2006年04月

2006年04月20日

ある木曜日。

4限、文献購読(中国語)。学部の授業です。

友人が何人か取っていたことがあるので、噂には聞いていたのだが…案の定、授業のメインは中国語ではなく中国事情。それはそれで面白いのだが、あまりに進まない。ただ、先生に政治学に必要な中国語学習法などについて直接聞くことが出来るから、履修の目的は果たさせそう。でも、もっと予習しなきゃ、という圧力があったほうが語学の勉強は進むかな~。

5限、プロジェクト科目(政治思想)。

ゲストは九州大学の施先生。テーマは「リベラル・ナショナリズム論―意義・批判・展望―」。

講演は、リベラル・ナショナリズム論を代表的な論者であるデイヴィッド・ミラーの議論を中心に紹介し、それに対する批判や意義についても触れる、というもの。事前に配布されていた論文と重なる部分が多かったこともあるが、説明もとても分かりやすく、専門外でも何とか理解は出来た。

講演内容の理解には指定された以下の2つの文献が参考になる。

・施光恒「リベラル・ナショナリズム論の意義と展望」萩原能久・編『ポストウォー・シティズンシップの構想力(21世紀CEO-CCC叢書)』(慶應義塾大学出版会)
・W. Kimlicka, "From Enlightenment Cosmopolitanism to Liberal Nationalism" in Kymlicka, Politics in the Vernacular : Nationalism, Multiculturalism, and Citizenship (Oxford : Oxford University Press), pp.203-220.

細かい話は来週のディスカッションの後に書こうと思う。

講演はいつものごく1時間近く延長、講演後は飲み。このパターンは2年前と同じだ。政治思想の話だけではなく、映画や小説の話をしたり、ある種の「異種格闘技戦」。大学院での勉強を続けていると嫌でも専門化はしてくる。もちろん専門化はしなければならないのだけど、他分野の人と全く話せない、専門の話しか出来ないような院生にはなりたくない。こういう場は大切にしたい。



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2006年04月19日

大根は順調です。

なぜか、大崎在住の友人が家にいます。悲しいお話なので詳しくは本人に聞いてください。

3限、日本政治論特殊研究。まだ『西園寺公と政局』には入らない。今日は導入の意味も込めて、戦時中のアニメーション映画を鑑賞。「桃太郎の海鷲」と「マレー沖海戦」の2本。これがなかなか面白かった。純粋に当時のアニメーション技術の高さにも驚いたし、内容も興味深かった。基本的にはどちらも戦意高揚のプロパガンダ映画。「桃太郎の海鷲」は真珠湾攻撃をモデルに、日本を桃太郎にアメリカを鬼に見立てたアニメーションだ。「マレー沖海戦」は題名どおり。こっちで興味深かったのは最初のシーンだ。戦意高揚もあって「神州」日本の地図が表示されるのだが、そこには台湾&沖縄が描かれていないのだ。なんともまあ、当時の日本の台湾や沖縄認識が現れているというか…。

で、家庭教師に行き、夜は学部のゼミの飲み会。とある理由から出ないといけなかったのだが…う~ん、別に後から行けば良かったんじゃないかな。外国語学校に出れたかも。といいつつも、面白かったしいい息抜きになったので大満足。

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2006年04月18日

テーブルヤシは燃え尽きてしまいました。

大学院に入って初の全くと言っていいほど勉強をしなかった一日。

理由?授業は3コマあったのだが、どの授業も先生が話して終わりだった。
理由?チャイ語などの必要な予習が昨日やって終わっていた(まぁ、今日サボりだし)。
理由?大学時代の友人が三田に来ていた。
理由?院ゼミの新歓飲み会があった。

とまあ、こんなわけで一日が終わってしまいました。たまにはこんな日もあるということで。

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2006年04月17日

我想要時間。

午前中だけとはいえ、バイトをすると一日が短い気がする。

今日は大学院の履修申告日。俺の所属している法学研究科はどの授業を取るか先生の承認が必要らしく、WEBでの申告が出来ない。ということで、マークシートを埋める作業が必要。これって本当に面倒だ。

今期は、院の授業が5コマ、中国語が3コマ、他大学の授業1コマ、ということで確定。思っていたよりはきつくなさそうなので、授業の課題に追われることなく自分で勉強する時間は確保出来そうです。

が、今日読んだ本もやはり授業関係の本や論文。

1つは、リベラル・ナショナリズムに関する論文2本。なかなか面白かったし、自分の問題意識に近い印象。木曜のプロジェクト科目での講演が楽しみだ。

もう1つは、服部龍二『東アジア国際環境の変動と日本外交 1918-1931』(&参考に〃著者による『国際関係史の道標』)。(まだ読み始めたばかりなのだが)この本には圧倒される。学部2年の時にざーっとは読んだのだが、その時には気がつかなかったこの本の凄さが今は分かる。これは金曜の授業の課題書。図書館で何本か書評をコピーして読んだのだが…この本に有意義なコメントを付けるのはしんどい作業だ。

最後は、日中関係に関する特殊研究の来週の課題書(発表担当)。とりあえず書評。

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清水美和『中国が「反日」を捨てる日』(講談社)
現在、東京新聞の編集委員を務めるジャーナリストによる中国の現状分析。筆者自身述べているように、『中国はなぜ「反日」になったのか』(文春新書)の続編というべき本である。胡錦濤政権成立以後の中国内部の対日政策をめぐる動きを、ジャーナリストならではの内部情報にもある程度立ち入った形で分析している。本書の優れている点は事実の探求と考察に対する姿勢の真摯さにあるだろう。とかく中国関係の本には「感情的」な本が多い。そして何より、親中と反中の色分けが容易に可能な著作が多い。本書にはこのような点が全くと言っていいほど見られない。中国共産党内部の路線対立に目を向け、その統治の困難さや対日政策の形成過程をつぶさに追い、限界や短所を挙げながらもそれを単に批難するのではない。そのような中国内部の事情が日中関係にどのような影響を与えてきたのかが分析されている。本書で特に強調されているのは、?胡錦濤政権成立直後に中国は対日関係強化の模索をしたにもかかわらず小泉政権が応えなかった、?中国を挑発するような外交態度や国内世論は中国の「対日強硬派」を勢いづけるだけだ、という2点である。この2点は本書全体を通して主張されており非常に説得的である。もちろん、ジャーナリストの現状分析である本書では学術的な分析が行われているわけではない。とはいえ、このように内部事情にまで踏み込んだ日中関係の分析は学問的な考察を行う際にも重要な手がかりを与えてくれるだろう。

…ロイヤルネイヴィーへの道は遠い。いつになれば読めるのだろうか。

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2006年04月16日

1年に1回。

毎年4月に行れ楽しみにしているのが早慶レガッタだ(去年は行けなかった 涙)。慶應と早稲田に限らずボート関係者にとっては1年に1回の大同窓会といった感もある。それにしても今年から地上波のテレビ放映が無くなったとは知らなかった。今年初めて対校エイトに乗った後輩もいるだけにちょっと可哀相だ。

そういうわけで今日も行ってきたわけです…が、残念ながら敗北。

前評判は早稲田が良かったらしいし、クルーの体格では圧倒的に負けていたことを考えれば、あの着差は善戦なんだろうけど、まぁ悔しいもんです。自分がボートを続けなかったことに多少の悔いがあるだけに続けた後輩には精一杯頑張って欲しい。

今日久しぶりにレガッタを観て、やっぱりボート漕いでみたいな~、という気持ちが蘇ってくる。イギリスに留学してボートサークルに入ろう、という計画を本当に考えてしまう。

とはいえ、リベラル・ナショナリズム云々という論文を読んでいる帰宅後の自分を考えると、とてもボートを漕いでいる姿が浮かんでこないのも事実。はぁ~。

at 22:17|PermalinkComments(0) 日々の戯れ言 

2006年04月15日

模様替えしてみました。

ブログ開設から約1年経ったので、スキンを変更してサブメニューの配置替えをしてみました。同じスキンを1年も使うとさすがの俺も飽きてくる。

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大学院入学祝い(?)ということなのか、今週は生協で本を15%引きで買うことが出来た。ということで、今週は既に2万円近く生協で消費しているわけだが…今日は最後の締めに研究書を3冊ほど購入。そのうちの1つが、俺の周りでは話題沸騰の『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(有斐閣)。今はちょっと読まなければいけない本が立て込んでいるので、とりあえず「まえがき」と「あとがき」を読んだのだが…最高。執筆陣も、イギリス留学中の師匠、特殊研究でお世話になった先生、昨年度東大の授業にもぐらせていただいた池袋公爵、フランス留学中の先輩、と本当にお世話になっている方々ばかり。とにかく読まなければいけないものを終わらせてすぐに読みます。

そんな読まなければならないもののひとつ(なのかな?)↓

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川崎修、杉田敦・編『現代政治理論』(有斐閣アルマ)
本書は、現代政治を語る際に外すことの出来ない「デモクラシー」と「リベラリズム」の2つの概念を軸として、「政治」、「権力」、「ネイションとエスニシティ」、「フェミニズム」など現代政治理論をキーワードを通して概説している。想定されている読者は「専門課程に入る直前の学生」である。本書が政治理論や政治思想を専攻している学生にどのように読まれるかは分からないが、他分野を専攻している学生が政治理論を考える際の導入になるだろう。編者も断っているように、本書からは抜け落ちている重要な事項もいくつかある。例えば、現代のアメリカのネオコンを考える際にも重要であるレオ・シュトラウスらの政治哲学や、今世紀半ばまでは圧倒的な影響力を持っていたマルクス主義に関しては本書ではほとんど取り上げられていない。もっとも、これは「デモクラシー」と「リベラリズム」を軸に構成された本書の目的を考えれば仕方が無いことでもあるし、他分野を専攻している学生にとっては難しすぎなくてむしろちょうどいい。ちなみに、より最先端の研究を紹介している概説書としては小野紀明『政治理論の現在』(世界思想社)がある。

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2006年04月14日

いざGRIPSへ。

金曜日は三田では授業がない。

代わりに六本木にある政策研究大学院大学(GRIPS)の授業を聴講することにした。が、問題がひとつ。授業が6限なので、外国語学校に出れなくなってしまったのだ 涙。金曜の授業はなかなか良かっただけに残念。ちなみに来週は火曜と水曜も用事があって外国語学校に出れないので、2週間ほど外国語学校に行かないことになってしまう。もちろんその後はちゃんと出ます、念のため。

で、6限。

受講者は4人(今日は3人)、俺以外は「go.jp」というメールアドレスを持つ、プロの研究者というちょっとあり得ない授業、日本外交史をやっているのが俺だけというのが辛うじて救いだ。授業は、先生の言葉を借りると「日本外交史研究のレビュー」。博士論文を基にした研究書を中心に毎週1冊読んでいく。それだけでなく授業前日までにその本に対するコメント3点を提出しないといけないからそれなりに負担は大きいかもしれない。

今日扱った本は↓

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入江昭『日本の外交』(中公新書)
言わずと知れた名著であり大学入学後にまず紹介される本の一つでもある。筆者は、シカゴ大学、ハーヴァード大学などで教鞭を取った日本人外交史家であり、専門はアメリカ史・東アジア史である。本書は、明治維新から1960年代までの日本外交を外交思想に注目しながらコンパクトにまとめており、出版から40年を経た現在でも読み継がれている。思想に注目して日本外交を振り返ることによって、現実的目標が明確であった明治維新~日露戦争、思想状況が混乱し入り組んできた日露戦争後、思想状況は整理されたが現実と乖離が起きた満州事変以降、という大きな枠組みを提示することに成功している。しかし、?出版から40年を経て新たな研究成果も蓄積されていること、?筆者にとって日本外交は専門外であること、?そもそも本書が当時主流であった制度や条約などを中心にした外交史に対するアンチテーゼであった、ことなどもあり現在から見ると疑問符がつく点もいくつかある(この点は下記のコメントを参照)。とはいえ、このような点があるとしても本書の価値は十二分にあるといえるだろう。一読した上で様々な疑問に着目することをお薦めしたい。

以上の書評とも若干の重複はあるが、俺が授業にあたって提出したコメントは以下の3つ。

?外交思想に注目する分析枠組について

本書は外交思潮とも言うべきものに注目して日本の外交を分析している。筆者自身、このアプローチが限定的なものであることを指摘している(168-170頁)。そもそも筆者がいう「思想」とは何だろうか。本書では明示的にこの思想が定義されていないが、「国益を考える際の価値判断を支えるもの」とでも定義できるのだろうか。しかしこれでは「思想なき日本外交」という筆者の形容とは矛盾するかもしれない。果たして筆者のいう「思想」とはどのようなものなのだろうか。

?「政府の現実主義、民間の理想主義」と「東と西」

本書では1960年代半ばまでの日本外交の特徴として「政府の現実主義、民間の理想主義」という図式を提示している。そして政府の政策は明治以来百年近く「ほとんどつねに現実的、実際的であり、刻々と変化する国際情勢にそのつど対応していき、その場合国土の安全、貿易の進展という、軍事経済両面でのナショナル・インタレストが、日本の外交思想の枠を作っていた」(171頁)と結論付けている。この観察は適切と言えるだろうか。1930年代後半からの太平洋戦争への道はどのように考えればよいのだろうか。また本書では、「安全、貿易という実利的な観念」のほかに日本外交を支えた思想として「東と西のあいだの日本」という考え方が挙げられている。この考え方は形を変えて戦後にも受け継がれているのではないだろうか(波多野澄雄「戦後アジア外交の理念形成」『国際問題』2005年9月号)。時間があればこの点も議論したい。

?1920年代に関する評価

筆者は、1920年代の国際政治をワシントン体制によって新たな段階に入ったものと積極的に評価している。その上で、日本には幣原喜重郎に代表される路線、軍部に代表される路線、そして前二者の中間に位置する田中義一に代表される路線があったとしている(1930年代の日本外交は筆者によれば軍部に代表される路線が勝利するわけだが、その理由として他の両路線の失敗と軍部の主張の具体性を挙げている)。1920年代の日本外交は最終的に破綻したことが本文には述べられているが、説得的な理由が挙げられていない。むしろ「(1920年代の)日本の直面した問題はほかの国々も同時に直面したものだったということを忘れてはならない」(102頁)と、日本外交の破綻を相対化しているようにも読める。果たして1920年代の日本外交を筆者はどのように評価しているのだろうか。

本当はもう少し具体的に議論を展開してよかったようだが、とりあえず今回は「議論の導入」としてのコメント。自分のコメントを読み返すとやや「粗いかな」という印象。

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2006年04月13日

六本木→三田。

今日は六本木経由で三田へ。

今日はあまり天気が良くなかったが、六本木ヒルズさえ見えなければ、山手線内は散歩コースとしてなかなかいい。六本木から麻布十番を抜けて三田へ行くコースもそれなりにいいものだ。

木曜は4限に学部の文献購読(中国語)に出ることにした。外国語学校は政治や社会について学ぶことを目的にしていないので、学部の授業ではあるがこの授業はちょうどいいのだ。

大学院の授業は政治思想のプロジェクト科目のみ。専攻は違うが、政治思想には関心があるので受講することにした。この授業は、講師の先生を呼んで講演&質疑応答、翌週は講演を受けて受講者が発表&ディスカッション、という授業。学会の第一線で活躍する政治思想学者・政治哲学者と隔週で会うことが出来るというかなり贅沢な授業。

実はこの授業は学部3年の前期に聴講していた。当時は何も知らなかったから、怖いもの知らずで素直に楽しんでいたのだが、今はメンバーの豪華さにちょっと引いてしまう。早速、来週の文献が配布されたが、これを毎週読むだけでなくちゃんと消化するのはなかなか大変そうだ。まあ、大変な分得られるものは大きいはずだ。

at 23:47|PermalinkComments(3) 日々の戯れ言 

2006年04月12日

我累死了。

慌しい一日。

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朝9時に大学に行きたかったのだが、サンボマスターのアルバムを買うために10時の開店を待つ。ちなみに待ったかいがあり、今回の3rdアルバム「僕と君の全てをロックンロールと呼べ」も素晴らしい出来。某友人曰く「サンボマスターは宗教」らしいのだけど、まあ立派な信者です。来週は真心ブラザーズのアルバムも出るし、友人からスチャのアルバムをほぼ全部借りたし、今月は音楽が充実した月になりそうだ。

ということで、今日は10時半に大学に。語学をやりつつ午前中を過ごし、昼に友人と共に生協へ。

その後、友人と別れて3限の授業に向かう。「『西園寺公と政局』を読む」という授業。資料をちゃんとした形で読むということは今までやったことが無いのでちょっと楽しみにしている授業。これまでの国際政治&地域研究系の授業とは異なり極めて少人数。きついだろうけどそれはそれで得られるものは大きいだろう。

で、この後が問題。4・5限の時間を利用して家庭教師。往復で1時間半弱という時間も微妙だし、とにかく行ったり来たりはかったるい。それに疲れる。

なぜ往復するかといえば、それは18時半から外国語学校があるから。これもまた疲れる。

外国語学校終了後は、図書館で2時間弱過ごす。そしてようやく帰宅。我累死了。

サンボマスター聴いて寝ます♪

あ、訳あって再読した本の書評。

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宮城大蔵『バンドン会議と日本のアジア復帰』(草思社)
『戦後アジア秩序の模索と日本』でサントリー学芸賞を受賞した著者の前著。『戦後アジア秩序の模索と日本』は博士論文を基にしているのだが、何と本書は修士論文を基にしたものだ。本書は表題どおりバンドン会議と同会議における日本を扱っており、副題の「アメリカとアジアの狭間で」が本書のメッセージを的確に表している。本書は修士論文を書く際のお手本になる本(目標とするにはレベルが高すぎるかもしれないが…)。バンドン会議と日本いう狭い分析対象から、広がりのある結論を導いている。すなわち、バンドン会議には当時のアジア・アフリカ諸国それぞれの事情が凝縮されているし、日本のバンドン会議へのかかわりは日本がいかに「アジアへ復帰」するかという意味も持っていた。ここでの日本の姿勢はその後の日本外交にも大きな影響を与えている。本書では、1950年代の国際政治におけるバンドン会議の位置づけから議論を始め、日本招請に至る経緯、参加決定から会議に至るまでの日本の態度、会議での日本、会議での日本に対する評価が広範な一次資料に基づいて分析されている。そして終章で本書の考察から読み取れる戦後日本のアジア復帰とアメリカとの関係について論じられている。修士論文を基にした分量も読み物としてもちょうどいい。また記者出身の筆者らしく、文章が「踊って」いる。読みやすく面白い。日本外交、アジア・アフリカ諸国、冷戦、脱植民地化、などなど様々な興味関心がある人がそれぞれに面白く読むことが出来る本だといえるだろう。

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2006年04月11日

開始。

授業スタート。

といっても、どの授業もまだガイダンスなので実際に始まってみないと何ともいえない。今日はいくつかのことが分かった。

1つは大学院について。大学院は学部とは違う「多様性」がある。まあ、みんなが研究者の端くれ(そう思っていない人も多いだろうけど)という共通点はあるわけだけど。分かりやすいのは学生の年齢や国籍。博士課程の人もいれば、一度社会人になってから子育てを終えてから大学院に来ている人もいる。また、国際政治や地域研究であればどの授業にも複数の留学生がいる。外国語が身近なのでやる気が上がります。

もう1つはゼミについて。どうやら今年は事実上院ゼミが無いらしい。論文指導などは各自でしてもらえるらしい。もっとも、俺の場合はまだ修士1年なのでこれはあまり関係ない。前期は火曜に外国語学校を入れて5コマという可能性があっただけに、これは授業負担を考えるととても助かる。そしてゼミ員構成。同期は、学部から大学院に進学したのが俺を入れて2名、社会人入試1名、留学生2名(台湾、中国)の計5名。かなり人数が多いような気もするがみんな背景が違うので面白いだろう。

最後は授業について。まだ実際に始まっていないのではっきりしたことは言えないが、基本的には学部の特殊研究と形態は同じ。ということで、これからどう過ごせばいいか、ということに困ることは無さそう。要は学部以上に気合入れて準備して、自分の研究は自分の研究で行えばいいということだろう。ちなみに今日の授業は「1980年代後半から90年代前半の日中関係」「国際関係史入門」「東アジア共同体について」という3コマだ。

当分は様子を見つつ頑張ろうと思います。

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