2007年05月

2007年05月18日

三つ目の称号。

いつものごとく夕方から授業のために六本木へ。

授業後に食事をしていたところ、年上年下男女論に。こう書くと「何のこっちゃ」という感じだが、要は「年上と年下と男と女」の組み合わせで苦手(得意)なのはどれかという話だ。いつも言っていることだが、自分が一番苦手なのは「年上・男」の組み合わせだ。なぜなら俺が生意気だから。ある程度年が離れていると「手の上で転がしてくれる」ので問題ないのだが、近いと圧倒的に嫌われる場合が多い。逆に一番楽なのは「年下・男」。弟がいるからかもしれないが、これが圧倒的に楽だ。

そんなことを話していたところ、先生から「○○の大将」(○○は平仮名一字と漢字一字)という非常に有難くない称号を頂戴した。「耳年増」「ビッグ・マウス」に加えてこれとは…。まあ、はっきり言ってこの三つの称号が揃ったら最悪な人間ですね。

そんな話はともかく、授業で読んだ本を紹介しておきたい。今日は授業中の議論で鋭いコメントがあって非常に刺激を受けたので、その辺りもちょっと踏まえて書評しておきたい。そのコメントを一言でまとめれば「重光外交は本質的には対欧米外交だったのではないか」ということである。戦争初期にしても後期にしても、結局重光にとって重要だったのはアジア諸国の独立ではなく、それによって得られる対米戦争の解決(もしくは有利な展開)であった。このお重光の姿勢は、戦後のバンドン会議に対する冷淡な態度と併せて考えてみると非常に興味深いものといえるだろう。

以上の話は、何も今日の課題文献に書かれているわけではなく、授業のディスカッションで出てきた話だ。著者すらも考えていなかったかもしれない重要なことが、こうやって議論に出てくると俄然授業は面白くなる。

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波多野澄雄『太平洋戦争とアジア外交』(東京大学出版会)
 太平洋戦争は実に多面的な戦争であった。日中戦争の延長上という対中国の側面、真珠湾攻撃以降の対米英戦争という対米英の側面、さらにここに各国との植民地との関係という対アジアの側面、という三つの側面が大きく存在している。これらの側面について、外交史・戦史を含めて最も手薄であったのが対アジアの側面である。本書はその「太平洋戦争時のアジア外交」と「戦時外交の大半を担った重光葵の政治指導」を取り上げて分析した研究書である。
 「太平洋戦争時のアジア外交」を言い換えれば「大東亜共栄圏」であり、様々な解釈が行われうるある意味で「危ない」テーマである。しかし本書は、全体を通して抑制された筆致と緻密な実証によって貫かれて折り、そのような「危なさ」を感じさせないことは本書の優れた点の一つであろう。またアジア外交を論じながら、ソ連要因にもいくつかの箇所で目を配っている点は、戦前から戦中のソ連要素を考えると非常に重要なことである。この点に関連して重要なのは本書と資料の関係である。戦前・戦中の重要な資料が、敗戦時に焼却処分されるなどしてあまり残されていないことはよく知られているとおりである。著者は、多くの刊行資料や外交史料館、防衛研究所、国会図書館憲政資料室等に保存されている未刊行資料を幅広く調べることによって、その資料的なハンデを克服している。本書が「戦時中のアジア外交」というテーマについて、その資料の欠如を感じさせないほど細かい点まで調べている点は驚くべき点であろう。なお、英米蘭豪などの史料に基づいて太平洋戦争と植民地との関係を論じたものとしては、クリストファー・ソーンによる研究が既に存在しており、本書とは補完的な関係にあるといえるだろう。
 アジア外交と共に本書の主要なテーマとなっているのが、重光葵の外交である。重光の外交は様々な思惑の上に成り立っていたものであり、それを一言でまとめることは難しいが、アジア外交に関してほぼ一貫していたのは、重光が現地のナショナリズムを踏まえて政策を立案しようという姿勢を保っていた点であろう。しかし、重光がなぜこのような考えを持っていたのかということになると、話はやや複雑になる。大きく分ければ、戦争遂行の前半期は現地の支持を調達することが大きな目的であったと考えられる。この姿勢はなし崩しに進んでいき、戦局悪化によって現地の「独立」を検討するなどの姿勢は重光のみならず、東條首相や陸海軍にも共通している。敗戦が見えてきた時期になると、重光は戦後法廷を見据えていたようである。一つの仮説としては、重光外交が一貫して「対欧米外交」だったというように見ることも可能であろう。つまり重光の最終的な目的はあくまで「対英米戦争の解決」であり、「アジアのナショナリズム」はそれへ向けて利用する道具に過ぎなかったのである。このように考えると重光の施策に一本の筋が見えてくるのではないだろうか。
 この点と関連して、重光の提示した政策構想が陸海軍などとの激しい綱引きの結果どのような政策となったかも重要である。本書全体を通して見えてくるのは、「外交一元化」をめぐる場合などを除いて重光が比較的容易に軍部と妥協している姿である。結果として出てくる政策は、日本の施策の正当性を示すために形式上の「独立」を陸海軍に認めてもらい、実際の独立・解放を伴うものではなかった。この点は重光も承知していた(238頁、295頁など)。重光の軍部との妥協をどう捉えるかはなかなか難しい問題である。太平洋戦争の期間を通して、国際政治の力の側面について外交が果たせる役割は限られていた。その中で重光は、利益や価値の側面に重きを置いて外交政策を展開したといえるかもしれない。ただし、その重光の外交が連合国側にどのような影響を与えたのか、といった点は慎重に検討する必要があるだろう。
 重光外交の重要な特徴である「外交一元化」の強い信念についても簡単に考えておきたい。この点は大東亜相兼任という形で本書の中でも明確に現れている。第二次大戦中から、戦後世界における外交の主役が外相から首相(大統領)へ移りつつあることは世界各国で明らかになりつつあった。軍事と外交の密接な関係、経済と外交の密接な関係が深化していくなかで、「外交一元化」にこだわった点は、やはり「時代錯誤」であったと評価してもよいのではないだろうか。
 それでは戦時中の重光外交は戦後へどのような影響を与えたのであろうか。この点は、本書の関心からはやや離れるかもしれないが簡単に論じておきたい。前述のように、重光は政策の具体的な場面で軍部と妥協しがちであった。結果として得られた政策は、形式的な「独立」を認めただけに過ぎなかった。重光の目的の一つは、戦後法廷だったというが、そこではむしろ重光の試みは失敗している。むしろ戦後への影響があったとすれば、アジア地域の脱植民地化であろう。重光の妥協的な政策は、実際の独立・解放を旧宗主国に「丸投げ」したものと捉えることもできる。道筋を作らず「丸投げ」をしたことによって、国によって対応はまちまちであったが、結果的には1960年代までに東南アジア地域における脱植民地化はほぼ達成された。これらのプロセスに、重光の戦時外交の全く影響がなかったとは考えにくい。
 もう一つこれは恐らく重光が意図しなかった形で重光の戦時外交は戦後に影響を与えたといえるのではないだろうか。それは著者が本書の最後で指摘する歴史認識に対する影響である。太平洋戦争でもとりわけ対アジア戦争の側面は、「全面的な侵略戦争」と「英米に対する民族解放戦争」という二つの評価で大きく分裂している。本書が明らかにしているのは、民族解放的な側面は確かに存在していたが、それをめぐって政府内で(多くの場面で)軍政を主張する陸海軍と外務省との間で様々な駆け引きが行われていたという実態である。そのような実態は必ずしも、当時から一般に認識されていたわけではない。これが知識人レベルでもそうであったことは、本書における石橋や清沢のエピソードからも確認できる(例えば、201頁)。重光の意図は、戦争法廷における「弁護」であったようだが、むしろ戦後日本社会の歴史認識への影響が強かったように思われる。

at 23:39|PermalinkComments(0)本の話 

2007年05月17日

疲労困憊。

何度やっても木曜は疲れが溜まる。

授業が三つ、翌日に発表あり、といっても学部の頃と比べれば大したことないわけだ。日吉時代は、一限から五限があってその後バイトで翌日も一限、なんていう日もあったし、そんな中でサークル活動をしていたわけだ。

単に体力が落ちただけかもしれないが、やはり知的体力を消耗するからきついのだろう。でも、そんな日に飲むビールは旨い。



二限:国際政治論特殊研究

今週からいよいよ本文に入っていく。といっても、今回の範囲は数ページだけ。普段授業で読むような本とは異なって読むのが公刊資料なので、参加者は手探り状態という感じが伺える。確かに一週間で読む範囲が、一週間よりも短くしかもかなり専門的だったりすると、そこから議論を組み立てるのはなかなか大変だろう。

今週と来週の範囲は1958年4月~5月だ。この時期はフランスの第四共和制が崩れる時期でもある。翻って授業で取り上げるNATOにとってこの時期がどういう時期であったか。ぱらぱらと研究書などをめくってみると、どうやら1958年の後半は戦後の米欧関係の歴史にとって一つの転換点だったようだ。論文も「-1958」や「1958-」という副題が付いているものがやたらと多い。

困ったことに、この1958年4月~5月というのはほとんど先行研究では扱われていない。同じ資料集に収録されている資料との関連で言えば、対NATOではなく対ヨーロッパ統合の方が重要な時期なのである。さて、来週はディスカッサントになっているのだが、どうしたものだろうか。

四限:基礎演習?

「政治思想」のセクションがスタート。政治思想は「副専攻」のつもりで学部時代から取り組んでいるので、今日から始まる三回は非常に楽しみである。今日は「現代政治理論のアプローチと研究動向」がテーマ。リベラリズム、コミュニタリアニズム、多文化主義、権力論などの諸議論について約1時間でざっくりとまとめた感じだった。ロールズ、ドゥウォーキン、ノージック、ウォルツァー、サンデル、マッキンタイア、テイラー、フーコーなどが主な登場人物。

学問的なフィールドとしては、これらの人の名前が浮かぶことでイメージはしやすいと思うが、他分野の人からするとこの授業でいう「現代政治理論」が何を指すのかは非常に分かりにくいのではないだろうか。何というかこの分野は、まず政治科学的な思考と一線を画すどころか断絶している場合が多い。また、方法論的な自覚を持っている人が(特に日本では)少ない。そんなところもあって、今日の授業でどこまで学生にこの分野について伝わったのかはやや疑問といったところだ。

が、これは分野自体の特性とでも言うべきものであって、先生の説明そのものは非常に明快で分かりやすかった。全てを網羅的にやったり、最先端の議論をむやみやたらに取り上げるのではなく、現在の論争の原点にあるような「現代政治理論」を紹介するというやり方は非常に良かった。

わずか四回聞いただけだが、分野によってここまで研究動向分析の仕方に差が出てくるものか、と思ってしまう。多分これは先生の個性の問題ではないんだろう。

五限:プロジェクト科目(政治思想研究)

四限の講義のゲストの先生が、こちらの授業でもゲストの先生だった。今日のテーマは「生政治(論)の現在―フーコーとアガンベンを手がかりに」。課題文献は『思想』2005年9月号の「バイオ・エシックス」特集の論文三本だ。フーコー、アガンベンの議論を手掛かりに生政治を論じつつ、脳死問題に代表される医療倫理をその表層として論じる、というのが議論の大きな見取り図といったところだろうか。

先生が徹底的に批判していたのが、現在の脳死移植などに「「自己決定」を媒介にした死の国有化」の発想があることだという。論文を読むまでは、あまり生命倫理など興味ないなあ、と思っていたのだが議論としては思いのほか面白い話であった。

ただし、こういった「境界線」にある議論は研究を進めるのも評価されるのも大変なんだろうなあ、と感じる。今日の授業でもやはり気になったというか、質問が集中したのはその部分だった。例えば「自己決定と生命倫理の関係は?」「臓器移植とフーコー&アガンベンの関係は?」というように、先生が繋げて議論しているものをなぜ繋げる必要があるのか、という質問が多数あった。

来週の議論ではどういった話になるのか楽しみである。

at 23:35|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年05月16日

文書資料と口述資料。

外交史の人にしても政治史の人にしても、やはり一番重視するのは文書資料だろう。文書資料といっても種類は色々あるが、外交史の場合は外交文書、政治史の場合は日記などの私文書ということになるだろうか。

とはいえ、文書資料が少ない場合も研究をしていくと多々あることである。最近読んだある本の「あとがき」には、著者がある海外の研究者と話したときに「資料がなくて」といったところ「そういうことを言うのは研究者の怠慢だ」と言われたと書いてあった(大意)。研究をすることの意味は、資料の有無からのみ出てくるものではない以上、資料が無い場合にどうするかということは非常に重要な問題である。

そんな問題意識もあって、オーラル・ヒストリーを読んだり、自分自身もインタビューを試みたりしてきたわけだ。同世代の中では、読んだオーラルの数はかなり多い方だと思うし、インタビュアー経験のある人の話も色々と聞いてきた方だと思う。その代わりに文書資料がおろそかになってはいけないので、眼精疲労と闘いながらマイクロやパソコンで文書資料も読んでいるわけだ。

一般にはオーラル・ヒストリーをやっている人でも、自分が研究をするとなるとオーラルはあくまで補助資料であって「オーラル<文書資料」というのが普通だろう。この理由はいくつかあるが、?オーラル・ヒストリーなどの口述資料には記憶違いなどもあり信用度が低い、?口述資料だけで研究を進めてもインタビュー経験が豊富でフットワークが軽いジャーナリストにも勝てない、といったところが主な理由だろう。

自分自身もそのように考えているので、あくまでオーラル・ヒストリーは補助資料と位置づけてきたのだが、最近あるオーラル・ヒストリーをやっている人と話していて面白い話を聞いた。

それは「オーラル>文書資料」ということだ。なぜそう考えるかといえば、その人が戦史を研究しているからであるという。戦場の実態が報告として上がってくるのは、基本的に報告書という形である。テクノロジーが発展した今もそうなのかは分からないが、少なくとも第二次大戦時はそうである。ここでは二つの問題が存在する。一つは記録者が全てを把握するのは容易ではないということ、もう一つは都合の悪い戦闘の実態を上には報告しない、ということである。これは下から上への報告である。

上から下の場合でも問題はいくつかある。その最も大きなものは、上で決めた方針が下では必ずしも実行されないことが多々あるというのだ。どこかの国の「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉を思い出してしまう。これに加えて、日本の戦史を研究する場合、資料の不在と散逸という問題が存在する。

こういった問題があるがゆえ、戦史研究者の中には文書資料に懐疑的な人がいるということらしい。主な理由は資料がないということだと思うが、『戦史叢書』も膨大な数の関係者の口述記録を基にして書かれた部分が多い。

この話は、なるほどなー、と考えさせられる。自分の研究に直接関係するわけではないが、ある研究をしている人には信頼度が高い資料も、他の研究をしている人にとっては信頼が出来ないということは、恥ずかしながら盲点であった。資料の公開状況や質に大きな違いがあると、同じ外交史でも扱う資料は大きく変わってくる。日本外交、中国外交、アメリカ外交、イギリス外交、フランス外交を、仮に語学的な問題が無いとして全く同じ意識で資料を読んだら出来上がるものに大きな差が出てくるだろう。

じゃあ、自分の専門である日本外交史はどうか。まず、資料の公開度が低いことは大きな問題である。また公開されていたとしても、文書の作り方のせいか政策決定過程が非常にみえにくいという大きな問題がある。というわけで、日本外交研究者は、多くの場合諸外国の資料を当たるわけだ。これにオーラル・ヒストリーを加えることは可能だろう。

色々と考えても結局結論は変わらないというのはやや虚しいところだ。

at 23:19|PermalinkComments(0)エッセイ風 

2007年05月15日

何だかなあ。

火曜日は授業そのものは一つ。読む本は↓

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進むペースの遅さにやや疲れてきたが、本自体は今週のところまでが総論で、来週からは各論に入るといったところであり、授業はこれからが佳境に入るわけだ。今週は、Chapter3.The Falce Promise of Globalization and Democracy、が範囲。それぞれ、フリードマンとフクヤマへの批判に主眼が置かれている。

授業を数回やって感じるところは、やはりこの本は毎週一章ずつ精読するのに向いている本ではないのではないかということだ。精読する以上は、細かい点まで含めて議論の矛盾を気にすべきだと思うのだが、授業ではなかなかそうは進まないからだ。

確かに、著者の意図を汲み取って内在的に読むことは必要だと思うのだが、この本をそう読むならば一週間か二週間で読むのが適当なんだと思う。…まあ、そう思うということは根本的にこの本の主張に違和感があるからなんだろう。



授業はこれで終わりだったが、今日はその後もいろいろとあった。

まず、このブログにも度々登場している某公爵が某ゼミに来ているということでご挨拶に。自分の修士論文の話も含めていろいろと話をする。

で、夜はやや説明が難しい飲み会に飛び入りで参加。思いがけない人に会って話したり、前から知っている後輩と話したりと楽しい時間を過ごせたのだが、本来の目的は果たせず。そのうちにリベンジをしなければ。

今日の一言「酒は飲んでも飲まれるな」

…俺のことでは無いです。

at 23:50|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年05月14日

iPODと音楽。

マクルーハンのメディア論を説明する時によく使われるのが、音楽の話だ。ものすごい乱暴に捻じ曲げて言ってしまえば、音楽を何で聴くか、つまりレコード、カセット、CD、MD、iPODのどれで聴くかによって、受容の仕方が大きく変わってくるというのだ。

何でそんな話をしたのかというと、それを最近実感しているからだ。

iPODを愛用するようになってから、音楽の趣味が徐々に変わってきたような気がする。iPOD効果は確実に存在する。iPOD購入後の変化を思いつくままに挙げていけば…

・とにかく持っているCDが全部入っているので、どうでもいい音楽まで聴いてしまう。
・音楽を聴く時間がかなり増えた。
・(聴く時間が増えた影響でもあるが)音楽を聴く時間のかなりの部分をiPODで聴いている。
・何かをやりながら音楽を聴く機会が増えた。

などなど。とりあえず現時点での曲数は6080曲。パソコンの方の容量が限界に近いのだが…、自分のノートパソコンから家のデスクトップにデータを移せばまだまだいける。そんなことはともかく、上の変化によってどういったことが起こったかである。

簡単に言ってしまえば、ロックからポップ&クラシック&テクノへ、といったという流れだ。別にロックを聴かなくなったわけではないが、比率は大きく下がった。これを書きながら聴いているのはつじあやのだし、さっき流していたのはクラムボンだし。こんなことは数年前なら考えられないことだ。

と、俺の場合はこんな変化が起きたわけだが、変化の仕方は人によって千差万別なんだろう。実際俺の聴いている音楽もこのまま固まるわけではないんだろうし。実際、iPOD以前からの洋楽→邦楽という趣味の変化は、最近徐々に戻りつつあるわけだ。

一ヶ月くらいiPOD無しの生活を送ったら、音楽の趣味が変わるのだろうか。

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2007年05月13日

PC購入。

家のパソコンが新しくなりました。

前のパソコンは六年半くらいまえに買ったもので、OSもウインドウズMEという代物だった。確か10万ちょっとの値段で買ったのだが、それほど大きなトラブルに見舞われることなく、これだけもったのだから十二分だったのかもしれない。まあ、フォントがすぐ欠損するなどの細かいトラブルは多かったのだが…。

ともあれ、新OS搭載のパソコンになったのは歓迎すべきことだ。CPUも断然性能アップだし、メモリーなんか約10倍だ。個人的にうれしいのはディスプレイの変化。前のパソコンは17インチのブラウン管ディスプレイだった。新しいのは、20インチのワイド液晶ディスプレイだ。解像度も高くなったので、実際に使える画面の大きさはかなり大きくなった。普通に使っても、ワードのテキストが二枚表示されるのは便利だ。資料を拡大してもスクロールする必要があまりないというのも快適でいい。

家では基本的に自分のノート・パソコンを使っていたのだが、これからは新パソコンを使う機会が増えそうだ。セット・アップついでにブラウザ・ソフトを変えてみたり、とちょこちょこやっているとあっという間に時間が過ぎてしまう。

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2007年05月12日

めぞん一刻。

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遅ればせながらといった感じで先月号の『創文』を読んだ。先月号は1/2月号に続いて日本外交特集(正確には「国際安全保障と戦後日本」)だった。若手研究者三名による、それぞれ、?日米同盟の制度化?戦後日本とPKO?核兵器との共存を拒んだ日本の科学者、と題した論考は読み応え十分の面白さだ。?と?は博士論文から一歩進めた次の研究へ向けたものであり、?は博士論文で取り上げたテーマに関するもの、といったところだろうか。

?の論考には、最近ある授業で出された課題と関係する部分があり色々と考えさせられた。修士論文に直接は繋がるわけではないが、時間をかけて調べてみる価値はあるかもなあ、というところだ。まあ、封印しておくか、疲れた時の気分転換にするのが無難だろうか。

やや妄想めいた感じだが、自分が今やっている研究をこういった論考としてまとめたらどうなるのか、そしてそれが面白いのかということをついつい考えてしまう。そう考えた時に、ある先輩が常々言っている「研究の面白さの八割はテーマ」ということが重くのしかかってくる。

もちろん修士論文は、博士論文に繋がるとしてもそのごく一部になるに過ぎないわけだから、単純に『創文』に掲載されているものと比較することは出来ないのだが…。



つまらないんだろうなあ、と思いながらついついドラマ「めぞん一刻」を見てしまった。

いつもコミックや小説の映像化作品を見ると思うことだが、原作の量がかなり多い作品を二時間やそこらにまとめること自体がなかなか厳しいことだ。いい映像作品は、良い意味で原作を「無視」しているものが多い。最近だと、「阿修羅のごとく」や「博士の愛した数式」の映画の出来は良かった。

じゃあ「めぞん一刻」がどうだったかというと…、原作の10分の1くらいだけで終了、という形にして2時間におさめている。でも原作が面白いのはその後の部分だ。ラブコメだけにオチはすぐに分かるのだが、引っ張って引っ張って長々と話が続く、といってダラダラせずに読めるし一つ一つのエピソードが面白い、それが原作なのだがドラマはそこまでいかずに終わってしまった。

まあ、でもやっぱり管理人さんのキャストが個人的に…

原作読み返そうかな。

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2007年05月11日

六本木夜の学校。

午前中から夕方まで大学で過ごし夕方に六本木へ移動、というのが毎週金曜日の過ごし方だ。

感覚的なものかもしれないが、午前中は比較的時間がゆっくり流れていて勉強も捗るのだが、午後になると時間が急速に流れていくような気がする。食事を終えてちょっとやることをやったらもう5時前、といったことがよくある。

今日も大体そんな感じだった。ひと勉強して、先輩&後輩と少し話していたら、もう六本木へ移動する時間になってしまった。

今日の課題文献は↓

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いつもの授業と同じようにコメントを作成したのだが、この本については昨年末に刊行された時に紹介したので(リンク)、今回は書評は省略。

今日の授業では、細かい箇所や問題についての議論ではなく、どちらかというと大きな問題意識や視角といった問題について議論が集中した。そういった議論になるのも評伝的研究ならではというところだろうか。

それにしても、主人公である幣原をどのように評価するのかはなかなか難しい。近年再び研究が積み重ねられつつあるだけに、これはこの数年でまた盛り上がるテーマなのかも知れない。

at 23:11|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年05月10日

ヘトヘト。

今日は朝カフェでひと勉強してから、大学へ向かった。

早起きをすると一日が有効に使えるし、作業自体の能率もいい気がする。逆に夜は勉強していてもすぐに眠くなってしまう。「朝型」人間ということなのだろうか。多少早起きをして朝食を済ませてからカフェでコーヒーを飲んで勉強をする、これから授業で大学に行く日はこのパターンでいこうかな。

大学でまず向かったのは健康診断。朝一なら空いているだろうと思いきや、逆に受付時間の最初は混んでいるようで、受付にたどり着くまで10分ほど並んだ。まあ、これくらいで済んだのなら大したことはないわけだが。身長が数ミリ縮んでいた。…これは誤差だと信じたい。

健康診断を終えた段階で、昼過ぎのような錯覚に襲われたが、一日はまだ始まったばかり。健康診断が長引いたため、数分遅れて2限の授業へ向かった。



2限:国際政治論特殊研究

今回からFRUSに入ったわけだ。が、まだprefaceだけ。DBPOの「解説」的なprefaceとは異なり、FRUSのprefaceは資料編纂の背景説明が大半という簡素なものだ(その代わりに節目ごとのeditorial noteに詳細な解説が付されている)。

そんなわけで今回は、外交資料に関する一般的な説明や討論で終了。資料は本当に大切だがあくまで必要条件に過ぎない、というのが自分の考えだ。特に学部や修士課程の内は、資料資料言う前にまずは先行研究をしっかり咀嚼するべきだと思うのだが…。ちなみに今の自分は、修士論文に向けてとにかく資料を読み込まなければいけない立場だ。

4限:基礎演習?

今日は三回続いた「比較政治」の最終回。テーマは「途上国を対象とする比較政治学」だ。

本論に入る前に、研究論文(research article)と研究動向論文(review essay)の違いや、研究動向分析(literature review)の説明があったのだが、こういった説明を修士課程の最初に受けることが本当に必要なんだと思う。2限の授業時にちょっと考えたこととも重なるが、先行研究をちゃんと読んで整理し批判するという作業は、学術論文を書く際の第一歩として重要なことだと思うからだ。

今回の講義は、何というか「大学院らしさ」のようなものを感じた。先生は、途上国を対象とした比較政治学の研究動向を、大きく「民主化の第三の波」以前以後で分けていた。それ以前の主要な研究については学部の授業等でも聞いているし、政治学の古典として自分でも読んだものだった。しかし、それ以後の研究の多くは、それこそreview essay等で名前を知っている程度でしっかりと読んだものはほとんど無かった。単に自分の勉強不足という面もあるが、まだ「古典」にはなっていない多くの研究の積み重ねが行われている世界は学部時代にはなかなか見えてこない。

また今日の話は、先生が「最先端」を紹介するというよりも、「最先端」の研究への道を切り開いた研究を重点に紹介していたので、それが分かりやすかった。自分が、review essayを書く際にもこの説明の仕方は参考になる。もちろん「最先端」はうまく盛り込まなければいけないのだが。

次回からは、「政治思想」シリーズが続く。「比較政治」以上に細分化が進んでいる分野だけに、各先生がどのような紹介をするのか興味深いところだ。

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

今日は院生の研究発表。前二つの授業を受けて、色々と研究の方法論や発表の仕方について考えていただけに、ちょっと発表を聞いてさらに色々と考えてしまった。学術論文や学術発表としての体裁、質問の仕方などなど…。

やはり方法論的な自覚は、出来る限り早めにしっかり持つ必要があるのだろう。時間を見つけて、久しぶりにKKVでも読み返そうかな。



まだまだ夕方。雨を避ける意味もあり、朝に続きカフェに寄る。

読み残していた『アステイオン』の論文を読み終える。各論文の面白さという点では、この数号でも出色だと思う。『アステイオン』の執筆者は、ある意味における「知識人」タイプの人と、それぞれの専門をしっかりと追求している人が混在している。とはいえ、前者も「専門家」の議論をもちろんちゃんと踏まえているし、後者も単に専門に閉じこもるのではなく幅広い読者が読みうる論文をここでは書いている。こういった雑誌の記事は学者にとっては「応用問題」なので、院生が読んで論文の参考になるというものではない。しかし自分の問題意識を涵養したり、隣接分野の研究を知るという意味では実にいい。

で、帰宅後は明日の授業のレジュメを作成する。というか、今やっているところだ。

ヘトヘト。

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2007年05月09日

ウィスキー。

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そういえば、月曜日に久しぶりに映画を観た。といってもBSでたまたまやっていた「ウィスキー」という映画だ。この映画は、映画館でやっている時に観て良かった覚えがあったのだが、やはり良かった。「ウィスキー」というのは、写真を撮る時の決まり文句らしい。主人公のおばちゃんがしけモクを吸っているシーンが好きです。

この映画はウルグアイ映画らしいのだが、他日本語で見れるにウルグアイ映画はあるのだろうか。



今日は本当に暑い日だった。

真夏と比べればどうってことはないのだけれど、この時期にこの暑さはちょっと応える。元々身体は強いはずだったのだが、最近は花粉にやられ、暑さにやられと散々だ。

じゃあこんな日はどうやって過ごせばいいのか。一番いいのは家から出ないことだが、家だとなかなか集中出来ないので出ざるを得ない。そういう時は、家から自転車で5分の某大学へ行くのがいい。図書館・食堂・カフェ・売店・書店と完備してあるのが、素晴らしい。

そんな好環境の中で、授業の文献を読みつつ、気分転換代わりに読んでいたのが『アステイオン』の最新号だ。今回の特集は「人づくりの日本と世界」だ。普通の雑誌であれば、教育特集かと思うところだが、執筆陣を見れば分かるとおりかなり「政治」的要素が強い「人づくり」がテーマになっている。日米の政治家はいかにして作られるのか、こんな題名のしっかりとした読み物が掲載されるのは『アステイオン』くらいだろう。

ちなみに個人気に一番面白かったのは、防衛大学校校長のインタビューだ。また、今回から新連載として「近代思想の対比列伝 オーラル・ヒストリーから考える」が始まった。これも実に面白い連載になりそうで楽しみだ。

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