2009年07月04日

Odd Arne Westad, Global Cold War

今日の授業の本を大体片付けたので、本日二度目の更新。



明日、冷戦史の読書会があり、いい加減書いておかなければということで、前回の本について書評を載せておきます。こうドラフトのドラフトのような文章ばかりをブログに書き連ねるのもどうかと思いますが、ちゃんとしたものは論文等で書けばいいですし、何もないよりはいいということで載せてしまいます。

ちなみに、読書会でサブテキストはH-Diploのラウンドテーブル(リンク)と、Cold War History, Vol.6.No.3 (August 2006)に掲載されたレビュー(ジェレミー・スリとウィリアム・ウォルフォース)及びウェスタッドのレスポンスです。

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Odd Arne Westad, Global Cold War: Third World Interventions and the Making of Our Times, (Cambridge: Cambridge University Press, 2005)

<はじめに>

 かつてベトナム戦争の泥沼化が、ウィスコンシン学派に代表される冷戦起源論における修正主義の興隆をもたらしたように、イラク戦争もまた新たな修正主義を生みだすのかもしれない。なぜイラク戦争が引き起こされたのか、この問いの答えを冷戦期の歴史に求めようとする試みは様々な形で行われている。そうした試みの嚆矢となったのは、ジェームズ・マンによる『ウルカヌスの群像 ブッシュ政権とイラク戦争』(Rise of the Vulcans: the History of Bush's War Cabinet)であろう。イラク戦争を戦ったブッシュ政権の高官たち(=ウルカヌス)に着目し、彼(彼女)らのベトナム体験やカーター政権期における人権外交の挫折の意味を検討した同書は、「個人」に着目することによって、なぜイラク戦争が引き起こされたのか、という問いに答えようとしている。
 それに対して、本書は冷戦期における米ソの第三世界への介入を歴史的に検討することによって、この問いに答えようとしている。以下、本書の概要を簡単に紹介した上で、若干の評価を試みることにする。

<本書の概要>

 本書の問題意識は、副題からも読み取れるように、どのようにして「我々の時代が形成されたのか」、すなわち「なぜイラク戦争が引き起こされたのか」にあると思われるが、その分析対象となるのは、冷戦期(とりわけその後半)における米ソ両国による第三世界への介入である。その際に、本書の特徴として挙げられることは、第一に徹底した一次資料の渉猟(マルチ・アーカイヴァル・アプローチ)、第二に介入の要因としてのイデオロギーの重視である。

 この第二の点は本書の構成にも表れている。序論に続く第1章では、「自由の帝国(The Empire of Liberty)」としてのアメリカ、第2章では、「公正の帝国(The Empire of Justice)」としてのソ連、そして第3章では、「革命家たち(The Revolutinaries)」によって形作られた第三世界の国々におけるイデオロギーと外交政策の関係が丹念に検討されている。
 各当事国のイデオロギーの検討を踏まえた上で、第4章では「第三世界の形成」として、第二次世界大戦終結後から1960年代にかけて、アメリカが第三世界を形作っていく過程が、グローバルな資本主義市場形成の文脈と重ね合わせながら検討される。以上の四章が、やや長い本書の導入部分であり、以下に続く各章が豊富な一次資料に基づく叙述部分となる。

 続く第5章では、キューバ及びベトナムが第三世界における革命及び独立運動のモデルとして取り上げられる。その際に本書が特徴的なことは、従来はアメリカの介入のケースとして論じられがちだったキューバとベトナムを、ソ連による介入及び中ソ対立という社会主義陣営内の分裂という観点も踏まえて検討していることである。この点は、中国を中心とした国際関係史の領域で業績を上げてきた著者ならではと言えるのかもしれない。
 それぞれ南部アフリカ(アンゴラ、モザンビーク、南アフリカ、ジンバブウェ)、エチオピアと「アフリカの角」、イランとアフガニスタンを検討している第6章から第8章が、著者の分析の鋭さと醍醐味が遺憾なく発揮された、本書の白眉と言いうる部分であろう。アフリカにおける米ソ対立の中でそれまで焦点となってきた北部及び中央アフリカから、南部アフリカにおける脱植民地化の失敗が明らかになった結果、徐々に関心が南部へ移っていった。また、北部アフリカにおいてもエチオピアと不安定な「アフリカの角」は米ソ対立の焦点となった。さらに、イラン革命の勃発は中東地域における極めて大きな出来事としてクローズアップされ、その直後のソ連のアフガン介入は冷戦の帰趨に大きな影響を与える出来事となった。こうした第三世界における米ソの介入を、丹念に一次資料を検討することによって本書は明らかにしている。

 こうしたケースの検討を踏まえて、第9章ではレーガン政権の攻勢が、そして第10章ではゴルバチョフによる第三世界からの撤退が検討されている。その際に注目すべきは、本書が「レーガン勝利史観」に立たずに、第三世界における革命への幻滅といったイデオロギー的側面を強調している点であろう。なお、第10章の題名は、The Gorvschev Withdrawal and the End of the Cold Warであるが、残念ながら冷戦終結そのものについてはほとんど触れられていない。

 結論部分では、西洋諸国による植民地主義と米ソの第三世界への介入の連続性に触れつつ、米ソ両国の第三世界への介入を「悲劇」として評価する。そして最後に、ソ連崩壊によって唯一の超大国となったアメリカの介入主義に対する、著者のする批判的ないしは警戒的なコメントによって本書は終わる。

<評価と若干のコメント>

 従来の冷戦史研究は、米ソ両超大国の対立やヨーロッパにおける冷戦の展開を中心に検討してきた。また、資料的にも近年ロシアや中国の資料を利用した研究も進みつつあるとはいえ、圧倒的にアメリカ及びイギリス、そして仏独といった米欧の資料を中心に研究が進められてきた。アメリカの第三世界への介入については、ウィスコンシン学派の一部の研究者によるいくつかの研究があるが、ともすると全てを、資本主義の拡張傾向というレーニンの帝国主義論的な説明に帰しがちであった。
 こうした従来の研究に対して、本書は第三世界に対する米ソの介入、すなわち「グローバルな冷戦」の展開を、米英、ロシア、中国、旧東独、さらには旧ユーゴ等々の一次資料を用いて明らかにしている。本書が高いレベルの実証性をもって、米ソ両国の視点から冷戦と第三世界の関係を明らかにしたことの意義は極めて大きいと評価されるべきであろう。

 しかしながら、本書には同時にいくつかの大きな問題が存在する。まず指摘すべき本書の問題点は、第一に、ヨーロッパにおける冷戦の展開をほぼ無視していること、第二に、介入の理由としてのイデオロギーを過剰に重視している、という二点である。この二点については、既に様々な論者によって指摘されており、それに対するウェスタッドの回答も存在するので、ここでは違う視点から二点に絞って本書の問題点を指摘したい。

 第一は、各章の分析や議論の有機的な繋がりが弱いことである。上述のように本書のメインであり白眉となるのは第6章から第8章にかけての、1970年代を中心とした米ソの第三世界への介入を検討した章である思われるが、これらの章が前半の各国のイデオロギーを検討した部分や、後半の冷戦終結に至る時代の分析とどのようにリンクしているのかは、本書の叙述からはほとんど読みとることが出来ない。
 この点は、ヨーロッパにおける冷戦の展開を無視しているということとも繋がる問題かもしれない。冷戦の焦点がドイツ問題にあり、ドイツ問題の解決に伴って冷戦が終結したとするならば(もっとも、ウェスタッドは冷戦を、米ソ両国によるグローバルな対立が国際的な諸問題に対して圧倒的だった時代、と広く捉えている)、そうしたヨーロッパ冷戦と第三世界における米ソ両国による介入がどのような関係にあったのかは、より検討されてしかるべきであるし、それがなされて初めて冷戦史研究として第三世界における米ソの介入を検討する意義が明らかになるのではないだろうか。

 第二は、ケース選択がある意味で恣意的ではないかという点である。本書は包括的に第三世界に対する米ソ両国の介入を取り上げているが、そこで取り上げられるのはあくまで「介入」されたケースである。例えば、東南アジアはベトナム戦争の終結とともに全く取り上げられなくなるし、1960年代のインドネシアやマレーシアのように介入が不十分な場合は触れられている程度である。また、第三世界と冷戦の関係を考える際に一つの焦点となるのは中国であるが、中国そのものは米中接近によって介入の対象とはならなくなることから取り上げられない。言わば本書で取り上げられる「介入」の諸事例は、米ソ両国の政策が失敗したか、まだ均衡が達成されていないような事例である。グローバルな冷戦を検討するためには、米ソ両国の政策が「成功」した地域や、均衡が達成されて「安定化」した地域も取り上げる必要があるのではないだろうか。

 もっとも、上記の二点(とりわけ二点目)は無いものねだりという要素も強い。ウェスタッドも繰り返し指摘しているように、米ソ冷戦の影響はグローバルなものである。冷戦の焦点を認識しつつも、そのグローバルな影響を念頭に置いて研究は進められる必要があるのだろう。その意味で本書が、冷戦期の国際政治史を考える上で外すことの出来ない重要な一冊であることは間違いないだろう。

at 13:34│Comments(0)本の話 

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