2008年07月12日

Marc Trachtenberg, A Constructed Peace: The Making of the European Settlement 1945-1963

仕事をしている友人達と比べれば何ということもないのだろうが、それなりにこの一週間は多忙だった。

先週末は、読書会で洋書一冊&英語論文二本を取り上げて議論。その後、懇親会と飲み会を梯子した。日曜日以降は、フルタイムのバイト×3、家庭教師×2があり、しかもバイトは朝から晩までほとんど休憩なしで働き続けて多少サービス残業だった。それに加えて授業が三つ。授業の話はまた明日改めて書くことにしようと思う。

ともあれ、そんなこんなで忙しい一週間を送っていたので、ここに書きたいことが色々と溜まってしまっている。ひとまず先週末の読書会について書いておきたい。まず書評形式で簡単にメインテキストを紹介しておこう。



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Marc Trachtenberg, A Constructed Peace: The Making of the European Settlement 1945-1963, ( Princeton : Princeton University Press, 1999 )

<はじめに>

 冷戦終結は、現実の国際政治のみならず外交史研究(国際関係史研究)にも大きな影響を与えた。その一つが、冷戦期の約40年間を振り返ってみた時に、それは「永い平和(The Long Peace)」だったのではないだろうか、という新たな見方である。ジョン・ルイス・ギャディスが「永い平和」という考え方を打ち出したのはいわゆる新冷戦の時代であるが、冷戦が終わり、結果として米ソ両国が戦火を交えることがなかったという事実、そして冷戦の主戦場であったヨーロッパで戦争が起こらなかったという事実を肯定的に評価する動きが広がっていったのである。
 本書は、こうした研究動向を意識しつつ、米英独の一次資料を用いて戦後ヨーロッパの国際関係を詳細に描き出した労作であり、新たな冷戦像を提示したことで広く話題となった著作である。副題にもあるとおり、本書が検討対象とする時期は1945年から1963年までと非常に幅が広い。ここではまず全体を通した本書の主張を簡単に紹介することにしたい。

<概要>

 冷戦期に、いかにして大国間の平和が成立したのか。このように「はじめに」で明らかにされる本書のテーマは極めて明快だ。そしてその際に著者が重視するのは、冷戦期における中心的な問題としての「ドイツ問題(the problem of German power)」である。ドイツをめぐる安全保障問題、さらに限定すれば核兵器をめぐる問題こそが安定的な国際システムを構築する上で最も重要な鍵となると著者は主張する。以上の分析視角に立って、本書は1945年から1963年までのヨーロッパ国際関係を描き出している。

 本書は三部構成となっている。第一部「ヨーロッパ分断(the Division of Europe)」では、大同盟がポーランド問題を発端として崩壊し、イランやトルコを巡る対立が冷戦へと繋がっていく様子がまず描きだされる。その際に重視されるのは、米ソの「勢力圏分割」が直ちに平和へと結びつかなかったということである。さらに、占領下のドイツを巡る四ヶ国の対立が、最終的に1949年の西ドイツ国家樹立に至る経緯が詳述され、さらにソ連の核実験成功によってアメリカの核独占が崩れる様子が紹介される。

 第二部「NATOシステム」は、NATOシステムの形成からアイゼンハワー政権の終わりまでを取り上げている。1950年代前半は、西ドイツの再軍備問題を巡って米欧関係が大いに緊張した時期である。アメリカの核独占の崩壊は、西側諸国に防衛政策の再編を迫ることになった。その際に浮上したのが西ドイツ再軍備問題であった。この問題については、これまでも様々な研究が行われてきたが、本書はEDC構想の挫折とその後の展開をフランスのマンデス・フランス首相の役割に注目して論じていること、またアイゼンハワー米大統領がヨーロッパから米軍を撤退させ、西ドイツを中心としたヨーロッパを「第三勢力(the Third Force)」とすることを企図していたことを強調していることに新しさがある。ヨーロッパを「第三勢力」とするためには、核兵器の問題を避けて通ることは出来ない。それゆえ著者はMC48の成立を重視するとともに、MLF(多角的核戦力)を巡る交渉を詳細に跡付けている。しかしながらMLFは、米国内の政策不統一、そして米仏の手法を巡る対立もあり頓挫することになる(MLFについては第三部でも取り上げられている)。

 第三部「冷戦という平和(the Cold War Peace)」は、第二次ベルリン危機の発生から、PTBTが調印されるまでを取り上げている。著者は、第二次ベルリン危機に際してソ連が重視していたのは、西ドイツの核兵器問題であったと指摘する。これに対して米英仏は極めて現状維持的な志向を持ち、さらに西ドイツは非核化に強硬に反対したことによって、1960年にいったん危機は落ち着く。
 しかし、ケネディ政権の登場によって状況は変わっていく。その言辞とは異なりケネディ政権は、対NATO政策において垂直的な関係を志向していた。ここに「第三勢力」構想は存在しない。ドゴール仏政権がアメリカと激しく対立する姿勢を見せたことによって、西ドイツは核問題についてもベルリン問題についてもより強硬な姿勢を見せるようになっていた。こうした状況は、キューバ危機とその後の米ソの妥協によって変化することになる。さらに仏独間のエリゼ条約締結、西ドイツ国内でのアデナウアー政権の凋落によって事態は一挙に解決へと向かっていく。ケネディ政権は、キューバ危機を経てより一般的な形で核不拡散問題を取り上げるようになっていた。米ソの姿勢変化、アデナウアー政権の凋落によって、西ドイツの核問題及びベルリン問題とリンクするPTBTが調印されることになるのである。

 こうして「1963年のとりあえずの和解(the Near-Settlement of 1963)」がなされ、「冷戦という政治システム(the Cold War Plitical System)」が成立したと本書は結論づけられる。それは最終的な解決ではなく、冷戦はその後も続いたわけだが、それでも西ドイツの核兵器問題は解決され、そしてベルリン危機はこれ以上起こらなかった。なぜなら、それは「1963年のとりあえずの和解」が関係各国にとって満足のいくものだったからであると著者は主張する。冷戦の最も重要な問題である「ドイツ問題」は、「核不拡散」という形で解決されそれが「冷戦という平和」をもたらしたのである。

<評価>

 米欧関係を一つの軸に戦後処理の歴史として冷戦を描き出した本書は、冷戦史研究に一石を投じる重要な著作である。アメリカ外交史として冷戦史を語る傾向が強いアメリカ人にあって、著者が例外的にヨーロッパの視点を重視し英独仏の一次資料を用いて研究を進めている姿勢は高く評価されるべきであろう。上記の内容紹介では大幅に割愛しているが、本書ではヨーロッパ国際関係についても幅広く叙述が行われている。EDC構想の挫折と、その後のNATO枠内での西ドイツ再軍備をめぐるマンデス・フランスの役割を分析した箇所などは興味深い視点を提示している。
 とはいえ、細谷雄一氏の書評ですでに指摘されているように、フランスに関しては圧倒的にジョルジュ・アンリ・ストゥーの研究に依存している点に見られるように、ヨーロッパ分析はやや中途半端と言わざるを得ない。本書は、ヨーロッパの視点を重視しつつもその中核的な問題であったヨーロッパ統合に関する分析をほとんど行われていない。また、英仏両国については要所要所でその見方が紹介されるが、結局それがどのように結果につながっているのかが明らかでないことの方が多い。言い換えれば、英仏両国についてはエピソードの域を出ていない部分が多いのである。
 資料についてもう一点指摘すれば、何よりソ連の見方や交渉姿勢をアメリカの外交文書から分析している点は大きな問題である。この点もすでにいくつかの書評で指摘されている点であるが、著者が研究を進めていた1990年代はソ連側の資料がかなりの程度まで開示されていた時期でもある。

 「西ドイツの核問題」こそが戦後ヨーロッパにおける中心的な争点だったと捉え、1963年に「冷戦という平和」が成立したという著者の主張は非常に斬新であり、本書の最も論争的な点である。従来の歴史理解に修正を迫る著者の意欲が伺われる。
 とはいえ、やはりこの点こそが本書の最も大きな問題点である。同盟形成の観点を重視し、東西両陣営の安定について考えれば、より重要な分水嶺は1963年ではなく、東西の分断が固定化された1955年であろう(冷戦の転機としての1955年については、石井修「冷戦の「五五年体制」」『国際政治』第100号、1992年、を参照)。問題の性質という点でも、1955年までが「同盟形成」であったのに対して、それ以降はむしろ「同盟内政治」の側面が強くなっているように思われる。
 また核兵器の問題に注目した場合にも、果たして1963年がどこまで重要だったのかは疑問である。その後、核不拡散条約(NPT)を巡る交渉の際にも、西ドイツの各問題は重要な要素であった。そのように考えれば、1963年は「ドイツ核問題の終わり」ではなく「核不拡散問題の始まり」の年として捉えるべきとも言えるのかもしれない。
 
 以上の二点を総合して考えれば、本書はその目的をより限定すべきであったと言えるのかもしれない。全体の枠組みについて言えば、アメリカの対ヨーロッパ政策に限定した形に設定し、その上で英仏独にも目を配るというスタンスを明示するべきであろう。アメリカの対ヨーロッパ政策に本書の目標を限定すれば、提示したかった議論を展開するために不必要と思われるほど多くの「エピソード」を盛り込む必要もない。
 また検討対象の時期についても再考する必要がある。本書の分析のオリジナリティー(そして実証的なレベルの高さ)はやはりアイゼンハワー政権期にあり、この時期をメインに据えればより議論も説得的になったのではないだろうか。



とまあ、こんな感じでやや批判的に読んだわけだが、読書会で取り上げるには論争的ななかなか面白い本だった。個人的に興味深かったのは、議論をしている中で徐々に見えてきた1955年とそれ以降の違いだ。つまり、1955年までが「同盟形成」であったのに対してそれ以降は「同盟内政治」、という構図だ。「同盟形成」の過程であれば、国力の劣るヨーロッパ諸国が対米政策において様々な役割を果たしうる。しかし、それが「同盟内政治」に変わった時、その役割は変わらざるを得ない。

もちろんそんなに全てを割り切れるわけではないが、これは日本に当てはめてみても言えることである。国際政治の中で日本を見た時の分水嶺となるのはおそらく1955年ではなく、安保改定を行った1960年である。この1960年以前とそれ以降の日米関係はおそらく質的に相当程度違うものである、ということを最近よく考えている。これは今すぐに研究出来るわけではないが、是非力を入れてやりたいことだ。

ちなみに今回のサブテキストは↓の二本。サブテキストとして読み解くのにぴったりの論文二本だった。

?Geir Lundestad, "Empire by Invitation? The United States and Western Europe, 1945-1952", Journal of Peace Research, vol.23, no.3, 1986.
?G. John Ikenberry, "Rethinking the Origins of American Hegemony" in G. John Ikenberry (eds.), Liberal Order and Imperial Ambition (Cambridge: Polity, 2006).

ちなみに読書会直前に出版された、倉科一希『アイゼンハワー政権と西ドイツ』(ミネルヴァ書房、2008年)は、トラクテンバーグの本を考える上で重要な本であり、時間を見つけてじっくり読みたい一冊だ。時間が無かったので読書会前にはパラパラとしか読めなかったのだが、序章の注33で今回の読書会で取り上げたメインテキスト&サブテキストを取り上げていたのは偶然なのか必然なのか…。

at 15:40│Comments(0)本の話 

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