2008年12月22日

冬休み感覚ゼロ。

学部時代は、例え短くても「冬休み」という言葉にウキウキしたものですが、修士論文を書いていた昨年に続いて今年もその感覚が全くありません。嗚呼、浮かれたい。

昨年は、一度書き上げた修士論文の草稿を改訂する作業をこの時期にやっていました。本来の予定であれば、今年はそんな締切とは無縁の生活のはずだったのですが、結果的に昨年の論文が「幻の修士論文」に終わってしまったため、結局今年も昨年と同じように改訂作業をしています。

もっとも、大筋の流れや「はじめに」「おわりに」に大きな変更を加えるつもりはなく、新たに開示された資料に基づいた本論の修正や、インターネット上で読むことが出来る英米の資料の再検討をして、来年度以降の研究につなげることが今回の作業の目的なので、改訂といっても中途半端なものです。

地道にコツコツ、資料を読んでニヤニヤ、お酒を飲んでフラフラしながら年末を送ることになりそうです。



昨日夜のNHKニュースを皮切りに今朝の新聞各紙でも報道されていましたが、本日付で第21回目となる「戦後外交記録公開」が行われました。第20回公開が昨年8月のことだったので、従来と比べるとややペースが速い印象がありますが、公開冊数などを見てもそれなりに本格的な公開と言えそうです。

報道を見る限りでは主な文書は、【首相の外遊】佐藤首相訪米(1965年)、田中首相訪米(1973年)、【二国間外交】日仏定期協議、【外国情勢】キューバ危機、【国際紛争】マレーシア紛争、テルアビブの空港乱射事件、【第二次世界大戦】ヤルタ会談、真珠湾攻撃記念日、【多国間条約】核実験停止会議、【核】日本の非核武装宣言問題、【対外経済】日本の対米経済関係、といったところ。

第20回公開の時と同じように、すぐに外交史料館へ行ってリストと興味のある箇所のチェックを行いたいのですが、今週はバイトが立て込んでいて、来週以降は外交史料館が年末年始の休暇に入ってしまうため、すぐに見に行くことが出来るかは微妙なところです。

いつも疑問に思うことなのですが、外交記録公開に合わせた新聞各紙の報道があまりに一面的かつ横並びなのはいかがなものでしょうか。おそらく、外務省による事前ブリーフィングとそれに基づいて行われる研究者への取材という報道体制によるものだと思いますが、それにしてもあまりにお粗末としか言いようがありません。

そもそもプロの外交史研究者にしても、パッと資料を読んでパッと論文を書くわけではなく、史料批判を行い、様々な文脈を検討して研究を進めていくわけです。そうしたプロセスを経ずに、外務省が審査の上で公開した文書をセンセーショナルに報道することにどれだけの意義があるのか、疑問を感じずにはいられません。むしろ公開当初は、どういった文書が公開されたのかを淡々と伝え、それなりに時間をかけた調査報道を行うのが本筋だと思います。もっとも、一次資料を読み込んでそれを記事にする力がある記者などほとんどいないのかもしれないので、これは望み過ぎというものかもしれません。



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積読になっている何冊か本を片付け、修士論文の改訂作業の合間を縫って↑を読み始めました。まだ三分の一ほどしか読んでいませんが、ここまでは期待に違わず見事な研究です。著者のこれまでの著書・論文は、いずれも斬新なアプローチと緻密なアーカイヴァル・ワークで極めてオリジナリティの高い研究でしたが、今回の本も著者ならではの新しい世界を切り開いているように思います。

抽象的な言い方になってしまいますが、淡々とした叙述の背後にある政治学的な問題意識や練り込まれた構成の凄味をこの本からも感じます。もっとも、テーマそのものの重みや本全体の「研究潮流の中でのバランス」は、前著『一九五五年体制の成立』の方が勝っているのかもしれません。

従来の研究の大半は、労働政治は労働政治、外交は外交、経済は経済、政局は政局と様々なものが切り離されて論じられるか、過度に政局中心に外交を論じるか、といった傾向があります。しかし著者のこれまでの研究は、政治、外交、経済、労働、さらには国際環境をそれぞれバランス良く織り込みながら一つのストーリーを描き出すものでした。

これも言い方が難しいのですが、本書は著者のこれまでの研究と比較した場合、労働という一つのテーマを切り出した点に大きな違いがあります。もちろん、政治、経済、外交、国際環境は十分に踏まえているわけですが、より一つの領域に踏み込んで書いている点が、これまでのところでは印象的です。

この本については、読み終えて時間が出来た段階でまた紹介したいと思います。

at 20:34│Comments(0)本の話 

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