2007年11月20日

師匠に会う。

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James Mayall, World Politics : Progress and its Limits, (Cambridge : Polity Press, 2000). 冷戦後の国際状況に対する深い問題意識を持ちつつ、国際社会、主権、民主主義、介入といった重要な問題を、思想的、歴史的、規範的側面を重視しつつ深く論じている。決して大部の本ではない。煩雑な引用等は出来る限り避け、問題の本質を考えることを優先しているといった印象だ。冷戦後の国際政治、そして現在の国際政治を考える上でじっくり読んでおきたい本だ。

そんなことを思いながら、今日は、修士論文執筆の合間にパラパラ目を通していた。う~ん、時間を取って熟読しておきたい。

なぜこの本が手元にあるかと言えば、この本が昨日大学であったセミナーの講師の先生の著書だからだ。このセミナーは一時帰国中の師匠が主催したもの。が、昨日は仕事が長引いてセミナーには参加できず。後輩のmixiを読むとかなり面白かったようで、出れなかったことが本当に残念だ。この本が手元に届いたのが昨夜、もし一日前に届いていれば仕事よりも優先して出たのだが…。



セミナーに出ることは出来なかったが、先週末に師匠に研究相談が出来たことは本当によかった。自分の問題意識と分析の視角、論文としての問いをまとめたものと、論文全体のアウトラインを持参しての研究相談は密度の濃いものだった。

論文のオリジナリティはどこなのか、それを支える材料は何か、とまず問われた。

こう質問されると、無駄な装飾を取り除いた時に見えてくる論文の骨組が明らかにされてしまう。修士論文のテーマとかなり近い領域をかつて師匠が研究していたこともあり、誤魔化しは一切効かない。自分があまり自信がない部分はもちろん指摘される。また、これまであまり深く考えずに使っていた議論の問題点も指摘された。しかし、様々な資料を読みながら組み立てた叙述部分の内容については、好意的なコメントをいただけたように思う。学部時代とは違う視点から様々なコメントを頂けたのがありがたい。

論文の意義付けの仕方は要検討、しかし中身はこのまま深めていけばいい。これが研究相談をしての結論。まあ、とにかく頑張って書ききれ、ということだ。



今年の夏は、修士論文のテーマそのものの資料がまだあまり無かったこともあって、その背景にある国際政治を中心に資料を読みこんでいた。ダイナミックに動く米ソ関係や米欧関係を調べていると、自分が研究対象にしている日本外交がいかに狭い世界で動いているのかがよく分かった。国際政治学として外交史(国際関係史)を学ぶのであれば、日本外交をやるよりもアメリカ外交やヨーロッパ外交をやった方が面白い、という気がした。

それでも、自分の研究テーマについて色々と資料を読んだり考えたりするうちに、少し違った視点が見えてきた。ちょっと見方を変えることにより、これまでとは違う日本外交のイメージが提示できるのではないか、と思ったのだ。そう思ってからは研究は比較的順調に進んでいたのだが、調子に乗って筆が滑っていた部分は見事に師匠に指摘されてしまった。自分の研究テーマを「面白くする」ということは、ある編集者の人に言われたことだが、これは最近ようやく意味が実感できるようになってきた。もう少し正確な表現を使えば、「面白さを発見する」ということだ。

アメリカにおいてAmerican Political Developmentがやや特殊な位置にあるように、日本でも日本政治や日本外交の研究はやや特殊な位置にあるように思う。その特殊さは様々な点があるのだろうが、その一つは「面白さ」ではないだろうか。多分、自分が米欧関係の研究や資料を読んで感じる「面白さ」とは違う「面白さ」が日本外交研究にはあるはずだ。その「面白さ」が、修士論文執筆を通して見つかればこれ以上に嬉しいことはない。

at 23:32│Comments(0)日々の戯れ言 

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