2008年11月17日

豊饒なるイギリス外交史。

色々と考えるところがあり、週末は佳境を迎えつつある自分の研究の細部を詰めるのではなく、刊行されたばかりの研究書数冊を読んでいました。

同じ時間をかけて本を読むならば「栄養のある本」を読みなさい、ということは学部時代からお世話になっているある先生から言われたことですが、「栄養のある本」が何かということは人それぞれ違うのかもしれません。

国際政治理論、思想・哲学、アメリカ外交史等々、自分にとって「栄養のある」分野はたくさんありますが、自分に最も大きな刺激を与え続けてくれるのがイギリス外交史です。この10年ほど日本でもイギリス外交史研究は飛躍的に進展しており、その一部はこのブログでも取り上げてきました。今もさらに一冊読み進めているのですが、ひとまず今日は昨日読んだ研究書を書評形式で紹介しておきます。字数の関係で論じきれていない部分もあるのですが、それはまたの機会に。



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益田実『戦後イギリス外交と対ヨーロッパ政策』(ミネルヴァ書房、2008年)

<はじめに>

戦後国際政治の中でイギリスはどのような存在だったのだろうか。第二次世界大戦を三大国の一員として戦ったイギリスだが、戦後は脱植民地化に苦しむとともに、経済的には長期間の不振に喘いだ。アジアの視点から戦後のイギリスを眺めれば、それは「帝国のたそがれ」(木畑洋一)であったし、戦後の国際経済秩序形成に際してもイギリスはアメリカに敗北したのだった。さらに、フランスを中心にヨーロッパ統合が進む中でイギリスは「船に乗り遅れ」ヨーロッパにおいてもかつての影響力を失っていったと評価されることもある。
しかし、この10年ほどの間に日本で発表された研究はイギリスにより積極的に役割を与えている。細谷雄一が『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社)と『外交による平和』(有斐閣)という二冊の研究書で明らかにしたのは、米ソという超大国が対峙する中にあって「外交」によって戦後国際秩序構築へ積極的な役割を果たしたイギリスの姿である。また、一昨年には齋藤嘉臣『冷戦変容とイギリス外交』(ミネルヴァ書房)が刊行され、1960年代から70年代における「デタントの管理者」としてのイギリスという新たな評価が提示された。豊富な一次資料に基づいてイギリス外交を描き出し、それに積極的な評価を与える点に、近年の研究の一つの特徴があると言えよう。
こうした中で、この10年余り戦後イギリスの対ヨーロッパ政策について、着実かつ冷静に研究を続けてきた著者が満を持して刊行したのが、本書『戦後イギリス外交と対ヨーロッパ政策:「世界大国」の将来と地域統合の進展,1945~1957年』である。

<本書の概要>

本書は、第二次世界大戦後、イギリスがいかにして「世界帝国」の地位を維持しようと考えたのか、そしてその過程で大陸ヨーロッパ諸国といかなる関係を構築しようとしたのかを、1945年から57年までを対象に分析している。序章において、先行研究を整理しその問題点と意義を検討した上で、三部構成で本書の議論は進められている。

第I部では、1945年から49年までを対象に、戦後イギリス外交の基本デザインが確立される過程を描き、その中で、対ヨーロッパ政策がいかなる位置付けを与えられたのかが検討されている。当初策定された基本構想は、「第三勢力構想」と呼ばれるものである。英仏を中心とする西欧諸国とその植民地帝国を核に、アメリカ及びソ連と対等かつ独立の「第三の世界勢力」を確立することが基本デザインとなったのだ。しかし第三勢力構想は、大陸諸国の復興の遅れと軍事的脆弱性、そしてイギリス自身の深刻な通貨危機によって、1948年後半から49年秋までに放棄されることになる。
第三勢力構想の放棄を受けて、外務省は「西側の結束」を目指す方針へと転換し、その過程で「三つの環」と呼ばれる基本デザインが形成されていく。このデザインでは、「英米特別関係に基づく大西洋同盟」によってアメリカ主導の安全保障が提供され、「帝国=コモンウェルス/スターリング地域」がイギリス独自の経済的・外交的影響力の基盤を提供し、「西欧諸国との可能な限り緊密な協力」がヨーロッパ域内の安全保障と経済協力を提供するものと位置づけられた。そして、この三つの全てに関与することによって、イギリスは世界大国としての影響力を維持できるとされ、これを基礎に世界規模の通商自由化を追求するOne World Policyを採ることがイギリスの方針となったのである。
第三勢力構想策定から「三つの環」へ至る過程を、本書は過不足なく各省庁の一次資料を検討することによって明らかにしている。「世界大国としてのイギリス」という意識は各省庁及び主要閣僚に共有されていたが、実際にどのように対ヨーロッパ政策を採るべきかという点について、国際的影響力強化を重視する外務省と経済省庁の間には差があった。しかし、この矛盾は「三つの環」とい外交の基本デザインが策定される過程で「英米特別関係」の重要性が経済省庁にも認識されることによって解消されることになった。この英米の「特別な関係」について、著者は冷ややかな見解を示す。「アメリカにとってイギリスは他の西欧諸国と異なる地位を持っていたとは言え、所詮はjunior partnerでしかなかったのである」(74頁)。

続く第II部では、1950年から54年までを対象とし、シューマン・プランとプレヴァン・プランというフランスが提示した西欧統合へ向けた構想に対するイギリスの対応を検討している。
この間、イギリスではアトリーからチャーチルへと政権交代が起きるが、本書が強調するのは共通性である。「第三の環」という外交の基本デザインはチャーチル政権にも引き継がれた。それゆえ、「第三の環」の修正を迫るヨーロッパ統合へ参加しその一部となるという選択肢はあり得なかった。それは、コモンウェルスとの関係を危うくし、「世界大国」としてのイギリスを放棄することに繋がるからである。
後の歴史を考えれば、イギリスはフランスが1950年に二つのプランを提示した段階で「第三の環」という基本デザインの修正を迫られていたわけだが、実際にはこの基本デザインに基づき、統合への参画ではなくその枠外からの「可能な限り緊密な協力」という方針を採用した。しかし、実際に提示されたイギリスの政策は、結局のところすべての関係国に不満を与える不十分なものでしかなかった。イギリスは、ドイツ再軍備を巡る安全保障面ではイーデン外相を中心に一定の役割を果たしたが、ヨーロッパ統合については対応の限界を露呈したのだった。

最後の第III部では、1955年から57年を対象に、統合の再始動を画したメッシナ提案/共同市場構想への、イギリスの対応が検討されている。イギリスは、ここで初めて、自由貿易地帯(FTA)の形成というプランを自ら提示し、ヨーロッパの将来に関するイニシアティブを握ることを決意したのであり、これはそれ以前の政策を考えると非常に重要な変化だった。しかしながら、この段階でも「三つの環」という基本デザインが放棄されることはなかった。政府内では、この提案に対して慎重論と反対論が存在したが、マクミラン首相とソーニクロフト商相が押し切ったのである。
通常、このFTA構想挫折後、EFTA形成を経て1961年に第一次EEC加盟申請に至る展開こそが、決定的なイギリスの対ヨーロッパ政策の転換であるとされる。しかしここで著者は、そのような見方は後から振り返った場合の話であり、それ以前からのイギリスの政策を検討した場合、このFTA提案は画期的な政策転換であり、戦術としては劇的な変化であった、と主張する(163頁)。

終章では、FTA構想の挫折に至る過程を紹介した上で、本書全体の議論をまとめて評価を下している。本書が描き出すのは、イギリスが「三つの環」という外交の基本デザインをいかに構築し、そしてそれをうまく政策として具現化出来ずに苦しんだのか、という過程である。なぜ「三つの環」がイギリスにとって必要だったのだろうか、という問いを読者は本書を通して考えさせられるだろう。最終的に本書がイギリス外交に下す評価は辛い。

三つの軸があるがゆえに世界大国なのではなく、世界大国であろうとするがゆえに三つの軸が必要とされたのであり、イギリスはその上で危うい均衡を保つ努力を強いられていた。しかし、政策決定者たちはあくまでも、イギリス自身が事態をコントロールする立場にあるとの自己認識から逃れることはできなかった。50年代後半までのイギリスの対ヨーロッパ政策の変遷課程は、この転倒した認識の下で政策決定者達が陥った自己欺瞞を示すものだったのである。(219頁)

<本書の意義>

以上が本書の概要であるが、本文中では1945年から1957年に至るまでの各閣僚及び各省庁のスタンスが逐一検討されている。安全保障面への配慮や経済の論理といった単純な一般化ではなく、各政策それぞれについて、イギリス政府内のアクターの考えや政策決定へ与えた影響が、極めて詳細に明らかにされている点は、第一に挙げるべき大きな意義であろう。どのアクターに肩入れするでもなく、冷静沈着かつ真摯に資料に向き合うことによって、本書の叙述は一貫してバランスが取れたものになっている。また、外交史のみならず経済史の議論も過不足なく検討している点は、本書の叙述に信頼性を与えている。
第二に、本書の議論は前後の時代を踏まえて、1945年~57年を検討している点に大きな意義がある。それは、とりわけ55年から57年についての意義付けに大きな説得力を持たせている。「画期」や「転換」という言葉は、外交史家が好んで用いるが、それが前後の時代と比べてどのように「画期」だったのかを本書のように説得的に論じているものはそれほど多くはない。
第三に、冷静な筆致を守り、かつ複雑な各アクターのスタンスを再現しながらも、本書の議論は非常に明快であり踏み込んだものになっている。関係する先行研究を詳細に検討しつつ、下される本書の議論は実に説得的である。本書全体としては、「世界大国」としてのイギリスを維持したいという各アクターに共通する意識がいかにイギリスの対ヨーロッパ政策に影響を与えたかが明らかにされている。
その一方で、細かな政策を検討する部分では、大国としての国際的影響力を重視して対ヨーロッパ政策を立案する傾向が強い外務省に対して、国内政策も見据えた経済省庁やコモンウェルスとの関係を重視する立場との相克が描き出される。「失われた機会」論への反駁は実に説得的である。細部を描いた上で、全体を統合的に論じることに本書は成功していると評価すべきだろう。

<おわりに>

以上のように本書は、非常にバランスの取れた議論を展開している。これは、1930年代から1960年代まで実証的な歴史研究を重ねてきた著者ならではのものだろう。序章の末尾にある次の一文には、一次資料に基づいて等身大の歴史を描き出そうとする著者のスタンスがよく表れている。

財政、通貨、通商政策の議論が大国イギリスの世界戦略を決定づけるさまを克明に描写することは、外交史的記述に親しんだ読者にはいかにも散文的な印象を与えるであろう。ロマンの欠如を嘆く声もあるかもしれない。しかし戦後という時代は、すでに歴史あるイギリス外交を司る人々にそのような散文的議論を強いる散文的時代だったのである。(16頁)

戦後初期という新たな国際秩序形成期におけるイギリスの対ヨーロッパ政策を描いた本書には、実に様々な要素が含まれている。著者自身の結論は明快であるが、読者が著者とは異なる結論を導き出すことも可能だろう。著者は散文的というが、本書の抑制的な筆致をもってしても、「イギリス外交は面白い」と再確認させられた次第である。はたして、戦後国際政治の中でイギリスとはどのような存在だったのだろうか。本書によってその一つの答えは与えられたような気もするが、読書の旅はまだまだ続きそうである。

at 16:55│Comments(0)本の話 

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