2008年07月13日

先週の授業(7月第2週)。

暑い。

この言葉を発すると余計暑くなると分かっているのだけれど、暑い。今日の気温は32度くらいあるらしい。加えてこの湿度の高さにやられて本当にきつい。大学に来るまでで一番辛いのは、田町駅を出てから階段を降りるまでのところだ。毎日毎日、改札を出ると一瞬帰りたくなるのは自分だけではないはずだ。

そんな暑さに打ち勝つべく、また走り込みorプール通いを始めたい。…と思うのだが実行できるかどうか。



昨日の予告通り、先週の授業(7月第2週)について。

<水曜日>

3限:国際政治論特殊研究

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師匠の授業(国際政治論特殊研究)は今回が最終回ということで、最後の三章(Part?InterventionからChapter10 Intervention in Liberal International TheoryとChapter11 Humanitarian Intervention in the 1990s、そしてEpilogue)を一気に取り上げた。

Part?は、前回の授業で取り上げたChapter9で提起された問題を引き継いで介入について論じている。権威主義体制から民主主義体制へと転換する際に被害者が出た場合、国際社会は被害者のために何が出来るのだろうか。

Chapter10では、理論的な観点から介入論を取り上げ、各主権国家の政治的意思と介入論がぶつかった際に生じる様々な困難が指摘される。Chapter11では、より具体的に1990年代の人道的介入の事例を取り上げている。ここでも著者が重視するのは政治的意思である。目的と手段、適法性と実効性の面から介入について検討した結果として、著者はその困難を強く指摘する。

Epilogueは、本書全体を振り返ってのまとめだ。ここまでの各章の紹介からも分かるように、著者の議論は直ちに適応可能な何らかの処方箋を提示するものではない。このEpilogueで本書の枠組み(法・外交・勢力均衡などの制度の観点から国際関係を検討)が提示されることにも象徴されているように、本書のスタイルは(著者自身が言うように)オールド・ファッションなものだ。

本書全体を通して重要だった概念は、多元主義(pluralism)と連帯主義(solidarism)であろう。しかし、一番最後になってまた英国学派お馴染みの三類型(Revolutionalism[Revolutionary], Realism[Realist], Rationalism[Liberal Rationalist])が再び登場する。これまでの議論から容易に想像出来るように、著者が最終的な結論として提示するのはRealismである。しかし、そのRealismは北米系の国際政治理論のそれとは若干異なるものだ。ここでのRealismは道徳的観点を含むものであり、あくまでRevolutionalismとRationalismと比較検討の上でのRealismを著者は説く。

こうした著者のやや曖昧に見える結論には、当然その実行可能性や現実的な意義を問う声が上がるだろう。しかし本書の目的は政策的な処方箋の提示には無い。それは、処方箋を考える前提としての知的枠組みの提示にあるのだろう。

この本は改めて読み返してここで紹介したいのでここまで。ともあれ、じっくり読んで味わいのある興味深い本であり、半年間の授業はとても楽しかった。

<木曜日>

4限の国際政治論特殊研究は、院生の研究報告だったので割愛。

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

プロジェクト科目(政治思想研究)は、来週ディスカッサントなので気合いを入れて課題文献に加えていくつか論文に目を通していったところ、日本語とはいえ専門外の論文20本近く読む羽目になり、時間を作るのに苦労したが、その分講義をじっくり楽しむことができた。

テーマは「『ウェストファリア・システム』という名の神話」、講師は法律学科の先生だ。

この壮大なテーマのかなりの部分について、すでに研究を終えているのだから圧倒される。今回の発表に直接関係する先生の論考を新しい順に並べたのが↓。これに加えて、外国語で発表されている論文が数本あるのだからすごいものだ。

?「国際法学説における「ウェストファリア神話」の形成 一七世紀後半から一九世紀の「国際法」関連文献の検討を通じて(1)(2)(3・完)」『法学研究』(第80巻第6号~第8号、2007年)
?「「ハンザ」と近代国際法の交錯 一七世紀以降の欧州「国際」関係の実相(1)(2・完)」『法学研究』(第79巻第4号~第5号、2006年)
?「ジャン=ジャック・ルソーによる「国際法」理論構築の試みとその挫折 啓蒙期国際法理論研究の手掛かりとして(1)(2)(3)(4・完)」『法学研究』(第77巻第8号~第11号、2004年)
?「国際法学における実証主義の史的系譜 18世紀における「実証主義的」著作の検討を中心として」『世界法年報』(第22号、2003年)
?「ウェストファリア条約研究の現在 国際法史研究の一側面」『法学研究』(第75巻第2号、2002年)
?「欧州近代国家系形成期の多数国間条約における 「勢力均衡」 概念」『法学研究』(第71巻第7号、1998年)
?「ウェストファリア条約の研究 近代国家・近代国家系成立過程の検証(1)(2)(3)(4)(5)(6・完)」『法と行政』(第3巻第1号~第6巻第2号)

従来の国際法・国際政治学の前提を問い直す壮大な試みである。講義は、先生の研究来歴や問題関心、さらには今後の研究課題を提示した上で行われた総括的なものだった。これまでの論考に支えられ、細かい条文解釈などをエピソード的に交えての話だったので、議論は非常に説得的なものだった。

細かい話は来週の議論を踏まえて行うとして、雑駁な印象だけ簡単に。

世界最高水準を想定した研究、関連する研究の幅広さ、実証面でのこだわり、そのどれをとっても超一流の研究であり、授業でこうした話を聞けるのは本当に贅沢なことだ。ひとつひとつの論文だけを読んでいては見えてこない、その壮大な試みの「全体像」のようなものを著者自身に語ってもらえるというのはそうそうあることではない。

もっとも、この議論はあくまで従来の国際法理解・国際政治理解というテーゼがあってのアンチテーゼであり、ジンテーゼではない。また、仮に「ウェストワリア・システム」が神話だったとして、その神話に乗った上で19世紀以降の国際政治・国際法の展開があったことも確かである。そこに、この神話がどのように影響を与えたのか、また与えていないのかも一つの問題だろう。

そんなことを漠然と考えつつ来週の議論を考えているのだが、なかなか議論のポイントを作るのが大変だ。国際法史を知っているわけでも、ドイツ国制史を知っているわけでもない自分がどんな議論を展開できるのだろうか。かといって、単に国際政治理論に引きつけて話をしてもあまり面白くなりそうにはない。そんなわけで苦悩する週末。

先週に続いて今週もまたウェストファリア漬けの毎日になりそうだ。

at 18:10│Comments(0)ゼミ&大学院授業 

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