2009年06月29日

I Want You Back/今週の授業(6月第4週)

忌野清志郎に続いて、またしても好きなアーティストの訃報が届いたことにショックを受けています。

清志郎は、初めて聞いた時に衝撃を受けてそのままのめり込んでいったのに対して、マイケル・ジャクソンの場合はそういう感じでは全くありません。長らくポップスを馬鹿にしてきた自分にとって、King of Pop=マイケル・ジャクソンは進んで聴こうという対象ではなかったからです。しかし、ロック以外は認めないという青臭さを脱しつつあった高校三年くらいからかソウルを聴くようになり、その流れでジャクソン5にも出会い、ようやく正面からマイケル・ジャクソンの音に触れるようになりました。改めてソロ時代の曲を聴いてみるとああこの曲もマイケルの曲だったのかと思うことがしばしば、ということがこの人の作る曲の持つポップネスのようなものなのでしょう。

そんなわけで、このブログらしくないですが、動画を貼り付けてみます↓。やっぱり、この曲が一番ぐっときます。なかでも、この動画はただ音を聴くのとは違う雰囲気があるので好きなものです。

合掌。





<水曜日>

2限:国際政治論特殊研究

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今回は、Ian Clark“Chapter 32 Globalization and the Post-Cold War Order”がテキストの予定だったのですが、前回の議論の積み残しがあったため、授業時間の半分ほどが前回の話でした。

今回の章も非常に大きな内容を取り上げていたのですが、さすがイアン・クラークといったところで、うまく議論がまとめられていたように思います。が、今回は発表者が読み上げたところで時間が終わってしまったので、具体的な内容紹介は次回に回すことにします。

5限:プロジェクト科目(安全保障研究)

「次回からの三回はチャタムハウスルールで」と先週先生からアナウンスがありました。チャタムハウスルールというのはよく耳にするのですが、いまいち使い方が定まっていないような気がするので本家本元のHPで調べてみると↓ということらしいです。

"When a meeting, or part thereof, is held under the Chatham House Rule, participants are free to use the information received, but neither the identity nor the affiliation of the speaker(s), nor that of any other participant, may be revealed".

今回の話はそんなに厳密にチャタムハウスルールを適用する必要もないような気もしますが、ひとまず先生の厳命に従うことにしたいと思います。

テーマは「安全保障分析の視角」ということでした。細かな具体例を挙げての色々な説明がありましたが、「安全保障を論じる際に理念的な話だけをしても意味がない」というのが要点といっていいと思います。こうした単純化が正しいかどうかは分かりませんが、要は「運用」や「防衛力整備」の実態を踏まえて議論しろ! ということに今回の話は尽きるのではないでしょうか。

例えば、敵基地攻撃能力を論じる場合、ないしは日本に対して発射されるミサイルを発射前に撃ち落とすことを論じる場合、具体的にそうした能力を持つためには、いくら予算がひつようで、実際運用するためにはどれだけの期間がかかるのか、こうしたことを理解せずにこの問題を論じることに意味はない! とゲストの先生は喝破していましたが、基本的に全面的に同意です。

ただ質疑応答の際に出ていた、?同盟を中心とした他国との関係、?(日本を考えた場合の)基地問題、といったことは今回の話からは少し外れる問題かもしれません。

今回の話を無理やり日本の官庁に当てはめてみると、従来の研究の多くは国会や安全保障会議のレベルで議論が展開されてきたが、その下にある防衛省内局の防衛政策局や運用企画局及び統幕の運用部や各幕の防衛部の議論を踏まえるべき、といったところでしょうか。もっとも実際には、防衛力整備を中心に日本の安全保障政策を論じたものでも、その実態を全く理解せずに珍説を唱えている人もいるわけなので、そう簡単には割り切れないのかもしれませんが…。

ちなみにアメリカの安全保障政策分析では予算分析(Budget Analysis)まで踏み込んで研究が行われているという紹介があり、この話はなかなか興味深かったです。そこまで細かくやるべきかどうかはともかくとして、理念的ではない実態がどのようなものかを研究者はある程度まで押さえておく必要があるということが今回の話の最も重要なメッセージではないでしょうか。

<木曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

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前回の講演を受けての討論。いつもにも増して厳しい議論でした。中心的な主張となる部分が「全く理解できない」というのがコンセンサスといったところでしょうか。これ以上書くと恨み節というか、「~が分からない」「~が理解できない」ということが続いてしまいそうなので、今回はここまで。今期はゲストの先生に対する辛い評価が続いているような気がします。

6限:大学院自主ゼミ(?)

先生が呼びかけてやるものが自主ゼミというのかは分かりませんが、自主ゼミ(もしくはサブゼミ?)が始まりました。特殊研究の方が修士課程向けに国際政治理論の基礎をやっているということ、院ゼミが開講されていないこと等々の事情から、国際政治経済に関連する本を輪読するアドホックなセミナーをやろうちうのが自主ゼミの趣旨のようです。

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今回取り上げたのは、Francis J. Gavin, Gold, Dollars, and Power: The Politics of International Monetary Relations, 1958-1971 (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2004) のイントロダクションと第1章です。第1章は通貨秩序としてのブレトンウッズ体制について論じたものなので、今回は本題に入る前の部分までが範囲だったのですが、活発な議論でとても興味深かったです。

この本は、ブレトンウッズ体制下におけるアメリカの国際収支問題と西ドイツを中心とした西側同盟諸国の負担分担問題を、アメリカの政府文書を中心に検討した本で、大まかなイメージは古城先生の論文「日米安保体制とドル防衛政策 防衛費分担要求の歴史的構図」『国際政治』(第115号、1997年)に近いと言うのが一番いいような気がします。

国際通貨をめぐる国際関係は師匠の専門ということもあったか、本に対する評価はなかなか厳しいものでしたが、個人的にはこの本はもう少し広く読まれてもいいのではないかと考えています。今回は足慣らしということで軽めでしたが、次回は一気に残りの7章+結論を読むことになりそうなので、読み終わったところでこの本についてはまとめて紹介します。

at 20:57│Comments(0)ゼミ&大学院授業 

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