2008年10月04日

あれやこれや。

ふと思い立って、二ヶ月くらい前にブログの文体をですます調にしたのですが、各方面から「超キモい」というご意見を頂いています。実際、自分で読み返してみても若干気持ち悪いなとも思うわけです。といって別に元に戻すつもりもあまりないのですが…。気が向いたら、候文で書いてみたいと思ってます。



体調を崩している内に後期の授業が始まりました。

今期取る授業は全部で四つあります。一つは水曜日に行われる、師匠による国際政治論特殊演習(いわゆる院ゼミ)で、私と後輩G君の研究発表を適宜挟みつつ、レイモン・アロンを読んでいこうという授業になりそうですが、これは来週から始めることになっているので、実際どうなるのかはまだ分かりません。師匠と後輩と三人でじっくり一つのテキストを読み解いていくというのは非常に贅沢な機会なので楽しみです。

あとの三つは木曜日に集中しています。まず2限に、「日本の外交政策」と題した授業(英語)があります。トロント大学のDavid Welch教授とアシスタントの大学院生による授業で、理論研究の視角を踏まえた上で日本の外交・安保政策を考えていく授業になるようです。毎週のリーディング・アサイメントはそれほど多くはないのですが、授業が英語で行われること、そして毎週授業に際して1~2頁のペーパーを提出しなければいけないことが自分にとっては大きな負担です。とはいえ、日本外交史を研究していてもこれからは英語での発信能力は必須です。外国の日本研究の質が概して低下している現状を踏まえれば、こうした機会をうまく利用して自分のスキルを磨き将来英語で日本研究を発表出来るようにしたいと思います。二回目の授業に通院のために出ることが出来なかったのがとても残念です。

4限は、昨年度までお世話になっている先生の院ゼミです。こちらは院生の数が多いので毎週研究発表×2で半期が終わります。ここで10月下旬に、今書いている論文について発表する予定なので、それまでに論文を完成させるつもりで頑張るつもりです。

5限は、前期に続いてプロジェクト科目(政治思想研究)があります。今週すでにゲストの先生の報告(「政治理論・政治的なものを「見る」ということ――アーレント研究の視座から」)がありました。アーレントについては、代表的ないくつかの文献を学部時代に読んだり、「現代思想の冒険者たち」シリーズの川崎修『アレント――公共性の復権』(講談社)を読んだくらいで、いわゆるアーレント研究は恥ずかしながらほとんど読んだことがありませんが、なるほどこういう読み方があるのかと思い、報告後の議論も含めて興味深く聞くことができました。詳しい話は、友人と後輩が討論者を務める来週の授業の後で書こうと思います。

昨年の後期は、修士論文執筆のために授業は院ゼミしか履修せず、テーマ次第でプロジェクト科目(政治思想研究)にお邪魔させていただくという形だったので、それと比べると今年はやや忙しいような気がします。



基本的に本は一気に読み切りたい自分にとって、この二週間ほどはなかなかまとまった時間が取れずに辛い日々が続いています。先週土曜からは、時間はたくさんあったのですがいかんせん頭がボーっとしていたので、とても学術書など読む余裕はなく、小説や漫画をダーッと読んで無為に過ごしていました。

ようやく体調は元に戻ってきましたが、今度は授業があったり、ちょっとした調べ物があったり、目の前の課題が終わっていなかったりと、やはりまとまった時間は取れないで今に至っています。そんな中で、ちょっと空いた時間にパラパラと読めるちょうどいい本が出ました。条約局参事官、中近東アフリカ局長、経済局長、外務事務次官といった本省の主要ポスト、さらにはUAE、オーストリア、アメリカ、ドイツの各大使を歴任した外交官・村田良平氏の回顧録です。

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ミネルヴァ書房から上下二巻本で最近出たもので、これが自分にとってはちょっとした空き時間の読書にピッタリの一冊です。著者には、既に『回顧する日本外交1952-2002』(都市出版、2004年)という回顧録めいたものがあるのですが、これはこれまでに書いた原稿をまとめたエピソード集といった趣きもあるので、今回『村田良平回想録』が、上下800頁という分量で刊行されたことは大変喜ばしいことです。日本の外交官の回顧録としては、この分量は異例と言っていいと思います。

上巻の三分の二ほどしか読んでいないので暫定的なものですがそこまでの印象を簡単に。

最初から話の腰を折るようですが、本を開いて三秒で誤植に気がついて凹みました。目次を開き、まず目に飛び込んできたのが「牛馬大使」の文字。この他にも既に数ヶ所誤植を見つけてしまった。嗚呼、自分性格細かすぎ。

閑話休題。基本的に、キャリアの進展に従ってその時々の主要事項が網羅的に書かれているなど、回顧録として王道を行っています。人名がとにかくたくさん出てくることは、後から歴史を書く者にとってはとても有難いことです。また、国際情勢から外務省の組織といったことまでふんだんに背景説明があるため、背景知識がなくてもスラスラと読み進めることが出来ます。もっとも、この点は逆に日本外交史研究者からすると歯がゆくなる部分でもあります(もっと政策マターに絞って書いて欲しいな、と)。

ここまでの印象を一言でまとめれば「期待は禁物」ということになるでしょうか。まだ、著者が本省で課長になる直前までしか読んでいないのですが、それでも本書には、交渉の機微や政策決定の裏話が出てきそうにはないな、という予感(あくまで予感)はします。分量がいかに多いと言っても、例えばキッシンジャーの回顧録のように、限られた期間を対象に外交文書を用いて網羅的に書いているわけではないので、そうそう期待してはいけないのでしょう。

これまでのところで面白いのは、本書から当事者でなければ知りえない外務省内の「雰囲気」や組織のあり方が伝わってくることです。キャリア前半の多くで「経済外交」に携わった著者は、次のように書いています。

 私は「経済外交」という言葉は好きではない。
 聞く人を往々政治分野とは切り離された経済外交という特殊分野があるかのごとき錯覚に陥らしめる弊害もある。またこの言葉の存在のために、外務省が他省と無用の権限争いを起すこととなったこともある。だが、何と名づけようと、戦後の主権の回復から、一九七〇年の大阪万博頃まで、外務省も他の省庁も経済交渉の分野において成果をあげることが至上命令だとの認識は共有されていて、各省から精鋭が投入された。これが当時は「経済外交」と総称されたのだった。(『村田良平回想録』上巻、129頁)


政策研究大学院大学から出されているいくつかのオーラル・ヒストリーでも、菊池清明元国連大使をはじめとして「経済外交」という言葉に対する違和感や、他の省庁との関係についての証言がありますが、ここに挙げた部分はそうした外務省内の雰囲気が伝わってくるとともに、その意義や必要性もよく伝わってきます。

この他には、1960年代後半における企画課新設問題や、各地域局に二国間の経済問題を経済局から移管するといういわゆる「政経合体問題」などの詳細が書かれていることは、この回顧録の重要な意義と言っていいと思います。

この本については、また続報を書くつもりです。

at 12:42│Comments(0)本の話 

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