2005年09月

2005年09月18日

帰ってきました。

昨日、軽井沢でのゼミ合宿より帰宅しました。去年同様、勉強に遊びに楽しかった。が、今年は4年生の参加者がちょっと少なかったことや星が見れなかったことが残念。ま~、俺が結構関わった「三期生VS.四期生」プログラム(例の4年が問題を作成したやつです)も一応は成功したのでよしとしよう。

このblogでもちょこちょこ言及していたので4年が作成した問題を紹介しよう。

問題は全体で二問。3年生は3チームに分かれて、4年生に出題された問題を解き提出、それを4年生も3グループに別れて採点、さらに問題そのものの評価なども含めて先生が全体に対してコメントする、というのがおおまかなプログラムの流れだ。3年生だけでなく4年生の勉強も兼ねている。

一問目は「歴史の評価」。原文の大西洋憲章を読んで、それについて英米両国の意図を記述し、さらに大西洋憲章そのものの評価をしてもらう、というのが問題の概要。こちらに関しては著作権が俺に無いのでこれだけ。1つのグループが思いのほか出来のいい解答を持ってきたので、4年生が焦った(笑)

二問目は「Virtual History」。こちらは大枠はみんなで相談、細部はほぼ俺が作成した。問題は以下のとおり↓

◇◇◇

1989年12月、マルタ会談においてブッシュ、ゴルバチョフの米ソ両首脳は「冷戦終結」を高らかに宣言した。そしてそれから約2年の後、ソ連邦は解体し独立国家共同体(CIS)となった。こうして世界はポスト冷戦期を迎えたのであった。
冷戦終結の一連のプロセスにおいて主役の1人に挙げられるゴルバチョフ、彼がもし早く失脚していたとすれば冷戦終結期の国際政治、ポスト冷戦期の国際政治はどのように展開したのであろうか。

≪前提となる現実の歴史≫ ※詳しい年表は別紙資料を参照のこと

第二次世界大戦の終了後間もなく始まった米ソの冷戦。1970年代にはニクソン=キッシンジャー外交に伴ったデタント状況が生まれたものの、その後徐々に米ソの溝は広がっていった。そして1979年のソ連のアフガン侵攻によって新冷戦は避けられないものとなった。

1981年にはアメリカの大統領に対ソ強硬派といわれたレーガンが就任、様々な手を打ってソ連へ攻勢をかけた。

一方、当時ソ連の高齢な指導部は弱体化していた。18年に渡って共産党書記長の地位にあったブレジネフは1982年11月に、後を次いだアンドロポフは84年2月に、さらにその後のチェルネンコは85年3月に相次いで死去した。このような混乱を経て、85年3月に当時54歳であったミハイル・ゴルバチョフが共産党書記長に就任した。

ゴルバチョフは85年10月にペレストロイカを開始、ソ連国内の改革を進めていった。87年2月に、ゴルバチョフは国際フォーラム「核のない世界と人類の存在のために」において演説を行い、ここで彼は、核による破局という事態は資本家のみならずプロレタリア社会主義者をも破滅させる、したがって核の破局の阻止という全人類的利益の方が階級利益より重要である、とのテーゼを示した。これが「新思考外交」として知られるようになる。

このゴルバチョフ政権下のソ連の動きに西側諸国も反応していく。87年12月にはINF全廃条約に米ソが調印するなど、東西陣営の溝は急速に埋まっていった。また、東側諸国もゴルバチョフ政権の登場によって徐々に変わっていった。経済改革のみならず政治改革をも行おうとしたゴルバチョフの動きに東ドイツやチェコの指導部は危機感を強めた。一方、経済改革が進みつつあったポーランドでは徐々に政治改革も進んでいった。結果、89年8月のポーランドの非労働党政権成立を皮切りに一連の「東欧革命」が起こった。この動きは東ドイツにも波及し、11月にはベルリンの壁は崩壊した。そして12月にはマルタ会談で米ソ両首脳が「冷戦終結」を高らかに謳い上げた。

年が明けて90年2月、ソ連共産党は大きな決断を行う。党中央委員会拡大総会で、党の指導的役割の放棄を決定、統治政党の座から降りたのである。3月にはゴルバチョフは大統領に就任し、国家指導にその重心を移すことになった。

≪if≫

1990年3月、共産党保守派が反ゴルバチョフ派(軍を含む)を糾合しクーデターを起こし成功。ゴルバチョフは失脚。共産党保守派主導の政権が誕生。

≪クーデターに関する補足説明≫

当時、ソ連内にはその体制改革を巡って様々な勢力が存在した。このクーデターはその中で共産党の保守派を中心として軍部や改革派の一部も含めて幅広く存在した反ゴルバチョフ感情を持つ勢力を広く糾合したものである。クーデター後は内部に様々な勢力を抱えながらも、大同団結して政権の樹立に成功し、外交政策を遂行したものとする。

≪「ドイツ問題」について≫

伝統的にヨーロッパには、その中央部に統一ドイツという大国が存在することに対する危機感があった。これが伝統的な意味での「ドイツ問題」である。また冷戦終結期においては東ドイツが安全保障上、東側に所属し続けるのか西側に所属するのか、それとも東側西側という区別そのものの意味がなくなるのか、といったことについて各国の考え方は揺れ動いていた。これがもう1つの「ドイツ問題」である。

以上を前提に、これから95年1月までの約5年間のシナリオを考えよ。その際、以下の点に注意せよ。

?解答はA4用紙2枚の範囲におさめること。

?上記の「ドイツ問題」についてはそこで挙げた2つについて何らかの形で考察を行うこと。その上で、様々な歴史的事象について各自が判断し取り上げて自由に論じてほしい。ただし、A4用紙2枚という分量を考え、主要な考察対象は5つとする(「ドイツ問題」以外に5つ)。その他の事象については軽く触れる分には問題は無いが、採点の際には重視しない。主要な考察対象の5つについては解答用紙の最初に列挙すること。

天の声♪ 例えばこんなことがあるよ~♪
ソ連崩壊、EC統合市場、冷戦終結、湾岸戦争、PKO、ポスト天安門事件、NAFTAカンボジア和平、パリ協定(ヨーロッパでの地上兵力削減)、WTO、START?、アジアでの冷戦終結、ドイツ統一、ARF、ワルシャワ条約機構、NATO、マーストリヒト条約、START?、中東和平、国連、北朝鮮核危機、55年体制崩壊、APEC、東欧革命の行方、GATTウルグアイラウンド、米大統領選、…etc.

?5年間について、必ずしも時系列順に記入する必要はなく、多少の入れ替わりがあってもよい。また事項別でも構わない。ただし文章の読みやすさなども採点基準に含まれるので、その点は留意されたい。

◇◇◇

以下、出題の経緯など

■出題の経緯

「Virtual History」の問題では、冷戦終結を扱うことに。それを前提に3日のミーティングで相談、結果ゴルバチョフ関係でのifに決定。時期の選択が重要ということで、クロノロジーを作成し検討、結果ベルリンの壁崩壊後ドイツ統一決定前にすることに。

■評価の際に参考に

1.そもそも冷戦終結とは何か
「冷戦終結」ということは1989年12月のマルタ会談で宣言された。ここでの冷戦終結は二極構造の存続を意味した。しかし1991年の終わりにはソ連が崩壊し、ポスト冷戦の世界は一極構造となった。今回のVirtual Historyはまさにこの二極構造から一極構造への移行過程のifであるので、このギャップをいかに考えるかは重要。

2.冷戦終結における個人要因について
ゴルバチョフの失脚で変わることは基本的にはソ連の指導者が変わったということに過ぎない。この点をどう考えるか。ゴルバチョフの失脚によってソ連そのものの性質が変化し歴史は大きく変わったとみるか、それとも変わらなかったと考えるか、意見が分かれるところだろう。

3.ドイツ問題
問題にも書いたように、今回の隠れた主要テーマとなるのが2つのドイツ問題。このドイツ問題をどういった形で処理するかということは、即ちポスト冷戦期の国際政治の基本構造を設定することを意味する。

4.(3年生が解答で)何を取り上げるか?
主要なテーマは、上記の?ゴルバチョフの個人要因の検討?ドイツ問題であるが、冷戦終結期には他にも様々な重要な事件や国際政治上の変化があった。問題には「天の声」として、以下のものを挙げたが…

ソ連崩壊、EC統合市場、冷戦終結、湾岸戦争、PKO、ポスト天安門事件、NAFTAカンボジア和平、パリ協定(ヨーロッパでの地上兵力削減)、WTO、START?、アジアでの冷戦終結、ドイツ統一、ARF、ワルシャワ条約機構、NATO、マーストリヒト条約、START?、中東和平、国連、北朝鮮核危機、55年体制崩壊、APEC、東欧革命の行方、GATTウルグアイラウンド、米大統領選、…etc.

5つという限られた選択で、この中のどれをどのような形で取り上げるかは採点の重要なポイントとなる。

◇◇◇

なかなか難しい問題だと思うんだけど、それなりに面白い回答が出てきた。先生から問題について指摘されたのは、このVirtual Historyにおける「ソ連」の性格について。出題者としては当然過ぎて、問題の中には明示的に書かなかったのだけど、その結果回答者が、どのようなソ連を想定して歴史を書いているのかがいまいち分かりづらくなってしまった。ドイツ問題などと同様に、ソ連の性格についても答えてもらうようにすればよかった。

はー、これで大学での合宿は全て終了だ。

at 21:25|PermalinkComments(0)ゼミ&大学院授業 

2005年09月14日

ふぃー。

ようやく合宿での発表レジュメ作成終了。結局、超シンプルなものが完成。内容もあまり踏み込まず大枠のみの発表をすることに決定。

『国際問題』の今月号がなかなか面白い。ここ数ヶ月は世界の各地域の近況紹介みたいなものばかりが続いていたのだが、今月号はひと味違う。テーマは「転換期の日本外交」。戦後に関わるものとしては、波多野澄雄「戦後アジア外交の理念形成―「地域主義」と「東西のかけ橋」」と添谷芳秀「1970年代デタントと日本の対応」がある。前者は読み応え十分、後者は相変わらずのバランス感覚を感じさせてくれる好論文。特に前者は俺の卒論と同様、ある種の外交構想・外交思想を扱っているだけに参考になる。

明日から3日間合宿。

at 21:08|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月13日

大学うろうろ。

大学にこもって、ゼミ合宿の問題の仕上げ。資料を作ったり細かいとこを直したり。図書館からロースクール棟、生協と色々なところをうろうろしながら作業した一日。が、自分のレジュメ作りには進めず。

この夏休みの回顧録ブームにのってこんな本まで読んでしまった↓

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不破哲三『私の戦後六〇年 日本共産党議長の証言』(新潮社)
インタビューを元に構成された共産党議長の回顧録。長年にわたって国政で活躍してきたものならではの面白いエピソードが紹介されている一方、共産党らしく党の「公式史観」「公式見解」が本全体に一貫している。色々な読み方が出来る本だが、他の人間のレンズを経ていない共産党の自己認識はなかなか興味深い。とはいえ、人間である以上自分たちの無謬性をあそこまで主張出来るのはやっぱりおかしい、と疑って読んだ方がいいだろう。例えば、70年代の国会にある種の活気があったというのは貴重な証言であるが、共産党は80年代以降国会内で完全に孤立していたことを考えるとこれもそのまま受け取ることは出来ない。一般に回顧録は読み手に相当程度の知識を要求するものであるが、本書からは特にそれを強く感じる。

at 20:57|PermalinkComments(0)本の話 

2005年09月12日

図書館うろうろ。

相変わらずゼミ合宿関係&院試関係をいろいろと。そんなわけで図書館をうろうろして一日を終える。選挙前の記事を見たいということもあって、今日は月に一度の総合誌チェック。『論座』『中央公論』『諸君!』『世界』などなど、ひたすら目に付いたものを読みまくる。総合誌や新聞はあまりじっくり読む必要は無いと思うが、時代の雰囲気を知るという意味では重要。

『論座』は今月号からリニューアル、ということでなかなか気合いの入った構成。全体的に自民党のここまでの圧勝を予測した記事はほぼ皆無。やはり、識者の考え方もまだまだ中選挙区時代のままなのだろうか。そんな「過去」を感じさせてくれたのが、『中央公論』に出ていた新聞記者3人(岩見隆夫・国正武重・橋本五郎)による対談。小泉がいかに玄人受けしないかがよくわかるという意味で面白いのだが、やはり小泉の政治観を全く理解出来ていない。小泉政治を理解したければ素直に彼の発言を再現すればいいのだ、「腹に一物」という政治記者好みの政治家は小泉の対極にあるといえる。最も、長年政治を見続けているだけの鋭い指摘は随所にあった。例えば、小泉の政治手法の「一点突破主義」の指摘。確かに小泉は何をやるにしても一点突破主義だ。構造改革も郵政の一点突破、外交も対米外交の一点突破、対北朝鮮も拉致の一点突破、確かにと思う。

at 20:39|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月11日

選挙祭り♪

選挙を肴に酒を飲む、これ我が家の日常風景です。今夜は、この夏成人した弟も交え選挙特番を肴に宴を開きました…この辺に俺の性格形成の一端があるのだろうか。もっとも、我が家の家訓に「政治活動は控えるべし!」というのがあるので、選挙活動に盛り上がるわけでは全くない。俺の意見と両親の意見は結構違うしね。単純に選挙好きな親父の集まりに近い。そういえば、昔即日開票ではなかった時代は、当確なんかは翌日の昼間に出たりしていたらしいんだけど、親父の会社の先輩は総選挙翌日は有給休暇を取ってたらしい。我が家では尊敬の的(笑)

結果はご案内の通り、小泉自民党大圧勝。もっとも選挙特番の開始直後の予想と比べると自民党の議席はどの局のものと比較しても若干低めに出た。これが出口調査の無党派バイアスというやつなんだろう。

選挙については政治学的に面白い現象がたくさんあったし、語り出したら尽きない。合宿が終わったあたりにでも落ち着いて一本選挙について書きたいと思います。乞うご期待!

at 23:18|PermalinkComments(1)日々の戯れ言 

2005年09月10日

書けん。

書けん、ここ数日結構自分なりに勉強したりしているんだが、ここには何も書けん!何故ならゼミ合宿まで問題は秘密だから。あ~、何かをやったら直ちにアウトプットしたい俺にとってはストレスがたまる。ちなみに来週やる予定の卒論構想も、あんまり書くと合宿で突っ込まれかねないので書けない。そのうち、まとめてアップします。

そんなこんなで過ぎていく総選挙前日の夜。

at 23:14|PermalinkComments(2)日々の戯れ言 

2005年09月09日

平々凡々。

今週前半やれなかったことをひたすらこなした一日。論文や本の整理、部屋の掃除、論文構想、そしてゼミ合宿の問題作成。ゼミ合宿の問題はいざ実際の文章にしようとするとなかなか進まない、資料作成もちょっと面倒。かなり時間をかけてやった&頭も使ったのにもかかわらず、問題の発表を合宿当日にするから内容をここでアウトプット出来ない。う~ん、面倒だしフラストレーションが…。

こんなわけで一日終了。

楽しみは今やってる柔道の世界選手権くらい。世界選手権といえば、ボートの世界選手権が先週末この日本(岐阜)でやっていた。ちょこちょことNHK衛星の放送を見ていたんだが、レベルが滅茶苦茶高い。あんなにスムーズにオールが水に入っていくものか、と関心した。

at 22:54|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月08日

一応、復活。

更新が滞っていた+そして大学で見かけない=また旅行!?

ということだったら、うれしかったのだが今回は病魔と闘っていました。日曜から頭が少し痛く、土曜日悪いもんでも喰わされたか?とか、まさかウイスキー2杯で二日酔い?とか思ったら、実はただの風邪。月曜午前のバイト中から悪寒に襲われ、大学行くのはやめて家へ帰って熱を測れば38℃超、即寝ました。が、全く治る気配はなく、結局今日の午前中までベッドの中で過ごす羽目に。熱が最高で39.4℃出て、風邪が腹にきたため食欲無し&食事制限、結果体重が60?切ってしまいました(涙)。177?59.5?っていうのはちょっとやばくないですか。高三の1月には、175?71.5?だったのに。完全に文系の身体になってしまった。

そんなこんなで今週前半はつらい生活を送っていたのですが、その間読書は進む進む。がちがちの学術論文などは読む気がしないので、少し軽めのものを中心にひたすらよみまくっていました。いくつか書評↓

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M.アマコスト『友か敵か』(読売新聞社)
1989年5月~93年7月まで駐日アメリカ大使を務めたM.アマコストの回顧録。もっとも著者は本書は回顧録ではなく、日米関係の最前線に位置していた著者による日米関係の分析、だとしている。“ミスター・ガイアツ”として有名なアマコストだが、本書では自身によってその評価の虚実、背景が丹念に説明されている。読んでいて強く感じたのは日本のマスコミに対する苛立ち。湾岸戦争、日米構造協議などの懸案が続くなかで、日本のマスコミの報道姿勢には我慢がならないものがあったのだろう。日米関係に関する読み物としては、本書はなかなか面白いし参考になる。ある特定の時期の日米関係について大使という立場にいた人物が分析しているからだ。しかし、裏話的なものは少ないし、何より著者自身が回顧録ではない、と言っているように史料的な価値は若干下がるかもしれない。

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嶌信彦『首脳外交』(文春新書)
“サミット・ウォッチャー”のジャーナリストによるサミットについての新書、副題は「先進国サミットの裏面史」。章立てを見れば本書の概要は掴める。第1章 戦う首脳たち、第2章 日本国首相の孤独、第3章 サミット二十五年の変遷、第4章 シェルパたちの戦い、第5章 サミット演出法、第6章 日本のサミット外交、第8章 沖縄から二十一世紀へ、以上が本書の構成だ。まず「首脳外交」としてのサミットに焦点を当て、その中での各首脳の立ち回りを紹介、そして日本の首相はどのように動いたのか、このような導入が読者を引きつける。サミット史の概観、その裏にある官僚たちの活動の紹介。箸休め的にホスピタリティに注目し、最後に日本とサミット、そしてサミットの今後について筆者の意見表明。新書としては読みやすさ、内容、構成ともほぼ完璧。学術書ばかり読んでいると忘れがちな視点だ。内容については「優れたサミットの概説書」ということで十分。是非、一読を。

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斎藤貴男『梶原一騎伝』(文春文庫)
今やリベラルなジャーナリストの代表格である斎藤貴男による、あの梶原一騎の評伝。単行本の初版は平成6年であり、著者の初期代表作でもある。『巨人の星』『明日のジョー』『タイガーマスク』などの原作者として有名な梶原一騎の光と闇に焦点を当てている。力作。著者は、素直に自己を表現できずいつも自らが想像するキャラクターを演じつづける男、としての梶原一騎を綿密な取材に基づき、その生い立ち、作品、時代背景までをも取り込んで論じている。梶原ワールドに一度でも触れたことがあるならば、是非手にとって欲しい本。ちなみに、梶原ワールドを現代の芸能界を舞台に展開している「ノンフィクション」が浅草キッド『お笑い・男の星座』シリーズ、併せて読むとなお面白いだろう。

体も少しずつ動かさないと治るものも治らないので、今日からは大学へ行こう、ということで今日は午後大学へ。ゼミの友人と合宿での問題作成。偶然会ったゼミの先輩の院生のアドバイスも得て大体完成。んー、頭も体もなまりきっている。

at 22:47|PermalinkComments(0)本の話 

2005年09月03日

viva主夫。

ゼミで合宿での問題作成などについての相談。うちのゼミでは、合宿で毎年4年生が3年生に問題を出して3年生が解く、というのが恒例になりつつある。3年生の三田祭論文などにテーマを合わせつつ、歴史の評価をしてもらったり、ヴァーチャルヒストリーをしてもらったり、という感じ。先生曰く、3年生よりも4年生の勉強になる、とのことだが今日はそれを実感。さてさてどういう問題になるのだろう。

ゼミとして集まるのは海以来だからほぼ1ヶ月ぶり…が、集まった面子はいつも顔を合わせているような。俺たちがゼミのコアなのか!?

んで、夜はゼミの友人宅で飲み会。名目は「本州一周神社巡り」の旅に出ていた友人の帰還祝い(笑)。男3人の家飲みにもかかわらず、料理が出てくる出てくる。部屋は驚くほどきれいだし、飯はうまいし、使える、出来る男だ。彼は仕事もばりばりやりそうだが…将来の主夫候補のドラ1として推したい。

at 23:43|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月02日

タイトルっていらない。

今日も再び大学へ。早起きして屋上で水を撒いて、走って、昼までバイトして、そして大学という生活に体が慣れてきた気がする。調子がなかなかいい。

で、長期中断をしていた本を読み終えました↓

船橋洋一『アジア太平洋フュージョン』(中央公論社)
言わずと知れた日本を代表するジャーナリストによるAPEC論。副題に「APECと日本」とあるように、日本外交そのものもテーマの1つとなっている。APECを考察することを通じて、従来は西と東、南と北で分断されていたこの地域の「フュージョン」を描き出している。元々英語で書き下ろしたものを日本語に訳したということもあって、文体や章構成は英語の本そのもの。内容も日本であれば当たり前のことが書かれていたり、等身大の日本を紹介しようという、という筆者の意図が見える。10年前の本ということもあり、その後の歴史を知る我々からすると首を傾げたくなるところもいくつかはある。とはいえ、それによって本書の価値が下がるわけではない。未だAPECの初期に関しては最も優れた文献の1つであることは確かだし、何より豊富な取材に基づき当事者に食い込んだ情報は、この時期にこの著者だからこそ出来たことだろう。確かにアジア金融危機以後、APECはある種の相対化がされただろう。しかし、本書で著者が提示したテーマや問題意識は現在においても十分適切といえるだろう。本書で提示されている「グローバル・シビリアン・パワー」(地球民生大国)という概念は今もって著者の主張する日本の外交像である。これをどう考えるか、添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交』(ちくま新書)などと読み比べてみると面白いのではないだろうか。

その後、特殊研究でお世話になっている先生に大学院での研究計画その他について相談。銀座に用事があったとのことだからなのだが、八重洲ブックセンター4階の歴史コーナーで待ち合わせ、あの先生らしくていい。

細かい研究テーマの話から、もっと大きな10年単位での研究計画、などについて先生の経験も含めて2時間以上話した。多分、先生にとっては日常の一コマなのだろうが、俺にとってはとても貴重な時間。色々な点で目から鱗が落ちました。えー、具体的な内容は企業秘密ですので、興味があれば個人的に聞いて下さい。いずれにしても、自分が今何をすべきかということがよく分かった。

ちなみに今日は9月2日。60年前に重光葵がミズーリ艦上で降伏文書に調印した日、つまり外交史的には「あの戦争」が終わった日だ。が、これといって注目すべき報道は無かった。『8月15日の神話』で指摘されている状況は改善される見込み無し。

at 23:48|PermalinkComments(0)本の話