2007年10月19日

毎日を大切に。

どんなイベントがあろうとも、そしてそれにどんなに心が躍ろうとも、結局自分にとって一番大切なのはあっさりと過ぎていくその日常そのものだと思う。なーんてことを、考える今日この頃。そんな自分に重要なのが「習慣」らしい、ということも最近よく分かってきた。

一度習慣にしてしまうと結構大変なことでも長続きするものだし、気が付くとそれは自分にとって全然大変なことではなくなっている。逆にずっと続けてきたものでも、何かのきっかけにそれが止まると、当たり前に続けていくことが億劫になるものだ。

ブログの更新なんかも、その一つかもしれない。日々の授業の記録や、それなりに面白かった勉強関係の記録がわり、友人への近況報告がわりなんかの意味もあって、二年半くらいはほぼ毎日記事を書いていたわけだが(まとめて数日分書くこともあったが)、この夏に何となく数日ごとの更新に切り替わってからは、毎日書くなんて面倒なことはとても出来ないな、と思うようになった。

ま、他にもいろいろと理由があって書くことが無くなったということもある。例えば、自分の現在進行中の研究についてはここにはまだ書く気にはならない。研究は日々の生活の大きな部分を占めているだけに、それを書かないとなるとここに書くことも大幅に減ることになる。本の紹介にしてもそうだ。本を読んでいても自分の研究に引き付けて読む以上、自分が思ったことや感じたことを織り込んだ書評を書けば、自分の研究について書くことになってしまう。そんなわけで、国際政治関係の本なんかは当分ただの紹介以上のことは書けないのかもしれない。

閑話休題。とにかく毎日を大事に過ごしたいな、ということだ。



昨日はプロジェクト科目(政治思想研究)に出た。今期は修士論文があるので履修はしていないのだが、先生にお願いして出れる時だけ出ることにしたのだ(随分と勝手な授業姿勢だが先生がOKしてくれたのだからまあいいのだろう)。

自分の専門が何となくながら見えてきた今、政治思想はほぼ趣味に近いものがあり、授業のために本を読んだり、授業に参加することはいい気分転換にもなる。もちろん様々な構造や制約を受けながらも、外交や国際政治を動かすのは人間である。そんな人間の思考枠組みのようなものの一旦を考える上でも、政治思想について考えることは大いに参考になる。なんてこじつけて正当化している。

昨日は、「『光の領国 和辻哲郎』をふりかえる ―博士論文とは何か?」というテーマだった。『光の領国』は、どれだけ読めていたかは別にして、学部時代に読んだこともあったし、著者の新刊『移りゆく「教養」』を最近夜の読書で読み終えたばかりだったので、なかなか面白かった。10年以上前の本について著者から話を聞くということは貴重な体験だ。

話の本筋には関係しないのだが、先生が紹介していた中井久夫のエッセイ「執筆過程の生理学」(『家族の深淵』みすず書房、1995年、所収)に惹かれた。今まさにその渦中にいるものとして、読んでみたいものだ。

『光の領国』は図書館で借りて読んだらしく、手元に無く授業を機会に手に入れようと思って探したのだが、新刊、古本とも手に入らなかった。う~ん、これも稀少本の一つなのか、と思っていたところ、著者自身から「出版社には大量にあるはずなので、出版社に直接連絡すればいい」という話が授業の中であった。早速、連絡することにしたい。

この本に限らず、出版社の倉庫に眠っている学術書というのは意外とあるのかもしれない。それなら、amazon辺りで買えるようにしてくれ、と思うのだがそう簡単にはいかないのだろうか。

at 18:45│Comments(0)日々の戯れ言 

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