2005年09月

2005年09月30日

今週2回目のたけちゃん♪

授業終了後、月曜に続いて立ち飲み屋へ。前回からちょっとメンバーが増えた関係で、立ち飲み屋なのに座って飲むことに。多分、それで調子が出なかったんだろう、立ち飲み屋をハシゴすることに…立ち飲み屋をハシゴする大学生ってのはどうなんだろう。帰宅後、タモリ倶楽部を見るためにチャンネルを10に合わすと、なんと「あしたま」の最終回。今日で「あしたま」は終わるらしい。深夜番組フリーク(←ちょっと言い過ぎ)としてはちょっと寂しい。

金曜は授業が3つある。1つ目は午前中の東大での授業(これは来週から始まる)、2つ目は3限の国際政治理論特殊研究?、3つ目は5限の戦後日本政治史?だ。国際政治理論解特殊研究は前期と比べると少しはやる内容が変わるようだ。前期は、国際政治の文献を基本的なものからちょっと変わったものまで、担当者がまとめてきて1時間半かけて発表、それで終わり、という授業だったのだが、後期は国際政治理論の論争を英語で読んだり、理論のシュミレーション(?)みたいなことをやるようだ。相変わらず人数も多いしあまり期待はしていないのだが、前期よりは面白そうだ。

金曜が終わり、後期が大体どんな感じで進んでいくのか分かった。来週から外国語学校(月・水・木の6限)が始まり、金曜にも授業が1つ増えるのでまだ何とも言えないのだが、時間的には前期よりは楽になる予感。ただ卒業論文や修士論文構想などをやらなければならないので、前途は多難。うまく時間を作りやっていこうと思う。…飲み歩いてる場合ではないんじゃないか、という声が聞こえてきそうだが無視。

日本外交の通史シリーズ↓

細谷千博『日本外交の軌跡』(NHKブックス)
日本を代表する外交史家による日本外交のコンパクトな通史。200頁ほどで開国から冷戦終結後までの日本外交を概説している。1993年に出版されたので時代は冷戦終結直後までしか扱われていないし、分量が限られていることからブックリストなどもない。しかし、記述のバランスのよさや分かりやすさという点で本書は出色である。構成は戦前と戦後の2部構成であり、前半は「NHK市民大学」のため口述筆記により作成されたテキストを底本として、明治初頭からサンフランシスコ講和条約により日本が独立を達成するまでを十章に分けて概説し、後半は、日米関係・日ソ関係・日中関係など分野ごとの記述になっている。日本外交のテキストではあるが、日本からの視点のみというわけではなく、他国の視点にもしっかり触れている。論争的なテーマ設定をしているわけでもなく、よくも悪くもオーソドックスな通史であるといえよう。それにしても1993年の時点で90年代の日本外交を、グローバリズムとリージョナリズムの動きなどに触れつつ「日本外交にとっての国内的・国際的拘束要因を考慮するとき、それはたいへん困難な選択ということになるが、日本外交は一九九〇年代、自由貿易体制の堅持、GATTと地域主義との相互補完という建前を崩さないように努めつつ、地域主義にある程度傾斜し、しかも対米関係も重視する(バイラテラリズム)という、苦渋に満ちた中間の道をたどることになるのではないか」(217頁)と予測しているのはさすが。

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2005年09月29日

ふむふむ。

こっちの頭はあまり夏休みから抜けていなくても授業はどんどん始まる。授業の合間に中庭に行くと、人人人、こっちの頭がおかしくなりそう。ま、その人の中には仲のいい友人たちもいるわけで、そう考えれば大学が始まって人が増えることは悪いことばかりではない。

木曜は特殊研究が2つある。それぞれ、かなり楽しみな授業だ。

2限、西洋外交史特殊研究?。西洋外交史の特殊研究に出るのはもうこれで4回目だ。この特殊研究は課題の本を決めてそれをひたすら輪読していく、という方式なのでいたって分かりやすい。過去3回は、H.キッシンジャー『外交』(日本経済新聞社)、アラン・ブロック『ヒトラーとスターリン』(草思社)、I.クラーク『イギリス現代史』(名古屋大学出版会)、木畑洋一・佐々木雄太・編『イギリス外交史』(有斐閣アルマ)、君塚直隆『女王陛下のブルーリボン』(NTT出版)などを扱った。今回は、H.ニコルソン『外交』(東京大学出版会)、細谷雄一『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、細谷雄一『外交による平和』(有斐閣)などを扱う予定。前半は結構休講が多くて、本格的に読み始めるのはほぼ1ヶ月後から。

4限、日本外交史特殊研究?。大学院でお世話になる先生の授業。前期の東アジアの国際関係特殊研究?は個人の研究発表だったのだが、今回は研究書を中心に戦後日本外交に関する文献の輪読&書評論文の作成となった。扱う本は、添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交』(ちくま新書)、坂元一哉『日米同盟の絆』(有斐閣)、波多野澄雄・編『池田・佐藤政権期の日本外交』(ミネルヴァ書房)、宮城大蔵『戦後アジア秩序と日本外交』(創文社)、渡邉昭夫・編『アジア太平洋連帯構想』(NTT出版)。一応、上記の本は全て読んでいるので、少しは気が楽なのだが…来週の発表(先生の著書の『日本の「ミドルパワー」外交』)を引き受けてしまったので1週間はこれにかかりきりになりそうだ。まずは熟読→通説との比較→他の説との比較→自分の意見、というプロセスで1週間を過ごそう。今、日本外交の通史をひたすら読んでいる最中なので、ちょうどいいと言えばちょうどいいとも言えるんだけど…。

4限の授業では、先生がガイダンスとしてひたすら1時間半話していたのだけど、興味深い話が非常に多かった。その大半は著書に関する事で著作権に引っかかりそうなのでここでは書けないのだが、1つ戦後日本外交研究に関する重要な指摘をしていたので紹介したい。それは、「実現しなかったこと」をいかに評価するか、ということ。実は戦後日本においては、実現しなかったが外務省がかなり努力を重ねた重要な構想や外交がいくつもあった。その大半はアジアへの関わりという形であらわれた。例えば、終戦直後の外交構想は冷戦の開始以前ということもあり、アジアへの意識がかなり強く表明されていた(これらについては井上寿一の一連の研究に詳しい)。また1960年代半ばには、マレーシア紛争を巡って日本は和平工作を行おうとしている(これは上記の宮城大蔵の本が詳しい)。現在の日本外交史研究の最先端の1つにはこれら「実現しなかった」日本外交の研究がある(このような研究動向についてはは昨日の記事で取り上げた井上寿一『日本外交史講義』の戦後部分を参照)。しかし、である。「実現しなかった」ことを評価することは難しい。「実現しなかったこと」にはそれなりの理由があるわけだし、「実現したこと」と比べた場合どちらに重きを置いて評価する方がより「中立的」であるかは明らかである。

これは大変重要な指摘だろう。実は俺自身の大学院での研究テーマについて示唆することも大きいのではないか。なぜ、福田や大平に注目するのか、ということの手がかりがここには隠されているような気がする。

at 22:15|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月28日

秋本番(?)。

気付けばかなり涼しい今日この頃、花粉は飛んでないし、一年で一番いい季節だ。

5限、ゼミ。が、今日をもって2ヶ月ほど休止(途中、ゲストスピーカーが来る回はあるのだが)各自が卒論をある程度仕上げた段階で再開することになった。とりあえず10月の最後にサブゼミで卒論の中間発表をするのでそれに向けて頑張る。

読み終えた教科書↓

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井上寿一『日本外交史講義』(岩波書店)
現在出版されている日本外交の教科書の中で最も優れている1冊といえるだろう。平易な文章で、開国~現在まで150年間の日本外交史を概観している。一読すれば、読者はいかに自分の日本外交認識がステレオタイプや外国からの視点から形成されているか気付かされるだろう。本書では、国民国家としての日本がいかなる国際環境の中でどのような認識から外交政策を行ったかが、最新の研究成果を踏まえながら丁寧に紹介されている。各々の政策や事件について対立する解釈が存在する場合には、その両論を紹介し読者に自らの頭で考えるように話が進められている点も、本書が教科書として優れている点である。本来、教科書や概説書は初学者の学習や通説の参照に使われる場合が多いが、本書は各論点における最新の研究成果が反映・紹介されているので、専門的な研究の入り口に立つ時にこそより有効に使われるのではないかと思う。

これは手放しに絶賛出来る本。頭の中がかなり整理されたように思う。

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2005年09月27日

やる気アップ↑

3限、地域研究特殊研究?。現代アフリカ論を教えている先生の特殊研究。が、直接アフリカを取り上げているわけではない。前半は比較政治学における民主化論&政治体制論を、後半は開発における諸問題を扱う。ダールやステパン&リンスなどなど、日吉時代に勉強した懐かしい名前が並んでいる。俺はオドンネルの文献を扱う予定。

大学が始まると、特に理由は無くてもやる気が上がるような気がする。そんなわけで今日は昼にバイト終了後大学へ行き、3限の授業終了後、8時過ぎまでひたすら勉強。気になっていた論文や読み返したかった論文を大量に読んだ。その中でも特に挙げて紹介しておきたいのが↓

渡邉昭夫「日本外交へのプロレゴメーナ 歴史学と政治学との対話」(青山国際政経論集)
日本を代表する国際政治学者である渡邉昭夫の青山学院大学での最終講義。プロレゴメーナとは「方法論序説」という意味である。最初は歴史畑に学び、後に政治学へと進んだ筆者らしく、日本外交を研究する上での方法論を歴史学と政治学のアプローチから検討している。「外交というのは果たして学問なりや」という疑問から議論は展開していくのだが、国際関係を学ぶものが、必ずといっていいほどぶち当たる方法論的な疑問に対する答えがこの最終講義には隠されている。20分もあれば読める長さの論文なので、細かい内容は実際に読んでほしい。

この最終講義の副題「歴史学と政治学との対話」は、渡邉昭夫が監訳者となっている『国際関係研究へのアプローチ』(東京大学出版会)という本の副題にもなっている。この本も、国際関係研究における政治学と歴史学の違いを考える上で重要な本。ちなみにこの本は俺の入ゼミでの書評論文で取り上げた本だったりする。

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2005年09月26日

今宵はたけちゃんで一杯。

今日から大学は後期の授業開始。休み中も結構大学へ行っていたから、生活がそう変わるわけでもない。むしろ、中庭に人がたくさんいて居心地が…最悪。あの人がいない夏休みの大学が俺は好きだ。

後期も、出る授業はほとんど特殊研究。今日は現代ロシア論特殊研究?があった。1905年~1945年の「東アジアの戦間期」における日露関係、が一応のテーマ。もともと現代ロシア論の授業がかなり面白くて先生本位で選んだ授業。ガイダンスを聞いただけだが、この授業は早くも当たりの予感がする。歴史研究とは何か、という今の俺にとって重要な問いの答えの手がかりが見つかりそうだ。

今日の授業はこれ1つ。来週からは外国語学校があるのだが、やっぱり授業が1つというのはかなり楽だ。これから毎週、朝から昼までバイトして、3限授業出て、その後は図書館へ行き、カフェに行き、そして外国語学校、といった感じで一日が終わるんだろうな~。勉強も進むしなかなかいいリズムが作れそうだ。ま、今日は5時過ぎに呑みに行ってしまったわけだが…。

at 21:24|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月25日

出直し。

昨日夕刻よりゼミの友人宅で、俺ともう1人の友人の合格祝いをしてもらった。で、日付が変わってからなぜか下北沢へ移動し、焼津の友人たち(!)とカラオケ。

というわけで今日は起きたらもう1時半、その後ディープインパクトの神戸新聞杯圧勝を見て、ボクシングを見るために横浜アリーナへ。W世界戦だったのだけど、はじめの方はかなりしょっぱい試合。2つ目の長谷川穂積の試合は結構楽しかった。ボクシングは、プライドやK-1と比べると華やかさには欠けるし、会場の盛り上げもいまいち。だから今人気が低迷しているのだろうけど、俺はあのシンプルさが好きだ。もっと玄人の見方が出来るようになれば深い世界なんだろうな~。ボクシング観戦後は、ほぼ1年ぶりに日吉のラスタへ。家へ帰ればもう11時。

この夏で一番短い一日を過ごした。正味8時間くらいかな。

そんな一日の間に読み終えたのが↓

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河野雅治『和平工作』(岩波書店)
カンボジア和平当時の外務省南東アジア課長による回顧録。当事者の回顧録らしく外交の舞台裏やなるほどと思わせるエピソードが随所にありつつも、全体としては抑制された筆致が通されている好著。日本からの視点のみならず、交渉相手としてのシハヌークやフンセンの交渉姿勢が詳細に紹介されているので、交渉の全体像がよく分かる。カンボジア和平時の外務省本省の考え方を知る上では、現在最も信頼出来るものだろう。当時のアジア局長の谷野作太郎、駐仏公使で後に初代カンボジア大使を務めた今川幸雄、駐タイ公使の池田維らの回顧録・オーラルヒストリーなどと併せて読むとカンボジア和平の日本から見た全体像がかなり明らかになるのではないだろうか。

海図なき航海(というか羅針盤も望遠鏡もない)に出てしまった俺としては、これで当分回顧録とはおさらばだ。まぁ、卒論の資料としてパラパラ見るくらいだろう。海図探しに日本外交史・日本外交論の「通説」を探るべく、概説書や通史なんかを中心に出直します。

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2005年09月24日

総選挙に関する若干の考察。

ゼミの合宿&大学院試験も終わってひと段落ついたので、以前からの予告どーり、今回の総選挙に関する若干の考察をします。今回は政治学的な考察をするというよりは、新聞に識者がコメントをするようなノリで書いてみました。もっとも、まとまった文章というよりは、ばらばらのコメントの寄せ集めみたいな感じだけど…。お前は識者か!というつっこみは受け付けませんので悪しからず。何か考えるところがあればコメントをつけて下さい。

◆◆◆

はじめに

9月11日に投開票が行われた今回の総選挙。結果は改めて指摘するまでもなく政府与党の圧勝。自民党は296議席を獲得、公明党の31議席と併せて衆議院の3分の1を占めるという空前の勝利である。これに、郵政法案に反対した議員の議席を加えれば潜在的な与党は350議席を超えることになる。このような結果になった今回の総選挙を我々はどのように考えればよいのだろうか。

小泉の勝利

まず考えたいことは自民党の勝因である。果たして今回の選挙で勝ったのは自民党なのだろうか。これは広く指摘されていることであるが、今回の選挙は「小泉の勝利」である。まず、その戦略。小泉がやりたい郵政民営化に自民党内から反対者が出たために、衆議院は5票という僅差で通過、参議院では法案が否決されてしまった。結果、小泉は衆議院を解散・総選挙に打って出た。森前総理は「観測気球」を上げていたという話もあるが、今回の解散には基本的には大多数の与党議員は反対した。その結果はどうか。圧勝である。また、派閥間政治という観点からも今回の選挙結果は面白い。まず、郵政反対派が党から出た(出された)ことによって、いくつかの反主流派閥は衰退した。さらに、小泉の出身派閥である森派や主流派の山崎派や二階グループは議員数を増やした。また、派閥に入っていない新人議員が大量に当選したことによって、80人とも言われる「小泉チルドレン」が生まれた。これによって、小泉は従来以上に派閥に気を使う必要が無くなったわけだ。

進む中央集権化

今回の総選挙は歴史に残る選挙であるといえよう。それは「小選挙区制」の定着であり、それに付随する中央集権化の進展である。今回の選挙の直接的な特徴は自民党の圧勝であるが、これをもたらしたのは「小選挙区制」である。現在、日本の衆議院選挙は300の小選挙区と180の比例代表の並立制である。従来、小選挙区制になっても政策論争ではなく「ドブ板選挙」が活発化しただけではないか、と言われてきた。しかし、今回の選挙ではこの定説は覆されたと言えるだろう。それは「刺客」が成功を収めたことと、都市部を中心に民主党から自民党へ多くの議席が移ったことによって説明できる。「刺客」の成功例として、小池百合子が圧勝した東京10区を挙げるのは容易であるが、それ以上に注目したいのは富山3区(綿貫民輔)や山梨2区(堀内光雄)である。これらは圧倒的な地盤と知名度を誇って、従来の選挙では綿貫・堀内がそれぞれ圧勝してきた選挙区である。前回の選挙で民主党候補に10万票以上の大差で圧勝した綿貫は今回「刺客」に2万票近くまで詰め寄られた。また、山梨2区は前回民主党が対立候補を立てることが出来なかったくらいに堀内の地盤が強い選挙区であったが、今回は「刺客」に900票差までに詰め寄られた。以上2つの選挙区はいわば従来の「旧保守」ともいえる選挙区である。このような選挙区においても小泉旋風が吹き、自民党後方が善戦したという事態は、選挙における中央集権が確実に強まっていることを意味する。結局、執行部から公認を貰えなければどれだけ看板と地盤とカバンがあっても苦戦するということが今回証明されたわけだ。もちろん地方での選挙と都市での選挙は異なる、しかしその結果についてはかなり近づいてきている、ということが重要なのだ。

公明党との関係

自民党が圧勝した結果指摘されているのが、自民党と公明党との関係である。結論からいえば、両者の連立が解消することは当面無いだろう。一番大きな理由は参議院である。現在自民党は参議院で単独過半数を持っていない。つまり公明党と連立を組まなければ、参議院で重要法案を通すことが難しい。また注目すべきは、今回の選挙での得票数である。ここでは大まかな数字しか挙げないが、今回自民党が小選挙区で獲得した票は約3300万票、一方比例で獲得した票は約2500万票である、公明党の比例で獲得した票は約900万票である。公明党が小選挙区で8人を当選させたことを考えると、今回の選挙で明らかになったことは自民党候補の公明党への依存がさらに深まっていることである。毎日新聞の記事に寄れば、比例での公明票が全く小選挙区で自民党に入らなかったとしたら、小選挙区での自民の獲得議席は126議席になるという。今回の結果からは93人マイナスとなる。圧勝の影に公明党の存在があることは自民党の選挙責任者はよくわかっているだろう。よって、このような選挙結果となっても公明党との協力関係は基本的に変わらないと考えられる。

民主党の今後

ここまで自民党の圧勝を中心に話を進めてきたが、民主党についてもコメントしておきたい。今回の結果を見て、民主党の今後に対する不安感が一挙に広まっている。政権交代は「当分起こらない」という意見もある。しかし、私はこの見方は正しくないと思う。なぜなら、今の制度が小選挙区比例代表並立制だからである。比例での議席が大きく変化することはない。問題は小選挙区である。小選挙区での民主党への得票数を100とした場合、自民党への得票数の約130である。実際の議席、民主党が52、自民党が219と比べるとそれほど大きい差ではない。もし自民党政権に対する批判が大きくなった時、民主党が自民党の1.3倍の得票を得ることがない、とは言い切れないだろう。民主党がいかに政党として成熟していないとしても、自民党のオルタナティブになれる政党は現在民主党しか存在しないのである。むしろ前回の水ぶくれから今回引き締まった分、民主党の中核となる議員の存在は際立った。今回の選挙で小選挙区を通った民主党議員こそ中核となる存在だろう。その中核の議員がこの不利な状況でどのように政治を行うかに民主党の将来はかかっているといえるだろう。

おわりに

最後に、今回の選挙の政治的影響について。今回の選挙では、小泉の想定以上に自民党が圧勝したことは間違いない。東京で、比例名簿の人数が足りなかったことなど象徴的である。想定以上の圧勝の結果、小泉の政治基盤は限りなく強化されたといえる。外交上はこれによってイニシアティブをとり易くなったし、また内政においても自民党内をまとめればある程度思い切ったことも可能になっただろう。問題はポスト小泉である。ポスト小泉の自民党総裁は、非常に不利な立場におかれる。なぜなら小泉が先送りした重要かる政治的に難しい問題が山積しているからである。財政再建とそれに伴うであろう消費税引き上げ、憲法改正、対アジア外交などがそれである。どの道を進んだとしても今回の選挙を超える勝利は難しいだろう。今後の政治は、ポスト小泉を考えながら政策課題を見ていく必要がある。なお、憲法改正をめぐっては大規模な政界再編が起こる可能性もあることを最後に指摘しておきたい。

at 15:12|PermalinkComments(0)アウトプット(?) 

2005年09月23日

今後の課題。

大学院入試を振り返って、いくつか考えることがあった。それは、今後の2年半の学生生活にも直結することだと思うので、ちゃんとした形で文章にしておきたい。

昨日の記事にも書いたとおり、面接の出来は最悪。準備不足や体調の悪さだけではなく、自分自身の根本的な「悪い点」や「足りない点」が見事に出てしまったように思う(事実、その点は指導教授に後で指摘された)。前向きに考えれば、その「悪い点」が入試という一番早い段階で出た分だけ、ありがたいともいえる。どうせ修正するならば、出来る限り早いほうがいい。

自分はなぜ研究をしたいのか? 研究とはそもそも何か? 今回の面接ではこのような点がはっきり言って自分の中で全く詰められていなかった。とりわけ足りない点は後者だ。勉強と研究は何が違うのか、ただ蓄積された知識と研究が何が違うのか、こんな当たり前のことが全く理解できていなかったのではないだろうか。

研究をするということは、つまるところ「あるテーマについて分析すること」である。これは政治学だろうと歴史学だろうと、そのあらわれ方が異なるだけで同じだろう。それでは分析するとはどういうことか。それは、あるテーマをある分析視角(分析枠組み)に基づいて分析をすることによって、何らかの知見を得ることである。ただやみくもに調べても決して研究にはならない。

なぜ、どの社会科学の入門書にも書いてあるような当たり前のことを「忘れて」しまったのだろうか。もちろん、常々指導教授に指摘されていたことでもあるので、自分自身の資質の問題もあるのだが、自分としてはこの夏休みの過ごし方にこそ問題があったように思う。具体的には、ひたすら回顧録や外交青書を読む、という勉強方法だ。これらはある種の一次資料である。ちゃんとした、分析視角に基づいて整理されているものでもない。ちゃんとしたトレーニングを受けていない人間が、史料の山に囲まれた結果が、今回の面接に繋がったのではないだろうか。やっぱり50冊以上回顧録を続けて読むのはあまりいいことではないのかもしれない。

今回の面接での失敗が上記のような夏休みの過ごし方にあるのだとすれば、今後どうやっていけばいいのかはそれほど難しい問題ではない。先行研究を分析視角・分析枠組みに注意して読み込むことである。もし夏休みの過ごし方と関係なかったとしたらどうか。それでもやるべきことは同じだと思う。どちらにしても、自分自身の分析視角を見つけるためには、先行研究の読み込みが必要であるからだ。

何はともあれ今回は「首の皮一枚で繋がった」わけだ。一番低いところからスタートするわけで、あとは上るだけと考えれば悪いことではない。まずは、目の前にある卒論を頑張る、そして語学を習得する、そして修論へ向けてとにかく道筋を付ける。これが今後半年間の大学生活の課題だろう。

at 23:34|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年09月22日

ひと安心。

大学院合格しました(祝)

体調の悪さを反映してか、面接の出来は最悪。今の自分の問題点(分析視角が混乱してる、などなど)がよく分かった面接。とはいえ、言われたことはある種「想定の範囲内」(性格悪く聞こえるな~、これ)。自分の勉強方法が今までは濫読に濫読を重ねて、知識を批判抜きに吸収しようというものだったから、指摘されたことは当然といえば当然。でも、あの面接では推薦じゃなければ確実に落ちる。先生にはご迷惑をおかけしました。ま、結果オーライということで。何人かの友人も合格していたようでひと安心。みんな、おめでとう!

とりあえず、今後は半年間、論文や研究書を「分析視角」「分析枠組み」に注意して読み込んでいこうと思います。ある先生からのアドバイスとして「あるテーマについて対立する評価をしている代表的なものを2つ読んで比較したらどうか」というものをもらったので、まずはそれを実践してみよう。

昨日は試験終了後、一緒に受験した友人と軽く食事をしてその後帰宅。発作的にあだち充を読みたくなり、『タッチ』『ラフ』を14時間ほどかけて一気に読破。心はラブコメで満たされました(爆)。ちなみに俺はアンチ南ちゃんなので、反論があればどーぞ。『タッチ』はあまりに和也が可哀想で可哀想で…。『ラフ』は、『めぞん一刻』には及ばないとしても、ラブコメとしての出来はかなり高い、心が和やかになります(なるかな?)。

えーと、一昨日読んだ本の書評↓

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栗山尚一『日米同盟 漂流からの脱却』(日本経済新聞社)
以前からオーラルヒストリーの書評で何度か取り上げている栗山尚一の回顧録。出版は1997年、日米安保再定義がなった後、当事者の目から日米同盟が「漂流」していた時代を回顧している。筆者は1989~1991年に外務事務次官、その後1992年から1996年まで駐米大使である。その間、日米関係には日米構造協議などの貿易摩擦、湾岸戦争、日米安保再定義など数々の懸案が存在した。筆者は1994年の後半から日米同盟が「漂流」しているとの表現を使うようになったという。歴史の後知恵としてみれば、この回顧録出版後の日米同盟はまさに「漂流からの脱却」を果たしたといえるだろう。その脱却への道作りを果たした当事者の回顧録として本書の価値は極めて高い。GRIPSから出ている2つの回顧録と併せて読むことによって「史料批判」をしつつ用いれば、史料としてかなり信頼出来るのではないだろうか。史料としてのみではなく、日米関係に関する一般論としても本書の価値は高い。飾らず、そして率直な文体は分かりやすく、そして説得的である。もちろん筆者の見解に首肯しかねる箇所もいくつかはあるのではあるが。ともあれ、本書が冷戦後の日米関係を考えるうえで必読文献であることは間違いないだろう。

at 10:26|PermalinkComments(4)本の話 

2005年09月19日

アスベスト問題に揺れるオリセンにて。

昨日の夜はきれいな月に魅せられた、なかなかいい余韻に浸って眠りについた。でも、なぜか夢には昨日観た「チャーリーとチョコレート工場」が…なんで? そんなわけで(?)、いい目覚め、なかなか爽快な気分で一日を過ごした。ま、やることはいつもと同じなんだけど。

夕方から、去年一昨年と2回続けて参加した国際学生シンポジウムの模擬ディスカッションなるものに参加。友人たちと京都での合同ゼミ以来と語らった。自分の問題意識やら興味やらをいろいろと話して立ち位置を確認。俺の周りには着実に大学院進学組という病人たちが増殖しつつある、ほんと危険。

ちなみにディスカッションのテーマは、昨年のシンポジウム本番と同様に「コソボ紛争」。俺がゼミで扱ったとき(6月8日の記事参照)とはかなり異なるアプローチ。コソボ紛争そのものを扱うというより、むしろ冷戦後の国際秩序についてコソボ紛争を題材に論じるという感じだ。ん~、これはこれで確かに面白いのだが、規範理論や国際秩序論を論じるならばそれらのコンテクストを重視するべきなんじゃないかな、と感じた。「コソボ紛争」と銘打ってやるならば、1つの地域紛争としてのコソボ紛争を理解しないといけないんじゃないだろうか…何を言っているのか、よく分かりにくいな~。

この話はそのうち気が向いたらちゃんと書きます。

暇つぶし(例の適職診断)↓

◇診断結果◇

仕事:どんな仕事でもこなせるリーダータイプ

人に言われなくても自分で仕事を見つけて、どんどん進めるリーダータイプです。あなた本人の好みは別として、職種、分野を問いません。大手の証券会社でも、地元の八百屋さんでも大丈夫。でも、せっかくポジティヴで素敵な性格をもらったのですから、大きな夢にチャレンジしてみてください。ステージは大きいほうがいいでしょう。組織力を活かした仕事、スキルや能力がそのまま結果につながる仕事などであなたの個性は活きるでしょう。一般職より総合職をおすすめします。どんな分野で自分を活かしたいかを決めて、納得いくまでチャレンジすれば、自然と道は開けてきます。転職しても大丈夫。あなたが活きる道はたくさんあります。自信をもって進んでください。

性格:企業バイリン・タイプ

ちゃんと常識をわきまえて、部下にも優しく、物事を合理的、論理的に理解するタイプで、まさにサラリーマン、OLの鏡的存在です。一般職というよりは総合職向き。プロジェクトのリーダーにもなれますが、いわゆる親分肌系の精神論で人望を集めるのではなく、スキルや能力を仕事に的確に活かした結果です。どんな分野の仕事でも問題なくこなし、社会的にも大きく成功するでしょう。基本的にはマジメで、遊びは下手ですが、だからといって堅物ではありません。しっかりした価値観をもった異性に惹かれ、とくに女性の場合は社内のエリート上司、先輩をゲットする確率が高いでしょう。結婚して家庭を持っても、仕事と家庭を上手に両立させることができます。男性の場合、どんな仕事でもステージが大きいほうがやりがいも出て、出世できるでしょう。男性、女性のどちらも物事をはっきりいうタイプですから、一部の人達からイジメられることも。それはほとんどねたみから来るものですから、気にしないで。でも、いつもがんばり過ぎる傾向がありますから、時には親や親しい友人に弱音を吐いてもいいんですよ。

恋愛:マジメな正攻法の恋愛で美男美女をゲットするタイプ

女性の場合、あなたの恋愛相手は二通りに大きく分かれます。まず、高学歴、高収入、高身長のいわゆる3高エリート系。これはマジメな正攻法の恋愛でゲットする可能性があります。もうひとつはアーティスト系。こちらは、あなたがグラッとしてしまう傾向あり。こちらの恋愛は熱く燃えるでしょうが、結婚には結びつきにくいでしょう。どちらにしても、あなたから見れば同世代の男性たちは幼稚に見えるかもしれません。そこで登場するのが、年上の既婚上司やまったく畑の違うアーティスト系の男性というわけですが、道徳心もあり、プライドの高いあなたは、道ならぬ恋愛には走らないでしょう。男性の場合、社内恋愛が多いようです。会社のなかでいちばんの美女をゲットするのが、このタイプの男性。とにかく仕事ができるので、あなたは気付いてないかもしれませんが社内では評判の男性なのですよ。

特に向いている職種は?

マスコミの報道関係、キャスター、コンサルタント、ファイナンシャル・プランナー、中小企業診断士、セラピスト、学校や塾の教師やピアノの先生、通訳、証券アナリスト、医師、歯科医、研究員、学芸員など

攻守両方の個性を バランスよくもっています

どちらかといえばオフェンス型

内向性(ディフェンス型)
3■■■□□
外向性(オフェンス型)
5■■■■■

◇◇◇

いやいや、この手の診断で過去最高の褒められ方。まだまだ変態、病人とは言わせない! いや、むしろ常識的なことこそが俺の進む道では問題になるのかも…。さあ、どっちに進んでいこうかな(爆)

at 15:24|PermalinkComments(2)映画の話