2007年12月

2007年12月30日

今年もお世話になりました。

明日から静岡へ帰り、リフレッシュしてきます。

今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。

at 22:02|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年12月27日

今年最後の山食カレー。

久しぶりに山食でカレーを食べた。あのスパイスそのままの強烈な辛さを久しぶりに味わい、お腹と心が満たされました。山食は今日が年内最終日なので、これが今年最後の山食カレーということになる。

山食カレーを称して、政治思想系の准教授(当時、助教授)は「おふくろの味」と言っていたが、あの強烈さは「おふくろ」には表現できない気がする。本当ならば、ぜひ一度食べさせていただきたいものである。

新年は7日からの営業らしいが、7日(月)はバイトのため大学には来ない予定である。翌日は大学に来るつもりだが、火曜日なのでハヤシライスの日だ。というわけで、次に山食カレーを食べるのは1月9日(水)だろうか。

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2007年12月23日

年の瀬。

有馬記念が終わり、残すところはあと東京大賞典だけになってしまった。

賭け事は好きではないが、馬を見るのは大好きです。そんな自分は、有馬記念が終わると「今年も一年終わったなー」と感じる(…今年はまだやることが残っているわけだが)。そう思うようになって、もう十五年くらいになるだろうか。もっとも、有馬記念で年が終わるのは、競馬関係者でもただ馬好きだけらしい。馬券師にとっては東京大賞典が残っているし、生産者にとって一年の区切りは有馬記念ではなくダービーだとも聞く。人間の暦感覚というのは、人それぞれ違っているらしい。

馬が好きだといっても、最後に競馬場に行ったのはディープインパクトが勝ったダービーなので、もう二年半も前になる。思えば、大学院に入ったから一度も行っていないわけだ。馬主の夢をあきらめて大学院に来たことと関係があるのだろうか(といっても就職していたら馬主になれるというわけではもちろんない)。



 歴史を書きながら私は、不思議な想念に襲われる。歴史は、ある結果が起こるに至ったプロセス(諸要因)の説明である。そのプロセスは、さまざまの可能性の競合であった。人々は、ある可能性に期待をかけて競い合い、そうするうちにいくつかの可能性が現実化し、他の可能性は潰れ、競合に決着がついた。潰れた可能性を発掘することは起こりつつあった歴史の裏面や深部を探るために不可欠であるが、その可能性は、結局現実化しなかったのである。したがって、起こったことはすべて、そうなるべくしてそうなった、不可避だったと説明しなければならない。冷却した溶岩のような過去が残すのは体験と教訓だけである。しかし、起こりつつあることは、そうではない。競い合う可能性のどれかが現実化し、どれが潰れるかわからない。人々は、それぞれの体験と教訓によって、どれかに期待をかけることができる。どれにも期待できなくても、いずれ決着がつく。こうして可能性の潰し合いが、つぎつぎと決着し、不可避な歴史に繰み込まれ、そうしながら人類は滅亡に至る。(升味準之輔「戦後史の起源と位相」『戦後日本?占領と改革』岩波書店)

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2007年12月19日

あともう少し。

韓国の新大統領のビジネスマン時代のニックネームは「ブルドーザー」だそうだ。これを聞いて、「コンピューター無しか…」と思ってしまった。親の世代にはすぐに通じると思うのだが、大学生相手には通じないかもしれない。日本にとって重要な隣国の政治はこの結果を受けてどのように動いていくのだろうか。



昨日、修士論文提出前の最後の発表が終了。

二ヶ月前のゼミ発表原稿と今回のものを比べてみると、中身はそんなに変わっていないのだけれど議論は大分整理されてきたなー、自分でも思う。先生から頂いた「大分まとまってきましたね」という一言は嬉しかった。基本的には議論の骨組となる中身はもう変わらないし変えようがない。少しずつ少しずつ修正を加えていかに面白い議論にしていけるか。これから、もうひと勝負だ。

残った時間は少しだし、論文も80%以上は終わっている。しかし、まだまだやることは残っている。議論をもっと磨かなければいけない。やや弱い諸外国の視点を加えていかなければならない。読みにくい日本語を修正する必要もある。先行研究と資料の再チェックも忘れてはいけない。

あともう少し、この研究を頑張りたい。



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先日このブログでも取り上げた、E・H・カーの評伝『誠実という悪徳』の書評が『毎日新聞』に掲載されていた(リンク)。カーの歴史家としての側面をうまくまとめたいい書評だが、ややカーに対する評価が辛すぎるような気もする。

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2007年12月17日

アンテナ。

最近、入ってくる情報はアンテナ次第だなあ、とつくづく感じる。

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久しぶりにHMVに行ったところ、真心ブラザーズの新しいアルバムが出ていたことに気が付いた。それも発売日は一ヶ月近く前だ。夏も研究研究とか言っていたため、クロマニヨンズのアルバムを買うのが遅れてしまったが、んー、この辺りの感覚が鈍りに鈍っている。

昨日はクラブワールドカップの決勝があったわけだが、それも大学で論文を書いている時にふと思い出したため、帰宅した時にはすでにハーフタイムだった。数年前であれば考えられないことだ。事前に録画予約はしておいたのだが…。それにしても、カカはすごかった! セードルフは自分が中学の頃からトップ・プレーヤーで今も第一線で活躍している。マルディーニに至っては物心ついたことにすでにイタリア代表のレギュラーだった気がする。



こういったところの代わりにアンテナが張られているのが、研究関係というのは仕方が無いところである。修士論文がいよいよ佳境ということだからか、最近は現実逃避気味に休憩中に小論を読み漁っている。

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最近読んで面白かったのは、『創文』10月号に載っていた奈良岡聰智「大磯から見た近代日本政治」だ。大磯というとすぐに思い浮かぶのは吉田茂であろう。しかし大磯は吉田だけでなく、伊藤博文、加藤高明、西園寺公望ら多くの政治家達の家があった。歴史のエピソードしても面白いが、それ以上の深みがあるであろうことを感じさせる小論でお薦めです。政治が行われる「場」というのは面白いもので、他の見方からは見えないものが見えてくることがある。『毎日新聞』で連載されている御厨貴「権力の館を歩く」(リンク)がいつもそれを感じさせてくれる。

与党政治家だけでなく、野党の政治家を素材にしても面白いのかもしれない。例えば、社会党の和田博雄と河上丈太郎の家は非常に近く、朝の散歩などで行き交うこともあったという。

政治家を考える時に、地盤や出身地も重要だが、それと同様に東京でどのような家に住んでいたのかといったことも実は重要なのではないだろうか。議員宿舎では色気が無い。

出版社のPR誌というと、『書斎の窓』8・9月号と10月号に『戦後日本外交史[新版]』の中国語版に載せられた序文が掲載されていた。この本が広く中国で読まれればいいと願う。

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2007年12月13日

ジョナサン・ハスラム『誠実という悪徳~E・H・カー 1892-1982~』

あっという間に一週間が過ぎてしまう。

先週末は、ゼミの先輩の発表を聞きに某研究会へ。

着実に資料を読み込んだ手堅さと明確な視角を併せ持つ研究はやはり面白い。対象とする時代がほぼ同じこともあり、自分の研究を進める上でも参考になることが多かった。

研究対象が近い研究者が集まると、とかく細かい話になりがちである。研究会でもかなり細かい話になったが、細かい話だけでなく、研究の視角や枠組みの部分もしっかりと議論されていた。それに加えて、ヨーロッパとの比較や、時間軸を広げた意義付けについても議論が行われたので非常に面白かった。

サブスタンスはしっかりと一次資料に基づいて実証し、それをタテとヨコに広げた意義を考える。これを言うのは簡単だが、実践するのは非常に難しい。最近、先輩や後輩に修論のアウトラインを見てもらい、微調整を繰り返している。少しずつ少しずつ議論がまとまってきたような気がする。



最近、夜寝る前に読んでいた一冊。次は、マイケル・イグナティエフ『アイザイア・バーリン』(みすず書房)を読みたい。

久しぶりに書評形式で紹介。

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・ジョナサン・ハスラム『誠実という悪徳』(現代思潮新社)

 もしも私が、学問的ディシプリンとしての国際政治学の定義を示せ、と言われたとしたら、私はそれを、政治哲学の国際関係への適用だと呼びたい気持ちに駆られる。それは、今まで主に歴史学の一部分として研究されてきたのであり、決して、政治科学の領域として研究されてきたのではなかった。
 しかしこの意味では、国際政治学とは、取りも直さず、生きた現実的対象に関わるものなのであって、もっぱら文献や記録の研究に専心するようなものでは決してない。(375頁)


 国際政治や歴史を学ぶ者であれば、一度ならずE・H・カーの著作を手にしたことがあるだろう。しかし、私にとってカーは読めば読むほど分からなくなる存在であった。国際政治学者としては「現実主義者」、そして歴史家としては「相対主義者」という人口に膾炙したカーのイメージは、それぞれ『危機の二十年』と『歴史とは何か』に基づくものである。しかし、1939年に刊行された『危機の二十年』の第一版は対独宥和政策を強く擁護したものであったし、『歴史とは何か』で相対的な「歴史学」観を示しつつもカーは歴史の進歩主義を強く信じていた。なぜ、カーは1939年に『危機の二十年』を書き宥和政策を主張しなければならなかったのだろうか。また、なぜカーは『ソヴィエト・ロシア史』の執筆に没頭するなかで『歴史とは何か』を書き、その中で相対主義的な歴史観を提示したのだろうか。

 カーの波瀾に満ちた90年の生涯を描き出した本書は、我々のこうした疑問に答えてくれる。多岐にわたるカーの著作を読み解きつつ、膨大な私文書に基づいてその執筆過程から描き出した本書の叙述は圧倒的である。私生活にまで深く入り込みながら、それをカーの知的活動と結び付けて論じることは、著者ジョナサン・ハスラムがロシア史や国際政治史の素養を持ち、さらに生前カーに師事した経験を持つからこそ出来ることであろう。

 本書に従って、簡単にカーの生涯を概観しておこう。ヴィクトリア朝下の中流家庭に生を受けたカーの生涯は、決して平坦なものではなかった。大学時代に第一次世界大戦を迎え、外交官としてロシア革命とパリ講和会議を間近に観察した。この外交官時代の体験は、ヴィクトリア朝的なカーのリベラリズムを傷つけることになった。社交的な生活を嫌うカーにとって外交官はあまり魅力的な職業ではなかった。代わりにカーの心を捉えたのがロシアである。外交官を続けながら、ドストエフスキー、バクーニン、ゲルツェンらの研究を行い、その一部はジョン・ハレットのペンネームで出版された。結局カーは約20年間の外交官生活に終止符を打ち、1936年にウェールズ大学に職を得て学者に転身する。この時代のカーは熱心な対独宥和の提唱者として知られている。その後、程無くして第二次世界大戦が勃発し、カーは短い情報省勤務を経て『ザ・タイムズ』での執筆生活に入る。戦後は不遇な時期が続いたが、1955年に母校ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジにフェローとして迎えられ、以後カーはライフ・ワークである『ソヴィエト・ロシア史』の執筆に没頭するのである。しかし、『ソヴィエト・ロシア史』の執筆は困難な作業であり、当初の予定よりも大幅に完成は遅れ、さらに対象とする期間も短縮された。結局それが一応の完成をみるのは、1979年のことであった。この間、1961年に『歴史とは何か』の基となったトレヴェリアン講演が行われ、大きな反響と論争を呼んだ。その後、カーは何度も『歴史とは何か』の「続編」を書くことを考えたが、結局それは実現することはなかった。

 著者が描き出すカーは、安易な単純化を許さない複雑な知性の持ち主である。『危機の二十年』や『歴史とは何か』の背後にカーは何を考えていたのだろうか。カーの思索の背後には、激しく動いた20世紀の歴史があった。なぜ、カーは50年代以降、現実政治に対する発言をほとんどしなくなり、『ソヴィエト・ロシア史』の執筆に没頭したのか、なぜ『歴史とは何か』の続編は結局かかれなかったのか。そんなことを心の片隅に置いて、今度はじっくりとカーの著作を読むことにしたい。

at 14:55|PermalinkComments(2)本の話 

2007年12月06日

労働ばかりの一週間。

今週はバイトが三日、家庭教師が三日となかなか厳しいスケジュールだ。このうち二日はバイトの後に家庭教師なので、一日働いていることになり研究がほとんど進まない。朝八時に家を出て帰宅するのが十時というのは、社会人であれば普通なのかもしれないが、学生の身にはつらい。バイトそのものは研究に関係することなのでいいのだが…。毎日働いている社会人は偉いですね。

そんなわけで気が付くともう一週間の後半になっている。

この一週間ほど、東京の紅葉が見ごろを迎えている。大学の近くは、きれいな並木が多いので見ていて飽きない。今日は、真っ青な空をバックに銀杏の黄色が見事なコントラストで思わず見とれてしまった。あと一週間もするとほとんどの葉っぱが落ちてしまうのだろう。寂しいものだ。



定期的にチェックしていると面白い新聞書評。先週&今週もいくつか気になるものがあった(以下、順不同)。

・君塚直隆『ヴィクトリア女王 大英帝国の“戦う女王”』(毎日新聞
・J・H=ファーブル『ファーブル植物記 上下』(毎日新聞
・ピーター・バーク『時代の目撃者』(読売新聞
・ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 I・?』(朝日新聞
・デイヴィッド・ロックフェラー『ロックフェラー回顧録』(朝日新聞
・中野聡『歴史経験としてのアメリカ帝国 米比関係史の群像』(朝日新聞
・レズリー・ダウナー『マダム貞奴 世界に舞った芸者』(朝日新聞

この中で読むことが出来たのは『ヴィクトリア女王』のみ。うまく時間を使ってじっくり面白そうな本を読みたいものだ。



自分の「仕事(=研究)」の話。

この数日、論文要旨を作成している。15分~20分程度で発表することを考え、注を抜かして6000字を目安に書いているのだが、これがなかなか難しい。とにかく頭が疲れる。論文の無駄な部分を省き、問いやその答えを整理し、メリハリを付けなければならない。だらだらと長い論文を書くよりも、その要旨を6000字でまとめる方がよっぽど難しい。やや迷走気味だったのだが、今日の午前中からようやくまとまり始めたような気がする。

この論文要旨に、これまでだらだらと書いてきた文章を加えて膨らませる形で原稿を完成させることにしたい。

自分の研究に没頭し、資料を読みこんで細かいことばかり考えていると、ごくごく当たり前のことが出来なくなってくる。論文要旨を書いたり、アウトラインをまとめたり、そういう作業をすると少し客観的に自分の研究を眺めることが出来る気がする。

at 23:48|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年12月02日

翻訳大国日本。

まさか横浜FCに浦和が負けるとは思いませんでした。あのマッチ・メイキングはどうなんだろうと思ったけど、こんな結末になるとは…。



中国やロシアとともに翻訳大国といわれる日本。2007年も後半に入って色々と読みたい本が翻訳されている。

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ジョナサン・ハスラム『誠実という悪徳』(現代思潮新社)

『大英帝国の外交官』(筑摩書房)の中で紹介されているのを見て以来気になっていた一冊。様々な私文書を用いて書かれた貴重なカーの評伝。この本が広く読まれるようになれば、日本におけるカーのイメージは修正されるのではないだろうか。就寝前の読書にぴったり(俺だけか)。

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ジョン・ロック『統治二論』(岩波書店)

出る出ると前々から言われていた待望の新約。文庫から出るのかと思っていたら、値段がはるハード・カバーでがっくりきた人も多いのではないだろうか。時間が出来たらじっくり読むことにしたい。

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J・G・A・ポーコック『マキャベリアン・モーメント』(名古屋大学出版会)

ケンブリッジ・パラダイムの代表的成果の一つとして知られる政治思想史の記念碑的一冊。何と言っても題名がかっこいい。語学と専門という二つの壁に阻まれて手が出なかった本だけに、翻訳が出るという情報だけでワクワクしてしまう。

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アラン・グリーンスパン『波乱の時代』上下巻(日本経済新聞社)

金融市場が幾何学的に拡大していく難しい時代を舵取りしたグリーンスパン待望の回顧録だ。回顧録好きとしては見逃せない一冊。ボルカーの回顧録(行天豊雄との共著)『富の興亡』はとても面白かっただけに、ついつい期待値が上がってしまうのだが…。

この他にもプラトンの新約が京都大学学術出版会から出版されたりと、読みたい本の新約が目白押しの十二月。もっとも、これだけ色々と翻訳が出ていても、外国語でなければ読めないいい本は星の数ほどあるから悩ましいものだ。キッシンジャーの回顧録も三冊目は訳されていないわけだし。

誰かジョベールの回顧録(当然、仏語)を翻訳してほしい。切実。

出版関係だと、有斐閣から年末年始に出る『アイゼンハワー政権の封じ込め政策』『外交』『日米関係史』の三冊が今から楽しみだ。早く修士論文を書き終えてじっくり本を読みたい。

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