2008年06月30日

先週の授業(6月第4週)。

毎年のことながら六月はあまり調子が出ない。

仕事が忙しかったり、目の前のやるべき事が重なっていたり、少々しんどい日々を送っている。そんな時に限って、いやそんな時だからこそ、あまり調子が良くない。研究者として就職している先輩や先生たちは、こうしたしんどい日々を過ごしながらも着実にやることをこなしている。自分にそれが出来るのか、とつい考えてしまうのは、疲れている証拠だ。そりゃ、塩もかけられます(笑)

なーんてことを言っても、何も解決しない。頑張るしかないんだなー。と思っていたら、後輩も同じようなことをmixiに書いていた。

と、ここまで書いていたら後輩がキャレルに登場。ぐだぐだ話しながら、まー頑張るしかないな―、というところに落ち着く。大怪我を負えば負うほど超回復するサイヤ人のような身体が欲しい。



<水曜日>

3限:国際政治論特殊研究

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今回は、Part?:DemocracyのChapter9 Pluralism and Solidarism Revisited が範囲。

章題からも分かるように、これまでの議論を踏まえた「まとめ」のような章だ。Pluralismが勢いを増す中で、その実現にはいかなる困難があるかを問う前半部分はなかなか読み応えがある。強調されるのは、政治的意思(Political Will)と実施する手段だ。これは重要な問題だ。

後半部分で展開されるのは、先住民の権利を主張することと分離運動の違いで、これまた難しく重要な問題で色々と考えさせられる。

自分にとって面白かったのは、一番最後に紹介されているフィジーの問題だ。ちょっと調べてみると、フィジーの問題はなかなか入り組んでいる。ざっくりまとめてしまえば、イギリス統治から進んだインド人入植民と先住民族との関係がこじれており政治問題化した、ということになる。問題は、これが国際問題化した時に国際社会はどのように対応すべきかということ。

こんな困難な問題を読者に突きつけつつ、次回(最終回)はいよいよ介入の問題が論じられる。まだこの先を読めていないので、著者がただ困難さを指摘するだけなのか、それに対する何らかの処方箋を提示するのかが興味深いところだ。

<木曜日>

2限:国際政治論特殊研究

今回は、1975年5月~1975年12月までの文書が範囲だった。

CSCEがヘルシンキ宣言調印によって大団円を迎える一方で、MBFR交渉はますます停滞する、というのが今回の大まかなストーリーだ。もっとも、ただ停滞を迎えるだけでなく、ようやく核兵器を含んだOption?を提示するなど、それなりの動きは見せている。デタント期に行われた三つの交渉(MBFR、SALT、CSCE)がどのように相互に関係していたのか、ということは実際に資料を読んでみなければ分からない。それがようやく今回はっきりしてきた点が面白いところだ。

授業での議論は、細かい論点が出尽くしたのか、MBFRに対してやや倦怠感が漂っているのか(笑)、全体的に大きな話になった。そんな雰囲気に対応したのか、発表されたレポートの課題は「デタントとは何だったのか」という大きいもの。色々と考えるところはあるので、じっくり取り組みたいところだが、時間が……。

次回は、いよいよ最終回だが、MBFR交渉については中途半端なところで終わってしまう。細かい話をしてもあまり盛り上がりそうにないので、「MBFR交渉の論じ方」のようなアイデアのみの「乱暴」な議論をしてみようと思う。

4限:国際政治論特殊研究

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長かったこの本とのお付き合いも今回でようやく終了。余裕がある時に、批判的な書評をここに載せたいと思います。そんなことを思っていたら、大学院の先輩の書評が東京財団HPに掲載されていることに気が付く(リンク)。

ま、これはまたそのうちに。

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)

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どういった議論になるのだろう、と心配していたのだが、友人がうまく議論をまとめてきたのでひと安心。やはり、マイナーなテーマの上にアプローチが固まっていない研究で議論をするのは難しい。

なぜこのテーマなのか、なぜこの視角なのか、なぜこの分析枠組なのか。結論はその視角・分析枠組から導き出されているか。こういった当たり前のことを着実にこなしていくのが実は一番難しい。当たり前のことをこなした上で、面白いかを問われる。あ~、研究ってしんどい。

at 20:27│Comments(0)ゼミ&大学院授業 

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