2007年01月28日

書評について。

授業等でお世話になっている先生のHPを見たところ、掲示板に「書評」について以下のようなコメントが載っていた。一部転載。

書評とは、単なる本の紹介でも、評価でもありません。
文芸評論というジャンルがあるように、書物を貴重な題材に、筆を走らせ溢れる発想から論議に花を咲かせる作業です。これほど、書き手の能力がさらけ出されることはありません。
知識人の真価が問われます。
読書感想文とは異なり、あくまでも、評者が著者と同等以上の知的レベルがないと、その巨大な全体像を把握し、描き出し、その意味と意義を捉えることはできません。


これは、今年の毎日書評賞の受賞式に出席したことを受けての先生のコメントだ。ちなみに、今年の毎日書評賞は池内恵『書物の運命』が受賞している(リンク)。受賞した『書物の運命』も非常に刺激的かつ深い洞察に基づいた名著だが、それについての山崎正和の選評がまた素晴らしいので、ぜひ一読をおすすめしたい。

このブログでも、一応「書評」と称して色々な本を紹介してきた。ブログを開設してから二年弱で128回、数冊の本をまとめて紹介していることもあるので150冊近くの本を紹介したことになる。しかし、このブログでの「書評」はまだまだ、先のコメントにあるような「書評」にはなっていない。

「書評」とは、いい意味で「上から目線」でなければならない。しかし自分が書いてきたものを読むと、それがまだ「書評」とはいえないことが分かる。それは、そうしようと思って出来ることではなく、評者(=自分)の能力がそのまま文章にあらわれているのだろう。

未熟な自分が不十分な「書評」であっても積み重ねる意味は何なのだろうか、と考えてしまった。

at 23:40│Comments(0)エッセイ風 

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