きついのか、きつくないのか。耳年増?

2006年06月30日

道筋が見えてきたような…。

結構きついかな、と思っていたのだがレジュメ作成が意外と早く終わってしまったのでそれほどでもなかった、という一日。が、午前中がまるまるバイトでつぶれたので一日がやや短い。

今日は慶應出身の先輩に会ってきた。卒論でも利用したオーラルヒストリーについて色々とお話を伺いつつ、お昼をご馳走に。さらにはお土産にオーラルヒストリーの研究成果を頂いてしまった。研究に関して色々と有意義なアドバイスを頂く。…後輩として素直に「ありがとうございます」と思う一方で、自分がまだまだ研究の段階に入っていないことを再確認した時間でもあった。

と、ちょっと凹みつつも、実は道筋が見えつつもあるような気もする。もちろん、詳細は公開できません。

人の研究にあれこれ言うのではなく一次資料を読み込まなければいけない、などと昨日書いておきながらも懲りずに授業の課題書について書評。GRIPSでの授業もいよいよ終わりが近づいてきたな~。

a2a1b20c.jpg

陳肇斌『戦後日本の中国政策』(東京大学出版会)
 日本外交史の中で、その重要さと比較した時に研究の蓄積が著しく少ないのが日中関係である。本書はそのような状況にある日中関係に関する数少ない本格的研究である。副題は「一九五〇年代東アジア国際政治の文脈」であり、時期としては、サンフランシスコ講和時のいわゆる「吉田書簡」から、岸内閣の長崎国旗事件までを扱っている。書名は概説書のようであるが、内容はあくまで1950年代の日本の対中国政策を「二つの中国」の観点から分析したものである。また中華人民共和国との「民間貿易」などよりも、その背後にある台湾をめぐる国際政治を重視しており、分析の力点はあくまで台湾をめぐる問題におかれている。これまで日中関係の研究が遅れてきた大きな理由は日中双方とも資料の利用に大きな制約があったことであるが、本書はこれを英米の膨大の一次資料を渉猟することで乗り越えようとしている。日中双方が利用可能になった際に本書の史料的な価値が下がってしまうことは否めないが、それでもこうして実証的な日中関係研究がある意義は大きいといえるだろう。
 本書の意義としてとりわけ重要なのは、1950年代をとおして日本の対中政策が「二つの中国」であったことを実証的に明らかにしたことである。「二つの中国」という言葉は論者によって様々な定義がなされうるやや曖昧なフレーズなので、この点は吟味が必要であるが、とはいえ日本が人民政府と国民政府のどちらかに一方的に肩入れするということが無かったことは本書の分析から明らかになったといえよう。また用いている資料から考えれば当然ではあるが、本書は英米の視点を重視して1950年代の日本の対中政策を描いている。やや英米の視点に寄り過ぎているきらいはあるものの、二国間関係だけでは理解が難しい日中関係の本質を描き出しているといえるだろう。
 もっとも本書にもいくつかの疑問点は存在する。そのもっとも大きなものは、は仮説と類推の多用に関してである。資料的な制約と関係するのかもしれないが、その主張の核心的部分に関する資料的な裏づけが弱い箇所や、断片的な手がかりから大きなものへと踏み込む箇所が散見される。例えば、日本の対中政策に関する戦前と戦後との連続性の指摘や「日台連合王国」構想などがその分かりやすい例である。これらの主張は確かに興味をひかれるものであり、そういった点をいかに打ち出すかということはは歴史研究者としてのある種の「個性」なのかもしれないが、資料の裏づけに欠けていると説得力も落ちてしまうのではないだろうか。

at 23:41│Comments(0) 本の話 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
きついのか、きつくないのか。耳年増?