2006年11月28日

11月28日。

今日は3限の国際政治論特殊研究(イギリスの公刊外交文書=DBPOを読む授業)の討論担当だった。

ちなみに報告担当は、いつもお世話になっている先輩だったのだが、簡潔でありながら要点をしっかりと押さえた非常に見事な内容報告だった。外交史が専門では無いのにすごいなあ、と改めて感心してしまった。外交文書を読んでいくときは、あれくらいのまとめは作っておくと勉強にもなるしいいのかもしれない。

さて今回の範囲は、1947年のイギリスの対中政策である。周知のように1947年は、トルーマン・ドクトリン&マーシャル・プランが発表された年であり、冷戦が本格化・顕在化する年である。それでは中国はどのような状況であったかというと、国共内戦のまっただ中である。そんなわけで、今回は読むことがなかなか楽しみだった時期である。

DBPOを読むと見えてくることは、この時期のイギリスの対中政策を考える上での懸案事項が、?ソ連の直接間接の脅威、?香港に代表される東アジアの植民地、の二つであるということ。そして、実際の政策を立案する上で圧倒的に重要だったのが英米関係だったということである。

以上の基本的な構図を踏まえて、いかに論文に仕上げていくのか、ということが外交史的には重要な視点となる。これを考えると、資料をいかに使っていくか、どうやって分析枠組を作るのか、などなど様々な方法論的な問題が出てくる。この方法論的な問題は自分にとっても非常に重要な問題である。

で、こういったことを念頭に授業で討論を行った(具体的な内容は外交史が専門の人間にしか興味が無さそうなことなので割愛)。

が、やや抽象的な話に終始してしまったため、議論が自分の思い描いていたことよりも一歩手前で止まってしまった。んー、それほど複雑なことを話すつもりはなかったので、レジュメは作らなかったのだがこれは失敗だったかもしれない。やはり、ちゃんとレジュメの形に整理した上で議論を提出した方がその後の討論にとってもいいんだろう。これは次回に向けた反省。

at 22:16│Comments(0)日々の戯れ言 

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