2007年01月

2007年01月31日

鉄コンと”ニクシンジャー”の話。

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毎週水曜は「映画デー」ということで、大体どの劇場でも女性は1000円で映画を観られる。が、まれに男女とも1000円という劇場もある。渋谷だと、シネ・アミューズとアミューズCQNがそう。

というわけで、アミューズCQNで、「鉄コン筋クリート」(公式HP)を観た。朝一番の回だったのだが、立ち見が20人近くいたので驚いた(60人が定員のスクリーンでやるのが間違っている)。公開されたのは確か年末だったと思うのだが、まだこうやって結構観に来ている人がいるのだ。

ストーリーなんかは基本的に松本大洋の原作どおり。が、やっぱりアニメになって動いているのも観てみたい、ということで行ってきた。前評判どおり、声優・蒼井優が素晴らしい。原作が好きな人なら大満足なんじゃないだろうか。もちろん俺もその一人だ。

ちなみに明日は「毎月一日は映画デー」ということで、これまたどの劇場でも1000円で映画を観ることが出来る。ん~、何かを観に行ってしまいそうだ。



前々からしっかり読もうと思っていた、石井修「”ニクシンジャー”と日本」を昨日読んだ。昨年末に出た最新の『外交史料館報』に掲載されている。

ニクシンジャー=ニクソン、キッシンジャー、ということ。

筆者は、某出版社から毎年二回刊行されているアメリカの対日政策文書集の編者を務めている。その関係もあって、アメリカで近年公開された資料を読み続けているという。本論文は、その筆者が最新の政策文書や研究に基づきつつ、”ニクシンジャー”外交を論じた講演録である。

とにかく面白いのは、生々しいニクソンやキッシンジャーのセリフを数多く引用していることである。有名なキッシンジャーの日本嫌いも、具体的なセリフとあわせて紹介されると説得力が違う。

こういった話だけではなく、ニクソンやキッシンジャーのイメージを興味深い形で紹介しているので、学問的にももちろん面白い。久しぶりにわくわく読んだ論文。これはお薦めです。

at 22:25|PermalinkComments(3)映画の話 

2007年01月30日

1月30日。

相変わらず花粉症がつらい。

そんな時は家から出ないのに限るので、昼過ぎまでは家で論文や授業資料などの整理をした。たかだか半年分でも、ちゃんと整理しようと思うとなかなか大変なものだ。

今の本棚が手狭になってきたので、また「領土拡大」が必要だ。また漫画や小説を箱詰めして祖母の家に送らなければならない。あと困るのがコピーした論文だ。著者別、内容別、雑誌別などいくつかの分類法が考えられるのだが、どれもしっくりこない。今のところ、現在の研究に直接必要なものを全て別のところにまとめ、他のものは大まかに内容別に整理した上で、著者別にするという方法をとっている。何かいい方法がないものだろうか。

昼過ぎからは観念して外へ。やることもあったので大学へ。

昼食をしつつ、ある後輩の研究計画書の相談にのったのだが、これがなかなか考えさせれる。なぜだかは分からないが、人の研究計画や論文についてはしっかりとコメントすることが出来る。それも変に「上から」でもなく。それが、自分のこととなるとこれがうまくいかないものだ。

今週は、土曜日に修士論文構想を指導教授に見てもらうことになっている。というわけで、今はひたすら修士論文構想をまとめ直している。後輩に向けて話したことを、自分の研究にちゃんと生かせるかどうかがかかっている。

口に出して構想を言うのと、それをちゃんと文書化することの間には大きな差があるような気がする。文章にすると誤魔化しが効かない。何度やっても、それを実感させられる。

そんなわけで、今はその作業の真っ最中なのだが、集中力が途切れがちで気分転換にブログを更新してみた。こんな感じでいいのだろうか。

at 17:37|PermalinkComments(1)日々の戯れ言 

2007年01月29日

花粉症と私。

…つらいです。

本当に何花粉にやられているのだろうか。花粉症になったのは、高校の時なのだが、それ以来毎年この季節を迎えるのがつらい。特に花粉が飛び始める時期は、身体がまだ慣れていないからかかなりしんどい。今年は、先週の半ばくらいから症状が出始めた。

まず、鼻と目がやられる。そして、鼻がつまることによって喉がやられる。全身がだるくなり、やる気が無くなる。全くいい事が無い。

注射一本で症状がかなり改善するという話も聞くが、一種の過敏反応であるアレルギーを緩和する以上は、何かに悪影響があるのかな、と思いちょっと躊躇ってしまう。多分、ステロイド系の薬だと思うのだが…、実際のところどうなんだろう。

ひとつの疑問として、アスリートはどうしているのだろうか(ヤンキースの松井とかね)。ステロイド系の薬だと、ドーピングとかで引っかかったりするのだろうか。走り込みを最近始めたので、そっちにどう影響するのかな、とも考えてしまう。

このつらさは同志にしか分かるまい。



今日、授業の課題を全て終えた。というわけで、これからはひたすら修士論文に向けて邁進するのみだ。花粉症とは関係ないのだろうが、色々あって今回は課題が全般的にやりきれなかった印象がある。ひとつひとつの課題に全力で取り組むことが、学問的な進歩の第一歩だと思うので来期以降はまた気合を入れ直して頑張らなければ。



at 18:30|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年01月28日

書評について。

授業等でお世話になっている先生のHPを見たところ、掲示板に「書評」について以下のようなコメントが載っていた。一部転載。

書評とは、単なる本の紹介でも、評価でもありません。
文芸評論というジャンルがあるように、書物を貴重な題材に、筆を走らせ溢れる発想から論議に花を咲かせる作業です。これほど、書き手の能力がさらけ出されることはありません。
知識人の真価が問われます。
読書感想文とは異なり、あくまでも、評者が著者と同等以上の知的レベルがないと、その巨大な全体像を把握し、描き出し、その意味と意義を捉えることはできません。


これは、今年の毎日書評賞の受賞式に出席したことを受けての先生のコメントだ。ちなみに、今年の毎日書評賞は池内恵『書物の運命』が受賞している(リンク)。受賞した『書物の運命』も非常に刺激的かつ深い洞察に基づいた名著だが、それについての山崎正和の選評がまた素晴らしいので、ぜひ一読をおすすめしたい。

このブログでも、一応「書評」と称して色々な本を紹介してきた。ブログを開設してから二年弱で128回、数冊の本をまとめて紹介していることもあるので150冊近くの本を紹介したことになる。しかし、このブログでの「書評」はまだまだ、先のコメントにあるような「書評」にはなっていない。

「書評」とは、いい意味で「上から目線」でなければならない。しかし自分が書いてきたものを読むと、それがまだ「書評」とはいえないことが分かる。それは、そうしようと思って出来ることではなく、評者(=自分)の能力がそのまま文章にあらわれているのだろう。

未熟な自分が不十分な「書評」であっても積み重ねる意味は何なのだろうか、と考えてしまった。

at 23:40|PermalinkComments(0)エッセイ風 

2007年01月27日

散歩のついでに。

芸術に関しては才能も無いし、語れるほど「勉強」もしていない。が、何となく絵や彫刻は好きなので、ちょくちょく美術館には行っている。

今日は散歩中に近くを通ったので、岡本太郎美術館(リンク)へ。岡本太郎は、昔はあまり好きじゃなかったのだが、いつからか名神高速から見える太陽の塔の愛嬌にすっかりやられてしまった。別に「芸術は爆発だ」とは思わないが、作品から伝わってくるパワーのようなものがいい。昔はそれが嫌だったのだが…、人の趣味なんて分からないもんです。

それにしても今日はかなりの距離を足で移動した。散歩、ランニングをするだけで、人間こんなに疲れるものか。ちなみにランニングはやや距離を伸ばし始めた。今日走った距離は、約7キロ。なぜタイム・トライアルを止めて、距離を伸ばし始めたかというと、それは花粉が飛んできたから。コンディションが毎日変わる状況でタイムを測ってもやる気が出ない。

んー、花粉きつい。

天気予報とかを見る限りスギ花粉はまだだということのなのだが…、何花粉が俺を苦しめているのだろうか。

at 23:45|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年01月26日

合同論文指導研究会。

今日は大学院の、合同論文指導研究会があった。単位取得退学をする人たちの研究報告会といったところだろうか。ゼミの先輩や、自分の研究に関係がある発表など三つの報告を聞いた。

博士論文の審査における主査&副査の先生の三人が、それぞれコメントをしていたのだが、それぞれ自分の研究を進める上でも参考になるコメントだった。

主査の先生はともかくとして、副査の先生方は必ずしも発表者と研究(広義では重なるが)が同じわけではない。そんな先生方のコメントは、やはり全体の中での研究の位置づけなどに焦点が当てられていた。

これは今日の研究会の前から感じることだが、日本で日本のことを研究すると周りの目が良くも悪くも厳しいようだ。一次資料を読んでいないという意味では、他分野の研究と変わらないはずなのだが、常に現場を近く感じるからか周りから見た「敷居」の低さのようなものを感じる。

ただでさえ「敷居」が低いといわれる政治学、その中でもさらに「敷居」が低く見える日本政治や日本外交。これをプロとして研究するというのはなかなかしんどいことなんだろうなぁ。やはり、日々の精進あるのみ。

at 23:17|PermalinkComments(2)日々の戯れ言 

2007年01月25日

プロジェクト科目。

先週で終わったはずのプロジェクト科目(政治思想研究)だが今日も行われました、…カラオケで。

そんな話はともかくとして、プロジェクト科目について。プロジェクト科目は、大学院HPによると「複数教員による領域横断的なテーマに関する高度なセミナー」という位置付けの授業だ。先日始まった「魅力ある大学院教育イニシアティブ(KIPS)」のHPでも一押しの授業として挙げられていた。受講しているのは、政治思想研究だ。専門とは、ほとんど関係が無いのだが、学部時代から政治思想には興味があるので受講している(実は学部時代にも先生にお願いして半期だけ受講させていただいた)。

基本的には、学会の最前線で活躍されている政治思想研究者(もしくは隣接分野の研究者)を講師として招聘し講義&質疑応答、翌週に院生が討論者となって前週の講義をについて討論、という形式だ。自分の場合は他分野なのでちょっと意味合いが違うかも知れないが、学会の懇親会で遠くから眺めることしか出来ないような研究者の方に、授業でお話を聞くことが出来るというのは非常に貴重なことだろう。何よりも学生にとって良いのは、講師の先生の代表的な研究ではなく、今まさに取り組んでいる研究について聞くことが出来るということだ。

と、ここまではべた褒めだが、「ハズレ」の時ももちろんある。こういった授業形式からも想像されるように、授業の面白さの大半は講師の先生の面白さに依存するのだ。だから、逆に講師の先生次第では…、というわけだ。でも、全体を通しては間違いなく有益かつ面白い授業であった。コーディネートをして下さった先生達に感謝だ。

at 23:37|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2007年01月24日

三たび映画について。

レポート提出期限が近かったり、色々とやることが多いときに限って、夜ついつい映画を観てしまう。こんな時に限ってレンタル半額だったりするのだ。昨日今日と観たのは、次の二本。

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一本目は、「亀は意外と速く泳ぐ」。ちょっと前から始まった、自分の中での上野樹里&蒼井優ブームにのっかって借りてみた。かなり、ゆる~い映画。「サマータイムマシーン・ブルース」もかなり「下らない」映画だったが、これも負けず劣らず「下らない」映画だ。日常に疲れていたり、何か課題に追われている時に観るのがお薦めだ。この映画の蒼井優はなかなか格好いい。

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二本目は、「無能の人」。原作は言わずと知れたつげ義春の名作「無能の人」だ。監督は竹中直人。1991年公開で、ヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞しているらしい。つげのファンは一家言ある人が多いので色々と文句もあるのかもしれないが、個人的にはつげの世界観をうまく映像化してるな~、と思いなかなか良かった。哀愁ですな。

と、相変わらずレンタルに関しては邦画ブームは続いているようだ。次は何を借りようかな。

at 23:38|PermalinkComments(0)映画の話 

2007年01月23日

古典再読。

『中央公論』に「古典再読」という連載がある。別に毎月読んでいるわけでは無いのだが、手に取った時には何となく目がいく連載だ。その「古典再読」で紹介されていて「あー、高校の時に読んだなー」と思い、課題をこなす間に読み返した本があるので、ここでも紹介したい。

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池田潔『自由と規律』(岩波新書)
 ここで改めて紹介する必要も無いかもしれない。『自由と規律』は、半世紀以上に渡り岩波新書の一冊として人々に親しまれてきた一冊である。著者の池田潔は、三井財閥の有力者・池田成彬の次男として生まれ、イギリスの名門パブリック・スクールを卒業後、ケンブリッジ大学、ドイツのハイデルベルグ大学で学んだ後、帰国し慶應義塾大学教授となった。本書は、このような筆者の経歴があってこそ成り立つ本なのかもしれない。
 本書は副題に「イギリスの学校生活」とあるとおり、イギリスの教育がテーマとなっている。しかし、ここで紹介されているのは通常の教育ではない。大学でもなく普通の中学校や高校でもなく、「パブリック・スクール」が紹介されているのである。パブリック・スクールは日本の学齢でいえば、中学校から大学の教養課程にあたる。パブリック・スクールを説明する際のキーワードを思いつくままに挙げれば、「寄宿舎生活による全日的な教育」「徹底して求められる規律」「スポーツマン・シップ」「古典教育の重視」などであろうか。こういったキーワードを見て、今の日本ではどういったイメージをもたれるのであろうか。悪い方を考えてみれば、時代錯誤、保守的、そんなイメージだろうか。しかしここに挙げたキーワード(とりわけ「規律」)は、「自由」のために必要不可欠なものだと考えられているのである。「自由」は「自分勝手」ではない。イギリスの伝統的な自由主義は、こういったパブリック・スクールの教育に支えられてきたのだ。
 もちろん本書で描かれるイギリスは、ごく少数のエリート教育、それも半世紀以上前の「古き良き時代のイギリス」である。本書の「向こう側」には、教育すらまともに受けられなかった人々が多数存在しているわけである。また、著者が在学した時期のパブリック・スクールの一部が映画「アナザー・カントリー」で描かれるような世界であったというのも事実であるだろう。そういった現実があったとしても、イギリスの教育の良質な部分が本書の随所からにじみ出ている。
 個人的なことになってしまうが、現在私が通っている大学には「義塾」という名前が付く。この「義塾」とは、一説によるとパブリック・スクールを福澤諭吉が和訳したものだという。この話は私が大学の付属中学校に入った際、池田潔の教え子でもあった部長(通常の学校の「校長」)がことあるごとに言っていたことである。もちろん、中学・高校と必ずしもパブリック・スクールのように充実した古典教育を受けたわけでも、スポーツマン・シップを特に重視する教育を受けたわけでもない。それでも本書を読んだ時に、ああ部長が言いたかったことはこういうことなんだな、と思ったものである。中学でも、文科系と運動系の二つのクラブへの参加が奨励され、高校では端艇部に所属しつつ、授業では一部ではあるし日本だが古典を何冊か読んだ。それなりに、パブリック・スクールのエッセンスのようなものには触れたのかもしれない。
 教育改革が喧しい今日この頃、落ち着いて読み返したい本である。

at 23:21|PermalinkComments(0)本の話 

2007年01月22日

気圧と健康。

今のところ、順調にランニング生活は続いています。最初にオーバーワークになってしまうと続かないので、今も二日に一回のペースを守って走っている。まだ三週間くらいしか経っていないが、それでも走ること自体が大分楽にはなってきている。でもやっぱり、部活をやっていた高校時代と比べると驚くほど遅いタイムしか出ない。

最近の悩みは、時々足の古傷が痛むことだ。おそらく気圧の関係だと思うのだが、天気がやや微妙な時は古傷が痛む。膝の前十字靭帯の断裂という大怪我をやっているのだが、最近痛むのはそちらではなく骨折した足の小指の方だ。無理をして走ることも無いので、痛みには気をつけながら走っているのだが、やっぱり走るペースが落ちるとやる気も落ちてしまうというもの。んー、どうにかならないだろうか。



今日は授業(国際政治論特殊演習)のレポートを終わらせた。

「公刊外交文書を読む」という授業なのだが、読もうと思っていた資料集が借り出されていた、というのは昨日書いたとおりだ。レポート3000字という字数ではあるが、ちゃんといくつかの文書集を読み比べようと思っていただけに残念だ。

先生曰く、授業は「外交文書を読む教習所」という位置づけで行われた。半年間の授業を受ければ、ひとまず資料としての外交文書に「乗れる」ようになるということだ。ちゃんと「乗れ」るようになったのかは分からないが、資料を読む楽しさのようなものは、この半年間の授業でよく分かった。

授業が進むに従って、資料を読むこつのようなものも何となく見えてきたような気がした。この授業で扱ったのはイギリスの対中政策(1945-1948)なので、直接重なるところは無かったが、オーラル・ヒストリーを取り扱った授業(歴史政策論)と併せて、自分にとって非常にためになる授業だった。

何度もここには書いているような気がするが、今回レポートを書こうと資料を探していて再確認したことがある。やっぱり、イギリスやアメリカの資料は充実している。とりわけ、公刊資料集が定期的に出され、それがこの極東の島国の図書館にも入っているということが素晴らしい。我が日本の資料は、図書館には戦前のものしか入っていない。んー、やっぱり何かがおかしい。

at 23:53|PermalinkComments(3)日々の戯れ言