2009年07月30日

夏休み!

授業が週二日しかない博士課程の大学院生であっても、夏バテに苦しもうとも、論文執筆に追われようとも、「夏休み」と聞くと何となくうかれてしまうのは人間の性というものでしょうか。

そんなわけで、先週末から映画を観に行ったり、野球を観に行ったりとちょこちょこと遊んでいます。明日からは四年前にも行ったROCK IN JAPAN FESTIVALに行ってきます。一度くらいはFUJI ROCKに行きたいのですが、相変わらず邦楽を聴き続けている自分にとっては、今回のROCK IN JAPANはメンバー的にもなかなか楽しみなところです。



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このブログには最近映画の話は全然書いていませんが、相変わらず趣味の映画鑑賞は続いています。今年も「フロスト×ニクソン」や「スラムドック$ミリオネア」等々、なかなか面白い映画がありました。

週末に観てきたのは、イタリア映画の話題作(といっても日本では二館のみの公開ですが)「湖のほとりで」(公式サイト)です。話自体はそれほど突飛なものではなく、ある田舎町で起きた殺人事件をめぐる謎解きが淡々と進んでいくというもので、ミステリーとして観てしまうと拍子抜けしてしまうこと確実だと思いますが、その背後にあるドラマや登場人物について考えてみるとなかなかいい映画だと思います。

「ニュー・シネマ・パラダイス、ライフ・イズ・ビューティフルに続く10年に一度の名作」という謳い文句に期待すると、「あれ?」という感じになるかもしれません。幾重にも張られた伏線がそのままになっていたりする部分もあるのですが、それもよくよく考えてみれば、観客に色々と考えさせられるしかけなのかもしれません。観た直後よりもちょっと経ってから、色々と考えが浮かんでくるという珍しい映画でした。



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久しぶりに出版社のPR誌について。

7月号が高安健将先生の『首相の権力』特集ということで、図書館に『創文』を探しに行ったところ、7月号はまだ入っていなかったのですが、代わりに6月号に題したヨーロッパの国際政治史を専門とされている大学院の先輩二人の小論(戦後合意として機能した欧州統合――シューマン・プランが欧州レベルの労使協調「体制」を生み出した、という仮説――/戦後フランスと「日本問題」)が掲載されているのを見つけました。

以前にも書いたかもしれませんが、『創文』に掲載される小論はただの学術調のエッセイではなく、細かい部分の実証は博士論文や他の公刊論文で行った上で書かれているので、この分量であっても実に読み応えがあります。さらに小論という性格上、また狭義の専門を離れた読者にもそのメッセージが明確に伝わるように書かれているのがポイントです。

今回の二つの小論もそういった点でとても興味深く一気に読みました。欧州統合史やフランス外交史の視座から書かれた小論を自分の問題関心に引きつけ過ぎるのはあまりよくないのかもしれませんが、

「戦後合意として機能した欧州統合」は、一見すると戦後日本外交史という私の専門とはあまり関係しないように思われます。しかし、「戦後合意」の問題や労使協調の問題は、中北浩爾先生の一連の研究が示しているとおり、戦後日本外交を考える上でも非常に重要な問題です。もちろん統合を歩んだヨーロッパと日本は異なります。そうであっても、ただ日本を日本として眺めるだけでなく、他の地域の展開を常に意識しておくことは忘れてはいけない視点です。今回の小論で書かれていた点は主に1950年代のことですが、1960年代に入れば日本はOECDに加盟しますし、第一次石油危機以降はマクロ経済政策の協調といった問題があり日本とヨーロッパがダイレクトに繋がるようにもなります。「経済大国」化した日本を国際社会の文脈において考えようとすれば、1950年代のヨーロッパの経験はその重要な前史として押さえておかなければなりません。

国際社会の文脈の中での日本を考えてみれば「戦後フランスと「日本問題」」が投げかけているメッセージも重要です。対日講和に至る流れの中で、フランスはどのようにこの問題を考えていたのかを検討したこの小論のメッセージは極めて明確です。一般に戦後日本外交史を考えてみれば、そこに存在する外国とは圧倒的にアメリカです。中国を加えることも可能かもしれませんが、アメリカと中国の二国のみを考えてその中に日本を置いてみると、そこから見えてくるのは両大国の狭間に置かれた日本ということになるのは当然の帰結だと思います。学説史上は、イギリスの公文書を用いた重要な戦後日本外交研究があることもあり、アメリカの視点が若干中和されているとも言えますが、それでもアングロ=サクソン中心という点では偏っています。そこにフランスの視点を加えた時に見えてくるものは何か、ということにこの小論は一つの答えを与えてくれます。それは、フランスにとってこの時期の「日本問題」は「ドイツ問題」と同じように極めて政治的な問題だった、ということです。小論の末尾に書かれた文章、「その後のフランスの「日本問題」といえば、「インドシナ」という政治的軍事的足場を失うことによって脅威論は安全保障面ではなく経済面に傾斜していった。それでも日仏関係史が「政治性」を失うことはなかったということは付言しておきたい」。この一文を踏まえて、いかに自分の研究を進めていくかを改めて考えさせられました。

at 18:08│Comments(0)映画の話 

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