戯れ言 

2008年08月12日

困った事態。

色々と時間を取られることが重なった結果、気が付けば八月ももう半ばになっていました残暑とは名ばかりの暑い毎日が続き、ますますビールが美味しくなっている、と思うのは自分だけではないと思います。ビールのすごいところは、居酒屋でも家でも青空の下でも、どんなシチュエーションで飲んでも大体美味しいことでしょう。でもやっぱり、疲れた一日を癒す最初の一杯が一番。



お盆の前後は大学の図書館(三田)が閉まっている。それでもキャレルは年中ほぼ無休で空いているので、去年も一昨年もこの時期もしこしこ大学に通っていました。それが困ったことに、今年は工事の関係でキャレルを使うことが出来ない。というわけで荷物を少しだけ取って泣く泣く「勝ち組タワー」の自習室でやっています。

この夏の一つの課題は論文を一本書くこと。先月末から数日前までは関連する文献や資料を読み直していたのだが、それが何とか終わったので今週一気に書き上げてしまうつもりだったのですが、キャレルが入ることは出来るものの使えない。論文を書くのに適した場所は人それぞれだと思いますが、自分の場合は手許に資料や文献を置いてやるのがいいようです。というわけで、昨年秋から冬にかけてひたすらキャレルにこもっていた。そのキャレルが閉まっているので、さあどうしたものだろう、と困っています。



以下は最近出た本の話(ハミ―風)。

対象とする時代は違うものの自分の研究に結構近そうな、高瀬弘文『戦後日本の経済外交』(信山社)という本が出版されました(リンク)。出版タイトルと同名の博士論文が一橋にあるということは知っていたのですが読んではいませんでした。紀要論文等の印象からは自分とは若干見方や研究のスタイルが違うように思ったのですが、本の方はどうなのでしょうか。

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まだ入手していませんが、エルドリッヂ先生の「島シリーズ」第三段がいよいよ刊行とのこと。さらに細かく細かくなっていることでしょう。島シリーズ第四段が出ることはあるのかないのか(今のところ出ないというのが有力なようです)。

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日本外交史関係でもう一冊。保城広至さんの博士論文を基にした『アジア地域主義外交の行方:1952-1966』(木鐸社)が刊行になりました。世界的に外交史は廃れてきていると言われていますが、日本は例外のようで今年に入ってからもかなりの数の研究書が出版されています。本格的な本だけに、時間を作ってじっくり読みたいところです。

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このブログでも簡単に紹介した升味準之輔『なぜ歴史が書けるか』(千倉書房)の書評が『朝日新聞』に出ていました(リンク)。『朝日』では奈良岡先生の書評で取り上げる本が自分の関心には結構近いものが多いのですが、書評委員で無いからかどれも短評なのが残念なところです。



※気分が変わるかな、と思い文体を変えてみたものの何となく気持ちが悪い。

at 11:59|PermalinkComments(2)日々の戯れ言 

2008年08月07日

ムダボについて。

うだるような暑さが連日続き、プール行きたい病、ビール飲みたい病に感染しそうだ。

この暑さが人間を短気にさせるようで、普段なら聞き流してしまうようなちょっとしたニュースに腹が立って仕方がない。この数日で一番腹が立ったのが、例の「ムダボ(無駄遣い撲滅プロジェクトチーム)」関係の話だ。あまり時事的な話をここに書くつもりはないのだが、あまりに腹が立ったというか悲しくなったので書いておきたい。

自称「改革派」の若手議員を中心に、「経費のムダ遣いを撲滅しよう!」と気炎を上げていることが、ちらほらとニュースにも出ている。その考え方の根本は間違っていないのだろうが、関係各所から聞こえてくる声やその実態を見るにつけて、こんな政治家達に国を任せる気はしないなと嘆息してしまう。

そもそもなぜこの時期なのだろうか。

少しでも公会計の仕組みをしっていれば、春から夏にかけてこういった取り組みをすることが、いかに予算要求プロセスに悪影響を与えるかはすぐに分かる話だ。一言で言ってしまえば、この時期に「ムダボ」を叫んで役人をつるしあげることは、予算要求のプロセスを著しく遅らせるだけで、通常業務に支障をきたし、結果的には時間の無駄遣いになってしまう。時間の無駄遣いが、おかねの無駄遣いに繋がるのは自明の理だ。

さらに、その中身について考えてみるとさらに悲しくなる。先日ニュースにも流れていたのが、文部科学省関係の話だ。院生である自分が関係する話だと、科研費、GCOE、奨学金貸与事業関係だろう(以下、河野太郎HPの中での「太郎の主張・政策」(リンク)にアップされている報告書より引用)。

もちろんこうした事業に無駄があるのは確かなのだが、例えばGCOEは「不要」が5人、「今のままなら不要」が4人、「国の事業として継続」が2人という内訳を示した上で、座長代理の判断は「今のままなら不要」となっている。事業の目的は「ポスドクの院生の生活保護ではない」という指摘はもっともかもしれないが、ではなくしてどうするのかといった処方箋はない。

また安易なアメリカとの比較も気になるところだ。「アメリカの大学の中でリサーチユニバーシティー1にカテゴライズされているのは、約4000の大学に対して100箇所、日本は約1000の大学しかないのに150箇所は明らかにやりすぎ。日本で5ヶ所程度だろう」といった指摘があるが、それではアメリカでは研究費がどれくらい支給されているのかといった詰めた議論はない。ただ、自分にとって都合のいいデータを引っ張ってきているだけだ。

それに対して、実際の運用で年度末のパソコン大量購入などの「無駄」が現場でも指摘されている科研費は↓のような意見が付されただけで「継続」となっている。

○間接経費30%の外枠部分について科研費に含めるのでなく、運営費交付金的な要素もあるので表示を2つに分けて明記し国民に誤解のないようにやっていただきたい。
○公平に採択、配分をやっているというが現場はそのように受け止めていないので現場の声を聞いてもらいたい

極めつけは奨学金だ。給費ではなく貸費の奨学融資について、↓のような意見を付して「今のままなら不要」という座長判断となっている。

○審査・回収は民間にゆだねるべき。
○13億円の独法の人件費を来年もこのまま投入することはありえない。
○国民の税金で運営されており、「見解の相違」では済まされない。真剣に対応すべき問題。

ちなみに内訳は、「今のままなら不要」が8人、「民間」が2人、「国の事業として継続」が2人だ。特に問題視されているのが、「貸出残高5兆円弱のうち滞納が2000億円(滞納者は20万人)発生しており、滞納額は10年前の2倍以上となっている。それがそのまま税金で穴埋めされている状況」らしいのだが、「ムダボ」の人たちは、民間の金融機関の不良債権の割合とかは分かっているのだろうか。この2000億円を問題視して、制度全体が「今のままなら不要」というのは見識を疑う。センセイ達は学費で苦労したことなど無いのだろうか、と邪推してしまう。

とまあ、こんな感じの中身を見て嘆息、憤怒、諦観…。ある後輩は「人民裁判ごっこ」と言っているが、それに同意したくなる。

at 14:28|PermalinkComments(2)日々の戯れ言 

2008年08月03日

この数日間。

あまりの暑さに、かつて一世を風靡したある漫画に「暑い夏、……死刑!」という一節があったことをふと思い出す。暑さとアルコールで頭がやられてきたようだ。今日も一つ飲み会があるのだが、これで五日連続の深酒になりそうなので、症状がさらに進行しそうだ。

世の中は、オールスターがあったり、内閣改造があったりと色々と動きがあるようだが、自分は相変わらず大学院棟にこもる毎日が続いている(いい加減運動をしないとまずいなと思うのだが……)。

この一週間ほど、同時並行的にいくつかの「お勉強」を進めているのだが、これが早くも辛くなってきた。毎日こつこつとやらなければいけない語学などは別にしても、短期集中で片付けられるものはどんどん片付けるやり方にした方がいいのだろうか。

そういえば、このブログでも以前に紹介した(リンク)、佐々木卓也『アイゼンハワー政権の封じ込め政策』(有斐閣、2008年)の書評が『毎日新聞』に載っていた(リンク)。



昨日は院生の週末恒例(?)の研究会に参加してきた。

テーマが、先輩がやっている研究に近く、またアルバイト先でやっている仕事にも関係しているので、興味深く聞くことが出来たが、その分細かいところに関心が行ってしまい、研究そのものの意義を評価した上でのコメントが出来なかったような気もする。

昨年論文を書いて以来、それぞれの研究のアプローチの仕方や、テーマ設定の仕方、問いと答えの一致といったことがそれまで以上に気になるようになった。その結果、なぜそのテーマなのかなぜそのアプローチなのか、なぜその結論なのか、といった点に自覚的でない研究が意外と多いのだな、ということがよく分かった。その点で、周りの先輩たちの多くはこの点に極めて自覚的なので研究を読んだり、話をして刺激を受けることが多いのは本当にありがたいことだ。

一方で、師匠の言う「まずは調べて書いてみなさい」ことも重要だと思う。草稿を書いた上で、それをいかに論理的にまとめ直していくことが、重要なのだろう。ちなみにこれが自分の夏の課題の一つである。



試験勉強はあまり面白くないが、経済学の勉強はなかなか面白い。普通の教科書も使っているのだが、やはり↓(稲葉振一郎『増補 経済学という教養』(ちくま文庫)のように読み物としても読める本を混ぜた方が効率がいいような気もする。文庫化を機に読んでみたのだが、これはいいタイミングだった。

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「素人の、素人による、素人のための経済学入門」「著者にとっての研究ノート」という文句が最初から並び、また文体もポップな感じなので敬遠する人もいるかもしれないが、経済学の前提知識なしでも読める非常に良質な本だと思う。経済学を学ぶのであれば、まずミクロ経済学をしっかり学んだ方がいいのだろうが、本書のようにマクロ経済的な話をとっかかりにした方が、話としては入りやすいかもしれない。

at 13:12|PermalinkComments(3)本の話 

2008年08月01日

8月になりました。

『ヤングサンデー』の最終号刊行とともに7月が終わり、もう8月になってしまった。

懸案だった「鉄腕バーディー」「とめはねっ!」「イキガミ」は、いずれも同じ小学館の『ビックコミックスピリッツ』で連載が続くことが決定した。他にも「クロサギ」や「土竜の唄」が『スピリッツ』で続くようだが、他はよく分からない増刊号でとりあえず続くものや、ネット配信となるようで、ややせつない。

そんな話はともかくとして8月だ。

今年は課題が山積している。「お勉強」がいくつかあるが、それは置いておいて、重要なのは試験勉強と論文執筆だ。院棟や近所の大学図書館でこつこつと頑張ってやっていきたい。

試験勉強は毎日こつこつと、論文は一気に書いて、しばらく寝かせてまた一気に書きなおす、という形になるのだろうか。論文は一度草稿をまとめているので、まっさらな状態から書くよりは楽だと思うが、それでも一度書いたものを縮めていくのはそれなりに大変だし、その後入手した新たな資料を読み込むのもなかなか大変だ。

at 14:37|PermalinkComments(0)日々の戯れ言