2006年01月26日

日本外交史特殊研究?レポート

書評論文ではなく、ほとんど文献紹介…

日本外交史特殊研究?レポート

<書評論文>
戦後日本のアジア外交
~近年の研究を中心に~


 戦後日本外交は、一貫して日米関係を外交の基軸に据えてきた。小泉政権が成立して以降も、日米関係は良好に推移しているといえよう。現在、米軍のトランスフォーメーションの一環として在日米軍再編の作業が行われており、この作業に目処がついた段階で「何らかの政治的宣言」が出されるという。これは1996年4月に発表された「日米安全保障共同宣言」以来のことである。
 このように政策レベルで日米間の協調関係が強化される一方で、現在国民の関心が高まっているのはアジア外交である。これは、直接的には小泉首相の靖国神社参拝問題をめぐって中国および韓国との関係が悪化したことに起因するものである。しかし、アジア外交の問題は靖国問題にとどまるものではない。例えば昨年(2005年)12月にマレーシアで開催された、東アジアサミットで示されたように東アジア地域における地域統合も政治日程に乗りつつある。1990年代前半にEAEG構想が提起された際には、アメリカの強い反対もあって実現しなかった試みである「東アジア共同体」が一定の現実味を帯びてきたことを意味する。また、より長期的な課題として政治大国・経済大国として台頭しつつあり、今後も成長が見込まれる中国にどのように対処していくか、という問題もある。
 こうした現実の政策関心と関係があるのだろうか。近年、研究者の間でも日本のアジア外交に対する関心が強まっている。本稿では、限られた範囲であるが近年のアジア外交研究を中心に紹介していく。


 日本のアジアへの興味は戦前にさかのぼることが出来るが、戦後日本外交は戦前のそれとは異なるメカニズムで動いている。それは、主として二つの理由によるものである。一つは、日本が「あの戦争」(佐藤誠三郎)で大東亜共栄圏を掲げアジアを侵略し敗北したこと。もう一つは、日本の占領が事実上アメリカ一国によって行われ、さらに主権回復が冷戦開始後に行われたことによって戦後日本外交がアメリカの冷戦戦略の中に位置づけられたものとしてスタートしたこと、である。つまり、日本が再び軍事大国となることは周辺国との緊張を招くことが必至であり、さらにアメリカの冷戦戦略に反する選択肢を採ることは日本には不可能だった、のである。しかし日本は地理的にはアジアに位置する国である。この結果、日本外交のアイデンティティーはアメリカとアジアの間を揺れ動くことになるのである。
 このような日本のアジアとアメリカの間に揺れるアイデンティティーの形成過程に鋭く迫っているのが、波多野澄雄「戦後アジア外交の理念形成」(『国際問題』2005年9月号)である。この論文で波多野は、戦前のアジア外交は主として朝鮮・満洲・中国が対象であったのに対し、戦後は東南アジアがその主たる対象となったことを指摘したうえで、敗戦直後の日本で現在の「開かれた地域主義」へと繋がる「多角的地域主義」が提唱されたことに注目する。そしてその後の日本が、冷戦やナショナリズムに対処する過程で「アジアの一員」と「東西の架け橋」という二つの立場を模索していく過程を分析している。
 『年報政治学1998 日本におけるアジア主義』(岩波書店)に収録されている、井上寿一「戦後日本のアジア外交の形成」は、敗戦直後に外務省を中心に経済的地域主義に関する構想が存在したことを明らかにするとともに、その(短期的な)挫折の過程を描いている。井上は、この論考を発展させる形で「戦後経済外交の軌跡」(『外交フォーラム』2004年11月号~2005年5月号)を発表している。「戦後経済外交の軌跡」は題名のとおり経済外交が主題であるが、その経済的地域主義の「場」としてアジアが描かれている。短期的な挫折が長期的な成功に繋がる過程が描かれ、様々なエピソードも紹介されている興味深い論考である。


 『年報政治学1997 危機の日本外交 ―70年代』(岩波書店)は1970年代の日本外交特集であるが、アジア外交に関するいくつかの論考が収められている。添谷芳秀「一九七〇年代の米中関係と日本外交」は、国際構造上の「大国」として認識される日本と伝統的大国路線を拒絶した日本という「二重アイデンティティー」を中心的な分析視角として、米中接近とその日本外交への影響を分析している。『年報政治学1997』には、田所昌幸「ドル体制の再編成と日本」、村田晃嗣「防衛政策の展開」、中西寛「総合安全保障の文脈」など70年代の日本外交に関する先駆的研究が多数収められている。またこの他にも、須藤季夫「変動期の日本外交と東南アジア」なども収められている。河野康子「日本外交と地域主義」については後述する。


 日本外交の基軸はあくまで日米関係であったことにより、アジア外交研究も必然的に日米関係への洞察を含むものとなる。これは、外交文書の公開が進んだことによって大きく進んだ近年の研究でも同様である。例えば、宮城大蔵『バンドン会議と日本のアジア復帰』(草思社)は、1955年に開催されたバンドン会議の国際関係史であるが、ここではバンドン会議における日本がアメリカとアジアの間で揺れる姿を描き出されている。また 昇亜美子『ベトナム戦争をめぐる日米関係と日本外交』(博士学位論文、慶應義塾大学)は、1965年から1973年までの日本の対北ベトナム外交の分析であるが、ここでも独自のアジア外交を模索しつつもアメリカとの関係に苦慮する日本の姿が描き出されている。
 宮城大蔵『戦後アジア秩序の模索と日本』(創文社)は、1957年から1966年のインドネシアをめぐる国際関係史を日本・アメリカ・中国・イギリスそれぞれの視点から描き出した国際関係史である。この四者はそれぞれ、開発・冷戦・革命・脱植民地化の論理でインドネシアへ関与した。この四つの視点を提示したことによって、本書はアジアとアメリカを対置する傾向のあった従来の研究の分析視角を乗り越えることに成功している。この視点は、従来にない斬新なものであるといえよう。


 こうして、アメリカかアジアか、という矛盾を抱えてきた日本外交にとって転機となったのが大平政権であった。大平政権では外交安保政策として「総合安全保障」と共に「環太平洋構想」が提唱された。環太平洋構想は、日本外交にとって日米関係が死活的に重要である点を踏まえ、その上で地域政策を検討し「アメリカもアジアも」という日本の政策を示したものである。この構想はその後、アジア太平洋経済協力会議(APEC)創設へ繋がっていくものである。
 先に取り上げた『年報政治学1997』に収められている、河野康子「日本外交と地域主義」は、時代を1960年代前半までさかのぼりながらアジア太平洋地域概念の形成過程を分析しており、環太平洋構想の前史を考えるうえで有益である。渡辺昭夫『アジア太平洋の国際関係と日本』(東京大学出版会)は、環太平洋構想にも関わった著者による先駆的な研究である。雑誌等に発表した論文を一冊にまとめたものなのだが、どの論考もアジア太平洋という視点から日本に対する考察を行っており、冷戦終結前後の日本の選択の幅を考えるうえでも有益である。また、渡邉昭夫・編著『アジア太平洋連帯構想』(NTT出版)は、「環太平洋構想」の作成に関わった当事者を中心とした論文集である。一貫した問題意識に基づいた論文が収録されているわけではないが、当事者の回顧から現在の東アジア共同体をめぐる議論まで幅広いテーマについての論考が収録されており、資料的な意味もある論文集である。


 以上、近年盛り上がりを見せている日本のアジア外交研究を紹介してきた。しかし日本のアジア外交研究には特有の問題が付きまとう。それは、対米外交との関係である。宮城大蔵の表現を借りれば、日本は「開発」、アメリカは「冷戦」の論理でアジアへ対処してきた。いかに、日本のアジア外交の様々な側面を指摘したとしても、日本の外交の根本が対米関係にある以上、対米関係次第、もしくはアメリカの思惑にアジア外交は強く影響されるのである。
 この点を、どのように捉えるかが研究の分岐点になるのではないだろうか。日米関係を中心に行われた戦後日本外交研究を「立体的に分析する」(井上寿一)ためには、アジア外交や経済外交の分析は不可欠である。分岐点は、これらの研究に日米関係をどのように反映させるか、ということである。
 最後にこの点に関連する疑問に触れておく。1970年代後半から80年代前半の日本外交について、従来の研究では福田政権は「全方位外交」であったが、大平政権は新冷戦の高まりと共に「西側の一員」を強調したという見方が主流であった。アジア外交を論じる文脈ではないが、大嶽秀夫『日本の防衛と国内政治』(三一書房)、などはその代表例である。このような見方に立つと、福田ドクトリンと環太平洋連帯構想は区別して論じられる。確かに、防衛政策を55年体制下の日本政治に基づいて分析すればこのような見方も妥当かもしれない。しかし、福田ドクトリンと環太平洋構想は共にアジアを対象とした地域政策であったことに注目したい。日本のアジア外交が、対米関係の拘束を受けている以上、この両政権を異なる路線として論じることは適切とはいえないのではないだろうか。むしろ、福田ドクトリンが新冷戦の終結と共に「復活」し、環太平洋連帯構想の延長上に位置付けることも可能なAPECと共に日本の地域政策として推進されたことを重視するべきではないだろうか。福田ドクトリンと環太平洋連帯構想の二つには冷戦後に繋がる、日本の対アジア政策が存在していた。この両者を統一的に考察することは出来ないのであろうか。この点は、筆者の検討課題である。

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