2007年06月

2007年06月16日

ハードルを高くする。

今日は某研究会に参加してきました。

大学院の先輩が報告者だったのだが、その参加人数の多さと質疑応答の活発さは、先輩が行っている「個人を対象とする研究」が様々な研究者・院生の関心をひいたことの証左だろう。とはいえ、今日の発表・質疑応答からは「個人を対象とする研究」の意義とともにいくつかの問題や難しさを感じた。

例のごとく問題はこの後の懇親会。生意気なことばかりを言っていると、自分で自分の首を絞めてしまうのだなと再確認した。別にそれで問題になったわけではないのだが(と思うのだが…)、色々言えば言うほど自分のこれからの研究のハードルが高くなっていく。何にしても多少は背伸びをした方が成長するものだが、あまり背伸びをし過ぎると自滅してしまうので気を付けて「低姿勢」に徹したい。

と思っている、思っているのだが…。

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2007年06月15日

沖縄をめぐる外交史研究。

今日の授業では河野康子『沖縄返還をめぐる政治と外交』(東京大学出版会)を取り上げた。いつものような書評ではなく沖縄に関する外交史研究の文献紹介という形でまとめておきたい。



沖縄には旅行で数回行ったことがある。

わずかな滞在時間であっても感じるのは基地の存在だ。那覇から恩納村方面へ車を走らせて行くと、度々道の横にものものしい基地が現れる。西部から東部へ向かおうと横断すると突如大きな電波塔が現れることもある。自衛隊の基地もあるわけで、その全てが米軍基地だというわけではないのだが、それでも沖縄における米軍基地の存在の大きさは際立っている。

そんな現在の沖縄の現状は、戦後日米関係の中で形成されたものである。沖縄の施政権が日本に返還されたことは沖縄問題の一つの区切りではあったが、実際のところは新たな問題の始まりでもあったといえるだろう。

沖縄返還はその当時から多くの研究者の関心を集めてきた。渡辺昭夫による研究はその代表的なものであるし、また国際政治学会の機関紙『国際政治』でも特集号が組まれた。またアメリカ側の資料公開が進んだ90年代以降は、外交史研究においても沖縄は重要なテーマとなっており多くの研究がなされるようになった。

その嚆矢となったのは、1994年に出版された河野康子『沖縄返還をめぐる政治と外交』(東京大学出版会)である。従来の研究が、アメリカの対ソ戦略の枠組みから沖縄返還を見てきたことに批判的な著者は、日米関係の構築という観点から、1945年から1969年に至る沖縄返還をめぐる政治と外交を分析している。著者の関心は「沖縄返還を可能にした政治外交的条件は何か」ということであり、それは「吉田の系譜のもとに行われた外交」と日本の経済成長によって可能になったと結論付けている。

このように論じている著者の関心は沖縄そのものではなく、沖縄をめぐる「日米関係」とりわけ「日本外交」にあるのだろう。資料的な制約もあり記述自体はアメリカ側が多いのだが、序やおわりにで明らかにされる問題関心や結論は日本外交を重視している。このような著者の関心は、佐藤政権における政策決定過程があまり重視されていない点に特徴的に現れている。著者が力を入れて叙述しているのは、佐藤ではなく岸・池田両政権である。この研究が重視しているのは、「東京からみた沖縄問題」ということが出来るかもしれない。

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その後、沖縄の施政権返還が決定してから30年が経過すると、相次いで2冊の研究書が刊行された。ロバート・D・エルドリッヂ『沖縄問題の起源』(名古屋大学出版会)と宮里政玄『日米関係と沖縄』(岩波書店)である。

『沖縄問題の起源』は、日本が敗北した1945年から講和条約が締結される1952年までを対象に、沖縄の地位をめぐるアメリカの外交政策を中心に検討した大著である。日米双方の資料を幅広く渉猟し、現在に至る日米二国間の沖縄問題の起源を明らかにすることが著者の関心である。『沖縄問題の起源』の後には、沖縄返還に至るまで、沖縄返還後、という二つの研究が構想されているという。『沖縄問題の起源』は資料的にもまた記述の面でもアメリカの視点が強い。もっとも著者の問題関心は必ずしもそこにはとどまらないのかもしれない。しかし『沖縄問題の起源』に関する限り「アメリカからみた沖縄問題」を重視しているといってよいだろう。

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『日米関係と沖縄』は1945年から1972年に至る、沖縄をめぐる日米関係を論じた著作である。先に挙げた二冊とは異なり、本書が重視しているのは沖縄からの視点である。このような視点が存在することにより、本書は資料による実証を重視した歴史研究ではあるが、先の二冊とは様々な点で政策に対する評価が異なっている。本書は「沖縄からみた沖縄問題」を重視した研究である。

以上のように、沖縄をめぐる外交史研究は、東京・ワシントン・沖縄それぞれの視点からの研究が出揃った感がある。これだけ先行研究が多い沖縄問題を研究することはなかなか難しいように思えるのだが、まだまだ研究者の関心はひきつけ続けている。未刊行ではあるが、沖縄返還を対象とした博士論文がつい先頃提出されたという。

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ちなみに沖縄については、佐藤首相の「密使」として交渉に関わった若泉敬の回顧録『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋社)という重要な著作も存在する。様々な研究や回顧録なども利用しつつ書かれた『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』は、単なる当事者の回顧録とも言い切れないだろう。また外務省情報漏洩事件の当事者という意味ではある意味で沖縄返還の関係者といえる西山大吉元毎日新聞記者による『沖縄密約』(岩波新書)も今年に入って出版された。この二冊の存在は、沖縄返還をめぐる問題の複雑さの一旦を示している。

ここで挙げた研究は日本政府の資料については限定的にしか用いていないので、この点から研究を進めることは可能かもしれない。とはいえ、沖縄に関する研究を行う困難さはこのような問題だけではないだろう。それは、その視点をどこに置くのかということである。全てを包括することは容易ではないし、一つの視点からは漏れてしまう問題も多岐に渡る。とはいえ、このような難しい問題こそ研究者が取り組まなければならない問題なのかもしれない。

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2007年06月14日

授業授業授業。

授業が三つあると一日があっという間に過ぎていく。授業が三つくらいなら、学部の時は当たり前だったわけだが…。

ニ限:国際政治論特殊研究

先週は、ドゴールの覚書が提出される前後の文書でなかなか面白かったのだが、今週はベルリン危機発生後のNATOでの会議に関する文書で、しかもわずか二日ほどの会議関係の文書だけだったので、普通に読んでいるだけだとあまり面白さがない部分だった。最も同時期のFRUSを横断的に読んでいけば相当面白い時期ではあるのだろうが…。

今日はなぜだか議論が大きい方向に行ったわけだが、よく考えれば当たり前なのかもしれない。そもそも日本語で読めるような先行研究すら多くの人は読んでいないわけで、そうそう細かい話が理解できるわけではない(もちろん自分もそうだが)。最初にルンデスタッドの本は読んだわけだが、あれに加えて最新の研究論文を数本くらい課題文献で読んでいれば、もう少し細かいことについても議論ができるのかもしれない。

四限:基礎演習?

先週で政治思想の回が終わり、今回からは政治社会&日本政治系が三回続く。今日は「制度設計と空間理論」というテーマでこの分野に関する基礎中の基礎のような話だった。

今日の授業は色々と考えさせられてしまった。「せめて学部でいうところの専門科目のイントロくらいのレベルで授業をしてくれたらなあ」と思っていたのだが、今日の内容について授業の途中で先生が聞いたところ、今日説明していた話を「聞いたこと」がある人が、全体の半分しかいなかったのだ。確かに、政治学科出身でなければ、また政治学科出身でも基礎科目でこういった話をしっかりと聞いていなければそんなもんなのかもしれない。

そんなわけで基礎に関する授業をするのは本当に大変なんだろうな、と実感させられた。ちなみにこの話については、プロジェクト科目後の飲み会でも某先生と話題になって色々と話した。生徒の要望や実感を聞く意味でも飲み会でもやりますかという話になったのだが、その行方やいかに。

五限:プロジェクト科目(政治思想研究)

今回から一人後輩が参加することになった。「ものすごいアウェイ」だと授業について言っていたが、ともかく継続して出てくれれば雰囲気も変わると思うので積極的に来てほしいものだ。

今日は日本政治思想史の先生がゲストで「小野梓におけるローマ法学と功利主義」というテーマ。実は先週の基礎演習?で同じ先生が、「日本政治思想史における利益と正義」と題して話していたので個人的には今日の話は分かりやすく興味深かった。対象としている時期が1870年代半ば~80年代半ばということで、その時代背景や当時の言論状況、知的な雰囲気をしっかりと知らないと今日の話の意義もややぼやけてしまうのかもしれない。歴史を考える上で、その背景にあるものをどう考えるかは極めて重要なことだと思う。

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2007年06月13日

寝る前の読書。

本の読み方というのは人それぞれ様々なようで、どうやって本を読むかという話を人とすると意外な発見があったりするものだ。そんな話の時に俺が言っていたのが「同時並行で本は読まない」ということ。例外的に授業の課題が重なったりする場合は、やむを得ず同時並行に読むこともあるのだが、基本的には一冊読み切り方式だ(ちなみに外国語は読み切りにするとかなり時間がかかってしまうので、基本的には日本語の本と並行して読むことが多い。まだまだ頑張らねば)。

それが最近珍しくこの一冊読み切り方式ではない読書をしている。その本は↓

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飯島勲『実録 小泉外交』(日本経済新聞社)
 本書は、飯島秘書官二冊目の回顧録である。前著の『小泉官邸秘録』は、ほぼ時系列順ではあるがイシューごとに章が設けられそれなりに細かい政策決定過程のようなものまで触れられていた。しかし、この『実録小泉外交』はそのような体裁は取っていない。
 外交に関する通常の回顧録だと思ってこの本を読むと期待外れかもしれない。というのも、この本は「小泉外交」の記録ではなく「小泉外遊」の記録だからだ。著者が、小泉首相の外遊の全てに同行したことはよく知られているとおりであり、その経験が生かされているともいえる。とはいえ、こういった外交問題にこのように対応したということが書かれているわけではないので、ややエピソード集という趣きが強いのは否めない。そのため、学問的欲求はそれほど満たされないわけだが、読み物としては案外面白いものになっている。結果として、毎日外遊5回~10回分くらいを寝る前に読む、というのが最近の日課になっていた。
 51回の外遊全てをほぼ同じ分量で濃淡無く書いているので、例えば北朝鮮問題や中国との関係を知りたいという考えで読み始めると拍子抜けしてしまう。むしろ本書で面白いのは、新聞でも大きく取り上げられないような外遊である。ロシアやドイツとの関係などは本書から見えてくる意外な一面の一つであり、興味深いものだ。シュレーダー前ドイツ首相が政府専用機でW杯を観に来た経緯など本書を読んで初めて知った。
 なお、巻末には小泉首相の全会談(国内で行われたものも含む)の記録が付されている。それをざっと眺めているだけで、色々な発見があるのかもしれない。

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2007年06月12日

更新再開。

精神的に(?)怠惰な生活を送っていたため、一週間弱更新がストップしました。放置している間に年も一歳増え、いよいよ学生気分でいるのはまずいなあ、という思いが強くなってきた。このブログなど、まさに学部時代から延長そのものなのだが、それなりに書いていて頭の整理にもなるので、そろそろ再開します。

とはいえ、約一週間放置しておくとそれだけで書きたいことがかなり溜まってしまう。授業で読んだ資料がなかなか面白かったことや、授業で読むのが四回目(!)の『日米同盟の絆』についてや、久しぶりに参加した研究会について、などなど。もっとも、これを一つ一つ書いている時間ももったいないので、ひとまず今日の話から再開することにします。

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やや、悩ましいこの本。必ずしも内容そのものについてというわけだが、今日感じたことは、ほぼ↓の二つに尽きるような気の疑問が頭の中をぐるぐる回っていた気がする。

・孤立主義の反対は国際主義だよなあ…
・単独行動主義(unilateralism)は二国間主義(bilateralism)、多国間主義(multilateralism)の三つでセットの概念だよなあ…

というのも本の中で、アメリカ外交の伝統的(?)要素として孤立主義と単独行動主義の二つが挙げられていたからだ。

確かにこの二つの要素は何となくアメリカ外交において見られるような気もするが、この二つは必ずしも論理的に対応しているわけではない。上にも書いたとおり、孤立主義の反対語は国際主義なんだろうし、単独行動主義は行動の際のパートナーの数を表しているわけであり孤立主義とは関係が無いからである。

実際に現代のアメリカ外交における孤立主義的な事例はほぼ無いのではないだろうか。確かにアメリカの世論にそういった傾向があることは確かだろうが、世論の傾向だけでその国の外交を論じることは適切とはいえないだろう。

加えて悩ましいのが「単独行動主義」という言葉だ。そもそも国会の行動は、様々な圧力や関係によって影響を受けるとはいえ基本的に「単独行動」なのではないだろうか。日本外交はしばしば「国際協調」を標榜するが、それも根本的には協調によって得られる利益があるからそうしているのであって、それそのものが目的とはいえないだろう。確かに力がある国は無い国と比べて、自分の考えたことをそのまま行動に移しやすいという「傾向」はあるわけだが。

そんなことを考えた上で、さらに国内と国外の利益を調和させた「リベラルな国際主義」が必要だ、と議論されると論理的思考という意味では益々こんがらがってくる。もちろん「何となく」言いたいことは分かるわけだが…。「何となく」では学問的な議論にはならないわけで、その辺りが悩ましい。

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2007年06月05日

授業再開。

そういえば麻疹休みの間にゴールド免許をゲットしました。次の更新の時は29歳だということに気が付き、5年なんかすぐなんだろうなと嘆息してしまった。



修士二年でもともと取っている授業が少ないこともあり、ようやく今日から授業再開。

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今日は、"Limits of American Internationalism -Looking Back"という章。どこかで読んだような話だなあと思いながら読んでいたのだが、どうやら参考文献にも挙げられていたシュレジンジャーの本だったようだ。

が、どうにも議論にならないのがこの授業。経済と帝国主義の関係について議論しながら、レーニンもホブソンの話も出てこないというのはどういうことなのだろう、と頭の片隅で思いながら授業を過ごした。

などと感じながら過ごしたため、授業再開といってもなかなかエンジンがかからない。発言をしてみてもいまいち自分の考えがうまく伝わらないので、早々に授業の課題レポートをまとめて自分の中で体系的に整理してしまうのがいいのかもしれない。結局、比較的軽めの本を熟読というスタイルはなかなか難しいということだろうか。

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2007年06月04日

バランス感覚。

とにかくこの数日は気候が最高にいい。ちょっと暑いような気もするが、湿気はそれほどでもないし、適度に風もある。膝の調子さえ良ければ運動運動運動という生活を送りたい。

そんなことを考えながら帰宅してインターネットでチェックしたところ、先発ピッチャーの連投も報われず早慶戦は敗北とのこと。入った年に大活躍して、自分が先発の試合で優勝を決めてしまう辺りにハンカチ王子のスター性を感じる。やっぱり実力だけでも顔だけでもなく運みたいなものも持っているんだなあ。

最近どうにも自分のバランス感覚が回復しない。麻疹休みの間に自分の研究のことに頭を使いすぎたのかもしれない。まー、本自体は色々と読んでいたわけだが、それでも自分の専門の日本外交史関係ばかり。そりゃ、バランス感覚も無くなるわけだ。

バランスが崩れると何事においてもよく無い。スポーツの例なんかが一番分かりやすいのだが、ともかくバランスが崩れるとトータルの力が出せなくなるわけだ。ちなみにスポーツの場合よくやるのは、良かった時の自分のフォームなんかをビデオで確認するというもの。学問的に発展途上の院生の場合はなかなかそうはいかないので厳しい。昔の自分と同じことをすればあまり成長しないわけだし、かといって今のままでも良くないわけだ。

まーでも、これはこの道に入った以上仕方の無いことだ。今読んでいるのは本が中心だが、段々と資料の割合が高くなっていくわけだし、この「孤独」との闘いに慣れなければいい研究は出来ないのだろう。そんな話を某先生に言われ、自分の生活を考えてなるほどと納得。知的変態への道もなかなか険しい。

そんなわけで、ちょっと他分野の本でも読むかと思い、久しぶりに柄谷行人を読んでみる(普通の若者の感覚からするとこの時点ですでにアウトなのかもしれない)。が、読んだ時間が丑三つ時というのがまたバランスが取れていない。ちなみにこの本を読んだ理由もまた他にあるのだが、それはまた次の機会に。

などとあまり愉快でない話を書いてみると少しすっきりするからこれも不思議だ。

このあまり調子の良くない一ヶ月にやらなかったことは何かというと、映画を観ることだ。一ヶ月に一本しか映画を観ていないというのは数年ぶりの気がする。というわけで今始まった「駅馬車」を観てジョン・ウェインに酔いしれようと思います。何でか分からないが、たま~に無性に西部劇を観たくなるこの心理を誰か説明して欲しい。

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2007年06月03日

国連と日本。

今日の早慶戦の結果、早稲田に二連勝して明治も含めた三つ巴の優勝決定戦へ持ち込むというシナリオは潰れてしまった。明日は仕事があるので行くことは出来ないが、こうなったら明日早稲田に勝利して意地を見せて欲しいものだ。



ある授業との関係もあって最近時間がある時に調べているのが、「日本外交三原則(?国連中心主義?西側諸国の一員?アジアの一員)」の話だ。学問の世界では、『わが外交の近況』(外交青書)の第一号にこれが掲げられたことがやや過大視されている気がする。

例えば、日本外交に関するいくつかの標準的な教科書ではこれがかなり大々的に取り上げられている。しかし実際には、この三原則は後の『外交青書』ではそのまま取り上げられているわけではないし、先ごろ話題になった「価値の外交」に関する外相演説などでも先に挙げた三原則とは異なった「三原則」が掲げられていた。

おそらく日本が「アジアの一員」ということに関してはさほど問題は無いのだろう。問題となるのは?国連中心主義と?西側諸国の一員である。それぞれ?国際協調主義と?日米関係重視に変えられうるからである。

この話は追いかけてみるとなかなか面白いのでレポートにでもまとめようと思っているのだが、ここで問題にしたいのは?国連中心主義だ。というわけで、この問題を考えるに相応しい本を紹介しておきたい。

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北岡伸一『国連の政治力学』(中公新書)
 著者について改めて説明する必要はほとんど無いだろう。念のため紹介しておけば、著者は日本政治外交史研究の第一人者であり、90年代以降は論壇においても積極的な発言を続けており、日本外交を考えるものであれば一度はその文章を読んだことはあるだろう。さらに2004年4月から2006年9月まで二年半にわたって駐国連代表部次席大使として、国連の場で活躍してきたこともまた周知のとおりである。
 本書は、著者が国連次席大使として赴任中に書かれた文書を基に書かれたものである。本書は四部から構成されている。第?部「国連システムとアメリカ・システム」では、総論的に国連を紹介するとともに、日本と国連の歴史的な関わりについて論じた導入部になっている。第?部「国連代表部の仕事」は、外交官としての著者の生活を中心に、実際に国連代表部でどのような仕事をするのか、一日単位、一ヶ月単位で紹介し、さらに安保理の仕事についても体験的に論じている。第?部「安保理改革の軌跡」では、著者赴任中の最大の懸案となっていた安保理改革の展開について、2004年11月、2005年4月、2006年3月という三つの時点での著者の見解や見通しが紹介されている。結果的に安保理改革は実現しなかったわけだが、日本はどのような方向から安保理改革を実現しようとしたのか、そしてそれはどのような展開となったのか、さらになぜ挫折したのかといったことが率直に書かれている。もちろん、ここにその全てが書かれているわけではないが、大きな方向性や議論の焦点といったことは第?部の議論からよく分かる。そして第?部「これからの日本と国連」では、現在進行中の北朝鮮問題なども含めて今後日本が国連とどのように関わっていくべきなのかが論じられている。
 このような構成を取る本書は国連入門としても、また日本の国連外交について考える上でも最良のテキストとなっている。ある組織の雰囲気や「空気」のようなものは、その現場にいなければなかなか分からないものである。外からその問題を考える者は、そのような「空気」を感じるよい方法は新聞報道ではなく、回顧録やオーラル・ヒストリーなどをじっくりと読むことである。しかしながら回顧録などに特有の問題が存在することもしばしば指摘されることである。その点で本書は最良の著者を得ているといえる。前述のように著者は、日本政治外交史の研究者であり「観察者」としての経験が極めて豊富である。著者は、「観察者」の眼を持ちながら「実践」をしていったのではないだろうか。本書にはそのような著者の眼を通した国連が描かれている。
 読者の関心は、著者も中心的に取り組んだ安保理改革にあるのかもしれない。確かに安保理改革の軌跡を詳述した第?部は非常に面白い。しかし、日本と国連との関係を考える際により重要なのはむしろ第?部と第?部である。第?部と第?部には、「観察者」の眼を通した国連の姿が見事に描き出されており、非常に貴重なものとなっている。
 著者は本書とは別に『グローバルプレイヤーとしての日本』という本を刊行するようである。同書の刊行がいつになるのかは分からないが、こちらの本では「実践」を経た「観察者」としての著者の分析が行われることだろう。出版社のHPでは「冷戦終焉以後、国際秩序のあり方に大きな変容が起こり、国連の役割にも変化が生じた。それに応じ、世界の中の日本も、グローバルエコノミック・パワーからグローバルポリティカル・パワーへと変化している。世界と日本の変容を、国連の場を通して明らかにする」と同書が紹介されている。こちらの出版も待ち遠しい。

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2007年06月02日

院生生活。

世間は早慶戦(一部慶應関係者は「慶早戦」と言っているが、やっぱりどうもしっくりこない)で盛り上がっているわけだが、修士論文を抱えた院生でもあるし他にもやることがあったのでパスした。

野球自体はかなり好きなので、六大学のリーグ戦自体はそれなりに行くのだが、この春の早慶戦はサークルの新歓という要素もあって、どうにも好きになれないのだ。と、言いつつ結局その時間は家で作業をしつつテレビで観てしまった。最終回は危なかったとはいえ、首の皮一枚繋がって明日勝てば三つ巴の優勝決定戦という展開が見えてきた。優勝決定戦ということになると、俄然行きたくなってしまう。

で、本当はそんな予定ではなかったのになぜその時間に家にいたのかというと、日頃から愛用している近所の某国立大学が麻疹対策で学生の入構禁止になっていたからだ。週末のみということで今のところ授業には関係ないようなのだが、この週末に本を探そうと思っていただけに困ったことだ。

そんなわけで昨日までは自分の大学の麻疹対策にやられ、今日は他大学の麻疹対策にやられたわけだ。とにかく図書館がやっていないのは大迷惑なので勘弁して欲しい。ああ、院生も意外と大学に縛られているものだ。

普段は当たり前のように使っているものや施設が使えなくなった時の脆弱性を強く感じる今日この頃。

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2007年06月01日

気が付けばもう六月。

五月病か? なんていっていた五月もいつの間にか終わり、もう六月になってしまった。飲み過ぎ要注意といったところで、昨日は飲み会の後に偶然会った先輩とさらに終電まで飲んでしまった。そんなことをしていると時間はあっという間に過ぎていく。

昨日今日と、先生や先輩に色々と研究関係のお話を聞いていただいている。こうやって身近に相談できる人が何人もいるのは本当に恵まれていることだ。ともあれ、今はあまり考える時期ではなく「足」を使って資料を読んで読んで読みまくった方がいいのだろう。…その資料がこれまた問題なのだが。



先週から戦後に入ったこの授業だが、前回はイレギュラーでイギリスの対アジア政策の本だった。というわけで、今週から本格的に戦後の日本外交に入るということ。今日の本↓

田中孝彦『日ソ国交回復の史的研究』(有斐閣)
 本書は、戦後日ソ関係の原点である日ソ間の国交回復交渉について史的分析を試みた著作である。戦後日本が実証的な外交史研究として取り上げられるようになったのは、冷戦終結前後からである。それまでは研究の主な対象は太平洋戦争の開戦過程などの戦前期、もしくは占領期までであった。1993年に刊行された本書は、坂本一哉の日米関係研究(同時期に発表された研究は後に『日米同盟の絆』としてまとめられた)、赤根谷達雄ら日本のGATT加盟をめぐる研究(ただし理論的問題意識も強い研究)と共に、戦後日本外交の実証的な研究の嚆矢となった重要な著作である。14年前に刊行された本書を読む上では、まずこのような点を押さえておく必要がある。
 さて、これらの研究のひとつの特徴は、公開が進まない日本の外交文書ではなく米英豪など諸外国の一次資料を主な資料として用いていることである。本書の場合は、イギリスの公文書館所蔵の資料、アメリカの公刊外交文書集などが中心的な資料として用いている。日本については関係者の回顧録や日記、当時の新聞記事を主な資料として用いると共に、諸外国の資料に散見される日本関係者との接触記録などによってその政策を補っている。著者としてもこのような資料的制約は十二分に自覚しており、それは「本書で試みられた分析は、いわば鍵穴から広い部屋のなかを覗くようなものとならざるをえなかったことを、あらかじめお断りしておきたい」(?頁)という形で表明されている。日本側資料がほぼ無い状況でも、これだけ様々なことが明らかにすることが出来たのは、日ソ交渉がロンドンで行われたという特殊性もあるのかもしれないが、資料の少ない時代を研究するものにとっては勇気付けられる。
 なお本書の記述は、推論の部分はそれが明記されており、また諸外国の文書から日本の政策を抽出する場合にもそれが明記されていることから、どこまでその事実が確定できたものなのか、読者にとって読みやすくなっている。しかしその一方で、先行研究の取り扱いは「はじめに」で簡単に触れているだけで、やや淡白である。先行研究ですでに明らかにされている部分と本書が明らかにした部分については判定が難しくなっているのは若干問題がある。
 次に具体的な内容について簡単に触れておきたい。本書の叙述から明らかになるのは、日ソ交渉において日本の司令塔が不明確であるということである。ある時期を境に重光の影響力が一時的に高まったようであるが、最終的には重光の路線が敗れ、これが変わってくることは従来から知られているとおりであるが、交渉の内実を見ていくとその混乱が実に大きかったことがよく見えてくる。また本書の指摘によって明らかになった、「北方四島返還論」が日ソ国交回復交渉の過程で形成された、という事実は興味深いことである。しかしながら、日ソ交渉のより深い展開を考えるためには双方の国内政治をさらに検討する必要があるだろう。例えば日本側については、保守合同の展開を踏まえた検討が必要になるだろう。これらの点が資料の制約もあって明らかにされなかったことによって、交渉の肝心な部分の説明がやや物足りないものになってしまっている(例えば、自民党の対ソ政策方針の決定など)。14年前に発表された本書にそれを求めることは不可能であるのだが、現在の資料状況からはそれも十分可能であろう。
 本書の大きな特徴は、狭義の日ソ交渉だけでなく、当時の国際環境や英米の思惑といったことにも目を配って叙述している点が挙げられる。この結果として、日ソ国交回復のより広い文脈の意味について本書が示唆するところは大きい。とはいえ終章(「日ソ国交回復と一九五〇年代中葉の冷戦」)における著者の試みが成功しているとは言い難い。違和感の最も大きな点は著者の冷戦観である。著者は冷戦を価値中立的なものとしては捉えず、明らかにマイナスの意味合いを込めて終章で用いているように感じる。そしてその冷戦の論理を「超克」出来なかったことを指導者達の問題点として挙げている。しかし、具体的にどのようにすれば「冷戦の超克」を行えるのかは明らかではない。このような論理が終章で唐突に出てくることは、著者の根本的な問題意識がグローバルに展開された冷戦の方に向いているということの証左なのかもしれない。とはいえ、そうであるならば日ソ交渉だけでなく独ソ交渉も同時に検討することが求められるのではないだろうか。日本の事情が冷戦の最前線にあったドイツと異なることは明らかであろう。ソ連にとってどちらが重要だったかといえば、それはドイツであろう。この点に目を配らずに日ソ交渉の意義を、グローバルな冷戦の文脈に入れて考えることは難しいのではないだろうか。
 以上、やや批判的に本書を検討してきた。しかしながらはじめにも書いたように、本書はあくまで14年前に出版されたものであり、現在とは資料状況も戦後日本外交研究の積み重ねも大きく異なる。本書が戦後日本外交研究の道を切り開いた重要な研究であるということは、最後にもう一度強調しておきたい。

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