2009年11月22日

評伝ブーム/先々週の授業(11月第2週)

院棟に置きっ放しの資料に目を通す必要があり、三田祭の喧噪の中、今日はずっと大学院棟にこもっています。学部の時は一年から四年まで楽しんだ三田祭ですが、大学院も四年目となるとなかなかそうも行きません。休憩がてら、忘れないうちに授業の話を書いておこうと思い、久しぶりに更新。忙しさに紛れているうちに授業の話がとうとう「先々週」になってしまいました。ちなみに先週は三田祭準備の関係で授業がありませんでした。

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この間も、刊行前から楽しみにしていた細谷先生の『倫理的な戦争――トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)をはじめとして色々と読んだものがあるのですが、紹介はまた今度改めてすることにしたいと思います。

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『倫理的な戦争』が刊行される少し前には、伊藤之雄先生の満を持しての評伝『伊藤博文――近代日本を創った男』(講談社)が刊行されました。こちらは未読ですが、伊藤先生の長年の研究の集大成的な評伝だろう本だけに時間を見つけて読むのが今から楽しみです。

それにしても、と思うのはこの数年のちょっとした評伝ブームに関することです。私が大学に入った頃と比べると、この数年は立て続けに本格的な評伝ないしは評伝的な研究が刊行されるようになった印象があります。思いつくままに挙げてみれば、『昭和天皇と立憲君主制の崩壊――睦仁・嘉仁から裕仁へ』(名古屋大学出版会、2005年)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、2005年)、『加藤高明と政党政治――二大政党制への道』(山川出版社、2006年)、『幣原喜重郎と20世紀の日本――外交と民主主義』(有斐閣、2006年)、『元老西園寺公望――古希からの挑戦』(文春新書、2007年)、『リデルハートとリベラルな戦争観』(中央公論新社、2008年)、『広田弘毅――「悲劇の宰相」の実像』(中公新書、2008年)、『大平正芳――「戦後保守」とは何か』(中公新書、2008年)、『マッカーサー――フィリピン統治から日本占領へ』(中公新書、2009年)、『吉田茂と昭和史』(講談社現代新書、2009年)、『山縣有朋――愚直な権力者の生涯』(文春新書、2009年)といったところでしょうか。

この他にも、ミネルヴァ書房の「ミネルヴァ日本評伝選」からも政治外交史関係で重要な著作がいくつも刊行されています。また、『人物で読む近代日本外交史――大久保利通から広田弘毅まで』(吉川弘文館、2008年)&『人物で読む現代日本外交史――近衛文麿から小泉純一郎まで』(同)のように、個人としての首相に焦点を当てた概説書もありますし、『大英帝国の外交官』(筑摩書房、2005年)のような複数の人物を取り上げたミニ評伝も刊行されています。

既に気が付いた方もいるかと思いますが、ここまで書名を挙げてみて気が付くのは、伊藤先生、細谷先生、そして服部龍二先生の活躍ぶりです。自分の部屋の本棚を思い浮かべながらつらつらと書いたので、その点で偏っているのは明らかですが、それでも三先生の評伝的研究の質・量は圧倒的です。

学部時代にある授業で、「日本の研究者は個人を軽視している」と言われて以来、そうなのかと素直に思っていたのですが、ふと気が付いてみればむしろ評伝や評伝的研究はいま流行っている分野の一つになっているような気がするのは気のせいではないと思います。昔から評伝・伝記・回顧録などが好きで、個人の視点から歴史を眺めるのが好きな私にとっては歓迎すべき状況ですが、自分が研究の世界に片足を踏み入れつつあることを考えれば、いまの段階ではむしろこうした状況を踏まえて意図的に自分の研究から個人研究的な要素を削ぎ落としてみた方がいいのかもしれません。

というのはアマノジャクに過ぎるかもしれませんが、これだけ色々な方が個人の視点から歴史を描いているのであれば、むしろより大きな枠組みから広く歴史を捉えることが改めて必要なのだと思います。もっとも、細谷先生などは評伝的な研究を刊行される一方で、『イギリスとヨーロッパ――孤立と統合の二百年』(勁草書房、2009年)などの大局的な視点に立った編著書を出されているので、どちらにすべきということではないのかもしれませんが……。



枕のつもりで書いていた話がダラダラと長くなり過ぎました。

水曜日

2限:国際政治論特殊演習(院ゼミ)

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前回に引き続き、David A. Welch, Painful Choices: A Theory of Foreign Policy Change の輪読。今回は、Chapter 4 American Boys in an Asian War が範囲でした。

前回のエントリーでは、単に「test drive」と書きましたが、これが「検証(test)」ではなく「試行(test drive)」だということはこの本を考える上で重要なポイントのひとつです。「検証」であれば、結局のところ提示された理論が正しいという結論が導かれることが容易に想像できますが、本書の場合はあくまで「試行」であり、理論がどういったケースであれば有効なのか、その逆はどうなのかといったことそのものが重要になってきます。本章で取り上げられるケースはアメリカのベトナム介入で、章の冒頭で掲げられるこのケースの持つ意味は、「複数回の政策変化を伴う安全保障領域の単一事例」ということです。

今回は発表担当だったので、詳細に説明することも出来ますが、ここでは章全体の特徴と議論になった部分を取り上げるだけにしておきます。まず第三章とは異なり、本章はケースの説明→各仮説の検証といったスタイルは取っておらず、理論分析が埋め込まれた形の叙述スタイルを取っていることが指摘出来ます。

また、理論にとって都合のいい部分を切り取ってつなぎ合わせたわけではなく、インタビューや公刊資料をふんだんに利用するとともに、各政策担当者(ジョンソン大統領、マクナマラ国防長官、ラスク国務長官、マクジョージ・バンディ大統領補佐官、ボール国務次官、ウィリアム・バンディ国務次官補)の認識に焦点を当てた分析をかなり踏み込んで行っていることも指摘しておくべきでしょう。一方、ニクソン政権についてはかなりざっくりとした叙述なので、章の後半はややがっくり来てしまう部分がないわけではありません。

ここまでスタイルに関する説明ばかりをして、この章のテーマについて説明していないことに気が付きました。この章のポイントとなる政策変化は、「アメリカのベトナム撤退」です。つまり、ジョンソン政権による北爆開始によるベトナム戦争の「アメリカ化」と、ニクソン政権におけるパリ協定締結によるベトナムからの撤退決定が説明される政策として提示されています。

実は本章についてもっとも議論が集中したのは、この二つを政策変化とするのが適当かといった点でした。著者は、北爆開始は従来の政策をエスカレートさせただけで、アメリカによる南ベトナム支援という点では政策は「変化」していないことと、アメリカのベトナム政策には最後まで惰性(inertia)が見られたことを重ねて指摘しています。しかし、北爆開始決定は本当に「変化」ではないのでしょうか。また、パリ協定締結までアメリカの政策は本当に「変化」していなかったのでしょうか。

こうした点は「変化」をどのように定義するかにかかっているわけですが、一つの可能性としては、それまでの政策とベクトルが正反対になったことを「変化」とすることが考えられます。このように考えれば、確かに北爆開始は「変化」ではないと言えるかもしれませんが、パリ協定締結よりはむしろ米中接近の方が大きな「変化」として説明することが可能です。

この辺りまで話が発展してきた段階で、本章の議論とはかなりずれてきてしまったのですが、「変化」をいかに定義するかというポイントは、この本全体を考える上でも重要な問題であるのではないかというのが先生のコメントでした。著者自身は、わざわざ「Turning Points」という説を設けて、このケースにおけるポイントがどこにあるかを説明しているのですが、やはりここの議論は苦しいのではないのかというのが、参加者の一致した意見でした。

色々と興味深いポイントが溜まってきたので、12月にWelch先生がいらした時に色々と質問することにしたいと思います。



木曜日にはプロジェクト科目(政治思想研究)がありましたが、こちらは修士二年生の修士論文の中間発表だったのでここに書くには適さないと思うので、今回はひとまずこんなところで。

at 17:22│Comments(0)ゼミ&大学院授業 | 本の話

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