2010年08月17日

日本外交史研究者向け情報(3)

この数日、とにかく暑いです。冬には4度まで下がる自分の部屋の昨晩の気温は31度でした。死にそうです。

これまでブログに書いてきた新刊チェック等々は、twitterの方に書いています。パパパッと気になる本を挙げておくと、それに知り合いが反応して関連する文献を挙げてくれるたりと、これはなかなか便利です。twilogを利用すれば、自分の書いた内容も保存できますし、こんな便利なツールを使わない手はありません。外交史研究者はまだまだ利用者が少ないので、もう少し増えてくれるといいのですが。

ブログとtwitterの情報の流れやスピードの違いを実感しつつ、うまく使い分けていこうと思います。



さて、久しぶりに戦後日本外交史の資料について更新しておきます。今回は情報公開法施行による変化について簡単にまとめたいと思います。思いつくままに書いており、校正・校閲は一切していない悪文ですが、悪しからず。

前回は「戦後外交記録公開」について簡単にまとめました。そのポイントは、「原則非公開、例外公開」であり、外務省が選択的に公開文書を決定してきたということです。

繰り返しになりますが、だからと言って日本の文書が直ちに「使えない」ということではありません。「日本の文書はロジばかりで」と言う研究者もいますが、そういった方は、よく言えば、そういった文書しか公開されていなかった日米安保関係のような分野を先行しているか、イギリスやアメリカといった比較的系統的に文書が残っている国の文書を読んでいる人であり、悪く言えば日本の文書をしっかりとは読み込めていない(もしくは日本の政策決定過程を理解していない)と言えると思います。

とはいえ、「原則非公開、例外公開」という状況では、どうしても研究者は「まだ隠し持っているのではないか」と考えてしまいます。実際、この半年で様々な文書が公開されたように、政府はまだ文書を保存していたわけです。

その意味で政権交代や福田政権期の公文書管理規則制定は重要ですが、その前に情報公開法施行の意味について検討しておく必要があるでしょう。前置きが長くなりましたが、以下本題に入ります。

周知のように情報公開法は1999年5月に公布、2001年4月に施行されたものです。正式名称は「行政機関の保有する情報の公開法に関する法律」で、基本的に行政機関の保有する全ての情報が公開請求の対象になります。これは現在保有している文書全てというこであり、場合によっては直近の問題でも文書が開示されることがあります。

情報公開法施行によって行政側に過重な事務負担を生んだという問題はあり、その運用上の問題は様々な形で指摘することは可能ですし、昨今話題になっているように現有文書が大量に放棄されたのではないかという疑惑もありますが、この出来事が戦後日本外交史研究にとって画期的な意味を持ったことは間違いありません。

それは、何よりもこれまで全体像が掴めなかった外務省文書の全体像がおぼろげながらも研究者に理解可能になると共に、実際に開示請求に基づいて各種の重要な文書が開示されたからです。もちろん、外交に関係するのは外務省ばかりではなく、関連する財務省・経産省・防衛省といった文書公開は十分ではないわけですが(そもそも情報公開の運用方法も異なるように思います)、それでも外務省文書が一定数開示されたことの意義は大きいです。

説明が必要なのは「外務省文書の全体像」です。それをどのように把握すればいいのでしょうか。ここで登場するのが「行政文書ファイル管理簿」です。これはgoogle等で検索すればすぐに見つかると思いますが、「e-GOV(電子政府の総合窓口)」の一つで、各省庁の現有文書ファイルを検索出来るものです。

詳細検索であれば、文書ファイル名、大分類、中分類、小分類、作成者、作成(取得)時期、保存期間満了時期、管理担当課・係から検索可能で、これを使いこなせば、ある政策課題について、現在保有されている文書ファイルが基本的に全て見つけることが出来ます。

情報開示請求を行うのに、必ずしも「行政文書ファイル管理簿」を調べる必要があるわけではありません。例えば「〇〇年〇〇月、〇〇と〇〇の会談に関連する文書」といった形で請求をすることも可能です。なぜ「行政文書ファイル管理簿」の説明をしているかと言えば、それは請求の受け手である省庁側もこの「行政文書ファイル管理簿」を利用しているからです。

情報公開請求でよく耳にするケースは「不開示(不存在)」という回答です。そんなわけは無いだろうという文書でもこうした回答を貰うことはあります。自分の場合は、「1974年2月に開催されたワシントン・エネルギー会議に関する資料」とかなり大まかな設定をして開示請求をしたら、「不開示(不存在)」と回答を貰ったことがあります。確かに「行政ファイル管理簿」で「ワシントン・エネルギー会議」と検索すると、ファイルは一つも見つかりません。しかし、「エネルギー・ワシントン会議」で検索すれば5件のファイルが見つかります。この場合は、すぐに情報公開室(現在は外交記録・情報公開室)の担当者に電話をして、「エネルギー・ワシントン会議」で再度検索して貰うようにお願いをしました。

これは、かなりひどいケースですが、重要なのは請求を受けた側も情報があまり無いということと、仕事量が増えるだけの情報公開については、ついつい「不開示(不存在)」にしたいという誘因が働くということです。大切なことは、こうした事態を踏まえて、出来る限り請求側から情報を提供して担当者が該当文書を見つけやすくすることです。これによって、請求者は「不開示(不存在)」とされるリスクが無くなり、また請求の受け手の事務作業も減ることになります。

閑話休題。ついつい、「外務省文書の全体像」の話をするはずが、話題が拡散してしまいました。

「行政文書ファイル管理簿」で丹念にファイルを検索していけば、ファイル単位ではありますが、自分が欲しい文書の全てを把握することが出来るのです。私の場合は、現在の研究対象が60年代後半から70年代半ばであり、前の時代については違うのかもしれませんが、基本的には以前の記事で説明した「外交記録公開」の文書をまずチェックし、その上で「行政ファイル管理簿」を調べれば、自分が見なければいけない資料を押さえることで、自分が見なければいけない資料は基本的に全て分かりました。

これは、占領期から60年代半ばを研究している人にも基本的に当てはまる話です。つまり、「外交記録公開」の文書をまずチェックして、それから「行政文書ファイル管理簿」を丹念に検索すれば、いま開示されていないファイルが何なのかが分かるということです。

ひとまず今回はここまで。次回は、情報開示請求の使い方を簡単にまとめようと思います。

black_ships at 12:09│Comments(0)日々の戯れ言 | アウトプット(?)

コメントする

名前
URL
 
  絵文字