2008年03月26日

君塚直隆『女王陛下の外交戦略』(講談社)

41ad4633.jpg

君塚直隆『女王陛下の外交戦略 エリザベス二世と「三つのサークル」』(講談社)

 ある評者をもって「英国史狂い」「王室マニア」と言わしめた君塚直隆氏によって、また新たな著作が生み出された。本書『女王陛下の外交戦略』は、80歳をこえた現在も活躍を続けるイギリス女王エリザベス二世に、その外交面から迫っている。本書はまた、19世紀のイギリス内政研究からスタートした著者による、待望の現代外交論でもある。

 ほんの一世紀前まで、地球上は皇帝や国王を戴く君主国によってその大半が統治されていた。しかし、21世紀を迎えた現在、君主によって治められる君主国はわずか28ヶ国に過ぎない(これにエリザベス二世が国家元首を務めるコモンウェルスの15ヶ国を加えると43ヶ国になる)。このような現代において王室外交に意味はあるのだろうか、という誰しもが思い浮かべる問いに答えるところから本書は始まる。当然、著者の答えは「ある」だ。
 君主国であっても、その多くは近代国家としての政治制度や官僚制度を持ち、かつての絶対君主のように立憲君主が対外政策決定に関与することはほとんどなくなった。条約締結や貿易摩擦の解消、その他様々な交渉は時の政府が取り仕切っている。しかし、である。

 しかし、任期に限りのある大統領や首相、転任の多い外交官や官僚たちではまかないきれない、ゆっくりと時間をかけて構築していく必要のある場合には、任期に縛られず、政治的には中立性が見られ、親から子へさらには孫へと連綿と受けつがれていく「君主」こそ外交のソフトの部分を担える重要な存在となるのではないだろうか。(24頁)

 こう著者は言う。また、君主の役割はこうしたソフトな役割にのみあるわけではない。エリザベス女王の二男であるヨーク公は、国際通商・投資に関するイギリス特使を務め、世界を飛び回ってイギリスを売り込んでいる。こうした例ひとつとっても、王室はソフトに限らずハードな側面でもその役割を果たしていることが分かるだろう。

 そこで著者が注目するのが、イギリス外交の「三つのサークル」である。「三つのサークル」とは、すなわちアメリカ合衆国、コモンウェルス(旧英連邦諸国)、ヨーロッパである。「三つのサークル」と巧みにバランスを取っていくことは、戦後の各政権にとって大きな課題となった。そしてまた、エリザベス女王にとっても「三つのサークル」といかに関わっていくのかは、重要な問題だったのである。四章からなる本書は、第一章でアメリカ、第二章でコモンウェルス、第三章でヨーロッパと、各章でエリザベス女王と「三つのサークル」の関係をそれぞれ検討し、さらに第四章では「ジョージ七世」となるであろうチャールズ皇太子による「王室外交」を検討していく。
 とりわけ興味深いのは、第二章で検討されるコモンウェルスとの関係である。冷戦を戦う超大国の一角を占めたアメリカとの関係や、地域統合が進むヨーロッパとの関係が重要なのは、王室ならずとも自明のことであろう。それに対し、良くも悪くも「帝国の遺産」であるコモンウェルスとの関係は、政治にとって難しいものがあった。戦後イギリスにおいて、コモンウェルスとの難しい関係で重要な役割を果たしたのが、エリザベス女王である。

 確かに、日記や書簡などの一次資料に基づいて書かれた前著『ヴィクトリア女王』と比べて、本書の記述はやや表面的なものとも言える。しかし、それを感じさせない流麗な文章が、本書の大きな魅力となっている。本書に似た問題意識を感じさせるのが西川恵氏の名著『エリゼ宮の食卓』(新潮文庫)である。権威と権力が融合したフランスの大統領制、それに対して権威と権力をうまく分けつつ相互に有機的な関係を持つイギリスの立憲君主制、本書と『エリゼ宮の食卓』を対照しつつ読んでいくと、また新たな面白さが見えてくるかもしれない。

 このようにな楽しみ方と共に、もう一つの楽しみ方もあるだろう。「あとがき」にもあるように、本書は、「勲章」を主役とした『女王陛下のブルーリボン』(NTT出版、2004年)、「秘書官」に光を当てた『女王陛下の影法師』(筑摩書房、2007年)に続く「女王陛下三部作」の最終作である。また著者は別に『ヴィクトリア女王』(中公新書、2007年)で、力強い立憲君主としてのヴィクトリア女王像を描き出した。これらの前著の流れの中に本書を位置付ければ、「勲章」「秘書官」に続いて「女王自身」に光を当てたものであり、またヴィクトリア女王の次なる女王であるエリザベス二世を描いたものと言えよう。「女王陛下三部作」、そして『ヴィクトリア女王』、こうした王室シリーズの一冊として読むと、本書はより深い文脈の中で輝きを放つだろう。「あとがき」の宣言にあるとおり、著者の関心は、「国王陛下シリーズ」へと注がれている。待ち遠しい限りである。

at 21:29│Comments(0)本の話 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字