2006年11月29日

長~い一日。

1限から授業があると、一日がほんとに長~い気がする。長いなあ、と思ってもまだ2時間もあるし。

そんな一日のスタートは、1限の歴史政策論(他大学)の授業から。

『中村悌次オーラル・ヒストリー』(防衛庁防衛研究所)を用いて、戦後日本の安全保障政策を議論。このオーラル・ヒストリーは、かなり「当たり」でした。防衛関係の専門用語が分からないため理解しにくい箇所が多々あるという難点はあるものの、戦後日本外交を考える上でも示唆されることが非常に多い。ちょっと今後の研究のアイデアが浮かんできました。これはまあ「企業秘密」なので、興味があれば直接聞いて下さい。

このオーラルをいかに捉えるかということだが、最低限おさえておかなければならないのは、中村が海上自衛隊の人間であったということである。つまり中村は、多数のアクターがいる安全保障政策コミュニティの中の、防衛庁の中の、制服組の中の、海上自衛隊の一員なのである。これをしっかりとおさえておけば、必要以上にオーラルにひきづられることも無い。…当たり前のことなんだけど、こういったことをおさえていない議論というのは多々あるのだ。

次回は、先行研究を用いてこのオーラルを「相対化」しつつ、戦後日本の安全保障政策について考えるということになる。他の防衛関係のオーラルも参照しつつ、考えることにしたい。『中村悌次オーラル・ヒストリー』についてはそのうちに書評しつつ紹介したいと思う。

その後は三田へ移動し、3限は日本政治論特殊研究。『西園寺公と政局』の第四巻第四章、1935年1月~2月が今回の範囲。色々と資料としての問題点も指摘される『西園寺公と政局』だが、この授業でやっているように各章をじっくり読んでいくと色々と発見があって面白い。何より権力の中枢の動きが垣間見えるのがわくわくする。が、今回の範囲は政友会内部の細かい話などが多くやや退屈。

まだまだ一日は続く。5限は、二つの講演会で悩んだのだが…結局、講演者が遠くから来た方を選択した(講演会HP)。講演者はイマキュレー・イリバギザというルワンダの女性。あの94年のジェノサイドを生き残りである。ジェノサイド、そしてその後の体験を綴った『生かされて。』(PHP研究所)という本を出版したのを機に来日したのだ。『生かされて。』の原題は"LEFT TO TELL"、ん~「語るために残された」といったニュアンスだろうか。あのジェノサイドを経て「語る」という行為そのものの重みがひししと伝わってきた。講演を聞いて頭でどうこう考えるということもあるが、壮絶な話を平和な日本で聞いて圧倒されて心に響いた、というのが率直なところ。彼女は「祈り、そして許す」ということを何度も語っていた。こう彼女が語るに至るまでに、政治は何か役割を果たしたのだろうか、となど思ってしまうと…。

ま、そんなことを思っても政治学の勉強はちゃんと続けていきます。窮極的なことばかり考えていては自我が崩壊してしまう。

実はこの後もまだまだ一日は続くのだが、とりあえずこんなところで。

at 22:05│Comments(0)日々の戯れ言 

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