2005年06月

2005年06月30日

二日酔い、そして迎え酒。

昨日今日と飲み続けて頭が痛い。昨日飲み会のあとに家でまたウイスキーを飲んでいたのがいけないのだろうか。…いけないんだろう。でも、どちらの飲みも楽しかったから没問題。

1限、二日酔いの中、そして恥ずかしながら文献を読み切れないまま、国際政治経済論特殊研究?へ。一応95%くらいは読んでいったんだけど、失態。まずいまずい。今日の話題は、「NSCを中心にみるブッシュ政権の人物評(?)」と「アメリカの双子の赤字」。ん~、どちらの記事もあまり知的刺激はなかったな~。先生も言っていたのだが、前者についてはジェームズ・マン『ウルカヌスの群像』を読むべき。まぁ、雑誌の論説と本を比べるのはフェアではないんだけど…。「双子の赤字」については、面白い点が1つあった。それは「双子の赤字」はよくないといって責めるが、実は世界経済もその「双子の赤字」に依存している点があるということ。つまりアメリカが財政の健全化に動き出せば日本やヨーロッパ、中国にも大きな影響、それもマイナスの影響があるということだ。よく考えれば当たり前の話なんだけど、今まで考えたことがなかったので、ちょっと興味深かった。ただ記事自体は「?」。経済ジャーナリズムの質というのは初めから疑ってかかった方がいいのかもしれない。

2限、西洋外交史特殊研究?。君塚直隆『女王陛下のブルーリボン』を読み始める。俺は再読中なので、読み終わり次第書評を書こうと思う。今、一言だけ書いておくと、王室の論理というのは、一般人のそれとはかなりかけはなれたところがあるんだな、ということ。それはいい意味でも悪い意味でも。

4限、東アジアの国際関係特殊研究?。冷戦後東アジアの戦略環境の変化と日米同盟、ASEANの安全保障、がテーマ。前者は友人が発表したのだが、詳細に調べてありなかなかの力作。俺が卒論を書く上で、確認しないといけない分野なので、これも自分で考えてまとまったものをアップしたい。

ふ~、木曜は6限に外国語学校もある二日酔いの身にはちょっとつらい。


at 23:55|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年06月29日

盛り沢山。

今日もまた色々あった一日、ま、ほぼ全部ゼミ関係なんだけど。

サブゼミはドイツ問題。使用論文は、鶴岡路人「ドイツ統一問題の再浮上と加速化」『法学政治学論究』。慶應の院生の論文らしい。ドイツ統一問題を考える上での前提となる知識を得るのに非常に有益だった。興味深い指摘がいくつかあるんだけど、1つは、「ベルリンの壁崩壊」と「ドイツ統一」は違う問題だということ。ちなみにこの論文は表題からも分かるとおり「ベルリンの壁崩壊」から「ドイツ統一」問題が浮上する過程がテーマとなっている。もう1つは、ちょっと踏み込んだもので、ベルリンの壁が作られて以降はドイツ統一には前提として東西関係の変化が必要なんだけど、実際の歴史を見ると、まだ東西問題がどうなるか分からない1989年後半にドイツ統一問題は再浮上してきた、ということ。こういったことは普通はあまり気にしないのかもしれないけど、実はとても重要なこと。繰り返しになりますが、興味深いです。

ゼミは、5限が「ルワンダ」。俺がやった旧ユーゴとは比べものにならないくらい悲惨。色々と書きたいことはあるんだけど、もう少し考えがまとまってからにしようと思う。

6限は、卒論構想発表。といってもまだ構想の構想の構想くらい。とはいえ、普通にゼミもやって次の時間に卒論発表なんて、うちのゼミは結構えぐゼミなのかもしれない。ここでもドイツの話が出て、先生から「ベルリンの壁崩壊」と「ドイツ統一」は違う問題だということが指摘される。サブゼミでやったばかりなので偶然ながら驚いた。ちなみに俺の卒論は、以前からちょくちょく書いているとおり、「冷戦終結期」における日本外交。テーマとしては、天安門事件への対応、カンボジア和平などになるのかなぁ。やりたいことが多いだけに、どうやって分析対象を絞るか考えないといけない。うれしい悩みなんだろうか。史料としては回顧録中心に当たってみることになりそうだ。政策研究大学院から出ている「オーラルヒストリー」にお世話になりそう。これについては進み出したら随時アップしていくつもり。

ゼミの後は、久しぶりに1年の時からの友人4人で飲みに行った。気の置けない友人の存在は疲れているときほんとに励みになる。

あー、何か今日一日も盛り沢山だった。

at 23:29|PermalinkComments(0)ゼミ&大学院授業 

2005年06月28日

梅雨なのに夏ばて。

東京都心、36度2分、これ真夏じゃん。梅雨なのに夏ばて、思考活動は半分停止。でもアフリカ論のレポート、卒論構想&文献目録、などなどやることは盛り沢山。やばいです、でもやばいことがいまいち分からないくらい暑いです。

てな感じにうだうだ言いたかったのだけど、夜になって少し改善。単純に気温の問題なんだろう。変温動物か、俺は!

以下、ある後輩のblogに掲載された今日のひとこま

たつ○:最近あんまり国際政治の本読まないんですよね。
兄さん :でもハウツー本とか読んでるんでしょ?
      ムダだからそんなのやめときな。
たつ○:爆笑(というか、笑うしかなかった…)


※俺(兄さん)の言い方が若干きつめに脚色されているのが気にかかります。

まぁ、こんなことを言っていた後輩だが、今月は山際淳司『スローカーブを、もう一球』(角川文庫)を読んでいるという。懐かしい~、これ俺の愛読書です。スポーツ・ノンフィクションの短編集なんだけど…収録されている「江夏の21球」は超有名だし、俺のやっていたボートについての作品もある。超お薦めです。下手に国際世辞の本を読んで勉強した気になるよりは、本気でスポーツの世界を見つめ直した方がよっぽど人間性の本質に迫れると思う。あー、でもそんなことは本を読むよりも自分で実践するべきなのかな~。この夏は、暑さに負けず少し運動をしよう。

at 23:55|PermalinkComments(2)日々の戯れ言 

2005年06月27日

ひと区切り。

暑くて死にそう。こんな暑い中、初公判ということであの”引っ越しおばさん”がTVに帰ってきた。友人が某ゼミのBBSに書いていたが、朝からTV各局に「出演」、ほんと腹立つわ。

今日をもって前期のサークル三田勉強会が終了した、ということで一応区切り。
今日のテーマは「ナショナリズム論の系譜」。アーネスト・ゲルナー、アントニー・スミス、ベネディクト・アンダーソンなど代表的なナショナリズム論の概観を行った。ナショナリズム論に関しては興味があったので、2年の時に色々と読んだのだが、今日やってまたその興味が再燃。少し読み直してみようかな~、と思ったが、今の俺には現代アフリカ論?のレポート・卒論構想&Bibliography・”Foreign Policy”・『女王陛下とブルーリボン』、などなどやることがたくさんあるから無理かな。

感想だけを簡単に書いておこう。今日やったのは、ナショナリズム論には原初主義と近代主義という大きな流れがあって、原初主義にはC・ギアツがいて、近代主義には…みたいな話をした上で、上記のゲルナー、スミス、アンダーソンの議論の概観。ナショナリズム論の授業みたいな感じだ。俺のように将来何らかの研究職に付きたいと考えている人間にとって重要となるのは、今日の話をどうやって他の分野と「繋げる」か、ということ。これは無理やりこじつけるということではない。例えば、ナショナリズム論を分析枠組みにおいて戦後日本を考えるとどのようなことが言えるのか、そしてそこから日本外交にどのようなことが言えるのか、といったようにinterdisciplinaryな問題意識を持つことが重要になる。ん~若干こじつけのような気もする。日本外交にすると分かりにくいかもしれないので、ゼミでやったような地域紛争に話を移そう。例えば、旧ユーゴの紛争はしばしば「民族紛争」と形容される。ここでいう民族とは、まさにナショナリズム論で扱うネイションである。旧ユーゴ紛争を考える上で、ナショナリズム論はどのようなimplicationがあるのか。なーんてことを自然と考えることができれば、自らの研究に幅や奥行きが広がることになる。もしかしたら、こういった問題意識は研究者特有のものなのかもしれない。とはいえ、世の中の様々な問題は実に「有機的な繋がり」を持つものである。この「有機的な繋がり」を解き明かすことは、必ずしも研究者の仕事に収まるものではないだろう。

今期のサークルでは、ジョセフ・ナイ『国際紛争』、ヨーロッパ統合史の概観、コソボ紛争、ナショナリズム論の概観、を行った。このどれもが密接に関わりあうものである。ここからどういった問題意識を導き出すかは、人それぞれだろう。間違いなく俺はこの勉強会から日本外交史について新たな問題意識を持った。来年4月の大学院進学まで専門に拘泥することなく幅広く勉強をしていこう。出来るなら、国際政治や戦後日本からも離れたほうがいいのかもしれないなぁ。

といいつつ、現代アフリカ論?のレポート・卒論構想&Bibliography・”Foreign Policy”・『女王陛下とブルーリボン』、をやらなければいけないわけで。

at 20:26|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年06月26日

休日。

予定では今日現代アフリカ論のレポートを終わらせている予定だった…が、読書して映画観て…気付いたらとてもいい休日。観たのは”ミリオンダラー・ベイビー”。映画はネタばれに注意したいのであまり書くことはないんだけど、良くも悪くもクリント・イーストウッドらしい映画だった。俺は満足。

一気に読み終えたのが↓

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細谷雄一『大英帝国の外交官』(筑摩書房)
表題にあるように本書のテーマはイギリスの外交官。ストレイチーによって確立された「複数の人物を並べて論じる」評伝となっている。取り上げられているのは、ハロルド・ニコルソン、E・H・カー、ダフ・クーパー、アイザイア・バーリン、オリヴァー・フランクスの5人。この5人をそれぞれ論じるだけではなく、初めにイギリス外交の成り立ち(外務省の発展過程など)を論じているので、前提としての知識はあまり求められない。筆者は「一般向けの読み物」として本書を執筆したというが、納得の分かりやすさと面白さである。引き入れられるように一気に読み終えた。評伝という形式は、人物を論じることによって背景にある歴史そのものも論じることになるのだが、本書にもそのよさは大いに生かされている。それぞれの人物がほぼその活躍した時代の順に並べられていることから、旧外交から新外交へと移り変わる時代が見事に描き出されている。あえて難点を挙げるとすれば「バランス」だろうか。ニコルソンについては「旧外交→新外交」という本書のテーマに重なるからか、かなりの紙幅が割かれている一方、バーリン、フランクスについては哲学者時代が描かれないからかやや尻切れトンボの印象がある。バランス、面白さという点ではクーパーの章が出色だろう。これまでのイメージを変えてくれる、という意味で面白いのがカーの章だ。抑えられた筆致ではあるがカーの二元論的思考を筆者は痛烈に批判しその限界を指摘している。『危機の二十年』『歴史とは何か』などの印象のみでカーを考えがちな日本人にとっては新鮮な視点だ。再度、熟読したい1冊である。

以上、徒然なるままに感想を書いたが、とにかく「外交」について考えたい学生にとっては必読書となるべき1冊。読み物としても面白いです。後期の授業が楽しみだ。

at 23:14|PermalinkComments(0)本の話 

2005年06月25日

暑すぎるぜ、日本。

今日の最高気温は32度らしい、真夏じゃん。梅雨も真夏もきつい。何故なら俺は夏ばてするから。運動やってた頃は夏ばては越えるんだよなー、疲れすぎて食べまくるからかな。どちらにせよ、今年の夏はかなりやれる予感がする。

週末もバイトを入れると何もすることなく一日が終わってしまう。辛うじて本くらいは読むことが出来るんだけど…。というわけで今日は朝1冊読み終え、午前中から細谷雄一『大英帝国の外交官』を読み始める。ほんとは来週の課題文献である君塚直隆『女王陛下のブルーリボン』を読むはずだったのだが、ちょっとと思って目を通したのが失敗、止まりません。途中バイトで中断、今も読み続けてます。

朝読み終えたのが↓

平岡泰博『流星の貴公子 テンポイントの生涯』(集英社新書)
”天馬”トウショウボーイと数々の名勝負を繰り広げた”流星の貴公子”テンポイントの生涯を描かれている本書。勝負の舞台は1970年代後半、まだ「戦後」という言葉が実感できる時代、そして俺はまだ生まれていない、そんな時代だ。ということで、俺にとってはビデオや本でしか知らないテンポイント。そのテンポイントの生涯を本書は時代を越えて追っている。テンポイントには、生産者の吉田牧場をはじめとして様々な「歴史」、そして騎手や調教師の「思い」が託されている。その1つ1つを丁寧にそして真摯に本書は追いかける。しかし本書は当時の再現に目的があるのではない。馬主、騎手、厩務員といった当時の関係者に今(2004年)インタビューすることで、また違った視点で物語を紡ぎだしている。一頭の名馬を巡る様々なドラマが本書にはつまっている。競馬好きであろうとなかろうと、本書は楽しむことが出来るのではないだろうか。

というわけっでかなり楽しく読むことが出来ました。授業の暇つぶしのつもりで買ったんだけど、かなり正解。良質なスポーツ・ノンフィクションというジャンルは俺を無条件に感動させる。あ~、急に「Number」が読みたくなる。

at 23:52|PermalinkComments(0)本の話 

2005年06月24日

やっぱり英語を話せたらいいな、なんてことを思ったり。

現代アフリカ論のレポート課題図書を読み終える。さて、どうしたものか。明日何を書くか考えて、明後日書こう。

昨日、西洋外交史の先生と話しているときに貰った有斐閣のPR誌『書斎の窓』。なぜ貰ったのかといえば、それは先生の著書『外交による平和』の書評が出ているからだ。書評を書いているのはアメリカ外交が専門の佐々木卓也立教大学教授。この書評はかなりいいです。『外交による平和』のメッセージが的確に捉えられていて簡潔にまとめられているだけでなく、疑問&要望も添えられている。疑問は、イーデンの対米外交に対する本書の評価について。本書ではイーデンはアイゼンハワーとは信頼関係を築くことに成功したが、ダレスとは失敗したとして、その点を批判しているが、現在の研究ではアイゼンハワーはダレスと連携しながら外交を進めていたことが分かっており、その点を考えればイーデンの対米外交はアメリカを見誤ったと言えるのではないか、ということ。要望は、イーデンの「大英帝国観」、より分かりやすく言えば脱植民地化に対するイーデンの姿勢をもう少し詳しく論じて欲しい、というものだ。昨日、サークルの友人とも話したのだが、確かに木畑洋一東大教授のような研究と『外交による平和』がどのような関係にあるのか、ということも含めて、脱植民地化の問題についての筆者の見解を聞いてみたい。というか今度授業で聞いてみよう。

この『書斎の窓』がどこで手にはいるのかはよく分からないんだけど、多分図書館に入っていると思うから是非読んでみて欲しい。

とか真面目なことをいいながら今読んでいるのは『流星の貴公子 テンポイントの生涯』(集英社新書)だったりする。熟読がいらないこういう本はすらすら読み進められるなー。とりあえずこの本を読み終えてから来週の西洋外交史特殊研究の課題文献を再読することにしよう。

at 21:23|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年06月23日

長い一日。

木曜日は本当に長い。

大体水曜日がゼミということで飲み会あけなのに、1限からゼミの先生の特殊研究がある。前にも書いたとおりこの授業は”Foreign Policy”の輪読なのだが、率直に言って飲み会明けの1限はいまいち頭が働いていない。今日のテーマは、死刑制度&幹細胞の研究。国際政治経済学者の幅広すぎる研究対象に驚かされる。

2限は西洋外交史特殊研究?。今読んでいるのは木畑洋一、佐々木雄太・編『イギリス外交史』(有斐閣アルマ)。今日は第5章~第7章、つまりサッチャー~現在までがテーマ。サッチャー外交の是非から始まって、サッチャー的なアメリカ重視か、それともメイジャーが模索したような相対的なヨーロッパ重視か、それともブレアのように第三の道を模索するのか(結果的にはイラク戦争時にアメリカを選択するが)、どれがあるべき道か? といったことが討論の主題になった。このような「単純な」分類は討論を進めやすいように先生が設定したものだ。昨年も同様で、あえて単純な話しやすい議題を先生が設定して、少し討論、議題設定を少し越えた問題を学生が提起、先生はその問題提起を少し越える意見を提示、また討論。これが大まかな流れだった。ちょっと分かりにくいだろうから具体的に説明することにしよう。例えば1938年に「ミュンヘンの宥和」と呼ばれるものがある。第二次大戦後の国際政治にはこのミュンヘンの「教訓」が反映されているらしいのだが、そもそも「ミュンヘンの宥和」は正しかったのだろうか? これが最初の論点である。しかし「ミュンヘンの宥和」をそう簡単には評価できない。例えばイギリス国内では当時チェンバレンの行った「宥和」は歓迎されていたし、そもそも当時のイギリスにはドイツと正面から戦争するだけの再軍備が進んでいなかった。このような状況を考えると「宥和」もやむなしと言えるかもしれない。しかし、とここで新たな要素が付け加わる。再軍備を妨げてきたのは首相になる前に大蔵大臣であったチェンバレンその人である。であるならば、やはりチェンバレンには責任があるのではないか…といった感じに討論は発展、適宜先生が「介入」というのが授業の流れだ。しかし、今季の授業ではなかなかそれが機能していないように感じる。

ちなみに今日の授業については後輩のblogでも少し取り上げている。

特殊研究後、昼~3限にかけてゼミの友人の進路相談を先生にお願いする。ゼミの友人と先生はほぼ初対面なんだけど、先生は話す話す話す。友人はヨーロッパの「ヒトの自由移動」をテーマにしたいと考えているらしいのだけど、先生からいくつか貴重なアドバイスを貰っていた。が、その後は「大学院生の76%は変態」とか「○○ゼミには変態が吸い寄せられる」といった話に。面白かったけど、少し汗が…。俺も変態に分類されそうだ。せめて変態の前に「知的」が付くように努力したい。

4限は東アジアの国際関係特殊研究?。今日は90年代後半の日韓関係&中国の反日デモへの日本の対応が発表テーマ。発表を聞いて一番感じたのは、政治学科にいながら政治とは何か、外交とは何か、が分かっていない人って結構いるんだなぁ、ということ。国際政治の世界で「日本は~」とか「中国は~」といった時には基本的に政府の行動を指す。この事実を日吉時代にもう少し頭にたたき込むべきなのではないだろうか。これに対して「今の国際政治は多層化しており国=国の関係だけでは本質が見えない」という批判があるのは重々承知しているし、それは事実なのだと思う。ただしその場合においても、新聞の社説や平の代議士の発言をもって「日本は~」というのはあまりに乱暴。これはlevel of analysisの問題なのかな。でも、国際政治を学ぶんなら自覚的に首相の談話・官房長官の談話・外務大臣の談話が新聞などの報道とどのように異なっているのかに注意するべきだと思う。う~ん、何かちょっと毒舌(?)

5限はサークルの友人2人と法科大学院棟のカフェ(?)でだらだら話す。途中で友人が帰宅、代わって今日の授業全てがかぶっている後輩が来る。俺の卒論構想やら、細谷雄一『外交による平和』についてやら、あるべき学者像やら、色々と話す。卒論構想についてはそのうち小出しにここにも書いていこうと思う。

その後は、忘れちゃいけない外国語学校。木曜の先生は少し退屈なので復習用に教科書の本文を写したりして1時間半を過ごす。これって行かない方がいいのか!?

帰宅後はアフリカ論のレポート課題本を読む。つまらなくはないがなかなか読み終わらない。歴史は決して事実の紹介ではない、何らかの共通の問題意識といったものをついつい求めてしまう。この本にはそれがないからきついんかな~。

以上で一日終わり、長い一日だ。

at 23:18|PermalinkComments(0)日々の戯れ言 

2005年06月22日

分類(?)。

ゼミ。「地域紛争」プログラム3つ目の地域であるアフリカが始まる。今日は「アフリカ概論」ということで歴史の大まかな流れを扱った。発表自体はまとまりもよく、バランスよくアフリカの歴史を概観していたと思うのだが、問題となったのは(というか先生が咬み付いたのは)最後に付けられていた「紛争の分類」だ。具体的に何が問題となったのか?

それは、?どのような基準で分類するのか、?その分類をすることによって何が分かるのか。

ということである。今日の例であれば、発表者はアフリカの紛争を大まかに「独立戦争」「二国間戦争」「内戦」と分類した。この定義はその基準が曖昧である。例えば、「内戦」「二国間戦争」とくれば「多国間戦争」となりそうだが、そうではなく「独立戦争」が来る。

分類の仕方を具体的に表す指標はいくつかあるが、まず前提となるのは「包摂性」だろう。分類対象に「分類不可能」なものがあったのでは指標として不十分である。また分類の適切さも求められる。例えばアルジェリアのように独立戦争が内戦の性格を強く持っている場合、上記の定義では適切な分類は難しい。

?については、それぞれのケース次第であるが、実はこっちの方が重要だし難しい。そのうち機会があったら詳しく書こうと思う。

な~んて話を、卒論なりで自分で何かを分析する上ではとても重要だ、という文脈で先生は言っていたわけだ。ま、当然の話ではあるんだけど…やっぱり学生は、油断しているとついついこいったことを忘れて事実を「なんとなく」羅列してしまいがちだ。アメリカみたいにちゃんと「社会科学的」な思考法を身に付けなければいけないのかな~。

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2005年06月21日

今日は…。

夏至なんですね、今日は。
だからといって取り立てて何があるわけでもない、今のところ平和。
でも、60年前の今頃は沖縄戦が収束に向かいつつあり各地で「玉砕」…ほんとに悲惨な歴史だ。

火曜日というのは、俺の一週間の中で「谷間」的な位置にある。演習形式の授業&サークルはないし、水曜~金曜の授業の用意をしている。だから色々と考えることはあるんだけど、それは授業の後にようやく「形」になるわけで…。ちなみに今日は、語学をやって、明日のためにヘドリー・ブル『国際社会論 アナーキカル・ソサイエティ』を読み返し、アフリカ論の課題文献を読んで、なんてことをしているうちに一日が終わってしまった。

あ、でも現代アフリカ論の授業はなかなか面白い。うちの大学の政治学科で弱いのが「比較政治学」なんだけど、このアフリカ論の授業は、地域研究の授業なのに(だからこそ?)授業の半分以上が比較政治学の知見の紹介に充てられている。今日は授業の大半がホアン・リンスの「権威主義体制論」の説明だった。2年生の時に、比較政治を色々と勉強していたことが懐かしく感じる。オドンネル=シュミッターやらステパンやら、分からないなりに読んでいたのが今になってなんとなく役に立っているような気もする。

今日友人と話していて何となく再認識したんだけど…やっぱり、自分の専門にしたい学問(俺の場合は日本政治外交史&東アジア国際関係史かな)だけでなく、色々と幅広く勉強しないといけないんだよなー。でも、あまり手を広げすぎても何も身に付かない。あっちを立てればこっちが立たない。どうすればいいんだろう。

全然関係ないんだけど、先週末のレースでクロフネ産駒がJRA初勝利を挙げた。この記事を参照。自分が応援していた馬の産駒が走るようになった、というのはちょっと感慨深い。幸い、クロフネにはサンデーサイレンス系が全く入っていないので、サンデー系の肌馬とも合うはず。でもダート馬になりそうな…。

at 21:19|PermalinkComments(0)日々の戯れ言