2005年12月

2005年12月18日

引き続きひたすら…。

今日は午後からレジュメ作りにとりかかる。そして読む。作る、混乱しまた読む、作る、の繰り返し。無事、レジュメは完成。かなりシンプルなレジュメになった。今回読んだ文献は玉石混交といった印象。良かったものについてはそのうちここで紹介するかもしれない。



一応、トヨタカップ決勝は観ました。といっても論評出来るほどちゃんと観たわけではない。応援していたリバプールが負けたのが、そしてオフサイドに引っかかりすぎたのが若干残念。

アドマイヤグルーブが有終の美を飾る、というのが今日一番の競馬ニュース。参考記事。エアグルーブの産駒が引退する時代になってしまったかと思うと…年を感じる。

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2005年12月17日

ひたすら…。

午前中バイト、その後はとにかく月曜の発表のために読む読む読む。今週初めには1500頁ほどあった文献も、今日でかなりこなすことが出来た。

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2005年12月16日

透き通るような青い空はいいのだけれど…。

ここ数日、空が青い、透き通るようだ。つまり放射冷却が強力だということ。寒すぎる。

2限、東大にてイギリス政治文化論受講。今日は「ヨーロッパ王室のゴッドマザー」、Republican CrisisからVictoria女王の死去まで。西暦にすると1868年~1901年。こう書くとかなり長く感じるが、実質的には女王の政務復帰(1873年)から第三次Gladstone内閣成立(1886年)まで。何となく。20世紀への過渡期的な授業だったのかな、という印象。この時代は大きな戦争も無く、さほど緊張が無かったからかな。

授業終了後、来週が天皇誕生日のため今日が今年最後の授業だったと気が付く。年始の授業が待ち遠しい。

3限、国際政治理論特殊研究?。今日は初めて先生が授業をした(笑)。システム・ダイナミクスの話を導入に学問における認識や言語の問題について。大森荘蔵の本を読んでみようかな、と思わせる授業だった。



今日は久々にライブに行ってきた。怒髪天のライブイベント「東京ブラッサム」の初日のゲストがサンボマスターということでそれが目的。夏のフェスで観て以来「信仰」しているわけだが、今日でその気持ちを再確認。ハコは新宿LOFTだったので、かなり間近で観ることが出来た。いや~、心が洗われました。

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2005年12月15日

朝、起きるのがつらい。

2限、西洋外交史特殊研究?。先週に引き続き『外交による平和』。本の後半部分ということで、1954年のジュネーブ外相会談と1955年のジュネーブ首脳会談という「2つのジュネーブ会談」、スエズ危機での対応、が今日の範囲。友人が出した問題提起は非常に興味深いものだった。当分は発表の準備に追われるので、自分の中で消化した段階でコメントしようと思う。

今日の先生の話の中で、テクストをコンテクストに沿って読まなくてはいけない、というものがあった。そうであるならば『外交による平和』を読む際に、ディスカッションのポイントは当然第2章と第3章に置かれるべきだろう。それは、イーデン外交を第二次世界大戦前でもスエズ危機でもなく、50年代前半の外相時代に注目していることそのものが『外交による平和』の大きな特徴だからだ。

今日は、4限の日本外交史特殊研究?が休講だったので、ひたすら発表のための本・論文の読み込み。読み込めば読み込むだけ、さらに読まないといけないものが増えていくという悲劇に陥りつつあるような気がするのは気のせいだろうか。

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2005年12月14日

寒い。

2限、政治哲学?。先週に引き続いてカントの『永遠平和論』の3つの確定条項の検討。先生のカント解釈は一般に流布されているものとは、かなり異なるように思うが、その論拠などは授業を聞いているとよく理解出来る。でも、ここにそれをまとめる気力もないので省略。興味がある人は先生のHP参照してください。

その後はまたまた1939年に旅立つ。

そして5限、ゼミ。授業前までは発表者が5人だと思っていたのだが、実際には2人。どういういことだ??。自分以外の人に対する先生のコメントも、しっかり聞いていると自分の卒論にかなり役に立つ。でも、来週の月曜までは1939年に専念しないといけないので、卒論は進みそうにないんだよな~。

その後は外国語学校へ。水曜日は会話の授業ということもあって、他の曜日と比べてかなりきつい。しかもゼミが長引くと遅刻してしまい、小テストも受けられない。今日のスピーチのテーマは「私と外国語」ということで、俺自身の外国語学習(というか中国語学習)の悩みをぶちまけてみた。研究のために中国語を勉強しているんだけど、外交文書とか読むときに会話やリスニングは必要ない、しかも時間がない、こういった状況でも会話やリスニングの勉強は必要だろうか、というのが要旨。これをもう少し内容を広げて中国語で話すだけでなかなかきつい。別に目指してはいないけど、チャイ語ぺらぺらへの道は険しい。



先週末の書評紹介。本も書評も面白い(もしくは興味深い)ものを独断と偏見で挙げときます。俺が読んでない本もあるし内容に賛同しかねるものもあるけど、悪しからず。

・アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『マルチチュード』…「朝日新聞
・鴨下信一『誰も「戦後」を覚えていない』…「朝日新聞
・中田整一『満州国皇帝の秘録』…「読売新聞
・船橋洋一『青い海をもとめて…』…「毎日新聞
・山口二郎『ブレア時代のイギリス』…「毎日新聞

それにしても毎日新聞の書評は充実している。他紙と比べて書評一本の量が多いというのが一番の理由なんだろうが、執筆陣もいい。本を買う上で結構参考になる。


「早慶戦」というか「東アジア安全保障共同体」論争について、何か意見があればコメント下さい。でも、最近ちょっと忙しいので俺は「えいやっ」と書いて放置になるかも(笑)。

at 23:53|PermalinkComments(0)ゼミ&大学院授業 

2005年12月13日

寒すぎる…。

3限、地域研究論特殊研究?。先週風邪を引いて休んでしまったのだが、先週から「開発経済」に授業テーマが移った。今日は、1997年に出た世銀のレポート、を読んだ。ん~、何というか「」と言われても当たり前じゃないか、と思ってしまう。だって俺たちがこういった話を学びだした頃には、「市場絶対主義」はもう通用しないことは分かっていたし、一方で日本では「小さな政府が必要」とも言われていた。その中庸が大事だ、と言われても…、というのが正直な感想。もちろんそんな単純なことではないだろうし、先生がコメントしていたように、それまで市場主義一辺倒だった世銀が国家の役割を肯定的に捉えたレポートを出したことには意味があるんだろうけど。

今日は久しぶりに自分の興味関心とは違うテーマについてのディスカッションだった。3年半ほど大学で勉強しているうちに、意識的か無意識的かは分からないが、かなり自分の興味関心が絞られていってるんだな、と再確認。後輩が言っていたように、興味関心がもともと無いわけではなくて、読んだり考えたりしていないから「開発」されていないだけなんだと思う。じゃあ、たくさん読んで興味関心を無限に広げればいいかといえばそうではない。バランス感覚が問われるところだけど、そのバランス感覚をただの「無意識」にまかせていいかといえば、それもそうではない。でも、相対主義には陥りたくない。じゃあ、どうすればいいか。暫定的な結論は、常に問題関心がぶれないようにしつつ常に「懐疑的」であろう、ということ。

授業後は、友人の卒論話などに付き合い、家庭教師をして帰宅…頭の中は、もうすっかり1939年にタイムトリップ。

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2005年12月12日

卒論が進まない…。

3限、現代ロシア論特殊研究?。今日は「松岡外交」がテーマ、発表の題は「三国同盟と東アジアの動揺?」。先週に引き続き2週連続でサークルの後輩が発表…やっぱりおかしなサークルなのかな。本題に戻して…発表は、三国同盟締結とその背景、南進政策、日中戦争、日ソ関係、日米関係、諸外国の対応、といったテーマごとにそれぞれ詳細な報告だった。歴史的な背景などが整理されて非常に分かりやすかった。が、先生は「当時の日本にとっては、南進政策や日米関係や三国同盟といった政策が並列に扱われていたわけではなくて、日中戦争の解決こそが主要な課題であったのではないのか」とコメント。もちろん、これは発表者も重々承知していたのだろう。でも、それを伝えるように発表しなければならないということ。結論から言えば、今日の授業では結局松岡外交についての結論めいたものは出なかった。それだけ彼の外交が分かりにくいということなのだろう。

来週は、2年ほど時代をさかのぼって1939年を扱う。ヨーロッパと東アジアの相互関係に注目して発表する予定だ。というわけで、ここ数日は1939年前後に関する文献ばかり読んでいる。

卒論とのギャップがありすぎる…。

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2005年12月11日

早慶戦(笑)。

11月に参加したインカレ国際セミナーでの発表について、このblogで「早慶戦」が行われている…のかな。留学先からわざわざコメントをくれたということもあるし、ちゃんと答えます。正確には、俺は某東大生と共同で大枠を考えているので、慶應東大タッグVS.早稲田、という図式。以下、分かりにくくなるから正確には「俺たち2人」で考えたことは全部一人称で書くことにします。

「早慶戦」が行われたのは→11月29日の記事



インカレ国際セミナーで俺が参加したのは「東アジア安全保障共同体」について論じるのが目的の分科会。セミナーの目的として、最終的に「政策提言」を行うということが設定されていたので、そこへ持っていけるように議論を行った。セミナー全体は、何というか「理想を持って東アジア共同体について論じましょう!」的なノリだったのだが…俺の参加した分科会は安全保障について論じるわけで、現実の安全保障環境や認識を確認するところからスタートしていった。

ここで俺が提起した一番のポイントは、東アジア安全保障共同体という「結果」は確かに望ましいかもしれないが、その「結果」のために今ある秩序(具体的には日米安保とか)が壊れてしまうのは、万一の時のために掛けた保険の保険金で破産するようなものである、ということ。ここを抑えておかなければ、安全保障政策の担当者には何を言っても響かないだろう。

こういった経緯もあって、俺の議論はリアリズムが根本にあるわけだ。が、重要なのはここから。俺の議論は、リアリズムの論理からリベラリズム的な議論に持っていっている、ということ。がちがちのネオリアリズム的なところから「東アジア安全保障共同体」について論じたら俺たちが出したような結論にはならないだろう。ここは強調したおきたい。

以前の記事と重複するけど、俺が出した議論は↓

?東アジアで安全保障問題を考える際に最も重要なのは米中関係であり、中国と米国が根本的に単独行動主義の国である、という点で将来的な対立の可能性があるということを常に意識しなければならない。
?現在の秩序は米国主導で成り立っている。一方、中国は(この秩序に挑戦する可能性を持ちつつも)米国主導の現行秩序の中で行動している。
?以上のような戦略環境にある東アジアにおいて、「同床異夢の戦略的共存」が成立している今は、協調的安全保障を推進する戦略的好機にある。

ということ。俺の議論は、かなり早い段階でここまでは考えられていた。で、ここから日本がどのように動くべきか、ということについての政策提言を行ったわけなんだけど、それは↓

?日本は今までと同様緊密な日米同盟関係を維持すべきである。
?以上、挙げたような戦略環境の中で日本は、(最終的に最も重要な)中国ではなく、韓国・ASEAN諸国・オーストラリア・ニュージーランドなどとの提携を行うべきである。

で、その理由&シナリオは↓

?日米安保を堅持することによって、最低限今ある秩序は維持することが出来る。
?日本・韓国・オーストラリア・ニュージーランドは、共にアメリカの同盟国であり、その連携はアメリカにとっても望ましいものとなる。また、ASEANの一部も同様である。これらの国は中国やアメリカと異なり単独行動主義の国家ではない(=ある先生の言葉を借りれば「ミドルパワー」)ので、多国間主義には親和性があり、提携先としては成功可能性が高い。
?中国に対してその周辺国が多国間主義の攻勢をかけると中国としては、?自らの多国間主義の競争に参加、?単独行動に出る=軍拡、という選択肢があるが、周辺国の連携の背後にアメリカとの同盟があるため、軍拡のコストはとても高くなる。よって中国も多国間主義の競争へ参加し、東アジアに協調的安全保障の仕組みの萌芽が生まれる。

ということ。これが全体的な流れ。だから俺としては、この議論をリアリズムの議論、として捉えてその政策的有用性を論じないということの意味がよく分からない(これは会場にいた何人かの先生に対する批判になるのかな)。まとめると、リアリズムのコンテクストで最終的にリベラリズムのテクストを出したのが今回の「政策提言」ということになるわけだ。



以上が発表の骨子なんだけど、これの根本的な弱点が「アメリカ」にあることは間違いない。あとは頭越しに「米中接近」という危険性があるんじゃないか、というのも弱点。この点は俺たちの間でも議論になった。結論としては、アメリカの同盟国が連携する、というのが今回の提言の重要なポイントとして考えることにして、その問題は実質的には棚上げしたわけだ。もっとも、アメリカと中国が根本的に単独行動主義、というところに議論の力点を置くとその両方に対して効果的な政策を提言することは非常に難しいと言えると思う。だからこそ、今回は米中間のある種の均衡状態を利用する、という形の提言を行ったわけだ。

う~ん、何かかなり難しい話になってきたような…。

以上の話を踏まえて、リアリズム・リベラリズム・コンストラクティビズムという話をすると…それは若干次元が異なるような印象がある。この3つについての分かりやすい分類は、春学期に国際政治経済論特殊研究で読んだ、Jack Snyder,"One World, Rival Theories"という論文だと思うんだけど、これって学問上の話なんじゃないのかな~、と俺は最近感じている。

つまり、何かを分析・説明する際には有用だけど、政策を作る際にこの枠組みはあまり有用じゃない、と俺は感じている。それよりは同じ3つの分類でも、高坂正堯の力(≒軍事力)・利益(≒経済力)・価値、という分類の方がしっくりくる。高坂の議論はこの3つとも欠いてはいけないという議論である点が重要。3つを統合したした上で何が言えるか、こそが高坂の論考の興味深い点だ。加えて言えば、俺にとってはリアリズム・リベラリズム・コンストラクティビズムという区分よりは、英国学派の議論の方がしっくりくる。

この辺の話はまたの機会に。



とまあ、ここまでだらだら書いてかいてきたけど、かなり面倒だし分かりにくいので、卒論を書き上げたら友人と共著で「東アジア安全保障共同体と日本」について論文を書きます。というか早く書き上げてコピーライトをしっかりしておきたい。ネットからの無断引用がほんと多いらしいからね。

最後に一言だけ。この議論にはもちろんいくつか穴はあるんだけど、その穴にある程度目をつぶって、その先を見据えた有意義な戦略論が出来ればいいな、と思ってます。これもどこかで聞いたような言い方だけど(笑)。

まぁ、乞うご期待、ということで。

at 23:41|PermalinkComments(3)アウトプット(?) 

2005年12月10日

年を感じる…。

昨日たけちゃんにて、友人に「スネオヘアーのアルバム出てるよ」と知らされ、帰りにHMVでスネオヘアーのニューアルバム「カナシミ」を購入。今回のアルバムもかなりいい。特に3曲目の、悲しみロックフェスティバル♪、は最高。これはロッキンジャパンで生で観たかったな~。



今日はサークルの後期総会。といっても今回は先生がいらっしゃらないので、学生だけ。うちのサークルは日吉での活動がメインということもあって、4年ともなると実質的にもうOB、総会や合宿でないと1・2年生に会うこともほとんどない。そういうわけで、こうやって久々に1・2年生と会うと、年を感じる。もっとも、それはこの3年間で自分がそれなりに色々なことをして成長したという証でもあるんだろう。

サークルの活動やメンバー(の感覚?)は少しずつ変わっていく。それは当たり前のこと。でもその中でうちのサークルらしさ、みたいなものはある程度受け継がれてほしいとも思う。それが何か、というとなかなか難しいんだけどね。うちのサークルらしさは確固として持ちながらも、組織としては緩やかであってほしい。こんなことを思うということ自体が老けた証なんだろうな。

何はともあれ、俺の入学時の状況(休部寸前だった)を考えればサークルが存続しているだけで満足満足。

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2005年12月09日

飲んだくれ。

2限、東大にてイギリス政治文化論受講。今日は「二大政党制の確立と王室の危機」、Palmastonの首相就任からDisraeliの首相就任まで。西暦だと1855年から1868年まで。なんとなく今回は淡々と進んだ印象。前回が幾多の危機を「長老政治家」が救う! といった感じだったからその反動だろう。残念ながら今日は、「王室の危機」の説明に入ったところで終了。ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』などを読んでいても、この「王室の危機」は出てくる。19世紀イギリスを語る上で外すことの出来ない出来事だろう。というわけで、次回が待ち遠しい。

今期は講義形式の授業はこのイギリス政治文化論と水曜の政治哲学?の2つだけ。元々授業内容に興味があって、しかも好きな先生の授業を受けているから当たり前なのかもしれないけど…2つも講義とも、とても面白い。ディスカッション中心の特殊研究ばかり受けているからか、先生が一貫した問題意識に沿って講義する、という本来であれば当たり前の大学の授業が一周回って今の俺にはいいのかな。まぁ、ディスカッションにはディスカッションの面白さがある。昨日の2限の授業も、一日経って考えるとなかなか興味深い論題だったな~、と思うしね。

そんなことを思いながら三田へ移動。

3限、国際政治理論特殊研究?。今日は先週に引き続き「ビールゲーム」の話。「ビールゲーム」だけでなく、システムダイナミクスについて簡単に議論を紹介、先週のゲーム結果の分析など。理論の話は、自分でやる気は起きないんだけど、こうやって授業で聞いたり本で読んだりする分にはなかなか面白い。理論家ならではの発想というものがある、ということは歴史をやる人間も当然理解していなければならないんだろう。



ふと、思い出したので…先週末の目に付いた新聞書評紹介(新聞名にリンク貼ってあります)。この3つは書評としても面白かった。参考まで。

・blogでも一ヶ月くらい前に取り上げた、入江昭『歴史を学ぶということ』…「毎日新聞
・最近話題の回顧録、宮崎勇『証言 戦後日本経済』…「読売新聞
・「ニート」を日本で流行らせた著者による近著、玄田有史『働く過剰』…「読売新聞



授業後、友人&後輩と昼食。なんやかんやで1時間半話す。その後は4時半から友人と「たけちゃん」へ。途中参加組も合流。場所をかえてまた飲み、気付けば10時半。俺は6時間も何をやっていたんだろう。

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