2007年10月26日

オーラル・ヒストリー考。

前回の記事に続き、研究関係の話。

先々週辺りから、修論の草稿をだだだっと書いていたのだが、何となく筆が乗らない部分があったので、この数日は執筆をちょっと休んでいる。で、その間に何をしていたのかと言うと、色々していたのだが、昨日は頭の休息もかねて前々から出版を楽しみにしていた、君塚直隆『ヴィクトリア女王』(中公新書)を読んだ。

cdb116ff.jpg

外交や政治が関係すると、最近はついつい自分の研究に引き付けて読んでしまうのだが、19世紀のイギリス外交や政治は適度に研究テーマと離れているので、純粋な知的関心から読めるのでいい。君主の考えていることや思考様式を、平凡な一般人の自分が真に理解するのは難しいな、とふと感じた。これは夏休みに明治天皇の評伝を読んだ時にも感じたことである。君主について書いていて「降りてくる」瞬間を全く想像できない。君主だとか勲章だとか、そういった「名誉」に関係してくる話は好きなのだが…。

と、これはどちらか言うと趣味に近い部分で、自分の研究に直接関係するわけではない。

研究に関係するのは、オーラル・ヒストリーだ。修士論文になるであろう研究を構想する上では、あるオーラルの存在が極めて重要だった。ちょっと筆が乗らなくなったので、しばしそのオーラルを読み返していたのだ。しかし、それはそのオーラルが決定的な資料になるというわけではない。資料を読む上で、また研究の視角を作る上での「文脈形成」に重要だったのである(ちなみに、オーラル・ヒストリーの持つ文脈形成力については、この分野の第一人者による入門書『オーラル・ヒストリー 現代史のための口述記録』(中公新書)に詳しく書かれているので、ここで書いていることはほぼ受け売り)。

この「文脈形成力」は、日本を対象にした研究でなくとも当てはまるものだと思うが、日本を対象とする研究、特に戦後など現在に近い時代を扱う場合に非常に重要になるのではないか、と最近思っている。これには日本の資料の性質が大きく関係している。

決定的なのは、日本の公文書からは政策決定を知ることがほとんど出来ない。重要なことが文書を介さずに決められるということがその大きな理由だと思うが、そこにはいくつかの背景がある。一つ目は、自民党の一党優位制が長らく続いたことによって、インフォーマルな政策決定過程が形成されたことだろう。行政に対する政治の影響を公文書から読み取るのは非常に難しい。二つ目は、一つ目の理由と裏腹だが、省庁内の決定もまたインフォーマルな場で決められることが多かったということだ。これは、省内の会議の議事録が、少なくとも研究者が利用できる形ではほとんど残っていない(公開されていない?)ということと言い換えてもいい。三つ目は、こういった一次資料の性質に加えて、回顧録が充実していないということである。日本でも回顧録の数はそれなりにあるのだが、諸外国の回顧録のように内容の濃い政治家の回顧録が極めて少ないのである。

以上のような状況は何をもたらすのだろうか。それは研究を進める時の「イメージ」が、同時代的なマスコミの論調や一般的なイメージによって作られる、もしくは過度に現代的な視点から作られる状況を生みやすい、という形をとって影響が出てくる。

こうした状況のため、日本を分析対象にする場合、諸外国の研究と比べて特にオーラル・ヒストリーの有用性が高くなるのである。一つのオーラルだけでは、あまり意味が無いかもしれないが、数冊まとめてある組織の関係者のオーラルを読んでいくと、その組織の「雰囲気」や「常識」といったことがよく見えてくる。そして、そこから湧いてくるイメージは多くの場合、マスコミや一般のイメージとは異なっている。ここに研究を進める手がかりがあるのだ。

もっとも、オーラルに頼り過ぎるのは、利用しない以上に大きな問題である。オーラルはあくまで「文脈形成」のために用いるのであって、事実確定は出来る限り文書資料や諸外国の文書で行う必要がある。こう考えると、外国の資料を利用できる外交史研究は恵まれているのかもしれない。

なーんてことを、オーラルを読み返していて感じた。自分がそれなりに研究を進めた上で読み返すと、オーラルで語られていることをより広い文脈の中に置いて相対化できるので安心して読めるし、忘れていたことを思い出させてくれるのでなかなか楽しい。

ちなみに、もうすぐ御厨貴・編『オーラル・ヒストリー入門』(岩波書店)が出るみたいです。

at 18:51│Comments(0)本の話 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字