2007年11月29日

11月もそろそろ終わり。

外でお酒を飲む日が続いたり、何となく疲れていたり、更新しようと思ったらブログがメンテナンス中だったり、そんなこんなで一週間ぶりの更新。日々の記録(主に勉強関係)を書いていたこのブログも、授業が週に一コマしかなく、時間の大半を修士論文関係に費やしている今の生活だと、あえて書くようなこともあまりないということだろうか。

この数週間で、朝晩の冷え込みが激しくなった。朝布団からでるのが辛い毎日が続く。仕事があればどれだけ寒い日だろうとちゃんと起きるのだから、朝布団から出られないのは精神力の問題に違いない、と自分に言い聞かせて頑張ってみる。効果はあるような無いような。



今更ながらという気もするが、『レヴァイアサン』最新号(第41号)について。特集「現代日本社会と政治参加」は、自分の研究にほぼ関係がないが、書評が珍しいくらい自分の専門分野に近かったので少し驚いた。掲載された書評は↓について

月村太郎『ユーゴ内戦』(東京大学出版会、2006年)
大森彌『官のシステム』(東京大学出版会、2006年)
新川敏光『日本型福祉レジームの発展と変容』(ミネルヴァ書房、2005年)
中島信吾『戦後日本の防衛政策』(慶応義塾大学出版会、2006年)
阪口功『地球環境ガバナンスとレジームの発展プロセス』(国際書院、2006年)
黒崎輝『核兵器と日米関係』(有志舎、2006年)
山本吉宣『「帝国」の国際政治学』(東信堂、2006年)
若月秀和『「全方位外交」の時代』(日本経済評論社、2006年)

『「全方位外交」の時代』の書評は、何と言うか珍しいタイプの書評なので一読の価値あり。

日本の書評はあまり論争的でないものがほとんどで、要約以外読む価値無しというものもある。それでも、書評は出来る限り目を通しておくといいと思う。あまり書評に書いてあることを信じすぎるのもいけないが、研究動向を知る上でも参考になることが多いし、自分の思い込みに気が付かせてくれることもある。自分の専門分野外のものなど、教科書をじっくり読むよりも、書評をまとめて何本も読んだ方が研究の論点がよく分かることが多い。専門が外交史だからだが、『レヴァイアサン』は記事よりも書評の方が読んだ数が多い気がする。

書評とともに今回面白かったのが編集後記。特集号を担当された先生の編集後記が↓

データ検索が非常に便利になったのは最近の現象で、新聞記事検索でも以前はそれのみに頼るのは危険だった。再分配政策決定過程で修士論文を書いた1980年代後半、私は図書館から生協まで100メートルほどの距離を何度も往復して四紙5~6年分の縮刷版を一度に4、5冊よろよろしながら運び必要な紙面の拡大コピーをした。最近、修士論文を書く学生に重要な部分のみでも新聞の縮刷版を見ることを勧めた。縦横無尽にデータ検索ができるはずの彼の「記事が紙面のどこにどの位に扱われているかが一目瞭然でとても有益だった」という報告は興味深かった。私の苦労も筋トレ(?)以外の意味もあったようだ。データ検索から得る情報、紙媒体からの情報、人から得る情報、全て異なる。便利さに流されることなく的確に情報を処理することにも研究者の力量は問われよう。

最近は、自分も記事検索と縮刷版を併用している。記事検索で漏らしてはいけない記事をピックアップして、その上で縮刷版をチェックするのが、最近のやり方だ。紙面での扱いを知ることは、同時期に重要だったニュースが何かを知る上でも役に立つ。逆にそれを知らないで必要な箇所だけテキストで取り出すことは非常に危険だと思う。

便利さといえば、CiNiiなどの論文検索サービスは便利なのだが、最新号が反映されるまでにやや時間がかかるのが難点だ。また雑誌によっては、ある期間がすっぽり抜けていることがある。自分が関係する学術雑誌は限られているのだから、新しい論文や書評は図書館で足を使ってチェックするのが一番いいのだろう。過去については、論文の註をチェックしつつ探していくのが経験上は一番確かな方法だが、それでも学術雑誌の目次をざーっとチェックすると思わぬ発見があるものだ。

at 22:41│Comments(0)日々の戯れ言 

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