2008年06月12日

今週の授業(6月第2週)。

今週は色々あって水曜日の授業のみ。

<水曜日>

3限:国際政治論特殊研究

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今回は、Part?:DemocracyのChapter7 Histrical Antecendents and Cultural Preconditionsが範囲だったが、この章に入る前に先週の議論の積み残しとして主権についてもう改めて議論をした。

議論の要点は、果たして主権をinternalとinternational(もしくはextarnal)に分けて考えられるのか、ということ。現代を考えた場合、とりわけ経済面において国家の主権は弱まっているように思える。こうした対内的な主権の弱まり(?)は、対外的な主権の弱まりにも影響を与えるであろうし、分けて考えるのは適切なのか、といったことが議論になった。

これに加えて、先進国においても発展途上国においても主権は弱まっているのではないか、といったことが問題提起されていたように思うが、それについてはあまり議論にならなかったのは残念だ。

先生曰く「主権は政治学におけるヘビー級の問題」なので、そう簡単に答えが出るわけではないが、こういった問題はしっかりと考えておかなければならない、とのこと。「ヘビー級の問題」には様々な古典がありもちろんそれらを読むことも大切だが、そうした議論をただ並べて整理し覚えるのではなく、限られた知識であっても自分の頭を使って知的に格闘するべき、というのが学部ゼミ以来の師匠の教えでもある。

本書を読んで主権についてこういった議論が出てくる背景は、先生も指摘していたように、著者が明確な定義をしていないことと、多くの人が主権を考える際に「(実際には存在したこともない)あるべき理想」のようなものを念頭に、それとの比較から現在を論じていることにあるのだろう。国家の実態を歴史的に検討し、それに即して主権を考えてみると、一般的な議論とは少し違うイメージが湧いてくるのかもしれない。

今回の本題である民主主義と文化の問題については、内容というよりも著者の議論のスタイルについての話が興味深かった。この本の特徴的なスタイルは、「ある重要な問題(例えば「主権」)について、Aという議論とBという議論があるが、この両者にはそれぞれ問題点がある。だけどその両者を検討した上でこれくらいのことは指摘できるよね」といった論法だ。

ただし重要なのは、こうした議論の方法をとったからといって著者に自分の意見がないわけではないことだ。様々な留保を付けつつも、本書を通した明確なメッセージは存在する。この辺りの話は、本書を読み切った時に書くことにしたい。

at 10:27│Comments(0)ゼミ&大学院授業 

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