睡眠力。夏本番。

2007年08月01日

参院選に関する若干の考察。

専門は外交史なので、国内の選挙について研究をしているわけではないけど、一政治ウォッチャーとして、今回の参院選についてのコメントをまとめてみました。あくまで余技です。



1.はじめに

 7月29日に投開票が行われた参議院議員選挙は、民主党の圧勝、そして自民党の惨敗に終わった。今回の選挙結果を受けて安倍政権は退陣するのか否か、といったところにマスコミの関心は集まっているようである。確かに選挙で示された民意は、明確に安倍政権にノーを突きつけたものといえるだろう。各紙の世論調査の数字にはばらつきがあるものの、国民の大多数が安倍政権不支持であるという事実ははっきりしている。しかし、今回の選挙の持つより重大な意味は、自民党の惨敗というところよりも大きいところにあるのではないだろうか。

2.参議院と議院内閣制

 はじめに確認しておく必要があることは、参議院の国制上の位置づけだ。教科書的にいえば、日本は大統領制ではなく議員内閣制を取っている。一般にどこまで理解されているかは分からないが、議院内閣制下の内閣は国民に対してその責任を負っているわけではない。内閣総理大臣は国民による選挙によって選ばれた議員の投票によって選ばれ、そして内閣を組織するのである。あくまで民意は間接的なものであるのだ。国民の内閣不支持率がどれだけ高かろうが、制度的には総理大臣は内閣総辞職をする必要はない。内閣総辞職をしなければならないのは、衆議院で内閣不信任案が可決された時である。しかし総理大臣には内閣総辞職を行わないという選択肢もある。不信任案を可決した衆議院を解散し総選挙を行い国民の信を問うことができるのだ。そして選挙の結果、与党が多数を確保し衆議院で再び指名を受ければ内閣は続くことになる。

 ここで注意しなければいけないのは、以上の説明が基本的には衆議院の説明しかしていないということだ。確かに参議院においても、首班指名選挙は行われる。しかし参議院が衆議院と異なる人物を指名しても、衆議院の指名が優先されるのである。衆議院が持つ内閣不信任案の決議提出権についても、それを参議院は持たない。逆に総理大臣も参議院に対して解散権は持たないのである。さらに、参議院は任期が6年ある。一回の選挙結果は、基本的に6年間持続する。つまり、参議院は基本的に議院内閣制の外にある機関なのである。

3.今回の選挙の持つ意味

 以上で簡単に触れた参議院の制度上の特徴は、現行憲法が施行された時点から存在していた。それでは、なぜそういった特徴がこれまで顕在化しんかったのか。それは、基本的に自民党が参議院の多数を確保し続けてきた、つまり3年に一度の参議院選挙で一定の議席を確保しつ続けたからであった。1955年の結党直後の1956年の選挙以来、自民党は単独で30年間以上参議院の過半数の(もしくは過半数にかなり近い)議席を制していた。

 それが変わることになったのが、1989年の参議院選挙である。消費税導入、リクルート・スキャンダル、首相の女性問題といった様々な要素が重なった結果、自民党は36議席しか確保出来ず、非改選議席と併せても過半数に大きく達しないという事態に追い込まれた。この選挙結果はどのような事態を政治にもたらしたのであろうか。それは、自民党の公明党と民社党への接近であった。当然、自民党は様々な重要法案で両党への譲歩を迫られることになった。その典型例はPKO協力法である。こうした伏線があって、93年政変が起こったといっても言い過ぎではないだろう。ちなみにこの選挙以降、自民党は単独過半数を確保したことはない。

 そして今回の選挙はどうであったか。それは民主党が60議席、自民党が37議席という大差での民主党勝利であった。ここにその他の野党および野党系無所属議員、連立与党の公明党の獲得議席を加えると、野党73議席、与党47議席となる(なお、与野党の立場を明らかにしていない議員についてはこの数字には含まれていない)。野党の大勝利といっていいだろう。そして非改選議席を含めるとどうなるか。野党が134議席、与党が105議席となる。これだけ与野党で差がついたことの意味は非常に大きい。1989年の選挙時には、自民党との協力に比較的前向きだった民社党と公明党が野党として存在していた。しかし今の野党に、自公連立政権との協力に前向きな政党は存在しない。つまり自民党は公明党と参議院における少数政権を継続していかなければならないのである。

 与野党逆転は1989年選挙でも起こった。今回の選挙で変わったことは、自民党がついに参議院第一党の座からも転落したということだ。これは今後ボディーブローのように効いてくるだろう。またもう一つの特徴として、二大政党制の進展が挙げられる。90年代に行われた選挙制度改革で参議院が大きく手をつけられることはなかった。にもかかわらず、国民の多数にとって自民党のオルタナティブは民主党という一つの政党になっているのである。この点はなかなか興味深い点であろう。

4.なぜ政権が続くのか

 ここで、これだけの大敗をしたのにもかかわらず、なぜ安部政権は退陣しないのか、ということについて考えたい。やや回りくどい言い方をすれば、それは参議院が政権選択に関係するような制度設計を日本国憲法はしていないからである。前述のように首班指名は衆議院の氏名が優先される。このような制度である限り、首相が自ら辞めると言わない限り参議院を野党が多数を確保したからといってもすぐに政権交代に繋がることにはならない。

 それではなぜ安部首相は自ら辞めると言わないのか。これは首相本人に聞かなければ分からないことである。しかし、同じ参院選の大敗でも1989年、そして1998年のそれとは大きく異なることがある。自民党内の声である。確かにその後のマスコミ報道を受けて、首相の責任を問う声は高まってきている。しかし、その声よりもまず選挙後に聞こえてきたのは「挙党体制」の確立という声であり、首相交代という声でなかった。なぜだろうか。

 ここに今回の選挙結果と制度の関係の面白さがある。重要なことは、衆議院を解散しない限り、今回の選挙結果は最低でも3年は変わらないということである。それでは解散すればいいのか。しかし、今解散総選挙を行えば自民党が大敗するだろう。そうであれば、2005年の「郵政解散」の結果得た衆議院の圧倒的多数を利用した方が自公連立政権に取っては得策である。このような状況の中で、新しく首相になっても「茨の道」が待っているだけであるし、これといった新政策を打ち出すことは難しい。野党の大反対を受けるような「改革」は参議院で止められてしまう。仮に国民の強い支持を新政権が受けたとしても、参議院で多数を確保するためには3年後の選挙で今回の野党以上に大勝する必要があるのだ。このような状況下で倒閣に自民党議員が動くことは考えにくい。

 安倍首相が辞めないのではない。辞めさせられないのであるし、辞めても何も変わらないのである。

5.おわりに

 今回の参議院選挙によって、日本政治はいまだ体験したことのない状況に陥ることになった。もしかすると、今回の選挙によって参議院問題は憲法論議の焦点の一つに押し上げられることになるかもしれない。

 まだ今後の政治がどのように動いていくのかは未知数である。野党にとっては、早期解散へ追い込むことが目標となるだろう。しかし、あまりに対決政策を取りすぎることによって逆に国民の支持を失えば、総選挙で再び負けを喫し、政権獲得の機会を逃すことになってしまう。今回の選挙で民主党の政策への支持が示されたわけではなく、反安倍政権票が民主党を勝たせたことはよく理解されているのだろう。野党もいたずらに対決政策を取ることは躊躇しているのではないだろうか。

 政治の空白を作らないという意味では、早期に解散総選挙が行われ、民主党が大勝して政権交代することが一番いいシナリオなのかもしれない。しかし実際にそのようにいく可能性は必ずしも高くはないだろう。今回の選挙で、日本型コアビタシオンというべき状況が成立した。今後、政治がどのように動いていくのか非常に興味深いところである。

at 14:14│Comments(4) アウトプット(?) 

この記事へのコメント

1. Posted by kama   2007年08月02日 01:46
確かに今回の選挙により、日本型コアビタシオンが成立しましたね。これは、日本の議会政治における転換点だと僕は思っています。今回の選挙報道はどの局も完全野党よりだったためか、選挙後の報道では、民主党のマニフェスト等の厳しいチェックを行う、と言っているキャスターもいました。まぁ、イデオロギー的、文化的、階級的、人種的な大差がない二大政党の差は、おそらくマニフェストしかないのでしょうね。
さぁ残りの中小政党はどうなることやらです。今後も要チェックですね。
2. Posted by Goro   2007年08月02日 09:34
あんまり報道の仕方がスキじゃないな。
どちらかの方向に導こうとしている。
それはそうと、
日本型コアビタシオンだよなー。
でも、これはできれば避けたい。
フランスの例を考えると健康によろしくないよ。しかもフランスは外交と内政と大統領・首相で不文律にわけれたけど、そうは日本ではいかないからね。ただ、民主党への投票がどういう意味をもってるかを知りたい。統計ででないの?「アンチ自民党」か「民主党サポート」かとか・・。じゃないと、お書きのように衆議院解散しても、政権交代起こらない。このほうが問題よーーー。
3. Posted by 管理人   2007年08月02日 09:37
比例代表の得票数を見る限り、非自民で今後もそれなりに影響力を保てそうなのは、公明&共産だけだろうね。社民・新党日本・国民新党なんかほとんど団子状態だし。参議院全国区時代は一位の候補の得票数が300万票くらいあったことを考えると、この三つの政党の未来は…。
ともあれ、今後が楽しみだね。また大学で話しましょう。
4. Posted by 管理人   2007年08月02日 09:43
コメント書いたら、新しいコメントが…。
今回に限らずいつものことだけどテレビの選挙特番はひどい。ちゃんと選挙を分かってる学者とかを使って欲しいよ。それでも比較的面白かったのは、ベテラン政治家のコメント。彼らは、参議院の憲法上の位置づけや、「コアビタシオン」になったことの意味みたいなことをしっかりと分かってるわけだから、それだけ発言に含蓄があったよ。ただ、それをキャスター達は拾えていないわけだけど。とにかく、政治の停滞状況が生まれることは必至だね。
投票の中身に関する分析は、そのうち選挙研究やってる学者さんがやってくれるよ。

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