2008年09月02日

福田首相辞任表明について。

修業中の政治学徒であるがゆえ、時事的な問題については出来る限りこのブログでは触れたくない、と常々書いているわけですが、こういった大きなニュースが飛び込んでくるとついついコメントしたくなってしまいます。

浮世離れした話ですが、政治学ではエージェント=ストラクチャー問題という有名な問題があります。今回や前回の首相の辞任などはどのように考えることが出来るのかは興味深いところです。

一言で言えば、安倍首相の辞任表明と今回のケースは似ているようで大きく違うということが、以下で言いたいことの趣旨です。

※参考:一年前の安倍首相辞任表明について(リンク



 昨日夜の記者会見で福田康夫首相が辞任表明をしたことは、既にテレビや新聞等で報道されているとおりである。多くの報道は、昨年の安倍首相辞任表明と重ね合わせて「無責任」「政権放り出し」といった論調であり、同情論や冷静に今後の政局を考えた報道は極めて限られている。

 記者会見で首相自身も認めているとおり、一ヶ月前に自らの手で内閣改造と党役員人事一新を断行したにも関わらず、こうした形で辞任表明をしたことは問題である。しかしながら、出来る限り「政治の空白」を作らずに福田首相が退陣を表明するとすればこの数日間しかなかった、ということもまた事実だろう。

 もちろん党内や公明党からの退陣圧力はあったのだろうが、同時に福田首相にとって懸案だったことはやはり臨時国会をこのままで乗り切ることは出来ないのではないか、ということだと考えられる。もし事前に与党が考えていたような臨時国会の早期召集が可能であれば、それなりに実績を上げることが可能だったのかもしれないが、党首選を盾に野党側は早期召集に応じない状況であり、さらに前回の国会対応と同様に審議引き延ばしや審議拒否が続いた場合、臨時国会中に政権が追い込まれた可能性は高い。来年度予算案の審議や、次期衆院選が遅くとも来年九月に行われるという政治日程を考えた場合、この時期を選んでの退陣表明はギリギリの選択だったと言えるのではないだろうか。

 確かに印象として「投げだした」ようにも見えるし、首相自身の政権への執着が弱かったことも辞任表明には大きく作用しているだろう。とはいえ、自民党として今後政権を維持していくことを考えた場合、現在の布陣のまま臨時国会で成果を上げることが出来ないままに、次期総選挙を迎えることが得策ではないことは確かである。国会を中心に政治日程を考えれば、総選挙は年末年始や夏前に行われることが望ましく、事実、戦後の総選挙の大半はこの時期に行われている(正確には、11月~1月、6月~7月に集中している)。

 現在の政治制度を前提とすれば、こうした政治日程を考慮して政権政党が動くことは当然である。現在の体制のまま臨時国会を召集し、野党側の「無責任」な対応(審議拒否や審議引き延ばし)を国民に印象付けることも、福田首相の取り得た一つの戦術であるが、すでに通常国会で野党側は「無責任」な対応を取っているにも関わらず、その点が国民の政権支持へ繋がることはなかった。また、これは福田首相にかなり好意的に忖度した場合の考えかも知れないが、「成果」が大して上がらないことを前提として国会運営に当たることは、国民にとっても望ましくないと首相は考慮したのではないだろうか。

 ここで強調したいことは、福田首相の辞任表明は安倍首相の辞任表明とは大きく異なるということである。安倍首相はそのタイミングがあまりに悪かった。自ら政権を率いている参院選で敗退したにもかかわらず、内閣改造を断行、さらに臨時国会を召集し、所信表明演説まで行ってからの辞任表明は、予算成立直前に政権を投げ出した細川首相以上に最悪のタイミングである。健康問題があったと安倍氏に近い人物は総じて言うが、一国の宰相は健康管理も含めて国民に対して責任を持たなければならない。

 それに対して今回の辞任表明は、国会会期中ではないし、政策に一定の方向性を与え、臨時国会召集までわずかとはいえ時間を残している。臨時国会召集は12日の方向で固まりつつあったが、民主党の代表選や首相の国連総会出席があるため、所信表明演説は今月末の29日と伝えられていた。そうであれば、このタイミングは実質的にそれほど「政治の空白」を作るものではない。

 確かに、一ヶ月前に内閣改造を行ったにも関わらず、このような形で辞任表明をしたことは首相の認識が甘かったと言える。とはいえ、安易に安倍首相の辞任表明と重ね合わせた論評を、国民が思うのならばともかくとして、多くの政治記者達や「識者」とされるコメンテーターからによって行われていることは残念でならない。政治家同様に、マスコミもまた「民度」のバロメーターなので仕方がないのだろうが…。

 いずれにしても、自ら選挙を戦って勝利していない政権があまりに脆いということが、小泉政権後の二年間で明らかになったことは間違いないだろう。自ら選挙に勝利して得た議席を持たない場合、政権はその正統性を移ろいやすく実態のない「支持率」に求めざるを得ないのが、残念ながら今の日本政治の現状なのである。

 次期総選挙では、前回のような圧倒的な差でいずれかの党が勝利することはないだろうと言われている。そうであれば、自民党政権が続くにせよ、民主党政権が誕生するにせよ、政権運営は容易ではない。目先の支持率を追い求めるようなパフォーマンスではなく、じっくり腰を据えて中長期的な政策に取り組む姿勢を各政党には期待したい。

 福田政権は地味ながら、中長期的に重要で、これまでの政権がなかなか手を付けることが出来なかったいくつかの問題に手を付けていた。しかしながら、そうした政策をうまくアピールすることが出来なかったし、またさらに政策を進めるだけの強い政権基盤を持たなかった。「平時」の首相が「乱世」で登板せざるを得なかったことは、歴史の皮肉なのか、それとも必然なのだろうか。

at 11:55│Comments(3)エッセイ風 

この記事へのコメント

1. Posted by 国際問題   2008年09月03日 22:50
どうでもいいですが、最近コラム書いています。お手すきのときにでも読んでやってください。
それでは失礼致します。研究頑張ってください。
http://www.jiia.or.jp/indx_column.html
2. Posted by 管理人   2008年09月04日 12:18
ちょうど、昨日仕事に疲れている時に、二つのコラムを読んでいたので、このタイミングに驚いています。
歴史研究者が現代のことを書く場合、安易な「過去との類推」を行ってがっくり来ることがあるのですが、二つのコラムはともに、歴史的な流れを押さえた上で現在を考えるという、歴史研究者が現代を書くお手本のようなコラムで、勉強になりました。
ご紹介ありがとうございました。
3. Posted by フランス人   2008年09月07日 03:24
  フランスから見ると日本の政治家が持っていない性格は「政治勇気」(フランス語で言うとcourage politique )のように見えます。つまり、諦めずに国の利益を守る政策を実行してみる考え方です。あたりまえなんですが、福田首相は日本の利益を忘れたようです。
  それに、もし福田首相は最初から日本社会の問題を解決できないと思っていたら、どうして出馬したでしょうか。それも勇気が足りない証拠でしょう。
  とにかく、本当のリーダが必要なので、国民は自分で選んだほうがいいではありませんか。
    ところで、面白いブログです。ごろくが見せてくれました。
頑張って  

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