2008年01月15日

高校選手権。

久しぶりにサッカーを観てきました。

高校選手権の決勝で五万人近く入るとは思わなかった。千葉対静岡なのに、観衆の大半が藤枝東だった。親戚が何人か静岡から来ていたようだが、その期待を裏切る見事な完敗でした。ロングボールやクリアをことごとく拾われる、個人の能力に大きな差がある、などなど、あのスコアでも仕方がない試合内容だった。とはいえ、全国大会の決勝まで進むのだからすごいことだ。



前回の記事に続いてグッとくる一節を引用しておきたい。今回は、カーの評伝を読んだ直後だけに色々と考えさせられる部分だ。『アイザイア・バーリン』を読み終えたので、夜の読書として次に何を読むのかを思案している。評伝、回顧録がいいのだが、せっかくなのでヨーロッパの知識人がいい。やはりアロンの回顧録辺りだろうか。

3692c6db.jpg

 人間は操り人形ではない。人間は巨大な、非人間的な力の遊び道具ではない。人間の行動と精神的な宇宙は、階級的な位置、人種、性、あるいは文化的伝統によって形づくられるかもしれない。しかし、個人としての人間は道徳的選択の能力を保持しているのであり、その限りにおいては、これら決定要因から自由でいるのである。それゆえに、人間をその歴史的な行動について賞賛したり責めたりするのは適切なことなのだ。歴史家の機能は過去を判断するよりも理解することなのだと主張する者は間違っている。過去を理解すればするほど、過去の見知らぬ状況についてわれわれの道徳的規準を当てはめることができなくなると主張する者も間違っている。相対主義者の憲章「すべてを理解することは、すべてを許すことである(Tout comprende, c'est tout pardonner)」は偽りである。歴史的理解の機能は歴史上の登場人物が策略の余地を楽しんだ範囲を厳密に識別すること、彼らが自由をどのように、なぜ活用したかを理解すること、そのときにほかにどのような行動が可能だったかを基準に、彼らの行動を評価することである。(マイケル・イグナティエフ『アイザイア・バーリン』みすず書房、224-225頁)

at 09:27│Comments(2)本の話 

この記事へのコメント

1. Posted by gori   2008年01月15日 14:52
アロンの回顧録・・読みにくい・・
2. Posted by 管理人   2008年01月16日 10:19
読みにくいんだ。とりあえず、チャレンジしてみよう。原文じゃ無理だし。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字