2006年10月23日

引きこもる。

大学へは行かず引きこもる。家関係でやらないといけないことがあったことが理由だが、まあ雨だし、授業も無いし。

そんなわけで、一日使って色々と溜まっていることをこなした。恥ずかしながらまだ終わっていないテープ起こし、発表の準備、シンポジウムの事前配布資料の読み込み、明日の授業の準備、明日提出期限の小レポートなどなど。集中してやると、一日でかなりのことが出来るものだ。仕事をするということは、これを毎日こなしていくということなんだろうな~。


ちなみに今日は軽めの本を1冊読んだ。発売直後に新聞各紙などの書評でも取り上げられた話題作である↓

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浅野史郎『疾走12年 アサノ知事の改革白書』(岩波書店)
 昨年まで12年間に渡って宮城県知事を務め、改革派知事として知られた浅野史郎の「教科書風」回想録である。「教科書風」とは現在大学教授を務めている筆者自身が「あとがき」で明らかにしている、本書の隠されたコンセプトである。
 なぜ知事を辞めたのか、といったことから、在任中にやり残したと感じていること、さらには楽天ゴールデンイーグルスのことまで本書では幅広く取り上げられている。また、筆者の代名詞のように言われることもある「情報公開」については、どのようにしてその重要性を認識していったのか、さらにその後の県政と情報公開といったところまで詳しく触れられている。本書を一読すると、筆者の県知事時代の行動がどのような行動原理に基づいていたのかが、非常に分かりやすい形で見えてくる。実際の政策ではなく、その背後にある政治信条や理念といったものは、このような回想録やオーラル・ヒストリーによって明確になるものである。回想録の中には自慢話に終始するものが多いが、本書には筆者の実感はあっても「全て俺がやった」式の自慢話は一切出てこない。率直に筆者が何を考え、どのように行動したのかが書かれている。また本書の記述にはいわゆる「政治用語」「議会用語」はほとんど出てこない。その平易な記述は、一般の回想録のように時系列順ではなく「教科書風」にテーマごとに並べられた構成と併せて、本書を実に読みやすくしている。
 以上のように率直な語り口の本書であるが、やはりある種の配慮は働いている。これはある新聞書評(リンク)でも指摘されていたが、本書では議会や職員との具体的な軋轢についてはあまり踏み込んだ記述を行っていない。そのような軋轢を描くことは「教科書風」回想録には適さないのかもしれない。しかし、資料的な意味な価値という点からも、将来そのような軋轢にも踏み込んだ続編が書かれることを期待したい。
 もっとも、このような不満は知事退任直後に書かれた本書に対しては望み過ぎかもしれない。地方自治を考える上でも、首長という政治家が何を考えているのかを知る上でも、また90年代以降の日本政治の変化を感じる上でも、本書は有用である。読みやすく、そして充実した回想録である。


書評といえば、昨日の読売新聞に夏に読んだ本の書評が出ていた(リンク)。自分の書評(リンク)と比べても5分の1くらいの長さの非常に短い書評だが、本のメッセージを汲み取り、なおかつ長所と短所をうまく取り上げているのがすごい。

at 23:42│Comments(0)本の話 

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