2009年02月07日

おカネの話。

小銭稼ぎに精を出していたら、久しぶりの更新になってしまいました。

周りの友人が就職活動に忙しい時に暇つぶしに始めたこのブログですが、それから四年近くが経ち、いつの間にやら文体も「ですます調」になり、どこからどう見ても社会から隔絶した大学院生のブログになってしまいました。そんなブログをmixiに繋いでいるのは、何やらマイミクの友人達との距離を自分から置いているようなものだな、とふと思いました。



資料整理をしたり、新たな研究に向けた資料収集や情報公開請求の準備を進めつつも、相変わらず勉強に重点を置いた毎日を過ごしています。それに加えて、学費稼ぎに時間を割いているのでなかなか思うようにやることが進まないのが悩ましいところです。

読書会で取り上げる本の関係もあり、今のテーマは「おカネ」です。もう少し具体的に言えば、第二次世界大戦後の国際金融をめぐる国際関係を勉強しているのですが、それだけでは面白くないので、経済学者によるものや、歴史物、制度主義の論文等々を読んでいたら時間ばかりが過ぎてしまいました。

そんなわけで、頭の中はおカネ一色に染まっています。研究者を志す以上、ただ勉強をして色々な分野を知っても仕方が無いわけで、様々な事象をいかに自分の頭の中で統合していくのかが課題です。もっとも、全てが繋がっているわけではなく、因果関係をいかに考えるのかが重要なのですが、それが一番難しいわけです。

以下、おカネ一色の経緯を辿りつつ読んだ&読んでいる本を簡単に紹介しておきます。

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おカネ一色の直接の原因は、読書会でリチャード・N・ガードナー『国際通貨体制成立史』(原題:Sterling-Dollar Diplomacy: The Origins and the Prospects of Our Internatinal Economic Order)を取り上げることにあるのですが、思い返してみると、年末に竹森俊平『資本主義は嫌いですか:それでもマネーは世界を動かす』(日本経済新聞社)を読んだ辺りから、徴候はあったのかもしれません。

フィッシャーとシュンペーターの古典的な論戦を紐解きながら小泉政権の構造改革路線を批判的に検討した『経済論戦は甦る』から始まる一連の著作の最新刊として、サブプライム・ローン問題を正面から論じた『資本主義は嫌いですか』は、エコノミック・マンを前提とした理論だけでなく、行動経済学の最新の研究動向を踏まえている点が実に説得的で面白い本でした。もっとも、今後の世界経済にとっての処方箋が「低成長」かも知れないという逆説的な最期はやや不吉なものがありました。

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その竹森先生がこれまでの本でも好んで取り上げてきたエピソードが、ジョン・ロウのミシシッピ会社の話です。オランダのチューリップ・バブル、南海泡沫事件と並ぶ三大バブルの一つとして様々な本で取り上げられているのでご存じの方も多いのではないでしょうか。こうした興味深いエピソードをよりじっくり読んでみたいなと思い、日本語で何か手頃なものがないかと思っていたところ、『おどる民だます国:英国南海泡沫事件顛末記』(千倉書房)が昨年末に出版されました。

著者は英文学が専門とのことですが、幅広い分野の著書があり、ぱっと自分の本棚を眺めると思いのほか多くの著書が並んでいました。経済学的な分析がなされているわけではないので、専門家にどのように読まれるのかは分かりませんが、事件の背景や当時の様子が活写されているので、読み物として実に面白いものです。人々が富に狂奔するのは、いつの時代も変わらない人間の本性なのでしょうか。

と、これは完全に趣味の読書ですが、勉強を兼ねて読んだのが『世界デフレは三度来る』(講談社)です。

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理論を基盤に置きつつ、歴史を振り返り、かつ現在へのインプリケーションを常に考慮するというスタイルは著者独特のものであり、経済学の素人である自分にとっても魅力的です。そのスタイルの代表作と言えるのが、この本と言えるのではないでしょうか。上下で1000頁を超える大作でありながら、読者を飽きさせずにぐいぐい読ませる力があります。

硬い言い方をすれば、最新の経済理論を念頭に置きながら、この150年ほどの日米のマクロ経済政策の変遷を検討している本とまとめることが出来るのかもしれませんが、この本は何よりも一つの「歴史物語」として読むのがいいのではないでしょうか。著者の言葉を借りれば、本書は「インフレとデフレのしだの経済変動に焦点を当て、財政、金融政策によってその経済変動を管理するという思想がどのように深まったのかを振り返り、さらにその思想が日本においてどのように受け入れられたのかをテーマにして「歴史物語」ということになる」そうです。

歴史の専門家からすれば、取り上げている事例のバランスが必ずしも良くない点や、最新の研究動向を把握せずに、回顧録を中心に叙述を進めている点に不満を感じることもあるのかもしれません。しかし、こういった点はこの本の価値はいささかも減じるものではないと思います。この本の持ち味は、何よりもはっきりとしたメッセージとそれを支える論理がしっかりとしていることにあります。

デフレがいかに経済にとってマイナスか、そしてポピュリズムに陥らず物価の安定という中央銀行の役割をいかに果たすか、さらにいかにリーダーシップが重要な意味を持つか。こうした主張は、著者のこれまでの本にも一貫して流れるものです。その主張を理論的に検討するだけでなく、様々なエピソードを踏まえていることが、この本を実に魅力的なものにしています。

それにしても、この本を読んで痛感させられるのが、経済学と政治学(とりわけ国際関係論)の差です。最新の理論を踏まえて歴史を検討することによってこれだけ様々な知見を得ることが出来るのは、経済学の「社会科学」としての完成度の高さを表しているような気がします。もともとの理論体系の違いもあるのでしょうが、何よりも経済学と国際関係論に差があるのは、政策評価の容易さにあるのだと思います。(実際にはそこまで単純ではないにせよ)数量的に見て政策評価を出来るのは、国際関係論にはない経済学の強みです。

この間授業で読んだ時にはしっかりと理解出来ていなかったのですが、レイモン・アロンはこうした経済学と国際関係論の違いを明確に認識し、国際関係論における理論化の困難を強調したのではないかと思います(Raymond Aron, "What is a Theory of International Relations?" Journal of International Relations, Vol.21, No.2 (1967))。

アロンは、(モーゲンソーの主張を念頭に置いて?)国際関係においてアクターが「権力の極大化」という単一の目的を持つと想定することは出来ないと強く主張しています。そこで強調されるのは、「権力」はあまりに定義が曖昧であるし、ケインズ流の経済学が想定するような「均衡状態」を保証するような装置は国際関係には存在しないということです。また、国家の枠内でも国家間関係でも、体系の性質を変えたり、一つの体系から他の体系への変化をもたらすような要因は無数に存在する、つまりエージェントによるストラクチャーの可変性が国際関係はあまりに高いことをアロンは再三にわたって強調しています。

脱線しました。アロンの話はまだまだ理解しきれていないので、もう少しじっくり考えることにしたいと思います。

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そんなこんなで、経済のことばかりを考えて遠回りをしてきたのですが、近年の研究は国際経済と国際政治を再び繋ぐ方向に進展しつつあります。フランシス・ギャヴィンによるGold, Dollars, and Power: The Politics of International Monetary Relations, 1958-1971 (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2004) は、その代表的な成果の一つです。取り上げている時期やテーマ・研究手法を考えれば、ガードナーの本に続く研究がようやく出てきたと言えるのかもしれません。

ジョン・ルイス・ギャディスがエディターをしているThe New Cold War Historyの一冊として出版されていることと多少関係があるのかもしれませんが、序論と結論を読んだ感じでは、国際通貨問題をめぐる米欧関係と冷戦の関係をかなり意識している点が印象的です。国際通貨問題はそれだけを取り出して論じることが十分に可能です。しかし、それを安全保障問題との相互関係の中で考えてみると何が言えるのか。そういった点がこの本の主題のようです。この本は、国際関係論の観点から通貨問題を考えるための必読書だと思うのですが、時間の関係で今回は概要の確認だけで終わってしまいそうです。

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こういった流れで本を読んだりチェックしたりしている以上、外すことが出来ないのが師匠の本です。この本は何よりも半世紀という長いスパンで通貨をめぐる国際関係を検討している点が重要です。そして、ただだらだらと歴史を書き連ねるのではなく、ベンジャミン・コーエンの分類を借りつつ、国際通貨体制の秩序原理として?超国家性、?覇権、?自動性、?政策協調があることを紹介し、それぞれの時代や各政策担当者の構想をこの枠組みに沿って検討していることが叙述的でありながら分析的な筆致を生みだしています。

久しぶりに読み返したのですが、自分の研究に関係する部分についてもかなり書かれていたので、ドキッとしてしまいました。

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そういうわけで、国際金融に関する歴史物を色々と読んできたのですが、やはり国際政治学徒としては、理論面の勉強もしなければいけないだろうと思い、年が明けてから少しずつ制度論に取り組んでいます。

After Hegemonyは自分の研究に関係しているので、これまでも何度か読んでいるのですが、何度読んでも発見があります。「現代の古典」に相応しい名著です。もっとも、この「覇権後」という時代認識は、上記の師匠の本も含めて近年の研究で徐々に修正されてきているような気もします。

制度論は、近年も様々な形で発展していますが、1970年代を取り上げた研究の進展はほぼ止まっているような気がします。いくつか重要な研究がないわけではないですが、現時点でもコヘインの研究を超えるものは管見の限りほとんどありません(何かあれば教えてください)。理論研究が「普遍性」を志向している以上、特定の時代に対する関心がそれほど強くないことは理解出来ますが、それにしても近年の研究はあまりに直近のテーマに集中しすぎているように思います。歴史を研究しているものとしては、WTOよりもGATTの研究を最新の理論を使ってやっているものが読みたいのですが……。

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その点で、早い時期からキャリアを積み上げてきた年配の研究者の方が、古い時代を取り上げている物が自分にとっては有用なようです。その意味で、ジョン・ジェラルド・ラギーの『平和を勝ち取る アメリカはどのように戦後秩序を築いたか』(原題:Winnig the Peace: America and World Order in the New Era)が最近邦訳されたのはいいタイミングでした。英語力の無さゆえに、英語で書かれた理論研究は論文ばかりを読んでいて本になかなか手が出ないので、こうして翻訳が出てくれるのはありがたいことです。

いつまでもこんなことを言ってはいけないのですが…、それはともかく第二次大戦後の秩序形成とその後の展開を検討したこの著書は、制度論というよりは利益とアイデンティティに着目する点でコンストラクティヴィズムの研究に近いわけですが、制度形成を検討している点が自分にとっては重要です。これも時間の関係で、バーっと斜め読みをしただけでじっくり読めていないので、時間を作って読み返したいところです。

とまあ、こんな感じで勉強ばかりしてきたのですが、頭の中は、色々なことが繋がったような繋がっていないようなよく分からない状態で、結局残ったのはおカネの話だけです。

来週半ばまでは引き続き勉強に専念し、それから研究を徐々にスタートしようと思います。

at 11:25│Comments(0)本の話 

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