2006年10月18日

歴史観と外交政策(?)。

毎週、水曜1限の授業に提出する小レポートをここに転載していたんだけど、今週はなし。なぜなら、テーマが「安倍晋三の歴史観と外交政策」で安倍政権の外交に対する評価もしないといけない課題だったから。やっぱり、同時代的な話題について書くのはなかなか難しいし、あまり政治的な立場というものを表明する気もしない。

と、いいながら書いておきたいこともある。

それは、「歴史観と政策」を過度に結びつけて論じている一部マスコミの報道姿勢や編集姿勢について。新聞については某紙が突出しているが、月刊総合誌などは今回のレポートのためにパラパラと見てみると、どこも同じように新首相の歴史観を取り上げている。

確かに首相の歴史観といったものは、政策に一定の影響があるだろう。しかし、教育政策といったことはともかくとして、外交政策は首相の歴史観によって決まるようなものではない。何よりも、その時の外交政策を決定するのは、その時の国際環境である。そして、そもそも外交とは相手があることであり、こちらがこうしたいと思ってもそれは相手との関係の上で成り立つものである。

以上のような性格を持つ外交政策を、首相の歴史観という切り口を中心に論じることには無理がある。首相の歴史観が意味を持つとすれば、その時の国際環境によって規定される外交問題に関する対応の大まかな方向性、へ影響があるということだろう。

大まかな方向性に影響があるということは、外交政策を考える上で首相のパーソナリティが重要だということである。しかしパーソナリティに注目することによって見えてくることよりも、そこのみに着目して見えなくなることの方が大きい、ということだ。まずは今の国際環境、国際政治状況に関する分析、これに尽きる。これをしっかりと踏まえて初めて、首相の歴史観といったパーソナリティを見る意味が出てくるのではないだろうか。

at 23:41│Comments(0)日々の戯れ言 

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