2007年06月

2007年06月30日

合掌。

イギリスの首相が交代するなど世界的にも色々な動きがあったこの一週間だが、個人的に最大のニュースは宮澤喜一元首相の死去の報である。

年齢的なこともあるし、テレビ画面に映る姿も一昨年辺りから目に見えて衰えてきていた。そんなわけで、必ずしも驚きがあったわけではない。

とはいえ、一人の政治家の死に象徴される時代の変化といったものを感じてしまう。編集者である粕谷一希氏は自らの自伝に『作家が死ぬと時代が変わる』と銘打っているが、これは政治家にも当てはまるのではないだろうか。いくつかの新聞が翌日の社説で宮澤元首相の死去を取り上げて、一つの総括をしていたことは時代に区切りを付けるという意味があるのかもしれない。

政治家としての評価は別にしても、宮澤元首相が戦後日本を代表する政治家の一人であったことは間違いない。大蔵官僚として敗戦をむかえ、その後は津島寿一、池田勇人両蔵相の下で秘書官を務めるなどした。特に池田勇人蔵相とはその後も個人的な関係が強く、戦後初期の活躍ぶりは『東京-ワシントンの密談』に明らかにされているとおりである。

政界では参議院議員を務めた後、衆議院に転じ「ニュー・ライト」の旗手として活躍した。閣僚としてのキャリアも豊富であり、主要閣僚はほぼ務めたといっていいだろう。1991年には、55年体制下最後の首相に就任し政界の頂点を極める。その後も小渕政権の蔵相としてアジア金融危機処理に尽力するなど、常に政界の第一線で活躍を続けた。

サンフランシスコ講和から、アジア通貨危機まで、宮澤元首相のキャリアはまさに戦後日本の軌跡とそのまま重なるものである。宮澤元首相こそが戦後日本を体現した政治家であったといっても過言ではないだろう。

経済重視、軽武装、日米関係重視、といった宮澤元首相の国際政治観は戦後日本外交の一般的な特徴として挙げられるものとしてそのまま重なる。またケインジアンと公言して憚らない経済観もまた戦後日本の大部分で主流となっていた考え方であった。だからこそ、宮澤元首相の政治家としての評価は今後厳しく問われることになるだろう。

そんな宮澤元首相の死去が、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権下であったことは何か示唆的ではないだろうか。

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2007年06月29日

週報。

飲んでばかりいるとブログを更新する時間が無くなるということに今週ようやく気がついた。とにかく今月は飲み会ばかりだった気がする。書ける範囲で一週間を振り返ってみると↓な感じだった。

■月曜日

 仕事を少し片づけてから、金曜日の課題文献を一気に読む。で、ついでに授業のコメントも考える。さらに、修士論文の資料も少しチェックする。月曜くらいに金曜の課題文献を読み終えていると時間的に大分余裕が感じられる。
 夜は飲み会。諸先輩方に囲まれながら、例のごとく耳年増・ビッグマウスっぷりを発揮してしまう。今の自分が置かれた恵まれた環境を実感。この夏は資料調査にアメリカに行こうと考えていたのだが、今日話していてやや考え方を修正することにした。幸いイギリスの資料はあるわけだし、ひとまず修士論文は日本で手に入る資料で書こうと思う。

■火曜日

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 朝から晩まで大学にいた一日であった。午前中は語学&授業範囲の読み返し&FRUSの読解で終了。授業は三限だけで、"The End of the American Era"の輪読が今回でようやく終了。この授業は残すところあと一回だ。授業後は友人としばしコーヒーを飲み、その後は木曜日のプロジェクト科目の課題文献を読むことに専念した。数十年にわたって政治思想史の研究を続けてきた大先生の集大成的な二冊の本が課題文献だけに非常に読み応えがある。
 気が付けば10時半で、腹も空いてきたのできたので帰途に就く。バイト&家庭教師がある関係でこういった生活が最近出来なくなってきているが、この毎日が基本的には理想だ。もっとも、授業関係でやることが多く研究に手が回らなかったのは致命的だが…。で、その埋め合わせを夜やっていた結果が↓。

■水曜日

 火曜日の帰宅後に色々とやることをやっていた関係で起床が遅くなってしまった。だけではなく二度寝をするという最悪な一日の始まり。家庭教師が夕方ある関係で今日は大学にはあまりいなかったのだが、それでも5時間フルにやることは出来た。今日はずっと研究関係に専念できた。これでは短いのが大学生と違ってつらいところだ。真面目に研究をすればするほど「金ない、モテない、時間ない」の三重苦に陥るのが大学院生だから仕方がないのだが。
 で、家庭教師に行きその後は中国語の外国語学校の友人と久しぶりに会って飲む。恵比寿の中国料理屋だったが、これがなかなか旨く大満足。一年ぶりくらいに会っても違和感がないのはいいものだ。
 が、帰路についてショックな出来事が起こる。渋谷に置いていた自転車が「放置」として撤去されていたのだ。まあ確かに違法駐輪ではあるが、11時過ぎに置いた自転車を12時に撤去するというのはやや厳しい。渋谷も駐輪に厳しくなってきたので、どうしようか考えてみるも妙案は浮かばない。

■木曜日

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 木曜日は授業の日だ。どうにも研究のための時間が取れないのだ。ニ限は国際政治論特殊研究。アイゼンハワー政権のFRUSの対NATO政策(1958年から1960年)を輪読している。今回の範囲は、フランスが地中海艦隊をNATOの指揮下から離脱させるという事件が大きなテーマになっている。これに関係する研究書を読んでいて、なるほど資料はこういう感じで使っているのか、と考えさせられる。資料というのは深めればどんどん深くなっていくが、それだけでは見えてくるものも少ない。むしろ幅広く資料を見ることによって見えてくるものもある。これは研究の視角によって変わってくるのだろうが、実際に資料も見て研究も読んでみるとなかなか面白いものが見えてくるものだ。

 三限はなく、四限は基礎演習?。プロジェクト科目の課題文献が終わりそうになかったので出ないことも考えたのだが、ぎりぎり間に合ったので参加することにした。今日は「日本を対象にした議会研究」が直接のテーマだったが、授業の最初の方はより幅広く日本政治研究について触れていた。この分野の話は学部二年から三年の頃にちょこちょこ読んでいたので懐かしい。『レヴァイアサン』第一世代+アメリカの数人の研究者が批判的に紹介されていた、ということで分かる人にはどんな話かすぐに分かるだろう。

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 五限はプロジェクト科目(政治思想研究)。課題文献は上記の二冊だが、やや左側はデザインの関係で分かりにくいかもしれない。今回はいつもとはやや形式が異なり、ゲストにこの二冊の著者をお招きしての書評研究会だった。膨大な勉強量に支えられたものだと思うが、この二冊で展開されている議論はかなり「通説」とは異なるものである。まさに「○○政治思想史」(○○には著者の名前)といったものが展開されているのがこの二冊の本であり、今回は読んでいて非常に楽しかった。もっとも、国家が前面に出てくるようになり、普遍的なヨーロッパといったものが存在しなくなる時代に関しては両著ともうまく説明出来ていない気がした。言い換えると、著者の設定する分析視角と仮説は現代を説明するためには作られていないのかもしれない。
 授業後は懇親会があり、授業ではお聞きすることができない様々な話を聞くことができた。とりわけ研究にも投影していると思われる考え方や根本的な「好き嫌い」といったものを聞けたのはとても面白かった。

■金曜日(今日)

 朝から夕方までは仕事仕事仕事。それだけだとつらいのだが、仕事でやっていることが自分の研究にもある程度繋がってくるので面白いし、休み時間などに色々と研究関係の雑務が出来るから充実している。とはいえ、いやだからこそか一日終わるとどっと疲れが出る。社会人は大変なんだろうなあ、とつくづく感じる。

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 で、仕事が終わったあとはGRIPSでの授業へ向かう。今日読んだ本は、中島信吾『戦後日本の防衛政策』(慶應義塾大学出版会)だ。この本は、基になっている博士論文をまず学部生の時に読み、次は本が出た直後に読み、その後昨年のこの授業でも読み、さらに今回も読み、と都合四回読んでいる。ちなみに今回も昨年に続いてゲストに著者をお招きしての授業だった。
 基本的な感想のようなものが毎回変わるわけではなく、その点はこの本が非常に堅実であることの証左なのだと思う。それでも自分が防衛政策の歴史を少し辿ってみたり、様々な研究を読んだり、元自衛官や防衛官僚のオーラル・ヒストリーを読んだりして知識が付いてくるとより専門的な感想を抱くようになってくるのも確かだ。ちなみにあまりマニアックな話をしても仕方がないので、そういった話は授業では割愛したのだが…。
 なぜかは分からないが、歴史研究に必要な堅実さと面白さの両者を求めて「格闘」することが、自分の大学院時代のほとんど全てになるんだろうなー、と今日の授業を終えて感じた。

 授業後ちょっと飲みに行って一日が終了、というよりも一週間が終了した。

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2007年06月24日

碩学の仕事。

研究を進めていくと、ぶつかるのが優れた概説書や通史の壁である。そんなことを実感し、それを乗り越えるべく、一次資料や当時の議論を読み直す必要性を痛感している今日この頃である。

そうであればすぐそれを実行すればいいのであるが、まずは目の前の課題などを片付けておきたいということもあって、先送りになってしまっている。

で、課題をこなしつつ何をやっているのかというと、他分野/隣接分野の通史的な研究や概説書を少しずつ読んだり、外国人が書いた日本に関する通史的な研究(The Clash, Empire in Eclipse, US-Japan Alliance Diplomacy, Regime Shift, Japan's Postwar Party Politics, …etc.)をぱらぱら読んだりしている。

アプローチや問題関心が異なっているのでいい気分転換にもなるのだが、実際のところあまりしっくりこないという面も確かにあり、やや物足りないというのもまた事実なのだ。しかし今日読んだ本(中村隆英『昭和経済史』岩波現代文庫)は例外的に面白かった。

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『昭和経済史』は1986年に出版されたもので、つい先ごろ岩波現代文庫で再刊されたものである。この本の何より優れている点は、そのバランスの良さと分かりやすさである。これは本書が著者の講義録をまとめる形で書かれていることによるものであろう。ちなみに本書は話し言葉で書かれている。

昭和という時代は本当に極端な時代である。昭和恐慌に始まり、戦争・敗戦・占領を経験し、その後は高度経済成長を遂げる、しかしその高度成長も石油危機によって終焉し、古典的な経済が復活する時代を迎える。このような極端に触れた昭和経済史をコンパクトかつ明快に本書は描いている。研究書ではなく概説書であるが、むしろ他分野を学ぶものにとっては分かりやすくていい。

バランスの良さということは概説書にとって非常に重要である。とかく学者のは研究的意義を強調したがるため、概説書であってもバランスに欠けるものが少なくない。とりわけ経済や政治については、その政策に対する評価と記述のトーンが結びついてしまうことが多い。例えば「独占資本」「逆コース」という言葉は日本経済史の説明として一般的に用いられているが、これらの言葉には一定の「評価」や「立場」が反映されている。本書は、このような言葉を用いず、かといって政府からのみの視点ではなく昭和経済をバランスよく俯瞰しているのである。

本書では、結論的に世界経済と日本経済の結びつきが強調されている。だからといって、著者の描く昭和経済史像は決定論てきなものではない。その時々の政策もまた丹念に分析されている。

本書は再刊にあたって大きな改定に行われておらず、この20年間の研究蓄積は踏まえられていない。このような本書を日本経済史の専門家がどのように読むのかは分からないが、少なくとも他分野を学ぶものにとって優れた概説書であることは間違いないだろう。

at 23:11|PermalinkComments(2)本の話 

2007年06月23日

教育の影響?

プロジェクト科目(政治思想研究)の補講(?)があったため午前中から大学へ。もっとも、先週の先生の講演は先輩の研究会発表と重なったため参加していないので、今回はオブザーバー的な参加だった。

昼食後に後輩と中庭にいるとサークルの後輩に遭遇し、そのまま学部時代に所属していたサークルの総会へ。そんな流れで総会へ参加するという辺りがこのサークルらしいところではあるのだが…。「開発独裁」をしたのはいいが、強権政治をし過ぎたために、民主化後に旧政権の遺産は全て捨てられてしまった、といったイメージが今のサークルの状況を表しているのだろうか 笑。

そんな話はともかく総会後は会長の先生にも参加していただいて飲み会へ(これも元々は参加するつもりではなかったのだが)。普通の学部生がいるにも関わらず、お酒が入ってくると話は自然と「政治学」的な話へいってしまうもの。先生ととにかく色々話してしまった。

話しているうちに気が付いたのは、自分の考え(とりわけ政治学に対する考え方)の多くが先生の議論と重なるということだ。専門が違うこともあり、傍から議論を聞いている分には議論の重なりよりは違いの方が際立って聞こえるかもしれない。しかし議論の根幹の「哲学」や、政治学とは何かといった基本的な考え方はほぼ重なっている。

自分の考えは先生の授業を受けている時に形成されたわけではなく、むしろ国際政治に関する自分なりの勉強と研究を進めながら形成されたものである。しかしここまで一致する要素が多いと、これはやっぱり教育の成果そのものなんじゃないかと思ってしまう。何と言っても、俺が受けた最初の「政治学基礎」の授業はこの先生だ。うーん、教育って怖い。

と思ったのだが、よくよく考えてみれば授業での議論なんかでは先生と全く違うことを自分も言うわけだし、頭から飲み込まれているわけでは決して無いのだから問題はないのだろう。

昨日の本の話ではないが、今はそんなことを思っているのだが、何年か経った時にも同じように思っているのだろうか。それとも、やはり大きく変わっているのだろうか。自分がどうなっているのか楽しみだ。

at 23:43|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年06月22日

ヴィクター・D・チャ『米日韓 反目を超えた提携』

今日の授業では、いつもとはやや毛色の異なる本を読んだ。

課題文献は、ブッシュ政権でNSCスタッフとして政権入りもしたヴィクター・D・チャの『米日韓 反目を超えた提携』(有斐閣)である。



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この本の毛色が異なるというのは二つの意味からだ。一つは、この本が外交史の研究書ではなく、同盟理論を分析枠組にすえた国際関係論の研究書であるということである。もう一つは、今回の授業では二国間関係(日米関係)を取り上げた本が多かったのだが、本書は日米韓の三国間関係を取り上げているということである。

この二つはもう少し正確に紹介しておく必要があるだろう。一つ目は本書の分析視角に関係する。本書の分析視角となるのは「擬似同盟(quasi-alliance)」という概念であり、それに基づいて仮説が提示されている。擬似同盟とは著者によれば「共通の第三国を同盟国として持ちながら、相互には同盟関係にない二国間関係」ということであり、日韓関係はまさにこの擬似同盟関係ということになる。著者の議論のポイントは、擬似同盟関係にある二国の関係が第三国の行動次第で変化するということである。ここには「見捨てられ」と「巻き込まれ」の概念が関係してくる。仮説を具体的な形で紹介すれば、「反目」が日韓関係の常態であるが、アメリカに見捨てられる懸念が共有されると日韓両国は提携へと向かうということになる。

二点目はすでに簡単に触れているが本書の分析対象に関することである。正確には本書は米韓日関係ではなく日韓関係に関する本である。その点は従属変数に置かれているのが日韓関係であることに明らかであろう。とはいえ本書が二国間交渉史とも異なることも同時にまた明らかであろう。本書の独立変数はアメリカの対アジア政策であり、従属変数は日韓関係である。

具体的に本書で検討されているのは、1965年の国交正常化以後、1990年代に至る日韓関係である。中でも中心的に扱われるのはニクソン・ドクトリンが発表された1969年からカーター政権による在韓米軍撤退政策までであり、この部分の議論はなかなか説得的である。

しかし一章を割かれている1980年代に関する議論については疑問がかなり浮かんでくる。先にも簡単に紹介した仮説に基づけば、日韓両国で見捨てられの懸念が存在しなかった1980年代は日韓関係は悪化するはずである。しかし一般的なイメージでは1980年代の日韓関係は極めて良好である。この点を著者は認めた上で、そのイメージの若干の修正を試みているが、やはりそれには失敗している。

この問題には資料的な問題や事例選択の問題はもちろん存在するが、それをいちいち指摘してもあまり有意義ではない。

ここで説明に失敗した理由を分析枠組や仮説に求めるとすれば、それは日韓関係が「友好的」か「敵対的」のベクトルかという一つの座標軸に還元されてしまっていることの問題ということができるだろう。実際の国際関係は、この二つの振り子を行き来しつつも、その関係を深化させていくことによって変容していくものである。そうである以上「友好的」か「敵対的」か、ということに加えて、より具体的な意味を評価軸を据える必要があると考えられる。ちなみに日韓関係を考える上で重要なことは、(とりわけ韓国の)「国力」という要素であろう。

さらに言えばこの問題は研究手法上の問題なのかもしれない。理論研究では変数の特定が極めて重要になる。この結果として、むしろ理論が思考する普遍性とは逆に、長期的な時間の変動を説明するのには適さないことが多いように思われる。

以上は授業用のコメントを参考にしつつ書いているので、やや批判的なトーンが強くなっている。しかし上記は、本書の価値を認めた上での批判的な検討である。本書が、日本も関係する国際関係を理論的に論じた数少なくまた水準の高い貴重な研究であることは間違いないだろう。

最後に書いておきたいことは歴史研究と理論研究の問題である。本書の問題意識と歴史研究は必ずしも矛盾するわけではない。歴史研究も資料の再現だけではなく何らかの説明を試みるものである以上、本来それは当然である。また理論研究にしてもそれが実証されなければ、仮説はあくまで仮説に過ぎないものになる。

本書はあくまで理論研究であるが、理論研究と歴史研究を架橋する研究の可能性の一端を感じさせてくれる。



この本は二年くらい前に読んだ時にもこのブログで紹介したのだが(リンク)、二年経って読み返すとかなり感想が変わっていたことに素直に驚いた。まだ自分の脳みそは成長しているということだろう。

at 23:53|PermalinkComments(0)本の話 

2007年06月21日

たけちゃんの店長が「うたばん」に出ていたらしい。

一日を終えて確かにあるのは、昨日までとは明らかに違う「やる気」だろうか。

二限:国際政治論特殊研究

今回はフランス外交を専攻している後輩が討論者だったこともあり、個人的には楽しかったが時間が少なくやや消化不良気味といったところだ。時間が不足した一つの原因は、細かい用語の翻訳の検討に時間がかかったということであるが、この時間には色々と考えさせられてしまった。

というのも、細かい用語(軍事用語や職位など)にこだわって議論をしているのは先生の他数名の院生であり、それに対して笑いのようなものが起こっているのだ。これは大問題だろう。軍隊に限らず政治において立場がいかに重要であるかということを笑っている人たちは理解しているのだろうか。これに限ったことではないが、政治学的な素養や安全保障に関する基礎知識が欠けている院生が多すぎるような気がする。

ちなみに文書の範囲は前回から引き続いて1958年から59年にかけての時期であるが、文書自体は前半が前回の続きで後半は次回分の導入といった感じだったのでやや中途半端なところだ。「貯金」がなくなり自転車操業になってしまっているのがいけないのであるが…。

五限:プロジェクト科目(政治思想研究)

今週は先週の講演(「小野梓におけるローマ法学と功利主義」)を受けての院生による討論の回。思想史研究者は少数で大半は政治理論研究者ということ、また日本を専攻している院生が一人、ということもあってテーマ的にはやや難しかったのかもしれない。もっとも自分は完全な門外漢なわけだが。

そんなことも少しは関係しているのかもしれないが、今日は全体的に議論はそれほど盛り上がらなかった。一つの原因は、思想系の授業では発表者とその研究対象をごちゃまぜにして論じられる傾向があることにあるのではないだろうか。思想史研究が歴史研究である以上、それは実証性や先行研究との比較、分析視角や分析枠組みといった観点から議論することが可能なはずだ。しかしそういった「学術的」な議論よりも、今日的な視点からの小野梓思想の意義のようなところに議論が集中している感があり、若干の違和感は禁じえない。

思想研究一般に方法論的自覚があまり強くないことも一つの原因なのだろうか。



この後、六限に基礎演習?があったのだが、その話はまた今度の機会にしたい。

at 23:55|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年06月20日

ブログ考。

このブログも始めてから二年以上が過ぎ、書いた記事も700件近くになっている。内容が少しずつ「知的変態コミューン」(昔友人と使っていたのとは違う意味)寄りになりつつあって、読んでいる人もだいぶ変わってきたような気がする。

書評を結構書いていることもあって、検索エンジンからここにアクセスしてくる人は結構多いのだが、最近はブログのタイトルでアクセスしてくる人の割合が大分高い。このブログが特定されている、と考えるとうかつなことは書けない。

自分の考えていることをそのまま垂れ流すのは、半分「知的自慰行為」だと思うのだが、もう半分はそれなりに意味がある。何事もどういった形であれアウトプットしておくことは本当に大切なことで、それをこうやってほぼ毎日やっていると、一日の終わりの「頭の体操」になる。もっとも、最近は二、三日に一回まとめて更新することが多いのでちょっと怪しくなってきているが。

とはいえ悩みのようなものもある。ひとつは記事の内容の問題だ。勉強をすればするほど研究をすればするほど書くこと、正確にいえば書けることが減っていくのだ。前者については本に対する評価が辛くなるので、ここで紹介できる本が段々と減っているということが一つ。もう一つは、話が専門的になりすぎてここに書いても面白くないということだ。後者については色々あるのだが、研究の時間が増えるとそれをここに書くわけにはいかないので、結果的に他のことで書けることも減るということが今は大きい。

そんなわけで「知的自慰行為」でも「アウトプット」でもなく「習慣」の要素が強まりつつあるこのブログだが、まだ当分は「暇つぶし」に続けていくつもりだ。願わくばブログ人口(SNS人口ではなく)が周りで増えると面白いのであるが…。ちなみに今日笑ったのは、某院生ブログに書かれていた、某雑誌の「グッとくる○○」特集が困ったことにグッとこないことについて最近話したということ(○○は引用者が伏せました)。

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2007年06月19日

爆発。

自宅から徒歩十分の場所が爆発。

恐いです。そういえば、爆発場所近くでは殺人事件も昔あったし…。安全・安心な場所に住みたいと心の底から思う。

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2007年06月18日

淡々と過ぎる一日。

仕事を少しばかりやり、昨日簡単にまとめた発表用のレジュメの手直しをし、マイクロフィルム化された資料の在り処を探し、授業の課題文献を読み、語学の勉強を少しやり、そんなことをしているとあっという間に一日が過ぎていく。特別忙しくもなく、かといってそれなりにやることは進んでいるので充実はしているんだろうがとにかく単調だ。

この単調な生活をどうするか、というのはなかなか難しい問題だ。

これが社会人であれば転職という技が存在するわけだが、こちとら就職もしていないわけで職業訓練にいそしまなければならない。やはり知的変態候補としては、学問的刺激を与えることによってこの単調さを正面突破するのが正しい道なのだろう。

国際政治史の方法論のテキストでも読んで寝るとしますか。

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2007年06月17日

いい天気。

今日は暑すぎず寒すぎずいい天気だった。

この天気が一年続いてくれたらどれだけ気分が晴れやかだろう。と、言いながらも早くも夏バテの足音が聞こえてきた。まだそれほど暑くはないはずなのだが、だんだんと食欲が落ちてきている。今年の夏は二年ぶりに60キロを下回りそうな予感がする。

そんないい天気であっても、大学にいる時間の大半は図書館か院棟で過ごしているのだから不健康の限りだ。今日はまだきれいな南館だったが、これが本館の地下でマイクロを探していたりすると心の底から暗くなってしまいそうになる。大学院生活満喫。

というわけで今日は南館でちょっと本を探していたのだが、改めて英語の本の多さに圧倒された。玉石混交とはいえ、自分の研究テーマに関連がるものだけでも無数の本や資料集が存在する。もちろんその全てを読む能力も時間もないが、ひとまず目についたら目次や簡単な内容くらいはチェックしておきたいところだ。そんなことをしているうちに日曜日が終わってしまった。

at 23:06|PermalinkComments(0)日々の戯れ言