2009年12月24日

ブログ引っ越し完了/先週の授業(12月第3週)

新ブログに移行してから初めての記事です。もっと面倒なのかと思いましたが、ブログ移行は思った以上にスムーズに済みました。パッと見た限りでは、全ての記事がちゃんと残っているようです。

ちなみに旧ブログのアドレスは↓です。リンクの関係もあるので、方針を転換して当分は旧ブログもそのまま残しておくことにします。

http://blackships.blog.drecom.jp/

それほど使い勝手が悪そうでもないので、差し当たりはこのブログを使い続けることにしようと思います。また、ドリコムは全角5000字が最大の字数だったのに対してライブドアは16000字まで書けるというのは嬉しいことです(といって、別にそんなに長々と書くことがあることの方が少ないわけですが)。加えて、カテゴリ指定が複数出来るというのも、ドリコムでは出来なかったことなので使っていこうと思います。



クリスマスイブを大学で迎えるのも、これで6年連続です(苦笑)。周りの友人、先輩、後輩が、社会に出たり留学に行ったりと、新たな環境を積極的に取り入れながら成長していく中で、自分は同じところで同じことに取り組む生活が続いていることに問題を感じないわけではありません。とはいえ、継続は力なり、という言葉もあるように、自分が決めたことを着実に真摯に取り組んでいくことも一つの成長法なのだと思いますし、いずれ自分も新たな環境へ踏み出していくことになるのだと思います。

さて、そんな変わらぬ日常の中でも刺激を与えてくれる気になる本をいくつか備忘録代わりに紹介しておきます。最近あまり新刊書の紹介をしていませんでしたが、年末は出版ラッシュの時期でもあるようで、気になる本がいくつか出版されています。

今日買ったばかりでまだ読んでいないものの、読むのが楽しみなのが↓の二冊です。

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グライフの『比較歴史制度分析』(NTT出版)は、制度論を少し勉強すると必ず出てくる重要な研究です。制度論と経済史を架橋するような研究で、どちらも素人の私にとっては少しハードルが高いのですが、日々歴史と理論の問題に頭を悩ませている自分にとっては、この本を日本語で読めるのはとても助かります。

村田晃嗣・君塚直隆・石川卓・栗栖薫子・秋山信将『国際政治学をつかむ』(有斐閣)は、刊行当初から巷で(といってもごくごく狭い大学院の中で)話題になっていたもので、学部生向けの教科書としては異例なほど評判がよく気になっていました。研究者の卵である大学院生の中には、「教科書は~」と言って読まない人も多いのですが、私にとって、幅広い分野をバランス良く取り上げている教科書の中に置いてみた時に自分の研究がどういった位置に入り得るのかを考えることは、とてもいい知的な訓練になります。また、何よりも忘却の彼方へ行ってしまいがちな基礎知識を確認するためにも、多分他の人以上によく色々な分野のものを読んでいます。一つ一つの章がコンパクトなので、少しずつ読み進めていきたいと思います。

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また先月購入したものの積読になっている新書が数冊たまっています。こう並べてみると中公新書が先月は当たり月だったように思うものの、読書記録をひも解いてみると、今年読んだ新書はほとんどが中公新書でした。これは、いわゆる昔ながらの新書をコンスタントに出し続けているのが中公新書だということのあらわれなのだと思います。

大田英明『IMF(国際通貨基金)――使命と誤算』は、中公新書の得意の国際機関シリーズで、ちょうど国際通貨の勉強を始めなければいけないと思っていたのでいいタイミングでの出版でした。国際機関について調べようと思うと実はあまりいいテキストがないというのが悩ましいところで、結局各国際機関が出している『~年史』の類や、日本であれば担当当局が広報として出している冊子が参考になることが多いのが現状です。もっとも、インターネット時代になってからは各省庁ともそういった冊子にあまり力を入れなくなってしまったので、最近の動向を体系的に理解しようと思うと、初学者にはあまりいいテキストがなく、こうした新書は大歓迎です。

菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業――「壮大な拉致」か「追放」か』は、新聞記者による著作ですが、パラパラと見てみる限りでは、各国の一次資料も渉猟した上で書かれた本格的な研究になっているようです。一昨年にテッサ・モーリス・スズキの『北朝鮮へのエクソダス――「帰国事業」の影をたどる』(朝日新聞社)が出版されて一部で話題になりましたが、この問題は戦後日本を考える上でとても大切な問題の一つであり、これからも様々な形で研究が進められていくのだと思います。

最近勉強をしている金融モノということで、もう一冊紹介したいのが服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版』です。これは知る人ぞ知る的な名著で旧版を高校の時に読んだかすかな記憶があります。これは出版社HPに出ている紹介(リンク)を読むだけでも面白さが伝わるのではないでしょうか。

さて、最後は宮本太郎『生活保障 排除しない社会へ』(岩波新書)です。宮本先生の前著『福祉政治――日本の生活保障とデモクラシー』(有斐閣、 2008年)が非常に勉強になったので購入してみました。ベーシック・インカム論も含め、最近現実政治の動きとも連動しながら社会保障を論じた研究や議論が盛んですが、多くの論者が自説を繰り広げているものの、あまり有機的な論争になっていないという印象があり、興味はありつつも時間を割いて読むのは避けてきました。パラパラと見ると『生活保障』は、幅広い議論の中に近年の議論を位置付けており、とてもバランスがよさそうなので購入してみました。

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新書と言えば↑を先日休憩がてら読んでいたのですが、この本からもジャーナリスト・佐野眞一の執念の一端が垣間見えるように思います。「私は彼の政策にはほとんど興味がない」と言いきる彼の鳩山「研究」はまだまだこれからのような気もしますので、今後どういった展開を見せるのか気になるところです。読み物としてもとても面白いので是非一読を(ただし品のいい本ではないです)。

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紹介が最後になってしまいましたが、年末に読むのを楽しみにしているのが池袋公爵こと君塚先生の新著『ジョージ四世の夢のあと――ヴィクトリア朝を準備した「芸術の庇護者」』(中央公論新社)です。今月上旬に刊行されたことは知っており、一般書店に平積みになっているのも見かけたのですが、なぜか大学生協には入っていなかったので購入が遅れてしまいました。「女王陛下三部作」に続く「国王陛下三部作」の第一作ということになるのでしょうか。国王といってもエドワード七世ではないのでやや問題があるかもしれませんが、気分を盛り上げるためにエルガーをBGMに流しつつ、ウイスキーを片手に楽しむ夜の読書にこの本はとっておくことにします。

この他にも自分の専門分野(日本政治外交史ということになるのでしょうか)でも、三谷太一郎『ウォール・ストリートと極東――政治における国際金融資本』(東京大学出版会)、芝崎厚士『近代日本の国際関係認識――朝永三十郎と『カントの平和論』』(創文社)など、注目すべき本がいくつか出ているのですが、これらは読んでから何かを書くことにします。



と、ほぼ手許にある本を並べただけでこれほどまで色々と出てくるという状況は嬉しい半面、自分の時間をどのように使っていくか悩ましくもあります。

研究をすればするほど興味関心は広がり、そうなれば読みたい本や研究も増えてくる。一方で、自分の本分である研究も進めていかなければならない。だからと言って、研究以外にも楽しいことがたくさんある。そう考え出すと、全く人生というのは短すぎるもので、どこかで「選択と集中」の決断をしないといけないのかもしれません。

出版不況と言われながら、このようにたくさんの本が出ているわけですが、日本経済新聞が報じるところによれば、とても残念なことに『外交フォーラム』は休刊がほぼ確実になってしまったようです(リンク)。私が見た限りでは、日経本紙の報道もネット版と変わらないベタ記事でした。事業仕分けの意義を認めないわけではないものの、こうした地味ながらも必要なメディアがスケープゴートにされてしまうことに、政治の力と怖さを感じてしまいます。この話はまた改めて書きたいと思います。



調子に乗って色々と書いているうちに本題に入るのが遅くなりました。忘れない内に先週の授業(+研究会)について簡単に書いておきます。気が付けば、先週で今年の授業は終わりでした。この数年はいつものような気もしますが、結局論文を抱えているとあまり年末気分になりません。

<月曜日>

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↑の著者であるジェームズ・メイヨール先生をゲストに"World Politics and Rise of Asia"と題したセミナーがありました。論題を見れば、↑の本の内容を東アジアの興隆と関連付けながら論じたようにも思えますが、必ずしもそういった内容ではなく、グローバリゼーションが国際政治を与える影響を精査した上で、21世紀の国際政治の大きな問題である中国・インドの台頭をどのように考えるかというものでした。

全体としてとても関心を引かれるものでしたが、個人的に興味深かったのは、日本がアジア(中国・インド)・アメリカと関連付けられるのではなく、イギリスやフランスといった西欧諸国の中に入れられていたということです。植民地統治の経験と、戦後史の中での役割を踏まえてのことですが、日本国内の議論とはやや異なるこの見方には色々と考えさせられました。

<火曜日>

「普通の国論再考――冷戦後の日本と東アジアを振り返る」と題して、トロント大学出版会から刊行予定のある本の執筆陣を中心とした豪華メンバーによるシンポジウムに出席しました。

印象的だったのは、冒頭で編者の一人の先生が言われていたことですが「普通の国」の定義の困難さです。しかし問題はこの「普通の国」論が、海外の日本研究では一般的に用いられ、しかもその解釈がかなり曲解されているということです。こうした状況は日本で日本語しか読んでいないとなかなか理解が難しいですが、例えば今年翻訳が出たリチャード・S・サミュエルズ『日本防衛の大戦略――富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』(日本経済新聞社)などからもうかがえると思います。このシンポジウムそのものというよりもこのプロジェクトが重要な点は、こうした海外における論調と、「普通の国」論の定義の難しさを踏まえた上で、この問題に取り組んでいるということで、議論の細かな展開も含めて出版されるのが今から楽しみです。

それにしても、前日のセミナーに続いて裏方として手伝っていたため、実際には何をしたわけでもないのですが、とにかく疲れました。

<水曜日>

5限:大学院&学部合同ゼミ

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今季の院ゼミで読んできたPainful Choices の著者David A. Welch先生をゲスト・スピーカーに招いて、院ゼミと学部ゼミの合同セミナーでした。

院ゼミのメンバーは本の大半を、また学部ゼミのサブゼミでも本の一部を読んでいたので、それを前提としウェルチ先生の話を聞き、その上で質疑応答という流れでしたが、全体としてとても興味深い議論が展開されたと思います。

クローズなセミナーの話をどこまでブログに書いていいのかは分かりませんが、このブログでも何度か紹介した国家の外交政策変化に関する三つの仮説の内、第一仮説(外交政策の変化は権威主義で非官僚制の国家の方が民主主義で官僚制が発達した国家で起こりやすい)は、今の自分なら修正するという話など、踏み込んだ話を聞けたのはとても貴重な経験でした。

※木曜日のプロジェクト科目(政治思想研究)では、先輩の研究発表がありましたが、未発表論文の発表だったので割愛します。


black_ships at 12:58│Comments(0)ゼミ&大学院授業 | 本の話

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