2008年06月08日

今週の授業(6月第1週)。

いつものことながらあっという間に一週間が過ぎてしまった。一週間が過ぎただけでなく、金曜日には誕生日を迎えて一つ年齢を重ねた。一年もあっという間だな、と嘆息してしまう。

今週はやるべきことが山積していたので仕方がない面もあったのだが、そんな言い訳を続けているといつまで経っても本腰を入れて研究が出来なくなってしまう。気合を入れ直して頑張ることにしたい。



<水曜日>

3限:国際政治論特殊研究


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今回は、Part?:SovereigntyのChapter6 Reappraisalが範囲。

やはりという感じだが、「自決」の問題は分かりにくい。「民族自決」と「自決」は明確に分けて考える必要があるし、事例ごとによってその意味もそれぞれ変わってくる。また、internalとinetrnationalな主権も区別して考える必要がある。こうなってくるとますます議論が分かりにくい。

そんな中でも特に分からなかったのが、先進国/発展途上国それぞれにおける主権の持つ意味の違いだ。本章の議論の多くは、発展途上国を対象としたものだが、時々先進国に関する議論が出てくる。この点は、授業でも議論になった問題で、次回改めて議論するようなので、次回までに自分の考えを整理しておきたいのだが、そう簡単に答えが出るわけもなく、悩み続けるしかないのだろう。

<木曜日>

2限:国際政治論特殊研究


今回は1974年4月~1974年10月の文書。結局MBFRはまとまらなかった交渉であり、徐々に手詰まり感が全面に出てきたな、というのが今回文書を読んでの感想だ。MBFRに関して「イギリスは全然ダメだったのでは?」(大意)という討論者の議論が面白かった。とりわけ、イギリスの対ソ情報はこの時期はかなり限られていたのではないか、という点は他の問題を考える際にも重要なポイントになる。少なくともMBFRに関する文書(といってもDBPOだけだが)を見る限りでは、情報が有効に活用はされていないようだ。

妥結した交渉に関する文書であれば、どのような道筋で妥結に至ったのかが議論になるのだが、このMBFRの場合はなかなかそういった議論にはならない。今回はやや大きな議論で興味深いものだったが、大きな議論ばかりしていても同じ話になってしまう。そろそろ自分が討論者の回のことを考えておきたいのだが、なかなかいいポイントが見つかりそうにないのが悩ましいところだ。


4限:国際政治論特殊研究


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いつものとおり、内容は割愛。先週読んだ第4章辺りから、何となく議論のトーンが変わってきたように思っていたのだが、これは自分の気のせいではなかったようだ。今回は、討論としてAsian Policy に掲載された書評会(?)での議論が紹介されていたのが面白そうだった。いつものことながら「日本人的」な議論を展開するマイク・モチヅキ、やや自説を変えつつあるように見えるクリストファー・ヒューズなどなど。

日本は蚊帳の外に置かれ、国際論壇では日本の議論が行われている。そこに参入していくのは大変なのだろうなー、と思うがそこに出ていくのは日本の学者がやらなければいけないことなのだろう。

<金曜日>

某国際セミナーに討論者として参加。色々とやることが重なり、かつ誕生日ということで、とにかく疲れた。詳細はここでは割愛。

もともとは自分の研究テーマに関係する発表に対する討論をする予定だったのだが、なぜか直前になって変更されたので、付け焼刃の討論しか出来なかったのは残念だったが、まあこれは仕方がないのかもしれない。色々含めて「これも仕事です」と師匠は言っていたが、同じく討論者だった先輩が素晴らしいコメントをしていたので、自分ももっと頑張らなければいけないな、と再確認した。

<土曜日>

5限:プロジェクト科目(政治思想研究)


今回はゲストの先生の関係で土曜日に授業があった。ゲストの先生は小田川大典先生、演題は「政治空間の中の自由 テイラーとスキナーのバーリン批判」。5月末にあった政治思想学会でのご報告と同じ内容だということだが、こちらは授業ということで時間がたっぷりあるので、内容も盛り沢山だった。

最近は、著書一冊のみが指定文献ということが多かったのだが、今回は久し振りにかなり指定文献が多かった。まず本が↓の三冊。

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左から、アイザイア・バーリン『自由論』、クェンティン・スキナー『自由主義に先立つ自由』、チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理』だ。どれも思想に関心があればよく知られた本である。本三冊というとかなり多いようだが、『自由論』は「二つの自由概念」のみの指定だし、あとの二冊は量自体はそれほど多くはない。とはいえ、専門外の自分にとっては読んで理解するだけでなかなか大変だ。

これらの本に加えて、↓の論文も指定文献だった。

・関口正司「二つの自由概念」『西南学院大学法学論集』(第24巻第1・3号、1991-1992年)
・関口正司「自由」日本イギリス哲学会・編『イギリス哲学・思想事典』(研究社、2007年)
・小田川大典「共和主義と自由 スキナー、ペティット、あるいはマジノ線メ
ンタリティ」『岡山大学法学会雑誌』(第54巻第4号、2005年)
・小田川大典「J・S・ミルと共和主義」田中秀夫、山脇直司・編『共和主義の思想空間 シヴィック・ヒューマニズムの可能性』(名古屋大学出版会、2006年)

本当は、David Miller(eds), The Liberty Reader, ( Paradigm Publishers, 2006) のイントロダクションと、バーリン、スキナー、テイラーの箇所を読むようにという指示があったのだが、これは日吉に一冊しかなかったのであきらめ、ネットで見れる範囲を少しだけ読むことしか出来なかった。

これらの文献を読んだ上で臨んだ講演だったので、自分には馴染みのない分野であっても内容はそれなりに理解出来たように思う。ただ、自分の専門と異なる分野だけに、中途半端に読むと逆に質問がしづらくなってしまうのだな、ということに今回は気がつかされた。

副題にある「テイラーとスキナーのバーリン批判」、より具体的にはバーリンの「二つの自由概念」に対する両者の批判が発表のテーマであり、バーリン論ではなくバーリン批判論として聞くべきものだろう。

そのことを踏まえた上でのことだが、テイラーとスキナーのバーリン批判論には若干の違和感を覚えた。というのも、とりわけテイラーの「二つの自由概念」批判の中でのバーリンの議論は、(「二つの自由概念」とともに『自由論』に掲載されている)「歴史の必然性」から受ける印象はあまりに大きく異なるからだ。

そんなことを感じていたところ、先生方二人がバーリンの実像に関するコメントをしていたの、心の中で「ふんふん」とうなずいていたのだが、よくよく考えればそれではだめで、ちゃんと自分の言葉で聞かなければいけなかったのだと思う。

もう一点は、歴史研究と理論研究に関する問題についての議論が興味深かった。こういった悩みは、自分がやっている外交史研究でも常に問題となるところであり、参考になる部分が多い。歴史研究と理論研究の関係については、おそらく国際政治よりも政治思想の方が相互の関係は深いし、それを架橋している研究者も多い。この辺りはまた改めて考えたいのだが、入ゼミ試験以来考え続けている問題なので、そう簡単に答えなど出るわけはないので、これもお蔵入りになりそうだ。

以上は自分が何となく感じた部分についてだが、他の部分についても何人かの先輩から興味深いコメントがあった。やはりちゃんとペーパーを用意しての講義の方が議論は実り多くなるということなのだろう。来週木曜日は授業に出れないので、ちょっと残念だ。

at 15:57│Comments(2)ゼミ&大学院授業 

この記事へのコメント

1. Posted by りんむー   2008年06月08日 18:09
金曜日はお疲れさま。
誕生日おめでたう。
2. Posted by 管理人   2008年06月09日 20:46
ありがとうございます。
金曜日は本当に疲れました。
大将はかっこよかったです。
今度歌いに行きましょう。

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