2008年01月

2008年01月31日

1月も終わり。

仕事→家庭教師→仕事→サークルの先輩の出版祝い→仕事→家庭教師、と過ごしているうちに今週ももう木曜日だ。そして一月も今日が最終日。こんな感じで時間があっという間に過ぎてしまう。社会人になってもちゃんと勉強をしている人は本当に偉いと思う。ま、学生のバイトと社会人の仕事は違うだろうから同じには出来ないが、ともかく朝会社に行って夕方から夜にかけて会社から出るという一日を続けるだけでも偉いと思う。逆に、朝大学に行って夜大学から出るという一日はそれほど苦痛ではないのだが…。



当たり前のことではあるが、同じテキストでも読み手が違えば読み方はかなり異なる。これを実感させられたのがこの一週間だ。拙いながらも何とかまとめた論文を、友人&後輩の前で発表したり、お送りした人からコメントを頂いたり、そんなことをしていると色々な角度から色々な意見が飛んでくる。

わざわざ読書会などをやったりテキストを輪読したりすることの意味を考えれば、人によってテキストの読み方が違うというのは当たり前のことなのだが、自分の書いたものでそれを実感するのは何となく不思議な気がする。今のところそんな経験は無いが、変な思い込みや勘違いから因縁を付けられることもそのうちあるのかもしれない。

誤解を減らすためには、分かりやすくシンプルに、そして面白さや美しさは犠牲にしない。そんな論文や研究をいつか書いてみたいものだ。



『本野盛幸オーラル・ヒストリー』の話。

久しぶりに仕事以外で、ライフのオーラル・ヒストリーを一冊読んだ。『本野オーラル』は、政策研究大学院大学(GRIPS)で行われたC.O.E.オーラル・政策研究プロジェクトの一環として行われたものだ。ちなみに同プロジェクトの研究成果の一部は、HP(リンク)でも確認出来るので、戦後日本を研究対象としている人はぜひ参考にしてほしい(ただし、HPのリストはなぜか完全なものではなく、肝心の2005年刊行分が記載されていないので、GRIPSのOPACで調べるのが最終的には一番確実だ)。

GRIPSのプロジェクトでは、かなり多くの数の外交官に対する聞き取りが行われている。柱は二つあったようで、一つがサミット、もう一つがPKO派遣だ。本野オーラルは前者であり、本野氏自身、80年代前半にサミットのシェルパを務めている。サミットのシェルパ経験者への聞き取りは、本野氏の他、吉野文六、宮崎弘道、菊池清明といった諸氏に対して行われており、それらをざっと斜め読みしてみるだけで、従来の研究などから見えるのとは異なるサミットと日本の関係が浮かんでくるはずだ。

閑話休題。『本野オーラル』をどう使うか、というのがここで書きたかったことだ。そもそもオーラル・ヒストリーをどう使うか、ということも人によって意見が分かれることだ。『本野オーラル』の場合に難しいのは、おそらく証言の大半が記憶のみに基づいてされていること、そしてその記憶もかなり曖昧だということ、さらに速記録を丹念に読み込む作業もしていないということ、などの諸点から信頼性にかなり疑問符を付けざるを得ないのだ。そんなわけで『本野オーラル』は、組織の雰囲気等をつかむ上では参考になるが、ある特定のテーマを研究する際には引用に慎重になってしまう。

ちなみに本野盛幸は、外交官四代目であり1歳から10歳まで海外生活をしていた、という面白い経歴を持っている。戦前の歴史をやっていれば知っているであろう本野一郎は盛幸の祖父である。そんな本野家の来歴や、子供時代のエピソードは読んでいてなかなか面白かった。

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2008年01月27日

研究会二連発。

昨日、今日と研究会に参加してきた。

昨日は、10月に自分も発表させていただいた研究会に参加するために、本郷まで遠征。アメリカの対中政策、中国の対日政策について、それぞれ非常に興味深い発表だった。未発表の研究なので内容を紹介することは出来ないが、どちらの発表にも共通して登場する毛沢東のイメージがあまりに違うのが面白かった。米中接近時の戦略的な(とキッシンジャーには見えた)毛沢東、大躍進期の超過激な革命家としての毛沢東、どちらが本当の毛沢東なのだろうか。

今日は、学部時代の友人・後輩との研究会。二本立てで、前半は自分の修士論文発表、後半は後輩の修士論文構想発表だった。

大学院に入るととかく自分の専門に閉じこもってしまいがちなだけに、他分野を研究している人の意見をじっくりと聞くことができるのはとても貴重な機会だった。変に細かい知識がないだけに、自分が発表した情報に基づいて様々な角度からコメントが飛んでくる。発表の仕方は失敗したなー、と思うので反省を生かして次回以降の発表に繋げることにしたい。発表時間を決めること、そしてそれに合わせて原稿を作ること、これは面倒でも必ずやることにしたい。

細かい実証は自分で責任を持ってやる部分だ(今回の論文で一番足りていないのはそこなのだが)。実証をある程度しているという前提で重要になるのは、それをどのように論文として発表するのか、ということだ。テーマ、分析視角、分析枠組み、問いと答え、インプリケーションなどは分かりやすく提示しなければならない。そしてそれ以上に大切なのは、論文で一番主張したいことを明確に伝えることだ。その部分の書き方が甘かったのかな、と今になって思う。論文の贅肉を落として短くまとめる作業では、こうした反省を生かすことにしたい。

後輩の発表は、自分の研究にもやや繋がるテーマだったこともあり興味深いものだった。対象とする時代が15年くらい違うだけで、これだけ研究の蓄積が違うのだなー、ということを再確認した。蓄積が多いところだけに、色々と工夫が必要になるのだろう。次に発表を聞くのが楽しみだ。

そんなこんなで、色々と刺激を受けた週末を過ごした。来週も頑張りたいところだが、水曜日まで三日連続仕事で内二日は夜家庭教師というハードスケジュールが続く。はー。

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2008年01月25日

4℃。

ブランドの名前ではなく、今朝の部屋の気温です。

ちょっと効きの悪い冷蔵庫と同じ気温の部屋で寝ていると思うとちょっと不思議な気分になります。

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2008年01月20日

先週。

先週は、修士論文の執筆が終わって少し時間に余裕が出来たこともあり、単調な大学院生活からちょっとだけ脱した。といっても別に遊びに行ったりしたわけではなく、大学内でのことだ。

木曜日は、履修はしていない基礎演習?の授業にもぐってきた。昨年着任されたアメリカ政治が専門の先生による「歴史分析における史料とのつきあい方」と題した講義は、とても興味深いものだった。政治学系の学部で歴史を扱う、もしくは文学部で政治を扱う場合に、誰しもが感じるであろう「政治学と歴史学」の問題から論を起こしつつ、体験的な史料とのつきあい方を紹介するというスタイルは、理論と実践といった趣きがあり、分かりやすくまた深さを感じるものだった。同じように「政治学の歴史分析」を試みようとしても、対象が内政と外交で、微妙に史料とのつきあい方が違うこともよく分かって面白かった。

金曜日は、東アジア研究所の研究会「李明博政権と日韓関係 ―ヴィジョングループからの提言―」に参加した。研究会といっても、参加者が多数のため会場がG-SEC Labだったので、ちょっとしたシンポジウムのようだった。現在進行形の国際政治について考えたのは久しぶりのことだったのだが、やはり可能性が無限に広がっているので聞いていて楽しい。なぜ日韓関係が重要なのか、そして日韓関係を重視することにいかなる意味があるのか、ということについて、発表した先生だけでなく、フロアからも賛同する声が多数あったのは興味深いものだった。今後の日韓関係がいかなる方向へ動いていくのか注視したい。



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ちょっとグチを。

「君の日本語は読み手に緊張を強いるね」というのは、我が師匠の某後輩の卒論発表に対する名言(迷言?)だが、某大学出版会から出た某国際関係論シリーズの某最終巻を読んでいて、この言葉が思わず浮かんできた。修士論文をチェックしていて、どんどん誤字脱字が見つかる自分が言うことではないのかもしれないが、編集者の手が入っているのだから、もう少し日本語だけでもどうにかして欲しいものだ。既発表論文を基にした各章よりも、書き下ろしの「序論」や「あとがき」、各章の扉の文章が「緊張を強いる」。

このシリーズは、第一巻の『国際社会の秩序』が非常に読み応えがあり面白かったので、結局全巻買って読んだのだが、巻を追うごとに様々な面でクオリティが下がっていった気がする。



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『天使なんかじゃない』を読み終え次第、就寝前読書で読もうと思っているレイモン・アロンの回想録について、かつて師匠が書いた文章が素晴らしかった。以下は印象に残った部分の抜粋。

…換言すれば彼[アロン]にとって国際政治とは、確定的な目標を持って比較的明白なルールと制御された環境でプレーされるゲームではない。不確実性と偶然性に晒されながらも、「常に戦争の影のもとで展開する」というこの一点が、不定型な国際関係に一定の輪郭を与えていると考えるのである。

…アロンが著名な社会学者であったことを考えると、彼が頑固なまでに国際政治における「国家の中心性」を主張し続けたことは、興味深い逆説のように評者には思える。

…アロンが生きた時代は、イデオロギーと総力戦、そして核兵器が出現した激動の時代であった。冷厳なリアリストである一方で、彼はホットな思想的論争に決して傍観者的態度はとらなかった。彼のソ連と共産主義批判はヒステリカルな叫びでないだけに一層激しい。

…スターリン批判の年に生まれ、高度成長と共に育ち、紛争後のシラケの学園で大学教育を受けた私には、アロンが共産主義批判とソ連の脅威を熱っぽく訴え、国際関係における国家間関係の優位という古典的なモデルに拘るのについて行けない。だが、ファシズムとコミュニズの交錯する厳しい思想状況と、過酷な国際関係のパワー・ゲームに晒された環境で、厳しい選択に直面した体験がいかに重いか、彼の淡々とした語り口のなかに、痛切に感じずにはいられない。アロンの知識人としての偉大さは、このような困難な知的状況にあって、いかなる世俗的、超越的信仰にも、またニヒリズムにも不可知論にも身を委せることなく冷静な分析を重ねた、並はずれた知的スタミナに求められるのではないか。同時に思想家アロンは、理性と自由の人としての立場を貫き、次々に起こる現実問題に積極的に発言を続けた点で、自身の言葉通り「参加する観衆(Le Spectateur Engage)」として生き抜いたと言えよう。

(田所昌幸「平和も戦争もない時代に」『アステイオン』第12号、1989年春)


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2008年01月16日

はやる気持ち。

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「倉富勇三郎日記」という資料がある。その名のとおり、枢密院議長を務めた倉富勇三郎の日記であり、普通であれば研究者以外は見ないであろう代物だ。とにかくこと細かに書かれた日記は膨大な量であり、研究者泣かせの一冊だという。そんな「倉富勇三郎日記」を用いた一般書が昨年相次いで出版された。

どちらも、研究書とは違い軽いタッチで書かれているので、就寝前の読書にはぴったりの本だ(『枢密院議長の日記』はまだ読んでないが)。『恋と伯爵と大正デモクラシー』は、有馬頼寧の女性問題が軸になった話なのだが、それだけではなく、労働者のための夜学設立の話や、当時の華族社会、ハンセン病の問題などが組み合わされているので、ぐんぐん読み進んだ。「倉富勇三郎日記」を読み込んでいたり、戦前の日本政治を専門にしている研究者からは様々な異論があるのかもしれないが、自分は素直に楽しんで読んでいる。

次なる就寝前の読書は、『枢密院議長の日記』にすべきか『レーモン・アロン回想録1』にすべきか迷うところだ。図書館で『アステイオン』に掲載された師匠のアロン回想録の書評をコピーしたので、これを読んでから決めることにしたい。



研究の話。

二つ前の記事のコメントでも無断引用したが、ある先生に修士論文の完成を報告したところ、「胸中に漂うのは充実感か、物足りなさか、たぶん両方でしょうか。次へのよいステップになることが一番大事かと思います」というコメントを頂いた。また他の先生からは「研究者は論文を書いてナンボだと思うので、修士論文を第一歩として論文をドンドン生産していってください」と激励された。これも無断引用。

論文を書き終えたらしばらく研究を忘れたくなるのかなと思ったが、むしろ逆に、早く次の研究をしたいという気持ちの方が強い。とはいえ、三月にある研究会で発表させてもらう予定なので、次の研究に進む前に論文の不十分な点を埋める作業をしなくてはならない。年が明けてからも続々と新しい文書は開示されてくる。そんなわけで、あと半年ほどは修士論文のテーマとお付き合いしなくてはならなそうだ。

at 18:11|PermalinkComments(0)本の話 

2008年01月15日

高校選手権。

久しぶりにサッカーを観てきました。

高校選手権の決勝で五万人近く入るとは思わなかった。千葉対静岡なのに、観衆の大半が藤枝東だった。親戚が何人か静岡から来ていたようだが、その期待を裏切る見事な完敗でした。ロングボールやクリアをことごとく拾われる、個人の能力に大きな差がある、などなど、あのスコアでも仕方がない試合内容だった。とはいえ、全国大会の決勝まで進むのだからすごいことだ。



前回の記事に続いてグッとくる一節を引用しておきたい。今回は、カーの評伝を読んだ直後だけに色々と考えさせられる部分だ。『アイザイア・バーリン』を読み終えたので、夜の読書として次に何を読むのかを思案している。評伝、回顧録がいいのだが、せっかくなのでヨーロッパの知識人がいい。やはりアロンの回顧録辺りだろうか。

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 人間は操り人形ではない。人間は巨大な、非人間的な力の遊び道具ではない。人間の行動と精神的な宇宙は、階級的な位置、人種、性、あるいは文化的伝統によって形づくられるかもしれない。しかし、個人としての人間は道徳的選択の能力を保持しているのであり、その限りにおいては、これら決定要因から自由でいるのである。それゆえに、人間をその歴史的な行動について賞賛したり責めたりするのは適切なことなのだ。歴史家の機能は過去を判断するよりも理解することなのだと主張する者は間違っている。過去を理解すればするほど、過去の見知らぬ状況についてわれわれの道徳的規準を当てはめることができなくなると主張する者も間違っている。相対主義者の憲章「すべてを理解することは、すべてを許すことである(Tout comprende, c'est tout pardonner)」は偽りである。歴史的理解の機能は歴史上の登場人物が策略の余地を楽しんだ範囲を厳密に識別すること、彼らが自由をどのように、なぜ活用したかを理解すること、そのときにほかにどのような行動が可能だったかを基準に、彼らの行動を評価することである。(マイケル・イグナティエフ『アイザイア・バーリン』みすず書房、224-225頁)

at 09:27|PermalinkComments(2)本の話 

2008年01月13日

誤字脱字。

入稿後8時間で、一つ目の誤字脱字が発覚する。ちょっとショックだが、これからもっと見つかるのだろう。まあ仕方がないか…。



読んでいる本にあった「グッとくる」一節。

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 彼自身が悲劇に接したことはほとんどなかったが、彼は内的な分裂性について深い認識を持っていた。彼のもっとも深い底にある〔複数の〕忠誠心は、一つがもう一つの上になってきちんとした層をなしているようなものではなかった。それらは対立しており、その解決は痛みをともない時間のかかるものだった。彼を友人にとって魅力ある仲間にしたもの??彼の変化しやすい、多面的な自己??は実ははっきりと分裂していた。彼はハリネズミになりたかった狐、社交を欲した孤独な思想家、中道の立場ゆえに左派、右派双方の友人から招いた不満にしばしば引き裂かれた自由主義者だったのである。われわれには一人一人個別の、確かな内的な本性があり、そこからわれわれの価値観と関心事を演繹することができるという啓蒙思想の誤謬に、彼が特異な鋭さで狙いを定めた理由がこれである程度説明できる。(マイケル・イグナティエフ『アイザイア・バーリン』222頁)


at 15:41|PermalinkComments(4)本の話 

2008年01月12日

脱稿。

修士論文脱稿。

本日、午前中に印刷所に持って行きました。長く辛かった研究にもようやくひと区切りつきました。タイトルだけここに紹介しておきます。

第一次石油危機と日本外交 ~国際経済秩序変動期における先進国間協調の模索~

at 23:47|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2008年01月09日

馬事文化賞。

修士論文が入稿間近となり佳境を迎えているのだが、今日はその話はパスして馬事文化賞についてちょっとだけ。

馬事文化賞とは、JRA(日本中央競馬会)賞の一つとして1987年に設けられた賞であり、「当該年度において文学・評論・美術・映画・音楽等を通じて馬事文化の発展に顕著な功績のあった者(団体を含む)に授与」される。第一回は、宮本輝『優駿』が受賞している。将来、何としても受賞したい。

今日、今年の馬事文化賞が発表された(リンク)。受賞作は、木村李花子『野生馬を追う』(東京大学出版会)と城崎哲『カリスマ装蹄師 西内荘の競馬技術』(白夜書房)の二作だ。

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受賞作の概略によれば、『野生馬を追う』は、

動物行動の研究を志した著者が、家畜化以前の馬の姿を求めて、再野生化した馬の群れを観察、馬の行動の意味を解き明かしつつ、その都度生まれる新たな疑問に誘われるように、北海道・根室市沖の無人島から大西洋上のカナダの島、そしてアフリカのケニヤへ、インドへと研究の歩みを進め、再野生馬、シマウマ、ロバと対象を広げつつ行った問題提起をわかりやすくまとめたものであり、ある時は無人島で野生馬と起居を共にし、またある時はインドの漂泊民と行を共にして、馬の社会についての斬新な問題提起を行った興味深い作品。

というものらしい。「作品内容として、馬だけでなくロバなども対象としていますが、馬事文化賞の対象作品として評価して頂いて大変うれしいです」という木村女史の受賞の言葉がゆるくて面白い。

『カリスマ装蹄師 西内荘の競馬技術』は、

ディープインパクト号の足元を支えた西内荘氏にスポットをあて、馬を走らせるまでの知られざる装蹄師の仕事を描いた作品。騎手や調教師といった、競馬において人目に立つ人々ではなく競走馬の足元を護る装蹄師に着目し、競馬の奥行きの深さを世に知らしめる作品。

こちらもなかなか面白そうだ。ディープインパクトの想蹄師の話は、NHKスペシャル「ディープインパクト~無敗の三冠馬はこうして生まれた~」でも紹介されていて面白かった記憶がある(ちなみにこのNHKスペシャルは2006年度の馬事文化賞を受賞している)。

この二作とも、周りで読んでる人はいないだろう。そんなわけで、感想を聞く相手がいないのが残念なところだ。

at 23:20|PermalinkComments(2)本の話 

2008年01月05日

今年もよろしくお願いします。

少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

昨日静岡より帰京し、今日から研究の日々が再スタートする。年末は、ぎりぎりまで修士論文をやっていたので、年賀状は一枚も書いていない。お世話になった方、年賀状を頂いた方には、修士論文提出後に寒中見舞いを出すことししようと思う。

年末年始は、静岡でまったりと過ごした。昨年秋に新築した叔父の家に行ったり、箱根駅伝やらサッカーやらラグビーやらのだめやらを見たり、飲んだり飲んだり飲んだりしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。久しぶりにゆっくり色んな本を読んだので、気が向いたらそのうちにここで紹介しようかな。

個人的に盛り上がったのは高校サッカーだ。伯父達や従兄弟の母校である藤枝東の活躍に親戚一同大盛り上がりだった。今日の準々決勝に勝てば、次は国立なので、時間が合えば応援に行きたい。



学部五年生にはならないぞ、と誓って大学院に進学したものの、修士一年目は膨大な先行研究の読み込みで一杯一杯だった。研究テーマが何とか定まったのは、修士一年の終わり、ちょうど一年前の今頃だった。

そんなわけで、昨年が事実上の研究生活一年目。「オリジナリティ」と「面白さ」と「実証性」、これらを兼ね備え、さらに「リサーチデザイン」を持った研究をすることがどれだけ難しいものなのかを嫌というほど味わった一年だった。

何とかテーマを決めて研究を進めていったのだが、そこでまた新しい壁にぶち当たる、研究を進めれば進めるほど分からないことが増えていく。そんな研究の辛さと面白さが、おぼろげながらも分かった気がするのが昨年の収穫だろうか。今年はその研究をひとまずまとめること、そしてそれをもとに次の研究につなげる大切な一年になるのだと思う。

ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。

at 11:46|PermalinkComments(0)日々の戯れ言