2006年06月

2006年06月18日

日本―クロアチア戦。

今回は…萎えはしなかったが何とも言いがたい試合。山手線内が先週は以上に暗かったが、今日は微妙な感じだ。次のブラジル戦が楽しみだが…。

at 23:58|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年06月17日

学者って何だろね。

先週、今週とプロジェクト科目(政治思想研究)が土曜日にあった。大学3年の時の前期そして今期と、この授業では10人以上の研究者の講演を聞いてきたが、率直に言って今回は非常につまらなかった。

ゲストの先生は、著書も多いし、論壇でも活躍している人。講演では、アーレントとカントを取り上げていた。その講演の内容や質疑応答、何かがしっくりこない。それはこの先生が何のために研究をしているのかが全く見えてこなかったからだ。質問に対して、間違った応答はしていないが正面から応えない。頭の中で何かが思考停止していているのだろうか。

科学哲学の用語を借りるまでも無く、学問というのは常に批判に開かれていなければ科学でないのだろうが…それ以前に人の話を聞く耳を持たなければ学問は成り立たない。自分の中で様々な類型を作り上げ、そしてその類型それぞれに対して類型的に反応する。こういった光景のみが今週は続いた。

恐らくこういった知的態度からは表面的な知識や、論壇での「格闘」に使える思考は生まれても知的持続力のある議論は生まれてこないだろう。もっとも、そんなことを本人は百も承知でやっているのかもしれないが…。

少なくとも自分はこうはなりたくない、と強く思った土曜日でした。

at 23:33|PermalinkComments(2) 日々の戯れ言 

2006年06月16日

寝不足をこらえて。

イングランド―トリニダード・トバゴ戦を見て、その後も色々と調べ物をしていて寝不足。この1週間の基本的な生活だ。イングランドは前半から後半途中までは、中盤をすっ飛ばしてとにかくクラウチ一辺倒という単調な攻撃。やや観ていても単調で面白くなかったが、ルーニーが入った辺りから徐々に面白くなり始めた。終わってみれば2対0。イングランドはこれからも追いかけていこうと思う。

そんなわけで今日は大学には寄らずに六本木に直行。

6限、日本外交(GRIPS)

今日も先週と同じく著者がゲストという贅沢な授業(ちなみに来週もそうだ)。著者が来てくれると内容面で質問できることも大きいが、それ以上にテキストには現れない思考の過程や背後にある考えといったことが質問できることが大きい。テキストは↓(今週の毎日新聞に書評が出てました→リンク

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これまた先週と同じく授業を踏まえつつ書評。

黒崎輝『核兵器と日米関係』(有志社)
 本書は、これまで実証的な研究がほとんど存在していなかった日本の核政策について、アメリカの核不拡散政策を軸に据えた上で日米交渉に焦点を当てて分析した労作である。核をめぐる問題はとかく政治的になりがちであり、これまで実証研究がほとんど存在してこなかった。このような研究状況と実際の核政策の重要さを考えた時本書の大きな価値が明らかになるだろう。とはいえ、これまで実証研究があまり行われてこなかったことにも仕方がない側面もある。それは資料の制約である。防衛関係の資料の公開がほとんど行われていない現状を考えると、日本の核政策を体系的に分析することは非常に困難であるからだ。本書は、先に挙げたようにまず資料のあるアメリカの核不拡散政策を軸に据え、その上で日米交渉に焦点を当てることによってうまく日本の資料を引き出すことに成功している。日本の内部ではなく日米交渉に焦点を当てたことが本書の1つの工夫といえよう。
 具体的な本書の検討時期は、安保改定後の1960年から日本が核不拡散条約(NPT)を批准する1976年である。この時期設定も適切である。1950年代はまだ核に関する状況が不確定であった。ミサイル技術の進展も50年代後半のことである。そして1960年は安保改定によって現在に至る日米関係の基礎が固められた年であり、その日本に対してアメリカがどのような外交政策で臨むのかという点は極めて重要であるからだ。またNPT批准後の日本では福田内閣に典型的なように「非核」政策が定着していった。いわば本書は、アメリカの核の傘に依存しつつ「非核」政策を維持する、という戦後日本の基本的な核政策の基本形が固まる過程を描いているといえるだろう。
 詳しくは触れないが、本書の構成も非常に分かりやすく興味深いものになっている。中国の核実験問題などを起点にその対応を描き、以下、NPT策定をめぐる動き、日本の宇宙開発問題、ABM・SALTをめぐる日米交渉、佐藤内閣と核四政策、日本のNPT署名・批准が各章で触れられている。率直に言って、本書の扱う核をめぐる日米交渉は通常の外交史に馴染みのある読者からすると分かりにくいものである。しかし、途中でひっかかることなく最後まで一気に読み通すことが出来るのは本書の構成が優れているとともに、問題意識が一貫しており、さらに説明が丁寧だからだろう。
 もっとも本書に関して疑問が全く無いわけではない。そもそも本書が取り上げている核兵器をめぐる問題はより広い文脈の中ではどのように意味を持っているのだろうか。「序章」「終章」「あとがき」などを読むかぎりでは、核兵器をめぐる日米関係こそが与件であり、そこから広がる問題意識というものはそれほど感じられない。以上の問題をより具体的に言えば、核拡散問題がアメリカの対日政策の中でどれほどの位置を占めていたのか、逆にアメリカの核拡散問題の中で対日政策はどれほど大きな問題だったのだろうか、また日本の外交政策の中で核政策はどれほどの位置を占めていたのか、といったことになる。またこれは筆者の問題意識とは異なった問題意識なのかもしれないが、戦後日本外交史として本書をどのように読めるかという点も気になるところである(その1つの例は五百旗頭教授の書評である)。核時代(≠冷戦時代)の日本がどのような選択を行ったのか、それは本書が明らかにしているとおりアメリカの核の傘に依存しつつ「非核」政策を維持するということである。しかし、なぜこの論理的に分かりにくい政策を、世論は(消極的であれ)サポートしたのだろうか。これは言い換えれば、なぜ核と日米安保を結びつけて批難した野党の訴えが70年代以降力を失ったのか、ということである。

at 23:46|PermalinkComments(0) 本の話 

2006年06月15日

ひと休み。

W杯開幕以来、それを中心に生活を回していたのだが今日はそれまでの生活に戻った感じ。昨日の夜はおとなしくスペイン戦だけ見て寝たからかな。それにしてもスペインの試合は面白かった。王室マニアの後輩も言っていたが、イギリスの王族が試合観に来てたのが気になった…というのはやっぱり俺もそろそろ危ない人になってきたということだろうか。

ともあれ、今日は久しぶりに学問をちゃんとした一日。やっぱり、自分の問題意識に従って色々と調べたり考えたりするという作業は面白いものだ。

大体の目安として、語学3時間、学術論文2本、本1冊(研究書なら2分の1)、授業1コマ、といった感じをこなすと充実感が得られるような気がする。多分重要なのは量よりもバランス。1つの本だけ読んでもダメだし、論文ばっかり読んでてもなかなか充実感には繋がらない。まー、この辺は感覚的なとこだろう。

at 23:50|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年06月14日

六月病?

最近あまり勉強してません。

某後輩が「三月になると自分はおかしい」と藤堂志津子の小説のようなことを言っていたが(ちなみに彼はいつもおかしい 笑。悪い意味ではない)、毎年六月はあまりいい季節ではない。何より梅雨が嫌い、天気がよくないと古傷が痛む、授業が全体的になんとなくだらけてくる、などなど。今年はこれにW杯が重なって夜更かしばかりしているので余計よくない。

というわけで、もちろん授業の課題はこなすけど何となくあまり勉強していないような気がする。

もともと抑揚のあまりない性格なので、実際にそれほど変わるわけではないんだけど、何となくだるい、という感じに今年もなりそう。もっとも、W杯の決勝トーナメントが始まれば上がってくるのかも。



そんなことを思っていようといまいと授業はやってくる。

3限、日本政治論特殊研究

テキスト:原田熊雄・述『西園寺公と政局』第三巻第四章

先週の続きで同じ章をやった。繰り返しになるが「五・一五事件公判と軍部の動向」が章題。1933年7月29日~9月28日が範囲だ。この章で面白い点はいくつかあるのだが、やはり五・一五事件の公判に関する記述が面白い。原田は西園寺の秘書であり宮中とも近い立場なのだが、原田のもとには内閣から陸海軍、政党まで様々な人物が集まってくる。そこに集まった情報と、実際の歴史との乖離は非常に興味深い。具体的には、五・一五事件後の流れだ。原田の周辺には同事件に批判的な人物の方が圧倒的に多い。そして新聞報道などでも海軍のやや厳しい求刑・論告にも好意的な意見が見られた時期もあるという。しかし、実際には社会の幅広い層から減刑嘆願の声が聞こえてくるのだ。そして新聞もそのような報道が圧倒的な量になるという。こういった点は先行研究を読んでいるだけではなかなか見えてこない。これはあくまで一例だが、日記を読んでいるとこういう面白さがある。戦後でも佐藤栄作の日記などはかなりまとまった量が残っているので、この授業のようにじっくり読んでみるのも面白いかもしれない。

at 22:10|PermalinkComments(2) 日々の戯れ言 

2006年06月13日

もやもや。

ただのサッカー好きであって、別に日本代表の応援をしているわけではない、と思ってたんだけど…ああいった形で負けてみると、自分が結構応援してたんだな、と実感するもの。

率直に言って、ロングボールをFWに当てるだけでパスもまともに繋げないオーストラリアに負けるとは思わなかった。試合を見ていても小野が入る前くらいまでは、ディフェンスに関しては安心して見ていられた。が、よくよく考えるとうまく向こうの戦術にやられたような気がしないでもない。パスを繋げないチームはパワープレイをするしかないわけで、そこにはまってディフェンスラインと前線の間に大きなスペースを作ってしまい、そしてFWがチャンスを生かせないようでは日本は勝てない。

もともと控えの駒野と召集前にまともにトレーニングをしていない茂庭のプレーがひどかったのは仕方がないだろう。中田と中村のプレーもいまいちだったが個人的には戦犯として福西を糾弾したい(ジュビロファンは身内に厳しいです)。色々な場面で余裕を出しすぎ。あと、あの場面で小野の投入は納得がいかない。そんな戦術今まで練習してないだろっ。

で、こんなもやもやを吹き飛ばすべくチェコ―アメリカ戦を観て、ちょっと休憩してイタリア―ガーナ戦の後半を観たわけだが…やっぱり萎えてる。でも、ヤン・コラーはやっぱりすごかった。相手のアメリカも点差はついたがそれほど悪いチームではなかった。これからはチェコとイングランドを応援しようと思います。

こんな気持ちで授業に臨むと、あまりいいものではない。というわけで今日は授業レビューは無し。

まだW杯は始まったばかり。

at 23:51|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年06月12日

…。

萎えました。チェコ―アメリカ戦観て寝ます。

at 23:59|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年06月11日

参加者募集!

オランダ―セルビア・モンテネグロ戦、終了。楽しみなカードだったが、前半と比べて後半は…、やっぱり試合後半も面白くなるのは決勝トーナメント2戦目くらいからなんだろうか。とはいえ、この組は激戦区なので今後も動向が気になるところ。

そんなW杯の話は置いておいて…書評研究会のお知らせです。

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テキスト:田所昌幸・編『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(有斐閣)
日時:6月27日(火)、18時20分~(90分程度を予定)
場所:慶應義塾大学三田キャンパス(詳しい場所は未定)
参加資格:特にありませんが、テキストの熟読とコメントの事前提出はお願いします。
※著者の内2人をゲストとして招聘し、終了後は懇親会をやります。


概要は上述のとおりです。本の内容は(出版社HP、俺の書評、などを参考まで)。幹事は俺なので興味がある人はメールでも下さい。基本的には、専門であるとかそういったことは一切関係なく、テキストに知的に刺激される人や興奮する人(?)を対象として考えています。ちなみに事前にコメント提出(A4一枚程度)をお願いするので、フリーライドは出来ません。

興味がある人は遠慮なく連絡ください。

at 23:59|PermalinkComments(1) 日々の戯れ言 

2006年06月10日

W杯開幕。

とうとう始まったワールドカップ! これに備えて5月中にある程度今月やることは済ませておいた。これは正解だろうなー。昨日も授業後の飲みから帰宅後に開幕戦(ドイツ―コスタリカ)を観戦。こんな調子でこれからは最低でも毎日1試合は観てくんだろう。ちなみに今日は、友人宅でイングランド―パラグアイ戦を観戦。

んー、開幕戦観て思ったのはドイツのディフェンスは前評判以上にひどい、ということ。トルシエジャパン時代のフラットスリーのダメな時を思わせるディフェンスだ。この間の日本戦と同じような形で見事にラインの裏を抜けられていた。適度な緊張感がありながらも点が入り、観ていて面白い試合だった。それにしてもワンチョペは一人ですごかったな~。なぜ、中南米やアフリカって各チームに1人だけすごいストライカーがいるんだろう、不思議だ。

イングランドはまだまだ本調子では無いという印象。思ったよりもクラウチはテクニックがあるな~、と感じたけどそれでもまだまだ。どちらかというとパラグアイがふがいないから勝てたといった感じだ。

at 23:58|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年06月09日

むー。

今週は↓を聞きながら、六本木へ向かう。

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俺の周りにはけっこう好きな人が多いフジファブリックの2ndアルバム。去年、あるフェスではじめて観たのだがそれ以来結構気に入っている。散歩しながら聞くにもいいし、家で聞くにもいい。

6限、日本外交(GRIPS)

先週今週と戦後日本の防衛関係をやっている。今日は著者がゲストで来てくださるという贅沢な回だ。ちなみに来週と再来週も著者が来てくださるらしい。先生に感謝だ。今日の本は↓、今日は授業も踏まえつつの書評という形にしておきます。

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中島信吾『戦後日本の防衛政策』(慶應義塾大学出版会)
 戦後日本の防衛政策を対象とした研究は非常に限られている。本書は田中明彦『安全保障』や佐道明広『戦後日本の防衛と政治』などと並んで、防衛政策研究における貴重な先駆的研究である。本書は2002年に筆者が提出した博士論文を基にしたものであるが、出版までの期間に発表された様々な研究の成果も本書には織り込まれている。
 本書の内容を簡単に紹介しておく。本書は大きく第?部と第?部に分けられる。第?部「戦後日本型政軍関係の成立」では、「文官優位」として特徴付けられる戦後日本の防衛機構がなぜ、そしてどのようにして成立したのかが描かれ、さらに「赤城構想」の策定過程を、筆者が明らかにした日本型政軍関係がその政策立案にどのように影響したのかというケーススタディとして取り上げている。第?部「高度成長期の防衛政策」では一転して、「吉田路線(?経済復興を最優先課題とし、?防衛費の急激な増加を抑制する、?日米安保条約を締結し日本防衛は米軍に依存する)」として筆者が定義する防衛政策が定着していく高度成長期を描いている。ここでは日本の視点だけではなく、日本の防衛政策立案にも決定的な影響を与えたアメリカ側の視点も取り上げられている。どのようにして「吉田路線」は定着していったのか、これが第?部の主題といえるだろう。以上が本書の概要である。
 本書は研究の広がりや視点の広さという点で非常に優れている。本書の問題意識の1つに「吉田路線」の定着過程を明らかにするということがあるが、この視点は防衛政策研究のみならず戦後日本外交研究全体にとって重要な視点である。また本書が明らかにしたアメリカの対日観の変遷も同様である。同時に本書の特筆すべき優れた点は、抑制された筆致と実証性を常に念頭に置いている研究姿勢からくる研究の信頼性である。例えば吉田路線と対置されるものとして芦田を挙げることは一般的であるが、芦田の論理を検証し従来いわれた「自主防衛」ではなく「積極的再軍備」といい換えた点などは、実は非常に重要である(「積極的再軍備」に関しては植村秀樹氏が既に指摘しているが、筆者なりの見解が付け加えられている)。また改めてここで指摘するまでもなく、戦後日本の防衛政策研究では圧倒的に資料が少ないことはよく知られている。『堂場肇文書』という形で戦後初期に関しては様々な資料が利用可能であるが、それでも不十分である。そこで多くの研究者は、関係者へのインタビューや個人文書の収集に努めるわけだ。しかし、その弊害として特定の個人の視点に偏ってしまうことも多い。当然、本書でも筆者は関係者へのインタビューを行っているし、回顧録などからの引用も行っている。しかし、その信頼性に関して筆者はとても敏感である。これは、例えば海原治の証言をどのように利用するか、という点に関する筆者の主張にも表れている(226頁)。さらに筆者は公開資料のクロスチェックや、アメリカの文書を利用することによって、日本側の資料の不足を補っている。このような研究姿勢が貫かれた本書の信頼性は非常に高いものである。例えば、従来は自主防衛の系譜に分類される「赤城構想」が実は日米安保を補完するものであったという分析は防衛政策のみならず日本外交史研究全体に訴え得る説得的なものである。
 しかし一方で気になる点もある。その最も大きなものは本書の構成に関わる。そもそも第?部と第?部では問題意識が異なるのではないか、ということである。「「吉田路線」をめぐる政治・外交・軍事」という本書の副題を考えると、むしろ第?部の時代を前後に延長するなり、第?部では描かれなかった「なぜ「吉田路線」は定着したのか」といった点を重点的にした方がよりまとまりがよかったのではないだろうか。また本書は既発表論文が大半の章を占めるため、各章毎を読むと非常に分かりやすいが、1冊の本としてのまとまりはやや欠けるような印象がある。とはいえ、前述のような筆者の研究姿勢を考えるとこのような本書の欠点は仕方が無い面もあるのかもしれない。つまり、戦後日本の防衛政策研究における資料状況を考えると時代を延長することは非常に難しいし、第?部の「なぜ」の分析も同様であるからだ。こういった点はむしろ資料状況の改善した今後の研究課題といえるのかもしれない。ともあれ、本書が戦後日本の防衛政策に関する先駆的かつ信頼が置ける研究であることは間違いない。

at 23:02|PermalinkComments(0) 本の話