はじまる夏バテの季節。書評にうなる。

2007年07月27日

君塚直隆『女王陛下の影法師』

発売前から楽しみにしていた『女王陛下の影法師』を、ようやく本日午前中に入手しました。一気に読み終えたので紹介しておきます。やや硬い紹介になってしまったような気がしますが、とにかくお薦めの本です。

※著者のこれまでの作品については、『パクス・ブリタニカのイギリス外交』刊行時に書いた書評(リンク)を参照されたい。

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君塚直隆『女王陛下の影法師』(筑摩書房)

 200近い国家がある中で、現在君主制をとる国は28ヶ国となっている。これにイギリスのエリザベス女王を国家元首としている英連邦諸国(コモンウェルス)の国を加えれば、43ヶ国が君主制を採っているということもできる。この数字を多いと見るか少ないと見るかは人それぞれなのだろうが、地球上の大部分を君主国が支配していた第一次世界大戦以前の時代と比べて、君主制国家の数、そして全体の中での影響力が低下していることについては異論はないのではないだろうか。
 そんな現状を反映してか、君主制に対しては時に冷ややかな意見が出されることもしばしばある。君主制国家の「本家」であり、本書が取り上げているイギリスにおいても「ダイアナ事件」以来、王室への風当たりが強くなることもあったという。しかし著者は「王室というものが、華やかで絢爛豪華たる雲の上の存在でしかないなどと考えるのは、あまりにも現実を知らない意見だというほかない」という。王室の各メンバーは日々の公務を通じて、様々な形で国民の生活に影響を与えているし、他国との親善において果たす役割もきわめて大きい。そして時には、首相の決定といった国政の場面でも無視できない役割を果たしているのである。

 ここで少し視点を変えて「側近」について考えてみたい。政治という魑魅魍魎が渦巻く世界において、「側近」は様々な点できわめて大きな役割を果たしてきた。今もっともよく知られている「側近」は、小泉前首相の秘書官を務めていた飯島勲氏だろう。小泉政権を考える上で飯島氏の果たした役割を無視することはできない。逆にその対比から安倍首相には「側近」がいない、と嘆く声もよく聞かれる。ワンマンと言われた吉田茂であっても、白洲次郎や「吉田学校の優等生」たちといった「側近」が周りにいて彼を支えていたのである。
 一口に「側近」といっても、それは秘書官といった形で制度化されている場合もあれば、私的なブレーンといった形をとる場合もある。現代の日本政治を例に考えてみれば、先に挙げた飯島氏が務めた政務の首相秘書官や官房長官が首相の「側近」としての役割を担っているといえるだろう。この二つの役職は、首相との距離が近いということもあるが、前者は首相と政治家・官僚を、後者は政と官をつなぐという役割を果たしていることが大きい。同じような意味で官房副長官も首相の「側近」として注目されるべきポストである。とりわけ90年代以降の日本政治を考える上で、複数の政権にまたがってその任にあたった事務の官房副長官の役割は無視することができないだろう。これらのポストには、的確な行政手腕、首相との人間関係の構築、情報収集力といった様々な能力が求められる。
 こういった「側近」の役割は、通常それほど表に出てくることはない。むしろ何かの危機が起こった時に「側近」の欠如という問題が表面化してくるのであろう。現在の皇室はまさにそういった問題を抱えているのではないか、と著者は問いかける。それでは王室を抱える国家の「本家」ともいうべきイギリスは、この「側近」の問題をどのように取り扱ってきたのであろうか。

 『女王陛下の影法師』は、近現代のイギリス君主制を支えてきた秘書官に焦点を当てることによって、イギリス王室と側近、より広くはイギリス政治と王室の関係を明らかにしている。中心的に取り上げられているのは、ヴィクトリア女王の時代であるが、その前史や20世紀以降についても詳細に論じられている本書は、初学者であっても比較的容易に内容が分かるように書かれている。
 ヴィクトリア時代は、女王秘書官(国王秘書官)の地位が確立していく時代であった。そこには様々な蹉跌があり、徐々に制度は確立していくのであった。著者はこのヴィクトリア時代を対象に、すでに二冊の研究書(『イギリス二大政党制への道』『パクス・ブリタニカのイギリス外交』)を発表している。そういった背景知識に加えて、王立文書館に所蔵されている王室関係文書、各大学図書館に収められている秘書官達の文書を幅広く読み込んで本書は執筆されている。こうした確かな学問的背景の中に秘書官たちの歴史が位置づけられることによって、本書は初学者でも読めると同時に学問的意義も持った政治史研究となっている。
 
 先に簡単に論じた「側近」の問題は、どちらかといえば本書のテーマの制度的な側面である。『女王陛下の影法師』が面白いのは、制度的な側面への確かな認識がありながら、同時に人間関係や各秘書官たちの個性を活写していることである。そのバランスの良さ、叙述の巧みさは、本書の大きな魅力となっている。様々な興味関心を本書は喚起してくれるだろう。具体的な内容・エピソードを細かく紹介するのはやめておこう。平易かつ深みのある『女王陛下の影法師』に、ぜひ多くの人に触れてもらいたい。

at 23:55│Comments(0) 本の話 

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