2009年07月27日

Chen Jian, Mao's China and the Cold War

三週間前の読書会の本をいまさらながら紹介しておきたいと思います。

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が、その話に入る前にさらにいまさらながらという感じの書評を二つ紹介(リンク1リンク2)。どちらの本も先月読んだ本で、面白かったものです。毎日新聞は他の新聞書評よりも長い字数なので、充実した紹介になっています。

『戦後世界経済史』については、以前ここに書いたとおりなのでいいとして、『LSE物語』もなかなか面白いものでした。ともするとゴシップ本かと思いそうな題名ですが、経済学の学説史やイギリス史の展開を踏まえてかかれた良質な読み物となっています。もっとも書評でも書かれているように、経学中心にこの本は書かれていますが、LSEはその正式名称はLondon School of Economics and Political Scienceであり、政治学も重要な地位を占めてきました。もう少し国際関係学部や国際関係史学部など政治学系の話が紹介されていてもいいのかもしれません。

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そんなことを思ったら、『LSE物語』の主役であるライオネル・ロビンズの自伝の翻訳が刊行されたようです。



これまでの読書会の中では、もっとも議論が盛り上がったように感じました。中国外交を専門にする後輩による充実した報告、テーマ自身の持つ力、独特の雰囲気のある「中国屋」とは違った観点からのコメントが多かったことなどによると思いますが、これだけ盛り上がるとは思わなかったので、嬉しい誤算でした。

ただ、メンバーの内の二人がこの夏から留学することになっているので、これにて第二期終了といったところでしょうか。メンバーの留学決定は喜ばしいことですが、読書会ということだけを考えると残念な面もあります。このまま終わらせてしまうのももったいないので、第三期として細々と少しペースを落としつつ続けていければいいかなと思います。



メインテキストは↓、サブテキストは?牛軍(真水康樹・訳)『冷戦期中国外交の政策決定』(千倉書房、2007年)、?John W. Garver, The Opportunity Costs of Mao's Foreign Policy Choices, The China Journal, No.49 (Jan., 2003), pp.127-136 の二つです。これまた、いつものように読書会の議論を踏まえつつ簡単にメインテキストについて、議論の枠組や含意を中心に書評形式で紹介しておきます。紙幅の関係で、具体的な議論の中身はほとんど取り上げていませんが、悪しからず。

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Chen Jian, Mao's China and the Cold War, (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2001)

 冷戦が終結してから約二十年が経ち、この間冷戦史研究は飛躍的に発展したと言えるだろう。歴史が客観的なものたりうるかは大いに議論の余地がある。E・H・カーの言うように歴史が「現在と過去との不断の対話」であるならば、常に現在の状況から過去は振り返られることになる。ウェスタッドのThe Global Cold Warの副題がThird World Interventions and the Making of Our Timesであることは、そしてアメリカにおけるレーガン勝利史観の隆盛もウェスタッドとは逆の立場ながら、「現在と過去との不断の対話」としての歴史研究の一側面を端的に示している。
 しかしながら、近年の冷戦史研究を鳥瞰すれば、それが徐々に同時代史からより純粋な歴史研究へと進みつつあるようにも思える。その一つが、旧東側陣営の資料を利用した研究の進展である。とりわけ旧ソ連文書や旧東欧諸国の資料を用いた研究の進展は目覚ましい。こうした研究は一般に「新冷戦史(The New Cold War History)研究」と呼称される。冷戦初期の中国外交を対象とする本書Mao's China and the Cold Warも、新冷戦史研究の代表的な成果の一つとして位置付けられよう。

 本書は、毛沢東時代(1949年~1976年)の中国外交を冷戦史の文脈の中に位置づけて検討している。序論で提示される本書の目的は、?冷戦史の中で中国の位置付けを明らかにすること、?中国外交におけるイデオロギーの役割に再解釈を与えること、?毛沢東の革命観と中国外交のパターンを明らかにすることの三点である。
 以上の三点は、目的であると同時に本書全体を通底する分析枠組でもある。そもそも、中国の外交指導者は「冷戦」という言葉をほとんど用いてこなかった。冷戦期の中国外交を冷戦史に引きつけて検討することは自明ではなく、著者のアプローチは中国外交史に新たな視点を導入するものと言える。国共内戦、建国前夜のソ連及びアメリカとの諸交渉、向ソ一辺倒の決定及び中ソ同盟の展開、朝鮮戦争、第一次インドシナ紛争、ポーランド及びハンガリー危機、台湾海峡危機、ベトナム戦争、そして米中接近といった本書で検討される問題は、いずれも冷戦史の展開で重要な意味を持つものである。
 本書が、アメリカの外交文書と中国の各指導者の年譜、さらにはCWIHP(Cold War International History Project)の成果を中心とした一次資料に依拠して、冷戦史の中に中国外交を検討したことの意義は高く評価されている。とりわけ、中国とソ連及び東欧諸国との関係を検討した部分は、従来にない新たな知見が多数含まれており本書の白眉である。もっとも、本書の刊行と相前後して、中国外交部档案の資料開示が進んでおり、論文ベースでは様々な研究が進んでいる点を考慮すれば、細かな事実関係の検討については本書とともにその後進められた研究を参照する必要があると言える。

 上記の各ケースを分析する際に著者が重視するのは、イデオロギーの重要性である。中国のイデオロギーはマルクス=レーニン主義と中華思想の共存からなるものであり、こうした中国独自のイデオロギーは中ソ対立や米中接近に繋がるものであった。加えて著者が強調するのが、中国外交と国内政治の密接な結び付きと毛沢東の役割である。毛沢東は、「継続革命論」を掲げることによって国内の権力闘争を常に勝ち抜き、中国外交をも動かしてきた。なぜ建国間もない中国が朝鮮戦争と第一次インドシナ紛争へ介入したのかといった点(=「急進化」のプロセス)に関して、イデオロギーと毛沢東要因を重視する本書の視座は説得的である。
 しかしながら、こうした視座がどれだけ本書全体を通して有効に機能しているかには疑問が残った。朝鮮戦争及びインドシナ紛争休戦過程、ハンガリー危機への対応、米中接近など中国外交の「穏健化」と言いうるプロセスに関して、何が重要だったのかといった点を本書の枠組からどれだけ説明出来るのだろうか。また、この二つの要因が強調されることから、全てのケースの説明が全て毛沢東要因に帰着してしまっているように感じられるのは、本書の叙述が豊かであるだけに残念である。もし毛沢東要因が重要であれば、なぜ毛沢東がそれほどまでに強い影響力を持っていたのかをより説得的に論じる必要があるだろう。

 本書を通読して改めて考えさせられたのは、そもそも冷戦とは何か、ということである。アジア冷戦の展開は、確かにグローバルな冷戦にも影響を与えたであろうし、グローバルな冷戦もまたアジア冷戦の展開に影響を与えたであろう。しかしながら、そもそも戦後アジアの国際政治史を、冷戦とイコールで捉えることが出来るかは大いに疑問の余地が残る。確かに本書が検討する時期の中国外交は、グローバルな冷戦構造の中で展開されたものであるが、本書が強調するように、中国外交の多くが「イデオロギー」と「毛沢東」によって規定されていたとすれば、それは「冷戦」とは異なるダイナミズムによって動かされていたのであり、「冷戦」は戦後アジアの国際政治史の一側面に過ぎないのではないだろうか。

at 17:20│Comments(0)本の話 

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